lingering snow ほどけない時間
第78話 冬暁 act.3-side story「陽はまた昇る」
約束の時間、けれど君が来ないなんて初めてだ。
かさっ、
梢ゆらいで白が散る、その明滅きらめいて飛沫が舞う。
きらきら地上へ降り零れて白銀へ積もる、その光に英二は微笑んだ。
「きれいだ、」
ベンチから仰ぐ樹上まだ雪残る。
降雪から四日が経つ、それでも枝の陰翳に名残は白い。
溶けないまま氷化してしまった、そんな塊に哂いたくなる。
―俺の未練みたいだ、離れられないで、
ぱさん、
また落ちて向こうに白く散る。
これで何度もう見たのだろう、幾つ雪散って零れて時が経つ。
それでもベンチ離れられないのは信じていたい、あの人は自分をまだ待ってくれると信じたくて、だけど未だ来ない。
「…なんで周太、」
名前こぼれた白い吐息くゆる、また左手首に視線が落ちる。
秒針たしかに刻まれて時を知らす、もう約束から1時間を過ぎてしまった。
こんなふうに約束の時間に遅れる周太を知らない、だけど今は幾つも理由がありすぎる。
『僕は14年ずっと父を探してきたよ、良いことも悪いことも僕は知りたいんだよ?庇われたくない、英二こそ僕を信じてる?』
そう言われた四日前、なにも言い返せなかった。
まだ今は何も話せない、それを責められて仕方ないことも解かる。
―もし俺なら我慢できないよな、自分のこと勝手に進められたら、
14年、その年月に齢と数えてしまう。
いま24歳の自分たちには人生の半分以上、これだけの時間懸けた事を攫われたなら?
そんな思案に今この待ちぼうけも当然の仕打ちだと思えるのは、もう一つの可能性が怖いからだ。
もし「召集」だったら?
「嫌われる方がましだよ、周太?」
雪の森ひとり微笑んで携帯電話を開く。
着信なんて何も無い、それでも検索した画面にため息吐いた。
―まだニュースにならないよな、
もし召集なら事件が起きている、それでも今すぐは報道などされない。
場所の特定も何も解らない、ただ約束の時間が過ぎ去って消えてゆく。
この暖簾を潜るのは何ヶ月ぶりだろう?
考えて答え出ないまま入った店内、温かい空気は胡麻油が香ばしい。
がらり戸を閉めてカウンター向こう、タオル鉢巻きの横顔ふりむき笑ってくれた。
「兄さん、ずいぶん久しぶりだねえ?さあ座っとくれ、」
「ありがとう、」
笑いかけコート脱いで、カウンターいつもの席に腰下す。
遅い昼の時間は他に客一人しかいない、もう落着いた空気で主人が声かけてくれた。
「今日はおひとりで?あの兄さん連れてないなんて珍しいね、」
「はい、むこうは忙しいみたいで。平日ですし、」
何気なく答えるカウンター越しコップとおしぼり渡してくれる。
熱いタオルふわり凍えた掌を解く、どこかほぐれた心地に野太い声が笑ってくれた。
「忙しいんなら元気なんだね、良かったよ。あの兄さんも暫く来てねえから心配してたんだ、夏に大学のお友達ふたりと来てくれたけど、」
ずきん、
言われた言葉に鼓動そっと軋んで妬きたくなる。
その「大学のお友達」二人共に嫉妬したい、そんな我儘そっと隠し微笑んだ。
「眼鏡のやつと可愛い女の子でしょう?」
「やっぱりお知り合いなんですね、あの東大先生の弟子仲間だって聴きましたけどホント仲良さそうで。いいお仲間は宝だよ、」
気さくな笑顔の言葉にやっぱり妬きたくなる。
あの三人は同じ世界に夢を追う、そこに入れない焦燥すこし痛みながら笑いかけた。
「オヤジさんから見ても仲良さそうでした?」
「そりゃあね、あの兄さんのオヤジさんの本を見て皆で泣いてましたっけ、こっちも貰い泣きしそうでしたよ?」
朗らかに笑ってくれる言葉にシャツの胸元ふれてしまう。
ここに下げた合鍵の持ち主は今、彼の言葉に笑ってくれるだろうか?
―馨さんの息子だって知らない、でも馨さんの遺作集にこの人も泣いたんだ、
穂高の色だよ?田嶋先生が作ってくれたんだ、
深い緑色の表装は夏山、銀文字は高峰の雪。
どれもが馨とアンザイレンパートナーの時間の色、その物語を彼も聴いたのだろう。
そのとき周太は学者の馨しか話していない、だから自分が殺した男だと彼も知らないだろう。
そして美代も手塚も想いもしない、この人好い店主が友人の父親を殺害したなど思いつけるはずもない。
それでも本一冊をはさんで共に涙した、そこにある温もりごとメニュー眺め微笑んだ。
「あの話は俺も泣きそうでした、オヤジさん、五目丼と中華そば下さい、」
「はいよ、ちっと待ってくださいね、」
気さくに笑って調理台へ踵返す。
すこし脚引きずる歩き方も変わらない、その古傷ごと罪の痛みも変らないままだろうか?
―でも本当の犯人はこの人じゃない、都合で利用されて、
14年前の春4月、この男は馨を殺してしまった。
ただ一発の発砲が殺人罪を生んだ、そして男は脚を撃たれ逮捕されて殺人犯として服役した。
この一連の事件で強盗殺人犯と呼ばれて、だけど本当は意図され追込まれた「罠」彼も犠牲者だ。
―だから俺も追込んでやってるよ、観碕?
観碕征治、
あの男は蒔田のパソコンを調べ終えた頃だろう。
防犯カメラも再度チェックし脱出経路も探って、きっと指紋照合も済んでいる。
そうして導き出された結論に何を考えだすのか?その迷走を考えると愉快で、けれど今は寂しい。
だって周太、君が来ない。
―召集なら周太はメールも出来ないだろな、嘘吐くの辛くて、
守秘義務、
その為に何も言えないのは警察官なら当然だ。
それでも周太は迷うだろう、嘘も必要で当然だと開き直るなど出来ない。
『英二、信じてって言うくせに信じられる行動をしてる?』
あんなふうに真っ直ぐ問いかける周太は自分と違う。
もし召集なら危険も多くて最期になる可能性がある、こんな瀬戸際の嘘は苦しむだろう。
最期を想うほど正直なまま誤魔化せない、そんな性格を知っているから余計に心配は募らされる。
―周太きっと悩んでる、話せないことが増える分だけ疑り深くなって…だから信じられないって言ったんだ、
秘密が増えていく、そんな自分に相手の秘密も疑って解らなくなる。
その想い知っているから責められない、だって自分こそ猜疑心は強すぎて、だから惹かれた。
―だから周太、あの電話から哀しいまんまだよ俺、
真直ぐに優しい純粋を見惚れた、そして好きになって離れられなくなった。
そんな人に猜疑心を教えてしまったのは自分、そう思い知らされて悔しい。
大好きな人を自分が変えてしまった、こんな望まない変貌にまた赦せない。
観碕征治、あの男さえいなければ良かった?
(to be continued)
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第78話 冬暁 act.3-side story「陽はまた昇る」
約束の時間、けれど君が来ないなんて初めてだ。
かさっ、
梢ゆらいで白が散る、その明滅きらめいて飛沫が舞う。
きらきら地上へ降り零れて白銀へ積もる、その光に英二は微笑んだ。
「きれいだ、」
ベンチから仰ぐ樹上まだ雪残る。
降雪から四日が経つ、それでも枝の陰翳に名残は白い。
溶けないまま氷化してしまった、そんな塊に哂いたくなる。
―俺の未練みたいだ、離れられないで、
ぱさん、
また落ちて向こうに白く散る。
これで何度もう見たのだろう、幾つ雪散って零れて時が経つ。
それでもベンチ離れられないのは信じていたい、あの人は自分をまだ待ってくれると信じたくて、だけど未だ来ない。
「…なんで周太、」
名前こぼれた白い吐息くゆる、また左手首に視線が落ちる。
秒針たしかに刻まれて時を知らす、もう約束から1時間を過ぎてしまった。
こんなふうに約束の時間に遅れる周太を知らない、だけど今は幾つも理由がありすぎる。
『僕は14年ずっと父を探してきたよ、良いことも悪いことも僕は知りたいんだよ?庇われたくない、英二こそ僕を信じてる?』
そう言われた四日前、なにも言い返せなかった。
まだ今は何も話せない、それを責められて仕方ないことも解かる。
―もし俺なら我慢できないよな、自分のこと勝手に進められたら、
14年、その年月に齢と数えてしまう。
いま24歳の自分たちには人生の半分以上、これだけの時間懸けた事を攫われたなら?
そんな思案に今この待ちぼうけも当然の仕打ちだと思えるのは、もう一つの可能性が怖いからだ。
もし「召集」だったら?
「嫌われる方がましだよ、周太?」
雪の森ひとり微笑んで携帯電話を開く。
着信なんて何も無い、それでも検索した画面にため息吐いた。
―まだニュースにならないよな、
もし召集なら事件が起きている、それでも今すぐは報道などされない。
場所の特定も何も解らない、ただ約束の時間が過ぎ去って消えてゆく。
この暖簾を潜るのは何ヶ月ぶりだろう?
考えて答え出ないまま入った店内、温かい空気は胡麻油が香ばしい。
がらり戸を閉めてカウンター向こう、タオル鉢巻きの横顔ふりむき笑ってくれた。
「兄さん、ずいぶん久しぶりだねえ?さあ座っとくれ、」
「ありがとう、」
笑いかけコート脱いで、カウンターいつもの席に腰下す。
遅い昼の時間は他に客一人しかいない、もう落着いた空気で主人が声かけてくれた。
「今日はおひとりで?あの兄さん連れてないなんて珍しいね、」
「はい、むこうは忙しいみたいで。平日ですし、」
何気なく答えるカウンター越しコップとおしぼり渡してくれる。
熱いタオルふわり凍えた掌を解く、どこかほぐれた心地に野太い声が笑ってくれた。
「忙しいんなら元気なんだね、良かったよ。あの兄さんも暫く来てねえから心配してたんだ、夏に大学のお友達ふたりと来てくれたけど、」
ずきん、
言われた言葉に鼓動そっと軋んで妬きたくなる。
その「大学のお友達」二人共に嫉妬したい、そんな我儘そっと隠し微笑んだ。
「眼鏡のやつと可愛い女の子でしょう?」
「やっぱりお知り合いなんですね、あの東大先生の弟子仲間だって聴きましたけどホント仲良さそうで。いいお仲間は宝だよ、」
気さくな笑顔の言葉にやっぱり妬きたくなる。
あの三人は同じ世界に夢を追う、そこに入れない焦燥すこし痛みながら笑いかけた。
「オヤジさんから見ても仲良さそうでした?」
「そりゃあね、あの兄さんのオヤジさんの本を見て皆で泣いてましたっけ、こっちも貰い泣きしそうでしたよ?」
朗らかに笑ってくれる言葉にシャツの胸元ふれてしまう。
ここに下げた合鍵の持ち主は今、彼の言葉に笑ってくれるだろうか?
―馨さんの息子だって知らない、でも馨さんの遺作集にこの人も泣いたんだ、
穂高の色だよ?田嶋先生が作ってくれたんだ、
深い緑色の表装は夏山、銀文字は高峰の雪。
どれもが馨とアンザイレンパートナーの時間の色、その物語を彼も聴いたのだろう。
そのとき周太は学者の馨しか話していない、だから自分が殺した男だと彼も知らないだろう。
そして美代も手塚も想いもしない、この人好い店主が友人の父親を殺害したなど思いつけるはずもない。
それでも本一冊をはさんで共に涙した、そこにある温もりごとメニュー眺め微笑んだ。
「あの話は俺も泣きそうでした、オヤジさん、五目丼と中華そば下さい、」
「はいよ、ちっと待ってくださいね、」
気さくに笑って調理台へ踵返す。
すこし脚引きずる歩き方も変わらない、その古傷ごと罪の痛みも変らないままだろうか?
―でも本当の犯人はこの人じゃない、都合で利用されて、
14年前の春4月、この男は馨を殺してしまった。
ただ一発の発砲が殺人罪を生んだ、そして男は脚を撃たれ逮捕されて殺人犯として服役した。
この一連の事件で強盗殺人犯と呼ばれて、だけど本当は意図され追込まれた「罠」彼も犠牲者だ。
―だから俺も追込んでやってるよ、観碕?
観碕征治、
あの男は蒔田のパソコンを調べ終えた頃だろう。
防犯カメラも再度チェックし脱出経路も探って、きっと指紋照合も済んでいる。
そうして導き出された結論に何を考えだすのか?その迷走を考えると愉快で、けれど今は寂しい。
だって周太、君が来ない。
―召集なら周太はメールも出来ないだろな、嘘吐くの辛くて、
守秘義務、
その為に何も言えないのは警察官なら当然だ。
それでも周太は迷うだろう、嘘も必要で当然だと開き直るなど出来ない。
『英二、信じてって言うくせに信じられる行動をしてる?』
あんなふうに真っ直ぐ問いかける周太は自分と違う。
もし召集なら危険も多くて最期になる可能性がある、こんな瀬戸際の嘘は苦しむだろう。
最期を想うほど正直なまま誤魔化せない、そんな性格を知っているから余計に心配は募らされる。
―周太きっと悩んでる、話せないことが増える分だけ疑り深くなって…だから信じられないって言ったんだ、
秘密が増えていく、そんな自分に相手の秘密も疑って解らなくなる。
その想い知っているから責められない、だって自分こそ猜疑心は強すぎて、だから惹かれた。
―だから周太、あの電話から哀しいまんまだよ俺、
真直ぐに優しい純粋を見惚れた、そして好きになって離れられなくなった。
そんな人に猜疑心を教えてしまったのは自分、そう思い知らされて悔しい。
大好きな人を自分が変えてしまった、こんな望まない変貌にまた赦せない。
観碕征治、あの男さえいなければ良かった?
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