21世紀の徒然草

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第99回「21世紀の徒然草」

2009年11月02日 | Weblog
連載を終えるにあたって:「人生の友」

 オランダとドイツから講演者を招いての「順天堂大学がん生涯教育センター」第3回国際シンポジウム「がん医療の懸け橋」の開催が無事終了した。時代は「懸け橋」を求めている。翌日は、長崎市医師会市民健康講座「がん哲学&がん哲学外来」に赴いた。驚いたことに、ポスターは筆者の似顔であった。余りにも上手な出来上がりと、イメージ感のある作品に大いに感激した。

 翌日は、長崎大学医学部 良順会館で「30年後の医療の姿を考える会」の秋季大会「がんと共に生きる人々が自分らしく生き抜くのを支えるためにーイギリスからの新しい風と光をヒントにー」が開催された。「良順」とは「松本良順」のことであり順天堂大学の「創始者:佐藤泰然」の息子である。シンポに先立って、長崎の街を散歩した。中学時代の修学旅行以来、約40年ぶりに、平和公園の「徹底した毅然たる姿勢を持つ」平和祈念像の前に立ち、ことの重要性を改めて静思する時であった。

 壊死に陥った組織の再生は「中心でなく辺縁の細胞から」起こる。活気ある長崎在宅Dr.ネットの皆様の存在に触れ、「医療の維新」に向かって長崎から21世紀の「医療の船中八策」が出る予感がした。来年の大河ドラマは「龍馬伝」とのことである。「坂本龍馬 & 勝海舟」の時代的出番ではなかろうか! まさに「歴史に学ばなければ、歴史が教えにやって来る」である。

 先週は、東海大学医学部での病理学の講義に参上した。授業後、数名の学生から拙著『がん哲学』の希望があり、感動した。昨日は、千代田区高齢者センターで「2人に1人がかかる国民病—がん予防と医療の現代—」と題して、75歳以上の人々の前で講演した。驚いたことに、会場は満員であった。60分の講演を寝ることなく聴いて下さり、90歳のお婆さまからも質問を受けた。人生清々しく思った。また、後で、「新渡戸稲造に似ている」と言われ、大変嬉しかった。

 今日は、大学での「解剖慰霊祭」に参列した。病理解剖を担当する病理学者としての務めであり、何時も背筋が伸びる時である。まさに「自ら悲哀をその性格とする人たらざるをえない」。

 ところで、「21世紀の徒然草」も、今回で99回を数える。この連載は「to be」の樫本氏とともにあった。この10年間、筆者の文章の編集を黙々としてくださった「人生の友」である。「21世紀の徒然草」の連載はここに終了し、『がん哲学外来』(to be出版)の改訂版に収録されるとのことである。まさに「涙のうちに種をまく人は、喜びのうちに刈り取る」である。新たな門出としての「to be」の新連載は、中川清氏、秋月由紀氏に引き継がれスタートする。
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第98 回「21世紀の徒然草」

2009年10月13日 | Weblog
「チヤフル (Cheerful)」な態度、顔付き:暇げな風貌

 この度、第一回「がん哲学交流会」が開催された。「がん哲学外来」を訪れた人の自発的な会である。スタッフとして「がん医療の隙間を埋める」働きになれば幸いである。興味あることに、「がん哲学外来の場」と「がん哲学交流会の場」では、同じ人間でも、雰囲気、表情が変わる。「多様性の重視」と「多様性の場の提供」の必要性を痛感した。これが「自発的覚醒」の瞬間とも言えよう。

 最近、『がん哲学』の朗読CDの要望が出てきた。驚きである。今年は、三浦綾子の死後10周年とのことである。『塩狩峠』に引き続き『道ありき』の朗読CD制作が進められているとのことである。「ボランティア精神が旺盛」で、「気品のある声」、「優しい心」を兼ね備えた朗読者の出現が楽しみである。既に、「3条件に叶っているかどうかは自信ありませんが、先生の作品の朗読者を捜していらっしゃるなら、私でお役に立てるとうれしいです。」との嬉しい申し出があった。感謝である。

 今日、「がん哲学外来の働きが耐え難い試練に会われている方々の脱出の道となりますように。」との暖かい声援を頂いた。大いなる励ましである。丁度、休日の昨夜、観たTBSの「Jin-仁-」(9:00pm)の源流に流れるテーマは「耐えられないほどの試練は会わせることはなさいません。むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えてくださいます」(コリント人への手紙 第一 10章13節)の様に感じた。

「多くの賜物をお持ちになっている先生をみんなに貸してくださる奥様に心から感謝です。犠牲を払ってくださっているところが多々あるのですよね。なかなか出来る事ではないです。先生のお働きは奥様の理解と協力によって成り立っていることを心から感謝していると、お伝えください。」これも、大いなる慰めの言葉である。まさに、「チヤフル (Cheerful) な態度、顔付きを以て人に接する」という「新渡戸稲造の教育精神」(矢内原忠雄)の実践でもある。 

 この連休は、wifeと川越の蔵通り→時の鐘→成田山→喜多院→中院→クレアモールをゆっくりと、久しぶりに「落ち着いて」遊歩した。「心を廣くもて」、「精神的レベルを高めよう」、「教養を深くしよう」、「眼界を廣くしよう」という、「新渡戸稲造の努力」を静思する今日この頃である。
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第97 回「21世紀の徒然草」

2009年10月05日 | Weblog
プロフェショナルの「心得と風貌と胆力」

 第68回日本癌学会学術総会(横浜)に出席した。全体のテーマは「科学の躍動をがん克服へ」であった。まさに「専門家でさえ、日々の努力を怠る時に、専門家とは言えなくなる」日進月歩の癌研究を実感した。

 筆者は、学会のメインテーマそのものである「科学の躍動をがん克服へ」(Exciting science toward cancer control) の特別講演(杉村 隆、飯島澄男、寒川賢治、田中耕一)の司会を仰せつかった。杉村 隆先生(国立がんセンター名誉総長)の演題「がん研究:喜びと悲しみ、満足と失意、計画と偶然、現状と希望」の司会の任は、癌研究者として大変光栄なことであり、且つ大いに緊張もした。ご講演を通して、癌研究者の「心得・風貌・胆力」を改めて、心に深く刻んだ。

「癌研究者の心得」
 世界の動向を見極めつつ、歴史を通して今を見ていく「研究の学術的重要性・妥当性」
 理念を持って現実に向かい、現実の中に理念を問う「研究の独創性・革新性」
 自分のオリジナルで流行を作れ!「研究の波及効果・普遍性」
 杉村 隆先生の恩師:中原和郎(1896-1976:癌研所長、国立がんセンター総長)の「尺取虫運動:自分のオリジナルポイントを固めてから後ろの吸盤を前に動かし、そこで固定して前部の足を前に進める。かくていつも自分のオリジナリティーを失わないですむ」の精神を改めて学んだ。

「癌研究者の風貌」
 自分の研究に自信があって、世の流行り廃りに一喜一憂せず、あくせくしない態度
 軽やかに、そしてものを楽しむ。自らの強みを基盤とする。
 学には限りないことをよく知っていて、新しいことにも、自分の知らないことにも謙虚で、常に前に向かって努力する
 まさに「深くて簡明、重くて軽妙、情熱的で冷静」である。

「癌研究者の胆力」
 段階ごとに辛抱強く、丁寧に仕上げていく。最後に立派に完成する。
 事に当たっては、考え抜いて日本の持つパワーを充分に発揮して大きな仕事をする
 なくてもよいものにしばられるな。Red herringに気をつけよ!

 4人の講演者に共通する姿勢は「潜在的な需要の発掘」と「問題の設定」を提示し、「新鮮なインパクト」を与える気概・気迫であろう。田中耕一氏(ノーベル賞受賞者)のご講演は初めて聴講する機会でもあり、まさに「新鮮なインパクト」であった。
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第96回「21世紀の徒然草」

2009年09月22日 | Weblog
新しい視点からの社会習慣

 第1回「ips細胞を用いた癌研究について落ち着いて考える会」(京都)は盛会のうちに終えた。「時代の要請」に応えて継続的に第2回も開催される予定である。「新しい視点から俯瞰した次世代の発癌研究」が期待される。「20世紀は癌細胞を創る時代」であった。まさに山極勝三郎(1863-1930)・吉田富三 (1903-1973) を生んだ日本国は「化学発がんの創始国」である。「21世紀は癌細胞のリハビリテーション(リセット)」で再び世界をリードする時代であると予感するのは筆者のみであろうか? 「癌も身の内」(吉田富三)である。

 翌日は「家族性腫瘍の診療とサポート体制を考える」シンポ(大阪)に赴いた。筆者は「病気は単なる個性である」と題して講演した。「遺伝性がん」の現実にとっては困難な提言であろう。しかし、人間は、あらゆる局面において「落ち着いて」「個性・多様性」を尊重する「社会習慣」を養わなければならないと、つくづくと思う今日この頃である。「先生のお話を聞きながら、先生が大先輩たちの言葉を患者さんに紹介されているように、私も先生の言葉を患者さんたちにお話しするようになりたいと心から思いました。患者さんの感想も素晴らしかったですね。」の言葉には大いに励まされた。

 順天堂がんプロフェショナル養成の第2回チーム医療合宿研修会も無事終了した。現代、医療者の「真実な対話」が求められている。これからの医療は患者からの方向性であり、ここにも逆方向性の流れのips細胞のコンセプトが生きる。

 今年も「新渡戸・南原賞」授賞式(学士会館)が行われた。年々、格調も高くなって来ている。「新渡戸稲造・南原繁」の「スケールの大きい、愛情溢れた、深い見識と品性」を兼ね備え、「賢明なる寛容性」を持って「静思から得られた結論」を語る「存在」の再来の時ではなかろうか。「集団生活であったが集団行動ではなかった」(吉田富三)と「多様性を重視」するのは「顕微鏡で癌細胞を見る」病理学者にとって当然の帰結である。「新渡戸稲造・南原繁・吉田富三 外来」(柏市民新聞 2009年9月11日付)のタイトルの記事には筆者も正直驚いた。これも「時の徴」であろうか?

 先週は「Japanese-German Cancer Workshop」でドイツのハンブルグを訪れた。ハンブルグは約20年ぶりである。日の出、日の入りの悠々とした、広々としたElbe川を眺めながら「歴史の動脈」を静思する時であった。
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第95回「21世紀の徒然草」

2009年09月09日 | Weblog
人生の先導者の風貌:何のために生きるのか

 出版社のインタビューで吉田富三記念館を訪れ、内田館長と吉田富三(1903-1973)について対談した。「吉田富三の言葉」は何時も新鮮な学びである。先日はwifeと久しぶりに映画「ハチ」を観に行った。秋田犬「ハチ」の日々の繰り返しの生活パターンとその中にある忠実な生涯には感動した。「何のために生きるのか」の学びの時であった。

 日本家族性腫瘍学会の第12回家族性腫瘍カウンセラー養成セミナー(癌研有明病院;吉田富三記念講堂)で「がん相談の現状と課題」のテーマで討論に参画した。医療について「相談」vs「情報提供」va「支援」の違いをきちっと整理する必要性を痛感した。第24回発癌病理研究会の特別講演「癌研究について、落ち着いて考える」で能登半島を訪れた。「静思」の時であった。
  
 医学部の学生との定例読書会「がん哲学勉強会」では、「私伝・吉田富三 癌細胞はこう語った」(吉田直哉;文藝春秋刊)の第1章を無事終えた。切磋琢磨の時である。浅草の浅草三業会館(浅草見番)での講演会は先月の続きで、今回は「日本中に広がる“がん哲学外来”」であった。第16回山梨癌治療セミナー(甲府)では「がん哲学&がん哲学外来」—時代は何を求めているかー」で特別講演の機会が与えられた。その時々の人との新たなる「出会い」は有り難いものである。

 信州佐久でNPO法人がん哲学外来研修会&交流会「がん哲学外来研修とジョイフライト」が開催され、Wifeと参加した。会場は、温泉利用型健康増進施設の洞原湖温泉「クアハウス佐久」であった。大変ゆったりとした雰囲気で「落ち着いてがん医療」を考えるには相応しいところで、経営者の気概には大いに感動した。「人生の先導者の風貌」の大いなる学びの時でもあった。

 「今回のイベントの意義の大きさに今頃になって怖れおののいてます。「僕は本当に樋野先生の本から、現場で行き詰まっていることにとてもヒントを得ることができてとても感謝しているんです」とおっしゃいました。がん哲学外来はまさにお医者さんたちへの先生からの熱いメッセージです。佐久で、一人の若い医師にしっかり受け継がれていくと思います。 これから、佐久のメディカルタウン構想には樋野哲学が導入されていきますよね。偉大な御計画の中に生かされていたのだと改めて感じています。感無量です。今日来たおばあちゃん(86歳)が講演会の感動を他のおばあちゃんたちに語っていました。これから生き方が変わるって・・・。胸が一杯です。」との愛情溢れるメールを主催者から頂いた。大いなる励ましである。今年の夏も終わった。

 今年の「一夏の経験」は、忘れ得ぬ、「人生の目的への静思」でもあった。

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第94回「21世紀の徒然草」

2009年08月13日 | Weblog
鵜鷺(うさぎ)小学校:人生の起点


先日は、新渡戸稲造(1862-1933)「武士道」(矢内原忠雄訳、岩波文庫)(1938年) の最終章(17章)を読み終えた。月一回の読書会で通読に2年を要した。ほのぼのとした達成感である。これは参加者一同の気持ちでもあろう。次は「余の尊敬する人物」(矢内原忠雄著、岩波新書)(1940年)の「新渡戸博士」の章「1.入學式演説 2.新渡戸博士の教育精神 3.一高校長を辞した時 4.晩年」を4回で学ぶ予定である。矢内原忠雄(1893-1961)は南原繁(1889-1974)の後の東大総長で、あらゆる点で最も真髄的な新渡戸稲造の継承者であろう。


北海道新聞(7月31日夕刊)が送られてきた。『クラーク精神と「がん哲学」』と題して「最近、昨年9月に秋山記念生命科学振興財団(札幌)が開催した講演会記録が、ブックレットとして発行された。講演者は樋野興夫氏。——昔、経済学者の矢内原忠雄が札幌で講演をした時に、師である新渡戸稲造がクラーク博士の精神を受け継いでいる「札幌の子」であるならば、私(矢内原)も同じだと言ったことに着目して、新渡戸を尊敬する樋野先生はご自身を「札幌の子」と言い切る。——」(大沼芳徳氏)と紹介されていた。「北海道新聞の記事、さすが新渡戸博士に絡んだコメントですね。「札幌の子」さすがです。クラーク博士→新渡戸→矢内原→樋野と受け継がれた精神を感じます。」の感性あるコメント(秋山正子氏)には大いに感激した。因みに第5回南原繁シンポジウムの記録集の新刊「真理の力—南原繁と戦後教育改革」(南原繁研究会編 to be出版)(2009年)も一読されることを薦める。


先週は家族で帰郷した。母校の鵜鷺小学校(現在全校生徒8名:鵜峠と鷺浦の中間に位置する)では講演会「ようこそ先輩ー樋野興夫さんファミリーとの交流会ー」が企画されていた(8月4日)。生徒、教員全員の出校日である。藤原恵子校長に頂いたプラグラムには「鵜峠地区出身の樋野さん一家と交流することを通して、アメリカでの生活を始め、幅広く世の中の様子を知り、その人たちの生き方にふれる。卒業生とお話をすることで当時の小学校の様子を知り、愛校心をもつことができる。」と書かれていた。教室に入るのは、卒業以来40年以上の歳月が流れている。しばしの想い出に耽った。卒業式で聞いたクラーク博士の「少年よ、大志を懐け」の記憶が鮮明に残っている。人生は継続的である。生徒による歌、我が子の話、wifeの話、筆者の話の後、全員で記念撮影を撮った。筆者の父(88歳)、母(86歳)も参加してくれ生涯の想い出となった。
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第93回「21世紀の徒然草」

2009年08月05日 | Weblog
真理と悲哀性:「がん哲学&がん哲学外来」の根拠

先日、立花隆氏と「顕微鏡のがん細胞」を見ながら対談する機会が与えられた(NHK取材)。

まさに「顕微鏡を考える道具に使った最初の思想家」といわれる先駆者・吉田富三(1903−1973)の心意気であった。今度、医学部学生の希望により、「がん哲学勉強会」がスタートした。「私伝・吉田富三 癌細胞はこう語った」(吉田直哉)(文藝春秋刊)を通読する読書会である。

筆者は「南原繁」の全集 (全10巻) と新渡戸稲造「武士道」の読書会に参画して、「ちゃんと」、「みっちり」をテーマに通読の達成感の喜びをかみしめて来た。学生にも古典的な良書の読書会の学びを味わってもらいたいものである。先日は近畿大学医学部、東京理科大学薬学部での学生講義でも「学生時代の読書」について語った。筆者は、青春期、「寝る前に30分間本を読む習慣を身につけるように」と教えられた。この習慣の獲得は、人生の大いなる糧となった。

先週は、浅草三業会館(浅草見番の建物)で浅草「がん哲学外来」講演会「21世紀に生きるー人の医師が語る“がん”という病気」—がんを哲学として考えるー」が薬剤師さんたちによって企画され伺った。下町の風情のある会場で、車座も用意され心に浸みた。スタッフの情熱と機動力と新規性には、大いに励まされ、感服し、市民のパワーを肌で感じた。第2回講演会「日本中に広がる“がん哲学外来”」も同じ会場で今月末に予定されている。

今週、厚労省の「がん対策のための戦略研究:緩和ケア普及のための地域プロジェクト」の一環として「がん患者・家族総合支援センター一周年記念イベント」シンポジウムが柏の葉キャンパス駅前で開催された。国立がんセンター東病院の病院長をはじめスタッフの皆様、柏医師会長、患者会、サポートグループの皆様の参加があり、貴重な学びの機会であった。筆者も「がん患者・家族総合支援センター」で「がん哲学外来」を主催しており、発表の機会が与えられた。様々な異分野の人々が「がん対策」について同じ目線で語りあうことは、地域に根ざした医療ネットワーク作りでもあり、「医療の共同体」である将来の「メディカルタウン」に繋がるであろう。

 人間の「誕生と成長」でなく「哀れとむなしさ」を起点する病理学者は、「真理そのものに悲哀性がある」ことを学び、「自ら悲哀をその性格とする人たらざるをえない」(新渡戸稲造)。これが我が人生の原点であり、「がん哲学&がん哲学外来」の根拠でもある。先日の休日は、wifeと長瀞の川下りをしながら自然の中で、それを確認する一時であった。
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第92回「21世紀の徒然草」

2009年07月20日 | Weblog
がん哲学の命題:多様性の統一

 医学、看護学の学生の講義、医師会、患者会、小学校の父母会、国民健康保険組合と講演会が続いた。テーマは、「病理学」、「がん哲学」、「がん哲学外来」、「アスベスト・中皮腫」と多様であった。「がん」を軸とした、「生物体の多様性の統一」の社会的応用とも言えよう。

 文科省の青少年・市民公開講座「「がん」につてもっと知ろう」(出雲市)では、高校生800人が参加した。母校の島根県立出雲高校を含め、県内の高校生から多数の生徒の参加があった。質問も多数あり、その質問の内容を聴きながら、高校生の好奇心のあり方が体験出来、高校生に「がん」を語ることの教育的意義を実感した。「がん細胞で起こることは、人間社会でも起こる」という「がん哲学の命題」は生きる。父 (88歳)、母(86歳)との再会は涙なくして語れない。

 千葉がんセンターでは、「がん哲学&哲学外来―時代は何を求めているか―」の講演の機会が与えられた。センター長 中川原 章先生の招きであった。中川原先生とは、私の恩師であり「がんの遺伝学の父」と呼ばれているKnudson博士を通して、約20年来の付き合いである。昨年は「国際小児がん学会」を主催され、筆者に「新渡戸稲造(Inazo Nitobe)」の講演の機会を与えて下さった。85歳になるKnudson博士もアメリカから特別講演に招待された。Knudson博士夫妻の前で「新渡戸稲造(Inazo Nitobe)」の話が出来るとは、まさに「感謝」としか言いようがない。

 1999年広島での第58回日本癌学会総会(田原榮一会長)でKnudson博士が特別講演に招待された時にも、千葉がん国際シンポを企画され、「癌遺伝学の夜明けークヌドソン博士のTwo-hit Theory」(中川原章・樋野興夫 編)として出版された (2002年)。「がん哲学」の英語訳、中国語訳の出版の動因も「新渡戸稲造(Inazo Nitobe)」の講演(英語)が与えたとも言えよう。

 日本赤十字秋田看護大学での「がん哲学外来」の講演会は、看護学の学生、教官で会場は満員であった。学長のリーダーシップの下、「メディカルカフェ」の実現化の勢いを肌で感じた。またワークショップ「がんとの戦い・医師と患者の共闘」(大阪)での「がん哲学」—深くて簡明、重くて軽妙、情熱的で冷静—」の発表は、「学者の風貌と胆力の試金石」の場でもあった。

 「アスベスト・中皮腫研究型検診」は、今後、国家の予算で国家的なプロジェクトレベルで展開されるべきものであり、箱根湯本での今回の講演が「事前の舵取り」となれば幸いである。
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第91回「21世紀の徒然草」

2009年06月16日 | Weblog
人生の 2 hit

 先週は、親友の工藤正俊先生(近畿大学医学部教授)が会長を務められた、第45回日本肝臓学会総会、第3回国際肝がんシンポジウムに参加した。日進月歩の肝がんの研究・診断・治療について学んだ。日々勉強である。特に分子標的治療については、時代の趨勢である。若き日に(25年前)学んだ New YorkのAlbert Einstein 医科大学の同僚とも再会した。
 肝がんについては、山極勝三郎 (1863-1930)の「Hepatoma」の命名、吉田富三 (1903-1973) の「肝がん創成」(1932) と日本国は世界的な貢献がある。来年の第99回日本病理学会総会では、「病理学」の100年を振り返って「歴史的な肝がん」のシンポジウムを企画する予定である。
 20世紀は「がんを作る」時代であった。21世紀は「がんを遅らせる」研究で再び、日本国は世界をリードする時であろう。「がんとの共存」の時代における「天寿がんの実現」でもある。まさに「温故創新」である。
 また、京都大学医学部では「遺伝カウンセラー・コーデイネーターユニット」の主催で「がん哲学&がん哲学外来—深くて簡明。重くて軽妙、情熱的で冷静−」と題して、学術講演の機会が与えられた。鴨川のほとりの風情は独特な情緒を感ずる。落ち着いて「哲学」するには、相応しい場所である。若き日(35年前)、京都で「人生の邂逅」が与えられた。これが、今の筆者の「新渡戸稲造・南原繁」に繋がるとは、人生不思議である。
 今週は、筆者が理事長を務める、第15回日本家族性腫瘍学会が開催された。「遺伝性のがん」について特化した、ユニークな学会である。「遺伝とがん」は、人間にとって、ますます重要なテーマとなることであろう。筆者は「発がんの 2 hit」を提唱 (1971)の「がんの遺伝学の父」と呼ばれる、Knudson 博士 (1922-) (Philadelphia) に師事し、はや20年の歳月が流れた。まさに筆者にとっての「人生の 2 hit」であった。
 昨年、札幌での講演をまとめた小冊子「『がん哲学』に学ぶ―クラーク精神の継承:新渡戸稲造・南原繁―」が秋山財団のブックレットとして送られて来た。注付きの、非常にコンパクトにまとめられた力作で大いに感激した。
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第90回「21世紀の徒然草」

2009年05月26日 | Weblog
Sense of proportionを持て

 NPO法人「がん哲学外来」設立記念シンポジウムは会場が満員であった。驚きであった。「時代の要請」を肌で感ずる一時であった。TBSのニュースでも報道され(5月11日)、また朝日新聞の朝刊の「ひと」に紹介されていた(5月16日付け)。多くの反響を頂いた。特に、「写真もいいですね。南原繁や吉田富三の名が出るとさらに良かったと思います。」とのコメントには、ほのぼのとした愛情を感じた。

 また、5月17日からの開始の「八戸がん哲学外来」には、3組みが来訪され、海とタンポポに囲まれたログハウスの相談室で抹茶と和菓子で、素晴らしいスタートがきれたとのことである。「来月から午前中は本の読書会をします。まず第一回は先生の御著書の「がん哲学外来の話」、——を計画しています。そのうち先生から「武士道」についてのお話がうかがわれればいいなと思っております。」は、大いなる励ましである。

「東久留米がん哲学外来」(毎日新聞5月19日付け)、「がん患者・家族総合支援センター」(柏がん哲学外来)の模様(毎日新聞千葉版5月20日付け)がそれぞれ紹介された。昨日は、朝日カルチャーセンター(新宿)で「がん哲学外来」の講演会が開催された。教室は満席であった。これも「時代の勢い」であろうか。

『がん哲学—立花隆氏との対話—』新訂版も注文が順調に来ているとのことである。英語版と中国語訳(簡略体と繁字体の両方)の行方も楽しみである。『21世紀の新渡戸とならん』(イーグレープ刊)(2003年)の心意気で「21世紀の武士道」として、「現代の懸け橋」となれば幸いである。「歴史の動脈」は流れる。

 それにしても、世の中は、「新型インフルエンザ」の報道とマスク姿で満ちている。戦時中はジャーナリストであった松本重治に語ったと言われている新渡戸稲造の言葉「君、Sense of proportionということを知っているかね。大きいことと小さいことを識別する能力のことだよ」、またルース・べネデイクト(1887-1948)の「日本人は、ただ他人がどういう判断を下すであろうか、ということを推測しさえすればよいのであって、その他人の判断を基準にして自己の行動の方針を定める」『菊と刀』(1946年)が思い出される今日この頃である。人間は、昔も今も変わらぬものである。
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