TOBA-BLOG 別館

TOBA作品のための別館
オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「小夜子と天院」4

2014年06月20日 | T.B.2016年

 それから、しばらくして

 宗主の屋敷の庭で、彼女が、野菜を洗っている。

 冷たい水。

 手探りで、彼女は野菜の泥を落とす。

 そこに、誰かが近付いてくるのが判る。
 誰だろう。

「ねえ!」

 ああ、この声。
 宗主の息子だ、と、彼女は、顔を上げる。
 最近、よく会う。

「はい?」
「それ」
「え? これですか?」
 彼女が洗っている野菜を云っているのだろうか。
「……葉物の野菜、ですか」
 宗主の息子が笑う。
「虫、入れといたよ!」
「え!?」
 彼女は、驚いて、手をあげる。
「ほらほら、手にひっついてる!」
「えぇ!?」

 そんなはずはない。

 手の感覚は、人より優れているはずなのに。
 虫が、手にいる感覚はない。
 冷たい水で、麻痺しているのだろうか。

 慌てて彼女は、立ち上がり、手を振る。

 その様子がおかしいと、宗主の息子が笑う。

「嘘だよ!」
「え!?」
「おっかしーい!」

 宗主の息子は、笑い続ける。
 彼女は、手をさすり、顔を赤らめる。

「……あっ。やばい!」

 別の誰かが近付いてくるのに、宗主の息子はいち早く気付き、
 慌てて、彼女の元を去る。

 彼女は赤らめたまま、誰かの足音を聞く。

 誰か、ひとり、の足音。

 ……聞き取りにくい。

 この誰か、は、このまま通り過ぎるのだろうか。

 が

 彼女の前で止まる。

「どうしたの?」

 声をかけられて、彼女は、おそるおそる顔を上げる。

 この声は

「果物を拾ってくださった、方?」

 彼は、何も云わない。

「……ありがとう」
「何が?」
「え?」

 あ、そうだ、と、彼女は慌てて付け加える。
 宗主の息子のことではない。

「この前、果物を……」

「ああ、うん」

 ああ。やっぱり、間違いではなかった。
 そこで、あれ? と、彼女は首を傾げる。

「あの……」
 彼女が訊く。
「ここに入っても、大丈夫なの?」

 東一族宗主の屋敷内。
 誰でも入ってよいはずがない。

「うん」

 え?

 まさか

「もしや、宗主様のご家族様だったのですか?」
 彼女は慌てる。

 けれども、彼は、答えない。

 代わりに、彼が訊いてくる。

「君は、入っても大丈夫なの?」

「……私は、使用人ですから」

「じゃあ。君と、同じようなもんだよ」

 彼女は、顔を上げる。
 彼を見ようとする。

 けれども、はっきりと、見ることが出来ない。

「使用人、なの?」
「そんなもん」
「そう……」

 彼女は、少し考える。
 坐り込み、先ほどの仕事を再開する。
 野菜を洗う。

「よかった」
「何が?」
「かしこまって、話さなくてもいいから」
「ああ」

 彼が笑う。



NEXT


最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。