TOBA-BLOG 別館

TOBA作品のための別館
オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「ヨツバとカイ」1

2014年07月29日 | T.B.2000年

ヨツバは西一族を村を横切るように歩く。
村の中でも山際にある自宅を出て
辿り着くのは正反対の水辺の近くにある彼の家だ。

「あぁ、ヨツバ来たのか」

家の主であるサトルは荷造りをしている。

「悪いな、今日中に準備をしないといけなくて」

「いいわ、適当に過ごすから」

ヨツバはそう言って、
戸棚からカップと茶葉を取りだし
水を火に掛ける。

いつもの事。
勝手が分かる、彼の家だ。

「どれくらい」
「今回は一週間かな、状況次第で少し伸びるかも」
「そう、気をつけてね」
「あぁ」

サトルは定期的に出掛けては
2、3日、長い時は一ヶ月近く家を開ける。
村長の元で働いている彼は
よその村に出かける事が多い。

「はい、どうぞ」

ヨツバは入れ立てのお茶を近くのテーブルに置く。

「ありがとう」

サトルは手を止めずに作業を続ける。

おそらく、と
ヨツバは思う。

彼は、そのまた向こうの村に行っているのだろう。
敵対する一族の村に。

敵対するからこそ、何か事が起こった時のために
情報を集めている。
そういう役割を、
西一族では、諜報員と呼んでいる。

諜報員は、
誰がそうなのか村人は知らない。
むしろ、噂の類いの存在でしかない。

それでもきっとサトルは諜報員なのだろう。
ヨツバはそう思っているし、
サトルもその事には勘付いているだろう。

「そういえば」

一段落ついたのか、サトルは床に座ったまま
お茶を飲み始める。

「昨日は病院に行ってきたんだろう。
 どうだったんだ」
「どうもなにも、定期的な予防接種よ」
「……そうだっけ?」
「聞いてなかったの」

「あ、あぁ」

サトルがじわりと目線を外す。

「……みやげとか、いる?」
「いらない」

分かっていても、
諜報員のことについて、お互い話したことは無い。
きっと、そんな話はするべきではない。

いつか話すときが来るのだろうかと
ヨツバはぼんやりと思う。

翌日、サトルは出かけていく。
その姿を見送った後、ヨツバは村の外れに向かう。
定時に馬車が隣の村へと出ている。

「私も少し、出かけてみようかな」


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「天院と小夜子」2

2014年07月25日 | T.B.2016年

 いつも通り。

 誰にも姿を見られないように、屋敷へと戻っていた彼は。
 道の先に誰かがいるのに気付く。

 近付かず、彼は目をこらす。

 ああ。
 いつも、屋敷で豆をむいてる、……彼女だ。

 彼は、気付かれないよう、彼女に近付く。
 彼女を見る。
 彼女は、果物を運んでいる。
 今夜、屋敷の食卓に並ぶものだろう。

 目が見えない彼女の歩きは、ゆっくりだ。

 彼女を追い越そうか。

 そう彼が思ったとき、

 彼女が突然、道の真ん中で転ぶ。
 見ると、彼女の足下に段差がある。

 彼女は慌てて、果物を拾う。

 彼は、その様子を見る。

 手探りの彼女は、なかなか果物を拾いきれない。

 だんだん、日が落ちてくる。
 彼女は、落ちた果物を探し続ける。

 彼は、息を吐く。
 自分の姿を見る。
 出来れば、今は、この姿を見られたくはない。
 が
 目の見えない彼女ならば、大丈夫……だろうか。

 彼は、遠くの果物を拾う。
 これが、最後のひとつ、だ。

「……はい」

 彼は、小さく声を出す。
「落ちてたよ。……どうぞ」
 彼女が顔を上げる。

 彼は彼女の顔を見て、驚く。

 使用人と云うから、自分とは年が離れているかと思っていたが
 自分と、そう年が変わらないであろう、顔つき。

「ありがとう」

 彼女が云う。
 彼を見る。
 けれども、目は合わない。

 大丈夫。
 自分の姿は、よく見えてないはずだ。

 彼は、彼女の手を取る。
 彼女の手に、果物を握らせる。

「探してたの、これでしょ?」
「ありがとう」

 彼女は微笑み、お礼を云う。

「君、目が、……見えないの?」

 ふと口から出た言葉に、彼は後悔する。
 早く、自分は、ここから立ち去るべきなのに。

 彼女を見ると、彼女は顔を赤らめている。
「まったく見えないわけでは」
 彼女は云いながら、受け取った果物をかごに収める。

 そして、彼を見ようとする。

「目が悪いから、果物を探すのに時間がかかってしまって」
 彼女が云う。
「だから、あなたが、ここにいてくださったことに感謝します」

 彼は、その言葉に目を見開く。

 ここにいてくれたことに、……感謝?

 彼女は、言葉を続ける。

「あの……、お名まえは」
「あ、いや」
 彼が、云う。
「いいんだ」
「急ぎですか?」

 云いながら、彼女は首を傾げる。
 彼の姿を、見ようとする。

「……どうかした?」

 云いながら、彼は、少し後ろに下がる。

「もしかして、怪我をしてる?」
「え?」
 彼女が云う。
「血のにおいがする!」
「まさか」
 彼が、笑ってみせる。
 額から、汗が流れる。

 気付かれた。

 彼には、乾いた自身の血が、こびりついている。

 慌てて、彼は云う。

「ところで、君も、急ぐんじゃないの?」

 そう云われて、彼女ははっとする。

「そうだ。私、早く戻らないと」
 彼女が云う。
「また会えたら、お名まえを教えてください」
 彼女は、頭を下げ、歩き出す。

 この道の先の向こう。
 東一族の宗主の屋敷へ。



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「成院とあの人」11

2014年07月22日 | T.B.1999年

「君が医師見習い?」

「はい」

医師は首をひねる。

「医師を目指していたのは、戒院だっただろう」

えぇ、と彼は頷く。

「俺は、助かった命の代わりをしたい」

「君が悪いわけではないよ」

誰でもない、憎むなら病を、と。
医師は言う。

「それでも、ですよ」

医師は病室の窓を開ける。
そこから湖をながめながら言う。

「……戒院は、死ぬ運命だった」
「え?」
「病のことが宗主に知れたからだ。
 病が広がる前に殺せと、命令が出ていた」

「なぜ、今、その事を言うんですか?」

「―――あの時、この事を伝えていたとしたら
 結果は変わっていただろうか」

気にするなと言いながら、
医師は彼を試すような事を聞く。

「同じだったと、思います」

「そうか」

医師は窓を開けたまま病室を後にする。
もう、彼から感染を恐れる必要が無い。

「じきに起き上がれるようになるだろう。
 そうしたら、君は医師見習いだ」

医師はいう。

「とりあえずは、体調を元に戻すんだな
 ――― 成院」
 

T.B.1999年 東一族の村にて


「天院と小夜子」1

2014年07月18日 | T.B.2016年

 それは

 ある日突然。

 昨日まで、人がいなかったところに、人がいる。

 遠目で気付いた彼は、その者を見る。
 あたりを見る。

 東一族の大きな屋敷の庭。

 宗主家系や高位家系の者が住むところ。
 けれども、その者は、見るからに旧ぼけた服を着ている。

 ああ。新しい使用人か。

 彼はそう思って、その者を見る。

 その者は、庭で豆をむいている。
 まだ、彼の存在に気付いていない。

 さあ。
 どうやって表へ出ようか。
 彼は考える。

 人に姿を見られるのが、あまり好きではない。
 出来れば、その者に気付かれないよう、ここを通り抜けたい。

 しばらく、彼はその者を見続ける。

 その者は、ただ、豆をむき続ける。
 横には、大量の豆。
 当分、終わらないだろう。

 彼は、空を見る。
 日は、まだ高い。

 と

 その者の手から、豆がこぼれる。

 作業を急いでいたのか。
 その勢いで豆は、彼の方へと転がってくる。

 彼は、その場に立ったまま、……首を傾げる。

 その者は、転がった豆を探している。
 ――手探りで。
 豆を見つけることが出来ない。

 当たり前だ。

 豆は遠く、
 彼の足下まで、転がってきているのだから。
 けれども、
 その者は、自身の近くで手探りしている。

 ああ。そうか。

 彼は、豆を拾う。
 その者に近寄る。

 足音がしないように。

 その者の近くに、豆を置く。

 そのまま、その場を通り過ぎる。

 少し進んで、彼は振り返る。
 その者はなくした豆を見つけ、微笑んでいる。

 ……彼に、気付くことなく。

 当然だ。
 目が、見えないのだから。

 また次の日も、

 同じ場所にその者がいる。

 豆をむいている。
 彼は、あたりを見て、足音を立てないように、その場を通り過ぎる。

 また次の日も。

 そのまた、次の日も。

 その者はただ、ひとり。
 豆をむいている。

 しばらくして、

 雨が降り

 彼は、いつもの者がいる場所をのぞく。

 そこには、誰もいない。



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