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上智大学講演「決断力」

2006年07月31日 | 羽生善治
 行ってきました、上智大学。どうやら来週号の「週刊将棋」でも本講演をとりあげるそうですが、ひとあし早くこちらでは報告します。写真はたくさん撮りましたが肖像権保護のため割愛します。お見せしたいのはやまやまですが

 上智大学法科大学院特別講演「決断力」羽生善治三冠 10号館講堂 16:15~17:15

 講堂は扇型すりばち状でざっと500、いや600人以上の収容能力があったでしょうか?ほぼ満席(後日およそ700人と発表あり)。中央の島前から3列目右端をゲット。定刻開始。まず滝澤正上智大学法科大学院長からごあいさつ、さすが院長で笑いを誘い場を和ませる。ゲスト登場の前に場を暖めるのは基本だがなかなかできないこと。何気ないところに感心。

 そして紹介を受け、濃紺のスーツに白いワイシャツ、青地に柄模様のネクタイをつけた羽生さん登場で万来の拍手とカメラフラッシュ。さあ、講演開始です。

「普段黙って対局しているのが棋士ですが、今日はずっと喋り続けるということで緊張しています。」場内笑いでつかみはOKですよ、羽生さん。

「棋士が何を考えているのか今日のテーマである”決断力”になぞらえてお話できたらと思います。」テーマを冒頭に。さすが羽生さん、いつもながらわかりやすい始まり。

「”棋士の方は何手読まれるのですか?”とよく聞かれます。よくある質問ですが、答える方は簡単なようで実は難しいんです。1つの局面での読みは100手にはすぐなります。確率論では10の30乗ほどとも言われます。すべてを読むことは不可能と言ってもいいでしょう。そこで違うアプローチ”大局観”をもって読むことになります。自分が最近よく頼るのは直感です。80通りあると言われる1つの局面で2つか3つに絞ります。ただ、この”読み”と”大局観”を論理的に使いわけているかというとそうではありません。」ふむふむ、冒頭はいつぞやも聞いた滑り出しですねぇ・・・。

「1つの場面でわからない場合は自分は2つの方法を使います。まず先にゴールを設定します。自分で最後にこうなりたいをイメージしてそこにどうやってつなぎ合わせるかを考えるのです。また流れに沿っているかと考えることもあります。」イメージの話は聞いてことある、でも2つ目の流れに沿っているかは初耳。

「将棋ファンの方は将棋のプロは何でも見通していると思われている方が多いかもしれません。実は10手先はプロでも無理なんです。それではプロの実戦ではどうするのか?想定していない手の場合は1から考え直しなんです。つまりアドリブで考えるというか、五里霧中でやっているんです。でもアマとプロの違いがここにあると思っています。羅針盤の精度というか大体の正しい方向性を選択できるかだと思うんです。」内容は前に聞いたことがあるけど羽生さん新手、表現が新しい。

「対局では1時間、2時間考えることがあるとご存知かと思います。でも、30分考えると実は考えることって飽和状態なんです。あとは、ためらっている、迷っている、ひるんでいるんです。自分の場合、こんな時は直感に戻るよう心がけています。直感とはこれまで自分が培ってきたものが集約されていると思うんです。」いや、そうですよね、直感と一言で言っても当て勘のことでなくて、経験の重さで全然変わってくる感覚だと自分も思うんです。

「年齢によってアプローチの仕方も変わってくると思うんです。自分が10代のときは経験もなかったのでひたすらたくさん読んでいました。20代30代になると記憶力も衰えてくるので、大局観に重点を置くようになり、如何に捨てるか、たくさん読まないか、に変わってきました。」ふむふむ。

「ただ直感に頼ると当たるのは7割くらいなんです。あとの3割ははずれなんです。3割はずれると対局では勝てません。このギャップを埋めるのはやはりきめ細かく読むことになると思います。定跡はそのまま使えればそのまま使い、そうでない場合をどうするかが勝負なのです。」これは新しい内容ですね。

「重要な場面ですが、若いときはどう指すかの決断が早かったんです。しかし、年齢を重ねる、経験を積むことで、あの時うまく行ったけどあの時は失敗したと悩むことになります。決断を要する比重が増えてきたとも言えます。ある意味、若いときというのは知らぬが仏、勢いでやっていたと言えますが、その勢いで流れを呼び込んでいたかもしれません。年齢を重ね経験を積むとそれが足かせとなり平均点をとる指し方、すなわち、勢いがない、一貫性がない、流れを読んでいない手になりがちです。選択肢が多い場合少し危ない橋を渡るくらいがいいかもしれません。」なるほど。

「大先輩に大山康晴十五世名人がいました。大山十五世は手を読んでいないんです。大先輩、大名人に向かってこんなことを言っては失礼かもしれませんが、盤面を見てさっと急所に指しているんですね。カルチャーショックでした。こんな指し方があるんだと思いました。自分はまだまだそういう指し方はできないので、そうなれればと思います。」

「プロ同士の対局は相手の手を封じている、間合いをつぶしていることが多いんです。剣豪同士の対決と言ったらおわかりでしょうか?間合いをつめると危ないけど、怖いからと言って下がると相手が前に出てきて何もいいことがない。つまりひるまない気持ちが大事だと思うんです。」そうですよね、剣豪同士、いい表現だ、思わず唸る、うーーん。

「プレッシャーとは自分の器だと思うんです。どう言ったらいいんでしょう。走り高飛びのバーに例えるといいかもしれません。150センチを飛べる人にはそのバーはプレッシャーにはあまり感じないかもしれません。でも、飛べない人には物凄くプレッシャーに感じるのではないでしょうか?しかしこの真剣さの度合い、思考の密度こそが成長に大きく影響するんだと思っています。」そうだよなあ、度量ですよねぇ、度量。

「同じ場面でも、真剣勝負の実戦の場ではあれこれ悩んでいても、練習将棋ではこの場面はこの一手だよなあ、と簡単に指せることがあります。」ああ、やっぱり羽生さんでもそうなんだあ。

「不安な場面では、あえて単純化しないようにしています。思考の幅が広がることにつながり、考えるゆとりが出てくる。練習将棋の気楽さが必要とも考えられるし、真剣勝負でのプレッシャーの中での思考の密度がある一方で加減が大事と思えるのです。」いい加減なんではなく、良い加減が大事なんですよね。

「好調・不調の波ですが自分にもバイオリズムがあると思います。不調のとき、運がないかそれとも実力がないのか考え込んでしまいます。ま、不調も3年続けば実力と言いますが、実力がなければ簡単で実力を向上させるよう頑張るしかありません。運がないときは難しいです。そういうときはやり方を変える様にしています。つきと運、考えると楽しいです。自分も頼りたいしそれにあやかりたい。しかし、総合的に実力がつけば悪い波を乗り越えやすいと思うんです。好調のとき、実はそちらの方が難しい、好調を維持するのは難しいんです。できるだけやり方を変えないようにはしますがそれも良し悪し。結局は加減の問題だと思います。プロ10年目になりますが、山あり谷ありで短期的には調子の波が激しくても5年10年の長いスパンではそれほど差が出ないのではというのが持論です。」実力をつけるのが一番、これが難しい。イチローもそう、基本を忠実にこなすことから始まるんでしょうかね。

「ちょっとずつ立ち位置を変え、2~3年経ってみたら違うものになっていればいいと思うんです。でも、また2~3年経ったら違うことを言っているかもしれません。それではお時間になったようですのでここまでにしたいと思います。ご清聴ありがとうございました。」常に変化していようというアプローチ。これが天才羽生の所以なんでしょうね。

ここから質疑応答、途中エールがありましたが合計14個の質問。

①対局の相手が誰かはどれくらい意味があるものか?

 狭い世界で何十年も対戦するのであまり意味がない。ただ、棋風があってこの場面ではこの人ならこう指すなという予想は立てやすいことはあります。

②思いもよらない手を指されたときはどう対処されますか?

 お茶でも飲みます(笑)時間がないときは気合いです(場内爆笑)

③ビジュアルな盤ではなく符号のようなもので考えられるようになったとお聞きしましたがいつからでしょうか?

 初段になってからです。子供の頃土曜日に席主に先週あったことを報告することになっていましたが、そのとき棋譜を覚えて・・・席主には迷惑だったかもしれません(笑)

④専門的になると他人に理解してもらえないことがありますが?

 「この手は良かった」とか自分で言うのはどうでしょう(笑)でも、対局している二人しかわからないことが実際は確かにありますね。

⑤チェス、オセロのプログラムで乱数を発生させるかゴールを決めてそれにつなぎ合わせるかで悩みますがどちらがいいでしょう?

 うーん、直観ということであれば、もっとあいまいで、わかりやすく説明できないものであると思います。(わかりました。いい加減に作ってみます。と質問者が答え、場内爆笑)

⑥リスクのある手はいつ頃から指されたのでしょう?

 正直三段までは結果だけ追い求めていました。プロと言われる四段からですね。

⑦ネットワーク対局と対面対局の違いはどう思われますか?

 うっかり指した手は対面でしか感じられないと思います。対面して指していると”しまった”と思ったことは同じ空気が相手に伝わるんですよね。

⑧コンピュータ将棋の発展はどう思われますか?

 端的に言うと強くなるプロセスが全然違うと思います。人間は直観・判断で、詰め将棋のような計算が生かせるのがコンピュータだと思います。

⑨トップ棋士と言われる人はどのような練習をされているのか?

 自分は、棋譜ならべ・詰め将棋・考えの実戦というくらいです。ある特化した局面においては自分より知っている人はたくさんいます。

※質問というよりはエールを送りたいという初老の男性がマイクを持つ
 森内先生も名人在位4期目で羽生先生に並んだ。しかし、羽生先生にこそ十八世名人になってほしい。(場内から割れんばかりの拍手、もちろん自分も

⑩進路を決めた理由はナンですか?

 12歳で奨励会に入ったので正直将来の進路とか職業という意識はなかったんです。ただ、自分の親は将棋を知らなかった。親が介入する余地がなかったので、あまのじゃくの自分にとってもよかったかもしれません。

⑪プロ棋士として成長とは何かと思われますか?

 とっても難しい質問ですね。本当の意味で進歩しているか?だと思います。10年前の自分と戦って絶対勝てるかと言われると勝負なのでやってみないとわかりません。ただ、時代や年齢に沿って順応・適応していくことかなと思っています。
 
⑫土壇場に弱いのですがどのように対処されてこられましたか?

 切羽詰まって時間がないときは何も考えていません。運がないだけなら過去を忘れること、これからいい目が出ると思います。

⑬棋士は長丁場の対局、最後は体力勝負だといいますが気をつけられていることは?

 集中力を発揮するにはメリハリが大事で、休むときは何も考えずぼーっと休みます。はたから見ていると異様だと思います(笑)

⑭10歳小学校4年生ですがどうやったら将棋が強くなりますか?

 まずは簡単な詰め将棋を毎日毎日解くこと、次に自分よりもちょっと強い人と対局すること、最後にあまり考えないでたくさん対局する、これが早く強くなる方法だと思います。

 まだまだ質問し足りない雰囲気でしたが、時間を定刻5分超過で打ち切りとなりました。羽生さん、いろいろ参考になりました。ありがとうございました。

 いや~、それにしても文章長くなった~。ご精読ありがとうございました。

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2 コメント

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決断力 (渡辺義愛)
2006-08-02 10:39:32
「決断力」をあらかじめ読んで聴いたので、講演そのものには、あまり新鮮味を感じなかったのですが、玲瓏管理人氏はそのなかに新しい部分を読み取り、適切でユーモラスなコメントを加えています。感服しました。早速プリントアウトして読み返しています。1箇所だけ、「10の130乗」という数字がありますが、もしかすると「10の30乗」じゃなかったでしょうか。終わってから「対局する言葉」と「決断力」にサインをもらい、私の愛弟子(将棋のではありません)と一緒のスリーショットにも加わってもらいました。生涯忘れられない一日になりました。その一日を精密に辿ることを可能にする記事を書いてくださった管理人氏に感謝し、今後のご精進・ご活躍を祈念する次第です。
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ありがとうございます (たいがー@玲瓏管理人)
2006-08-03 00:15:17
お名前を見て驚いております。その日のうちに早くファンの方に雰囲気を伝えようとの眠気眼の駄文・拙文、恥ずかしいばかりです。また、誤りご指摘ありがとうございました。早速訂正させていただきました。思いがけずこのような貴重なコメントを頂戴し恐縮しております。今後も一層精進していきたいと存じております。
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