発行人日記

図書出版 のぶ工房の発行人の日々です。
本をつくる話、映画や博物館、美術館やコンサートの話など。

「無理なんだけど、会いたかったね」

2022年03月02日 | 本について
◆校了
 納品日までドキドキだけど、ひとまず通常運転に戻る。
 ある人の評伝のような本を作った。これは市販しない。親しい人のみに配られる。もちろん、書籍コードをつければ本屋に置けるような当社全力クオリティで作ることに変わりはない。大層贅沢なものである。
 私の知らない人の本である。会うすべがなくなってから、それを理由に本のお話をいただいたので、会えるはずがないのである。
 残されたノートや手帳や写真や本やチケットや映画のフライヤーから、その人の声が聞こえてこないか、耳をそばだてながらの作業。霊感系の超能力は持ち合わせていないので、読解力だけが頼り。
 楽しい本にしようと思った。希望も絶望も成果も挫折もひっくるめて。
 図書館に行かなくても注釈が書けるのはいい時代だ。
 その人の行ったまさにその日のライブが、動画配信されていたりする。

 なんとか本になった。
 その人にしてみれば、
「なんだか自分史っぽいものをみずしらずの他人に書かれてしまったよ」
 というところなのかもしれないが。
 私としては
「会いに行けるアイドル」ならぬ「いつでも会える〇〇さんしかもポータブル」ができたと思っている。
 で、思う。

「無理なんだけど、会いたかったね」

 誰かが亡くなったあと、その人についての本をつくる。
 作法はいろいろ考えられるが、
 「悲しい」「寂しい」「泣く」
 この3語は禁句である。

◆フツーの人の自分史の効用
 これまで、「自分史(をつくりませんか)」という広告や文言を見たとき、やめてよ、書かないよ。私みたいな一般ピープルの話なんて一体誰が読むんだろう? と思っていたけれど、たとえば私が1冊「我的生涯」という小さな本を作って消えたとすると、残ったものはすべて即刻、迷わずスッキリ処分してもらえるんじゃないかと思ったりする。究極の終活である。
 本を開いてみようと思う身内も知る人もいなくなったとき、この世から完全に忘れ去られてしまうわけだが、それでもある未来、どこかで古本を見つけて手にする人がいるかもしれない。そして読んで、へえ、21世紀前半のフツーの人はこんな風に生きたんだ、と思ってくれる人がいないとも限らない。
 不朽の魂を持つ、未来への手紙になりうる、ということである。
「地球上のある1日の物語」という映画のような、平板な風景が立体的に、なにか人類のダイナミズムのようなものが感じ取れる材料となるかもしれないと考えると、未来に小さな時限花火を仕掛けるようで、少し楽しくはならないか。

 


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