日本歯周外科学会

日本歯周外科学会(会長:伊藤輝夫)より、会員および患者さんへの情報発信のページ

東京八重洲のインプラント死亡事故と、その後

2008-01-28 16:54:41 | Weblog

会員の先生方は、昨年5月東京八重洲で開業のインプラント臨床で著名な歯科医が下顎小臼歯部の埋入手術中、舌側骨壁にパーホレーションを生じ、舌動脈を損傷し、口腔底内出血による死亡事故をご記憶のことと思う。この事例は、さほど難しくないインプラント埋入手術に思えるが、術者のうかつな手技ミスによる失敗と、それに事後処理の不適切が招いた典型的医療事故であり、日頃インプラント臨床に携わる者として多くの教訓を残している。このような事故は二度と起こしてはならず、このブログで問題点を指摘してみたい。当の歯科医はインプラント埋入後、口腔底出血に気づき、聖路加病院歯科口腔外科へ搬送したが、すでに心肺停止、脳障害をきたしており、ICUでの処置のかいなく死亡。近年、歯科界はインプラント臨床に対する関心が高まり、望ましくない患者とのトラブルが各地で多く発生していることも事実である。これに対応するかの如く、顎骨構造の診断のために高性能三次元Ⅹ線像の応用やレーザーなど高額機器が開発されているが、これらは、手術の安全・安心の保障まではしてくれない。あくまでも術者の術中イメージングの精度を高める道具であり、安全・安心の獲得は術者の技量にある。術者はⅩ線像を診るだけでなく、手技の精度を高めるイメージを膨らませ、たとえ小さな範囲の手術野であっても安易に手術に臨むべきでない。大切なことは術者の感性と集中力であり、手術手技を焦ることなく、手術目的を想定しながら状況変化を感知し、それに対処しながら手術を完成する能力が必要である。なかんずく、手術は少なからず、不確定因子を追及しながら行なわれるので、事が起きた時(想定外の変化)に対応できるか? 否や・・・術者の技量にかかわる。また、インプラント埋入手術の経験が少ない術者や几帳面に、埋入誘導のためにステントを応用することが多いと思うが、適切な埋入窩の指標にならない場合が多ので、過信してはいけない。やはり術者の五感と、事が起きた際の素早い対応が必要である。近年、一般病院歯科口腔外科や医学部病院歯科口腔外科には、口腔外科医がいなくなったとも聞いている。従って、以前は兎唇口蓋裂の形成手術は口腔外科のお家芸であったが、最近は専ら医学部形成外科で行われており、口腔腫瘍、特に悪性腫瘍などの手術件数も年々激減していると聞いている。日々の医学部病院の歯科口腔外科は入院患者の義歯作製や修理、虫歯治療に忙しい。この現象は、医学部自体が歯科医の口腔外科専門医の勤務を望んでいないからである。一方、歯学部口腔外科は、顎骨折や顎変形、小腫瘍の手術、智歯の抜歯、インプラント手術などで、マイナーオペ化しているように見られる。今後、このような傾向は拡大し、先の厚労省の口腔がん治療専門医制度の素案には、歯科医師の主導性は除外されており、口腔外科学の臨床環境は厳しいものがある。今後、開業の場での救急救命が生じたら、病院口腔外科を介さず、救急部へ搬送するのが適切であろう。
 [平成20年6月26日産経新聞の記事]
東京都中央区の歯科医院で昨年5月、人工歯根を埋め込む「インプラント手術」を受けた女性(当時70歳)が手術中に大量出血し、死亡した事件で、女性の遺族4人が歯科医院と院長を相手取り、約1憶9000万円の損害賠償を求める訴えを東京地栽に起こしていたことが25日に分かった。一方、警視庁は業務上過失致死容疑での立件に向けて、詰めの捜査を進めている。中略・・・訴状などによると、女性は昨年5月22日、手術中に出血が止まらなくなり、容態が急変、近くの総合病院に搬送されたが、すでに心肺停止状態で、翌23日に死亡した。司法解剖の結果、死因は口腔内の出血などによる窒息死と判明。ドリルであごの骨を貫通し、動脈を切断、大量出血した。遺族によると、院長は当日は体調不良だったと言い、手術ミスを認めているが、和解に向けた話し合いが進展していない。遺族は「手術は、体調が万全な状態で行うべきだ。その後の対応にも誠意が感じられない」と話している。 追記:村田千年先生(元・聖路加国際病院歯科口腔外科勤務)のメール説明によると、「事故当時の状況は聖路加病院に搬送されたのは事故発生から、1時間以上心肺停止状態で経過しており、直ちにICUにて蘇生処置(気管挿管を含む)を行うも、長時間の心肺停止による脳 浮腫により翌日死亡された・・・との事です。


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