居酒屋黙示録 新章 暖簾を繋ぐ刻

旧き善き銭湯を訪れ、立ち飲みを巡り、居酒屋で思う。

石風呂温泉 岩乃屋

2016-06-05 16:19:37 | 銭湯
タイトルを見てピンと来る人は多いと思うが、竹原市忠海にある国内に唯一残る石風呂に行ってきた。
意外と近くに在りながら未訪だった事にさしたる理由はない。
岩乃屋の事を知ったのは、結構最近の事であり自由に動ける身ではなかっただけの事。

そして久々にネットで見た岩乃屋の記事に、今行くより他は無かろうと判断した。
1月に岡山の仕事が終わったのに何故かまた、岡山にいる初夏の折。
岡山の寮をバイクで離れたのは、朝5時頃。
なんでそんなに早いのかというと、物のついでと云うやつだ。
倉敷市児島上の町に松屋製麺という朝5時40分からやっているうどん屋がある。
昨今、24時間営業の店も多いので、強いて言えば何時だろうが食いたい時に食いたい物は手に入るだろう。
だがそれでも早朝から営業し、そこに食べに行く人々がいるのにはそれなりの理由がある筈だ。
それを確めに俺は行く。
などと書いたが松屋製麺のレポは別に岡山うどん行脚として書くので後程。

初夏だというのに生憎の曇り空も相まって、矢鱈と寒いぜ。
コンビニや道の駅で暖を取りつつ、のんびりと広島へ向かう。
松屋製麺を6時前頃に離れてるので、岩乃屋の開業の11時30分まで5時間半あるわけだ。
普通に走れば3時間弱位だろう、つまり2時間半は時間を潰せと言うことになる。
という訳で高梁川河口の釣人を見に行き、セブンイレブンでコーヒーを飲み、道の駅笠岡でトイレに入り休憩所で2ちゃんのログをチェックして、尾道で寿湯の夏場の様子を写真に撮ってと、かなり寄り道したつもりだったがそれでも岩乃屋の前に着いたのは10時50分頃であった。
おかみさんにご飯食べて来たらと勧められたので、忠海の駅周辺をバイクでさっと周り、ほとんど何もないということを確認して、駅に隣接しているファミマに寄る。
うさぎの島として有名な大久野島へのフェリー乗り場も近いため、家族連れや若いグループなども居るなか、雑誌を二、三冊パラパラと立ち読みした後、カップラーメンとおにぎりで簡単な昼飯をコンビニ駐車場で掻き込んだ。
なんとか11時30分まで時間を潰し岩乃屋に戻った。
受付で1200円の料金を支払い、おかみさんの良く来る人がもう先に行ってるから判らない事は聞いてくださいとの声を受け石風呂の方に向かった。

瀬戸内に暮らす人々にはイメージしやすいと思うが、海の近くまで森が迫りそのまま数メートルの岩肌が海へ続く、そんな海岸の岩場に幅1メートル程の通路がコンクリートで作られている。
50メートルも進むと右手に石風呂が掘られていて、御主人が汗だくで作業をされている。
その奥に更衣室と休憩室があり、更衣室で半パンとTシャツに着替えた。
石風呂は混浴なので裸になることはない。
休憩室の棚に着替えた服を籠に入れて置いておく。
休憩室も砂岩質の岩場にくり抜かれた防空壕のような空間で、広さは15畳程もあろうか。
床には筵が敷かれていて足裏に優しい感じがする。
おかみさんの言われた常連の方であろうご老人が居られたので挨拶し、御主人の仕事を一緒になって見守る。
石風呂の手前海側は洗い場と休憩スペースのようだ。
入口から見て正面に一つ小さな扉があるがここが「あついほう」の石風呂になるようだ。
その中で燃やした木々を今、御主人が取りだしている所だ。
長い棒の先に付いたスコップで燠火を取りだし、ある程度無くなった所で水に浸した竹箒で床を掃き、残り火を奥に寄せる。
そして床に簀の子と筵を敷いて、その上にアマモという海藻を敷き詰める。
文章にすると短いものだが、これはとてつもない重労働だ。
銭湯の釜場仕事を手伝ったことがあるが、それどころではない。
鬼気迫る御主人の仕事振りを常連さんの隣で見守る事しか出来なかった。
「あついほう」の部屋に扉が取り付けられ、御主人が笑顔でお待たせと言ってくれると、常連さんは早速、その右手にある「ぬるいほう」の扉に入って行った。

俺も早速入るのだが、その前に手前の様子をもう少し詳しく書いておこう。
海辺の通路から引戸を入ればそこが先程から描写している「あついほう」の部屋の前。
今は筵が敷かれ休憩所も兼ねていて部屋の角に半切りのドラム缶に燠火が焚かれ、薬罐が何個か乗っている。
先程常連さんが薬罐に茶葉を入れて火から降ろしていたので、客が勝手に飲める様になっているのだろう。
強い匂いの出るものは焼かない様にと注意書きがあるので、焼いて食えるものならば焼いても良いようだ。
さて右手側に「ぬるいほう」の扉とその海側は一段高くなった洗い場がある。
奥の壁には小さな浴槽があるがこれは掛かり湯用で浸かってはいけない。
右手の壁に湯水のカラン、海側の壁にもカランとシャワーが備えられている。
部屋の中央に当たる部分に浴槽が一つ切られていて、形は半月を更に半分にした感じ。
浴槽自体は白の長方形タイルで周囲の壁が水色の長方形タイルだが模様入りなのか、今迄見たことがないタイルだった。
浴槽周囲や洗い場の湯桶台は小石風タイルでこの洗い場だけでも銭湯数寄には必見ものだと思う。

それじゃま、石風呂の方に入ってみましょうか。
入口の扉を開けて中に入る、サウナと同じようになるべく早く閉めるのが良いのだが入口扉は高さ1メートル、幅80センチ程でかなり小さい上に、石壁に厚みがあるため入ってすぐに後ろを向いて閉めるなど出来ない。
一度奥の広い場所で方向性転換して扉を閉めて下がる羽目になった。
何回か出入りして後ろ手に閉める事が出来るようになったが、これは中々難しい。
入ってすぐは目が慣れていないので、広さも高さも判らなかったがどうやら、広さ的には8畳間位ありそうだ。
高さは立っても平気そうだが、扉の高さより上、つまり座った状態での頭より上の空間には「あついほう」から流れて来る熱気が充満しているのだ。
座った状態での体感温度は40~50度位だろうか。
程なくして顔から腕から、どんどん汗が吹き出して来た。
常連さんは時折、休憩所にあった団扇で背中を扇いでいるが、勿論涼を求めているのではなく上方の熱い空気を背に浴びているのだ。
真似してタオルで上方の空気を掻き寄せて見ると、確かに程よい熱気が来る。
下の方で蹲ったまま、じっとしていると然程暑い訳ではないが空気が動くと肌が熱気をより感じる訳だ。
暫くして常連さんが出て行き、程なく俺も外に出た。
買ってあったペットボトルの茶を飲み、海辺の通路で風に当たる。
これは気持ち良いわ。
目の前の海にはうさぎの島として有名になった大久野島、遠くに見える斜張橋はしまなみ海道か。

何度か出たり入ったりを繰り返す内にお客さんが増えてきた。
女性も何人か来ている。
1時を過ぎると「あついほう」の扉が解禁となる。
先程の常連さんとその顔見知りの女性が先ず突入。
出てきたところで「どんな感じなんですか?」と聞いてみると、「熱いですよ、皮膚火傷しますよ」と返ってきたが、まあ、一度は行ってみなければ。
銀泉浴場の52度すら入った俺だ、撃ちてしやまんと休憩所に積んである麻袋を一つ手にとり、入口の壁に触れない様に注意しながら突入した。
何とか扉を閉めて中にしゃがみ込んだ、が、ヤバイ!この部屋ヤバイ!
熱いと云うより痛い!
剥き出しの皮膚部分がもれなく痛い。
麻袋で背中を防御するも足まで防ぎきれない。
てな訳で這う這うの体で撤退、実質2分も中にいたかどうか。
洗い場の水で体を冷やしたが、耳とかピリピリ痛いし。
あれ人間の生存出来る環境じゃねえよ。

暫くは「ぬるいほう」でゆっくりし、他のお客さんと話をしたりした。
最初にいた常連さんが採ったばかりの蛸を炭火で焼いて勧めてくれたり楽しい一時を過ごした。

最後にもう一度「あついほう」に挑む事にしたのは、なにがそうさせたのだろうか。
麻袋を一枚は背に被り、一枚を抱えて再び突入した。
床に一枚を敷いてその上に寝転び上から麻袋を被る事には成功した。
上半身の防御は完璧だった。
足は動かなければ耐えれるだろうという計算だった。
確かに上腿、下腿の皮膚は動かなければ熱い空気に耐えた。
しかし足の裏は筵とアマモを貫通してくる焼けた石床の熱を受けきれず、脚を浮かせれば空気をかき混ぜ、また熱くなるという攻撃にまたもや撤退を余儀なくされることとなった。
まあ3分位は中にいたか。

最後に洗い場で水を浴び、タオルで拭いた後、外の通路で風を浴び乾いた所で着替えた。
良い風呂だった。
帰り際、御主人と話をしていると昔は海側にもう一つ休憩室があったそうだが台風で壊れてしまったそうだ。
今は石の土台部分が海中に見えるだけだ。

昭和25年から66年間、石風呂を焚き続けてきた御主人は、今年の9月1日を最後にその営業を終える。
それはこの国に残る最後の石風呂が姿を消すと云うことを意味する。
楽な仕事でも儲かる仕事でもない故に消えてしまうのは仕方のないことかも知れない。
ただあり続けて欲しいと思うのは余りに無責任な要望だ。
私達はただ残された時間の中、岩乃屋を訪れ石風呂を楽しみ、そこで会った人との交流を楽しむ事が出来るだけ。
そしてそれを自らの、そして皆の記憶として遺す。
自分に出来るのはそこまでだ。

これを読んだ人には是非一度は行って見て欲しいと思うが、但し神経質な人にはお勧めしない。
汗でアマモが肌に貼り付いたり、砂岩質の天井から砂が落ちて着替えが砂だらけになったり、煤がついて黒くなったり、最後に身体を流す時もシャンプー、石鹸は使えないとかを我慢出来ない人は行かない方が良いでしょう。
ま、本当に神経質な人は共同の浴場なぞ最初から行かないか。
そういう人と友達になることもないだろうから良いけどね。





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