居酒屋黙示録 新章 暖簾を繋ぐ刻

旧き善き銭湯を訪れ、立ち飲みを巡り、居酒屋で思う。

府中三湯

2018-02-18 15:55:23 | 銭湯
岡山での仕事が終わりを告げた。
本来ならもう少し期間があったのだが、ちょっとした配置転換の煽りを受けて予定より短くなった。
てな訳でその間にあったネタを纏めておこう。

結局岡山で行けた銭湯は、再訪の福島温泉だけである。
新規に狙っていた東湯、鶴湯は行けず、再訪を目論んでいた有楽温泉、昭和温泉、大黒湯、戎湯は寒波のために足が出なかった。
後回ししている内に桜湯が閉業。
清心温泉も無くなってしまった。
田町温泉や宝泉相生湯どころか岡山市内に遊びに出たのが一回だけとは何とも大人しくしてたものだ。

こうなると風呂やラーメンなどを楽しむのは広島との行き帰りの道すがらになる。
以前は岡山県内は海岸沿いを走ることが定番ルートだったが、そのコースはどうしても国道2号を経由しなければ大きく距離が増える事になる。
そこで後輩達と情報交換して、新たに開発したのが国道486号線を使うルートだ。
国道486号は岡山県総社市と広島県東広島市を結ぶ国道で矢掛町、井原市、福山市北部の神辺や新市、府中市、御調などを通過する。
井原や神辺、府中辺りはちょっとした街中だが大半は田舎道で交通量も2号線に比べたら無いも同然。
そりゃ流れも良く、ストレスなく走れるってもんですよ。
海沿いルートに比べても走行距離も対して変わらないし良いことずくめかと思いきや、山陽自動車道より北を走るため、寒波の時は地獄。
下界が雨でも当然雪、海沿いルートと5℃位気温が違う。

で府中市。
全く今迄行った事が無いわけでないが、銭湯巡りを始めてからは近くに行く事が無いためずっと先延ばしにしてきた府中市の三湯をこの機会に巡りますよ、そりゃもう。
てな訳で午後休を貰い早めに岡山を出る。
割りと暖かい日だったので486号辺りの気温は5℃程度。
冬バイク用のフル装備に手足にミニカイロの防寒仕様で一路府中を目指し明るい内に市内に入った。

府中市にあると聞いているのは松の湯、稲荷湯、寿温泉の3軒。
寿温泉や松の湯はグーグルマップにも情報があり概要は掴めたが、稲荷湯の情報は殆ど出て来ない。
取り敢えず寿温泉は新しそうなビル銭湯らしいので、初日は見るだけにしておくかと前まで行き、写真を撮る。
さて次は稲荷湯で良さそうならばそのまま入浴しよう。
グーグルマップで場所だけはアイコンがついていたので目の前まで行ってみるが、それらしい建物は見当たらない。
しかし俺とて昨日今日、銭湯巡りを始めた訳でもない。
閉業しているなら閉業しているで、その跡だけでもこの目に見なければ収まらないのがマニアというものである。
アイコンがうたれている建物はどうしても銭湯のようには見えない。
規模が小さい上に釜場や煙突といった設備がありそう、若しくはあった様な跡もない。
そこで周辺をバイクでうろちょろしてみることにした。
こんなところ通って良いのか?と思える細い路地を何本が通る内に、見つけたよ。
煙突。
まあ煙突があるからと言って銭湯という確証があるわけではない。
田舎町には小さな醸造蔵があったりするからな。
まあ目の前に見えるのは醸造蔵にはみえないが、営業している銭湯と言いきるのも難しい。
電気は点いているようだが、二つある入口に暖簾はなく、男、女といった表示もない。
これはどうしたものかなと思案していると、目の前をスーパーの袋を下げた若奥さん風の中々綺麗なお姉さんが通ったのでこれ幸いと「ここって稲荷湯って銭湯だった所ですか?」と聞いてみる。
今考えると閉業前提の失礼な質問だが、お姉さんは愛想良く「ええ、まだ営業してますよ」と教えてくれた。
うむ、営業しているのは判った。
あとはどちらが男湯か判ればこの扉を開こう。
結局すぐに妥協して電話しましたがね。
向かって右が男湯と聞いて、早速中に入る。

かなり広く高さもある番台には、結構若いご主人。
入浴料金430円を苦労してポケットから引っ張り出して払う。
岡山の寮を引き払う準備のため荷物が多かったのだが、ご主人が気軽にロッカー好きなだけ使ってと声を掛けてくれる。
まあ大きなバッグの方は着替え位しか入っていないので、島ロッカーの上に置かせて貰いディパックと冬用フル装備は何とかロッカーに収まった。
フル装備とはいえ二時間もバイクで走ればそれなりに冷える。

とにかく風呂で暖まろう。

浴室は幅三間、奥行四間位でかなり広い。
浴槽はセンター奥側に一つ、内側は水色タイルだが縁は倉敷戎湯の様な御影石の縁、広島県では初めて見た。
手前三分の一は浅湯で奥三分の二は広島ならではの三段式である。
床は灰色掛かったタイルで銭湯では良く見る四角と八角を合わせたパターン。
壁は水色の大判タイル。
カランは仕切り壁、外壁共に10個づつあるが、外壁側は壊れてるので仕切り壁側を使ってとご主人が言っていた。
外壁側は、鏡も一つ置きにしかなくシャワーの跡もない。
仕切り壁側は取り外されているがシャワー水栓の跡があり、一番奥以外は鏡もちゃんと備わっている。
仕切り壁入口側に一間四方位の台が設けられており、洗面器置場となってるいるのでカランの間隔が仕切り壁の方が狭くなっている。
その台があるためか仕切り壁の上に設けられた目隠しガラスも入口側だけにある。
さて、見聞ばかりしていては風邪をひいてしまいかねないので身体を流そう。
先客は二人、仕切り壁側のカランで身体を流している。
桶置場から洗面器を取り、カランに向かう。
カランは壁から降りて来た水色タイルが、鏡の下で茶色の小判タイルで貼られた石鹸置場に続き、縦に茶色タイルから大判水色タイルと繋がり湯桶台と続く。
仕切り壁側の湯桶台は床と似た灰色タイルだが、外壁側は小石タイルだった。
湯桶台下は斜めに切れ込み排水溝に至る。
この客を気遣った造りは好きだ。
素晴らしい浴室だ。

広い浴室は少し肌寒いのでさっさと身体を流し、髭をあたるのは止め浴槽に浸かる。
温めだが深々とした三段浴槽に首まで浸かり息を吐く。
良い湯だ。
先客二人は先に上がり、一人となった浴室で存分に堪能する。
女湯の方も誰もいない様子で、ただ循環ポンプの音だけが小さく響く。
本当に良い風呂だ。

まず湯冷めしないようにしっかり身体を拭き、乾いたところで服を着る。
服を着ながらご主人と話をする。
稲荷湯の創業は昭和元年、百年に迫る営業年数だがご主人は「百年は持たないだろうな」と言う。
その言葉は重く、俺は返事ができない。
ご主人の言葉は続く。
「人件費だとか考えたら銭湯なんかできないよ」
「設備だってどこが壊れてるのかも分かってるのさ」
「もうボランティアを超えた所でやってるんだよ」
ご主人の言葉に拙い返事をしながらも、脱衣場を見渡す。
板張りの床に、化粧板張りの島ロッカーが一つと小さな壁ロッカー、角に小さなサウナボックス。
広い割には物の少ない脱衣場だが、綺麗に掃除されていて島ロッカーの上には花瓶に花が挿してある。
6時を少し過ぎた所で俺が見た客は俺を含め三人。
銭湯は客が来てこそ商いが成り立つ訳だが、黒字にならなければ入浴施設の運営というボランティアになり、そこを越えるのであれば銭湯を支えるのは個人の趣味か矜持か。
いずれにせよ、俺は稲荷湯に惜しみ無い賛辞を送る。
歴史も、それを支える今のご主人も紛れもない一級品の銭湯だ。
いつものように「ありがとうございました、良いお湯でした」と礼を言って暇する。
バイクに荷物を積みつけ、走り出し際にもう一度振り返る。
暗くなった静かな町の風景に稲荷湯が溶け込んでゆくようにみえた。

さてその日は最後の一軒、松の湯の場所を確認して帰宅。
そう一軒岡山の銭湯の閉業情報を忘れていた。
水島にあった水島温泉センター、その昔は春日湯と言ったらしい。
昨年12月28日にボイラー故障のため閉業。
タッチの差で一会叶わず。
これも運命と言うより他はない。

そして最後の岡山方面行きの道は、更に新ルート探索のため尾道の市街地を北に迂回するルートを取った。
三原バイパスの途中から県道55号、国道184号、県道54号を経由して松永バイパス入口に向かう道でかなり楽なルートだったが今考えると大失敗。
月曜金曜が休みの尾道大宮湯寄っとけば良かった。
出発が遅くなったので殆ど休みもとらずに岡山行っちまったよ。
まあ尾道ならまた行く機会もあるだろう。

そして最後の岡山仕事を終え広島帰りの最終日。
上司の計らいで早めに岡山を出る。
当然486ルートで松の湯狙いだが、余りにもスムーズに事が運びすぎた。
府中に着いたのが4時半を過ぎた頃。
松の湯の開店は午後6時である。
取り敢えず駅近のファミマでチャーマヨまんと飲物で暖を取りつつ考えたが、ここはもう風呂しかないな。
基本同日に連湯はしない。
感動薄れるし、データが頭の中でごっちゃになるし。
しかしまあ、滅多に来ることのない府中だし寒いし金は余りないしと心の中で言い訳をしてまず、寿温泉に入ることにした。
前回見たときも、見た目ビル銭湯だし、新しそうだし、無理に寄らなくて良いかと思ってたが、中々どうして良い銭湯だった。
失礼いたしました。

ドアを開け中に入るとまず高い番台にガツンとくる。
久々に身長越えの番台見たな。
脱衣場側に壁が設え中が直接見えない様になっている。
靴箱に靴を入れ、脱衣場にはいる。
広さは三間の二間半、仕切り壁側にトイレとロッカー、真ん中にはテーブル、長椅子、マッサージ椅子と置かれ、ジュースとアイスの冷蔵庫もあり少し手狭な脱衣場。
お客さんも多く賑わっている。
ロッカーにフル装備を詰め込んで浴室へ。

浴室は幅三間、奥行も三間かと思いきや、外壁側にもう一間あってサウナと水風呂があるようだ。
取り敢えず身体を流すか。
カラン数は仕切り壁7、広島には珍しい島カランが3×2、外壁側のサウナ室の壁に4個と結構多い。
連湯するつもりなのでざっと流し、浴槽へ。
浴槽は奥壁に沿って3つ、水風呂も入れれば4つ。
仕切り壁側からバイブラと電気風呂の混合、ジェット、そして三段の主浴槽そして壁を経て水風呂。
一つ一つは小さめで主浴槽でも三人はきついか?

奥壁にはタイル絵があり子供の描いた絵なのだろうか、気球が飛び、虹があり太陽が輝く草原の風景か。
更に驚いたのが湯気抜きに富士山のモザイクタイルがあった。
湯気抜きにまで装飾を入れるとは。

時間があるのでサウナも少しだけ体験し上がる。
脱衣場で他のお客さんに混ざりテレビを見ながら雑談していると、テーブル下に全国浴場新聞の縮刷板があったので少し読んだりしてる内に6時近くなったので暇する。

寿温泉から松の湯まではバイクで5分も掛からず。
まだ電灯看板は点っておらず、暫くして明かりが点いたのを確認して引戸を開けた。

中では大おかみがまだ風呂の蓋を外している最中で、暫く待って下さいと言われるので大人しく待っていた。

ご主人も現れ、準備ができたのか、大おかみが番台に付いたところで500円玉を渡し釣りを貰う。
ここの番台も結構高い。
更に三和土から脱衣場床までの上がり框もちょっと苦労する高さだ。
靴箱の蓋が跳ね上げ式なのが珍しい。

服をロッカーに押し込みながら大おかみに話を聞くと大正の御代の創業だそうで正に百年銭湯。
流石に改装や中普請はしてるだろうが、大おかみからして嫁いで半世紀だそうだ。
ロッカーや靴箱の上には生活雑貨が積まれてお世辞にも片付いているとは云えないが脱衣場自体は広くロッカーも外壁のみ、真ん中に長椅子が一つあるのみだ。
では本日二度目の銭湯へ。

浴室は三間×三間半、湯気抜きがかなり小さめ。
浴室の床は滑り止めタイプの新しいタイル。
カランは外壁6と奥壁2、シャワー付である。
ここのカランもシャワー下に石鹸置き、湯桶台と続き斜めに切れ込む形であった。
入りがけにご主人から、シャワーがまだ冷たいので2、3分出しっ放しにしておいて下さいと云われたので一つ出してみると確かに冷たい。
出したシャワーの隣のカランで今度は普通に身体を流し、髭をあたろうかとした頃に漸くシャワーがお湯になった。
髭もあたり、一旦洗面器も戻して浴槽へ。
ここの洗面器は白ケロリンの様な材質のオリジナル銘入りの桶である。

浴槽はベージュの小判タイルで囲われ縁は明るい茶色の長方形タイルで細かくアールを描いた造形だ。
浴槽内は水色のタイル、底は小石タイルと風情がある。
仕切り壁と奥壁に沿い一間×二間位の大きさで、ここも三分の一が浅湯、三分の二が三段式の深湯である。

浴室奥壁には大きくはないがモザイクタイルがあり、広島の名勝鞆の浦のようだ。
相客は居らず、女湯も静かでまたもや貸し切り状態。
寒空の下、後二時間近くバイクに乗る身としては汗を掻かない程度にはしっかりと暖まっておきたい。
最初少し温いかと感じた湯も丁度良くなった所で上がり湯を浴びて身体を拭く。

脱衣場に戻ると番台はご主人に替わっていた。
下着を着ているとドライヤーを勧めてくれたので珍しくドライヤーを使って髪を乾かす。
短いので普段は着替えてのんびりしてると乾いてしまうからな。
着替えながらご主人と広島の銭湯談義。
福山市内も一軒だけになってしまいましたねと、だいご湯の話を振られたので、先日行った時に彫物率が凄かった話をしたら、今はスーパー銭湯とかが厳しいので組合の銭湯の方が多いのですと云われた。
松の湯も昔は近くに事務所があり、結構多かったそうだ。
先日稲荷湯さんにも行きましたと言うと、良く見つけましたねと驚かれた。
他にも三原にあった銭湯の話や、バイクなどの話をしてる内に女湯にお客さんが来たようだ。
男湯は他に誰も居なかったので、写真を撮って良いですかと聞くと、どうぞと云われたので一枚浴室を取らせて貰ったが、湯気が多くて余り綺麗には撮れなかった。
お客さん居なければ女湯も見てもらったんですけどと言うご主人だったが、流石にお客さん来ない方が良かった話はできないわ。
聞いたとこに拠ると女湯のモザイクタイルは福山市にある名勝アブト岩らしい。
百年銭湯松の湯堪能しました。
お礼を言って暇、さあ帰ろう。

府中の三湯はどこも良かった。
全部再訪したいわ。
この三湯の歴史が続く事を願って、今回はこれにて。
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年の瀬銭湯行脚、ありがとう清心温泉

2017-12-24 16:08:34 | 銭湯
暫し携帯も使えない所への出張が終わり、漸く帰ってきた。
その出張の帰りがけに鹿児島県は志布志に立ち寄る機会があった。
フリーな時間は殆ど取れなかったが、することは一つだよな。
携帯で付近を検索して見つけたのが安楽温泉である。

7時過ぎに漸く仕事が終わり、取るものも取り敢えず駅に向かう。
日豊本線に続き九州東側を走る日南線の終着駅、志布志の駅前はお世辞にも栄えてるとは言い難い。
複合らしいスーパーと何件かの飲食店の明かりが見えるがタクシーがいない。
いつもならば歩いて行く距離なのだが、電話で確認したところ21時までしか営業していないらしく、歩いて30分は少し忙しない。
幸い駅前道路を渡ると飲み屋街の入口にタクシー乗り場があり、近くですみませんがと安楽温泉までお願いした。

岡留蒲鉾本舗という薩摩揚げの店に併設されているのが安楽温泉。
レジ閉めるから早くと急かすおかみさんに入浴料金400円を払い、ついでに薩摩揚げも買っておく。
ハモ天とすり身のコロッケ、コーンをまぶして揚げた薩摩揚げの3つで485円。
高いように思うが、コーン揚げが200円以上するらしい。
値札つけといてほしいな。

タクシーの運転手さん情報で鍵の掛かるロッカー等は無いそうなので、財布と携帯を預けようとおかみさんに言うと「仕舞っておくから、そこに置いておいて」とレジ後ろの机を示されたので置いておく。
その机のすぐ隣にあるドアをはいると細長い通路にでる。
入って直ぐに貴重品ロッカーがあるが、一つ残らず鍵が故障しているところが愛嬌である。

奥側のドアが男湯の脱衣場の入口だ。
脱衣場は二間四方程の空間で、置かれているのは長椅子と脱衣籠、そして籠を置く棚位のシンプルな空間である。
トイレは有るようだが、詰まるので使用禁止の様で、通路にあるトイレを使用してくれと貼り紙がある。

もそもそと服を脱ぎ脱衣籠を棚に収めていざ浴室へ。
浴室は二間幅の奥が三間位で、中央にドンと浴槽が構える。
入口側半分くらいは透明なので普通の湯かと思いきや水風呂であった。
奥側の少し広い浴槽には赤茶けた色の湯が湛えられており、温泉浴場であることを主張している。
天井まできっちり続いた仕切り壁の入り口側に一坪程のサウナが設えてある。
先客は二人居り、一人は温泉浴槽に浸かり、もう一人はその浴槽の横で寝ている。
一瞬倒れているのかと思ったが、大事な所は隠れており相客も騒いでないので流す。
カランはシャワー付きで10程。
身体を流して早速温泉に浸かることに。
赤茶けた湯は強くは匂わないが、何となく黒湯に近いような気もするし、硫黄の用な気も微かにする。
温度はそんなに熱くなく、のんびり長湯するには良いのかも知れない。
水風呂との仕切り部分に天井からパイプが降りて来て、源泉の湯を出してる様だ。
然程熱くはないのだが結構暖まったので水風呂でクールダウン。
ついでにサウナも覗いておくが、特に言及する特徴は無かった。
温泉浴槽と水風呂を行ったり来たりする内に、相客の一人は上がり寝ていた人も起きてまた風呂に浸かる。
その相客が源泉のバルブを捻り、量を増やすと浴槽の温度が上がって来た。
成る程、ここでは客が好みの温度に調整できるのか。
その相客も上がり最後の一人となって、更に10分程温泉を堪能して上がった。

着替えて蒲鉾屋の方のカウンターに戻ると、おかみさんはまだレジ締めの途中で、俺の財布と携帯は俺が置いた位置から微動だにしていなかった。
おいおい、仕舞っておくとかそういうのは無いの?
まあ元より多くない中身も減ってはいなかったので流す事にする。

駅方向へ戻る道すがら、スーパーで発泡酒を一本ゲットし薩摩揚げを噛じりつつぐびりと。
薩摩揚げは物凄く旨いが、発泡酒が不味い。
ケチらずビールにしとけば良かった。
まあ後は飲みにも行かず弁当買って帰りましたが。

さてさて年の瀬と呼ばれる時節になり、恒例の岡山での仕事が始まった。
岡山と言えば残念なニュースがあった。
11月3日、清心温泉にて火災が発生し、銭湯清心温泉は消失した。
番頭さんは一時入院したものの、既に退院されているとの事である。
街の社交場所として休業から復活し、銭湯に関わる者に取って希望の光条であった清心温泉は正式に廃業となった。
しかしその灯りは消えても、その志は残っているに違いないと、公式ブログを見る度に思う。

今回の岡山での仕事で土日を利用して広島と往復する道すがら、まだまだ未訪の銭湯を抑える事にした。
手始めは遥照山温泉、国道2号線から少し北に離れ、山陽自動車道鴨方インターから3キロ程と場所的にはそれほどハードルは高くないようにも思えるが、営業時間が午前9時から午後4時という普通の銭湯にない営業時間だった。
昼前に広島を出て、一風呂浴びて寮に戻るという計画を立てたが西から雨雲が迫りつつあるらしく天気は今一つ。
雨は降っていないものの雲は低く、いつ降り出してもおかしくない状態だったが何とか県境を越えるまではもった。
2号線を離れ、遥照山への県道に入ったところでポツリと降りだしたが、程なく到着。
取り敢えず写真を撮って、雨が酷くなるようならば風呂は諦めて次回にするかと思ったが、レインスーツもあるにはあるのでさっさと一風呂浴びることにした。
さっさとと書いたが、何せ5時間近くバイクに乗る格好である。
上も下も5枚の重ね着に加えて、リストバンドやネオプレンのソックス等脱ぐだけでも大変である。
何とか一通りロッカーに押し込んで、浴室へ。
円形に近いの建物の一部が浴室になっており浴槽が一つ、カランは壁際に別れて10個弱。
ラドン泉らしくお湯は無色。
カランで身体を流し、浴槽へ浸かる。
少し温めだが、冷えていた体に心地好い。
少し長湯をして体を暖めたあと、脱衣場でしっかり頭を乾かしてまた重ね着。
レインスーツの着用を覚悟して外に出るが、止んでいたので取り敢えずそのまま出発。
猫や狸を見かけたりしながら、山道を駆け降りて一路寮に向かう。
最後の30分小雨に降られたが、何とか無事に寮に着いた。

さて、寮で土日を過ごす時は、昼飯は岡山周辺でうどんやラーメンを食いに行くことが通例だが、その帰り道で清心温泉を見に行った。
正面玄関側の壁と焼鳥スペースは残っている感じだが、少し横に回ると屋根部分の炭化した梁が見える。
いずれは取り壊されて、新たなる街の風景となるように変わって行くのだろうが、その前に見ることが出来た。

夕方岡山で仕事が終わり、その足で広島に向かう場合は尾道の寿湯が定番だったが、以前のブログにも書いたように休業されている。
ちなみに明るい内に尾道を通った時に寿湯の建物は現存しているのを確認済みである。
他に確認に行った銭湯の類いは、忠海の石風呂温泉岩乃屋。
同じく忠海の旭湯こと吉田浴場。
そして岡山では西大寺の柳湯の3軒。
岩乃屋は母屋の旅館を改装している模様。
忠海東町の吉田浴場はミクシィのトピックで情報を得た所だが、まったくのノーマークだった。
住宅街の中に煙突こそ無かったものの、銭湯部分の建物はしっかりと残っており、良い雰囲気を醸し出していた。
西大寺の柳湯は清心温泉を見たその続き、折角なので西大寺駅前のサンドイッチハウスマミーでウェスタンサンドを一つ持ち帰りした後に立ち寄った。
入り口脇に銭湯横を流れる川に続く雁木があるのは、関西の激渋銭湯で見た通り。
建物も綺麗で今も営業しているかの様な佇まいであった。

休業の寿湯に代わりに選んだのが福山のだいご湯である。
実は福山には友人がおり、スーパー銭湯系は殆ど行っているがレトロ系は未発掘だったのだ。
折しも寒波が襲来しかなり着込んでいても末端からじわじわと寒さが体に凍みて行く。
時間が悪かったのか、鋼管道路の大渋滞に巻き込まれ漸くだいご湯前に辿り着いた時はすっかり冷えきった所だった。
関西の激渋銭湯である程度の予備知識は持っていたものの、実際入ると面食らう程の変わり種であった。
両脇にショーケースがある間口に男女別の入り口はあるが中は繋がったロビーの様な造り。
そしてロビーの奥にこちら側を向いた番台があり、その両脇にカーテンが下がりその奥が脱衣場だ。
脱衣場は縦に細長く、外壁側にロッカーが並んでいる。
例の如く重ね着をロッカーに押し込んで、いそいそと浴室へ。
浴室の引戸正面はいきなり壁があり仕切り壁側にオフセットして奥に続く。
仕切り壁入口側に謎のドアがあるが今は使ってないようだ。
仕切り壁側に浴槽、オフセットした外壁にカランが6個位。
奥壁にサウナの入口があり、事前に得た情報ではその奥に水風呂があるそうだ。
取り敢えず身体を流し、いつもはあまり入らないサウナに入る。
一坪強のサウナの壁は小石タイルが貼られ渋い雰囲気だ。
暖かくなってきた所で奥の水風呂スペースを見聞。
半露天なので結構寒いがサウナから直行なら丁度良いのか。
水風呂にさっと浸かってサウナに戻ると相客が増えていたので浴室へ戻り浴槽に浸かる。
黒いタイルで縁取られた深浅の浴槽は少し熱めで心地好い。
ゆっくり暖まり、体の芯が暖かくなった所で上がり、汗をかかないようゆっくり着替えて暇した。
しかし偶々そういう時間帯だったのか、30分程の入浴だったが相客の彫物率が8割越えは初めてである。
後はどこかでラーメンでも食べて2時間掛けて帰るだけ。

こんな感じでこの寒さの中、銭湯行脚を続けています。
後はうどんラーメン行脚もネタが貯まってきたからそろそろ書かないとな。

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清水湯連湯 そしてありがとう矢部の湯

2017-09-20 13:42:09 | 銭湯
広島ではルーティンワークが続きあまりブログのネタになることが多くない。
銭湯も同じ所に通いつめると常連化してしまい、却って書ける事が無くなってしまう。

そんな訳で初夏以来の関東は久々のネタ拾いには絶好のシチュエーションである。
前回の出張で一緒に飲んだ後輩に早めにメールを入れ、ちょっと鶴見で飲ろうぜと計画は万全だった。
弁天橋で待ち合わせ鶴見でもレトロ系の最右翼、清水湯で一風呂浴びて飲みに行くぜ。

ところが当日になって後輩と連絡が付かない。
この歳となると急に連絡がつかなくなる時は、「急な病気で実は・・・」等も考えられなくもないので少し心配ではある。
まあ、以前から計画は通してあったので、弁天橋で5時とメールを入れたが、存外に仕事が早く終わってしまい少し時間ができた。
弁天橋待ち合わせなら当然JRの方が乗り換えも楽だが、少し歩いて京急で北上開始。
金沢文庫止まりの各駅停車だったので、非常に判りにくい角打ちスペースがあると云う酒屋をチェックしに途中下車。
日本酒の品揃えと角打ちスペースを確認。
ここの角打ちは5時頃かららしく飲んでいく訳にいかないのが残念。
能見堂赤井温泉なき今、文庫周辺には風呂もなく今後どうやってツアーに組み込むか考えなくてはならない。

金沢文庫から更に各停で北上。
車内での時間潰しは図書館で借りてきた本を一冊持ってきた。
今日は小野不由美の十二国記シリーズの「図南の翼」
最初は異世界ファンタジーみたいな始まり方だったので、そういう話かと思ったら進むにつれ全然違ってきた。
こりゃ面白いと今回、後半部分をごっそり借りて、移動中の時間潰しに読んでいる。
以前どこかで書いたかも知れないが、水滸伝好きなら嵌まる話だね。

お蔭で退屈せずに京急鶴見に到着。
JRに乗換えだがその前に立ち飲み系の店を何軒かチェックしておく。
ふーむ、鶴見区は未訪の銭湯も沢山残ってるし当分楽しめそうだな。

鶴見線に乗換え、鶴見を出たら5分程で弁天橋だ。
本を開く間もなく降りた所はJMUの真ん前で、駅の前にファミマが一軒あるだけの鶴見線らしい駅前。
安善だと駅の前はほてい屋だけだしな。
友人に5時15分までファミマで待つわとメールを入れ、ファミマでビールの新製品があったので一本いっておく。
パラパラと降ってきた雨を避けるために建物の陰でビールを干し、手が空いたところで本の続き。
結局連絡は付かず、今日は一人ツアーということで弁天橋を出発だ。

産業道路を渡れば目の前は汐入公園。
グーグルマップで案内させると公園を回り込んで行けと指示されるが目の前に出入口が有るのにそんな事は勿論しない。
後は潮田神社の方へ真っ直ぐ進む。
住宅街からぽつぽつと商店が増え始め、行く手に鳥居が見えて来たらもう清水湯はすぐそこだ。

二重の千鳥破風で既にテンション上がり気味。
入口には木目も鮮やかな下足箱と傘入れ、そして入浴券の自販機が2台もあるが両方壊れてるのが愛嬌である、
フロント式に改装されているのでおかみさんに入浴料金をはらい脱衣場へ。
少し小さめのロッカー、下段に貸しロッカーがあり真ん中に縁台。
折り上げ格天井は高く見事。
間口は七間、奥行は脱衣場浴室共に四間で堂々たる銭湯だ。
窓は広く坪庭に面し、塀の向こうに先程前を通った焼鳥店が見える。

浴室に一歩踏み入れると意外にもモダンな印象を受ける色使い。
壁や床は明るい色だがカラン周りや浴槽壁はテラコッタのような色のタイル。
浴槽縁は赤茶の御影石のようである。
奥壁のタイル絵はヨーロッパかどこかの湖水の風景、仕切り壁のモザイクタイルは富士山だ。
浴槽は大きく2つに別れ外壁側が長方形で外壁に格子があって中に岩が設えてある。
奥壁側には水枕。
仕切り壁側の浴槽は丸いバイブラだ。
島カランは2つあるが、外壁側の島は片面のみカランが設えられているのでカラン数は外壁から7、6、6、6、6+立シャワーとかなり多い。
外壁側のカランで身体を流し、円形浴槽のバイブラでゆったりとタイル絵を眺める。
銭湯物語で見たが女湯のタイル絵はヴェニスかどっかでモザイクタイルは薔薇と孔雀らしい。
もう1つの浴槽にも浸かり、水枕も堪能。
大分涼しくなったとはいえ、脱衣場で暫く扇風機を浴びないと汗が引かない位に温まった。

フロントのおかみさんに礼を言って暇し、さて、ぶらぶらと行きますか。
最近暇になれば、グーグルマップに銭湯や立ち飲みの場所をチェックしてるので京急鶴見までの道のりにも何軒かの立ち飲みポイントが印されている。
先ずは手近にということで、潮田神社すぐの中村酒店の方へ。
駄菓子屋の隣に程なく見つけ、小さな角打ちスペースにお邪魔する。
ここはビールだな。
場所からいって当然キリン。
まだ滲んで来る汗を扇子で散らしながら、瓶ビールを堪能した。
夜はまだ長い。

潮田から鶴見郵便局に向かう大きな道を歩き、橋を渡ってから左手に進むのに少し苦労して京急鶴見の方へ。
目指すは「立ち飲み・うどん・風」
うどんや串揚げもある店らしいが情報少ないので気になってチェックした所だ。
国道15号線の地下通路を抜けてすぐの角、赤いテントに風の草書?
この時点でテンション爆上げである。
良く判らない人は、立原あゆみ先生の「本気」全50巻を是非読んで戴きたい。

立ち飲みと謳っているが、酒の通函に座って飲めるようで、殆ど歩道で飲んでる様なものだ。
流石にビールはもう良いか、ハイボールにしよう。
品書きを眺めると、鳥もつのワイン煮とかあるので早速注文した。
この鳥もつワイン煮が旨くできてるわ。
柔らかものは柔らかいく、良く煮込んで旨いものは良く煮込まれて、このレベルのもつ煮は中々出会えないですよ。
ハイボールをお代わりして半分程進み、串揚げを3本追加。
さらに梅酒ロックを一杯干して暇した。
ここは再訪必至。

あっさりと暇した理由は水位上昇警報が点灯しそうであったため、微妙な早歩きで京急鶴見に到着。
ジプシーキングスのJOVI-JOVAが頭の中に流れるままに排水作業完了して落ちついた所で、実家に遅くなるが帰ると電話しておく。

遅くなるとは言ったものの、無尽蔵に資金が有るわけでもないので今日は後一軒位かな。
流石にこれ以上新規開拓するのも憚られるので、横浜まで戻ってどっか行こう。
京急鶴見から丁度やって来た各停に乗り、寝過ごす事もなく横浜に降り立つ。
結構歩くのもだるくなってたので、味珍にするかと狸小路へ。
覗いて見ると本店一階は満員だが、支店のカウンターが空いてたので早速入店。
「やかん、烏龍茶、頭と辣白菜」と流れるように注文、まるで常連みたいだ。
小皿に辛子、辣油、酢でたれを作り、注がれた焼酎を啜り烏龍茶をチェイサーにして待つこと数分。
先ずは辣白菜(らっぱさい)の登場。
少し辛めの白菜の漬物だがこれが、つまみに良し箸休めに良しコスパ良しの言うことなし。
焼酎の減りが加速する頃、頭(豚の頭肉)が出て来る。
他に舌、胃、足、尾、耳等がメニューにあるが、外せないのは肉、皮、脂身の旨さが三位一体となった頭だと思う。
やかんをお代わりして、隣の人が注文した腐乳に心動かされつつも、何とか2せんべろをキープして暇した。

宣言したほど遅くならずに家に帰ると、後輩からメール来てた。
急な出張で先程帰って来たと。
まあ無事で何より。
明日休めるって事でリベンジする?とメールすると是非と来たので急遽鎌倉追加公演を敢行することになりました。

さて翌日。
飲み過ぎで朝飯はパス。
昼飯食って暫くしてから家を出ると、バス行ったばかり。
一停留所歩くとか色々したが、少し遅れて鎌倉到着。
シァルの前でメール入れるとすぐに後輩到着。

目指すは材木座の清水湯。
神奈川県でも名うての観光地鎌倉だがあまり来たことがない。
理由は観光客と観光客目当ての店が多いから。
あまり人混みは好きでは無いので。
まあ材木座の方まで歩くと覿面に人通りが減るので、静かなものである。

昨日は涼しかったが、蒸し暑さがぶり返したようで清水湯前に着いた頃にはシャツの背はじっとりと湿っていた。
千鳥破風の下に広い両引戸の入口。
両方で間口は五間。
入口正面は傘入れで中央が膨らんだ弧を描いている。

番台で料金を払い島ロッカーに服を放りこみながら、脱衣場を見聞。
天井は板天井なのだが、四方に梁を切った様な木材が張り出している。
明かり採りの窓はサッシになっているようなので、ひょっとしたら中普請で格天井だったのを改装したのかも。
先客は5人程、我々も開店間もない時間に来ているが常連さんは流石に早い。

浴室は明るく、奥の壁は水色ペンキで塗られていて、かつてはペンキ絵があったのかなと思わせる。
床と壁は白タイルがメインで明るさが強調される。
入口付近の小タイルを除いて、床のメインは正六角形の白タイル。
こいつは渋いぜ。
神奈川では珍しい中央に舟形浴槽を設え、その手前に鎌倉清水湯の顔ともいえる六角島カランが存在感ありまくり。
京急の馬堀海岸駅近くにあった松の湯には2つ口という超ミニ島カランがあったらしいが、使うには少し勇気のいる島カランだと思う。
外壁と仕切り壁のカランは7、9でシャワーがあるのは仕切り壁側だけだ。
仕切り壁側は常連さんで混んでいたので、後輩と外壁側で身体を流す。

湯温計が43度を示す風呂に浸かり、章仙のタイル絵を眺める。
モチーフは鯉と金魚で両脇にも6枚程の小さなタイル絵がある。
程よく冷たいカランの水を上がりに浴びたが中々汗が引かない。
脱衣場でパンイチで団扇を使いつつダベっていたが蚊が寄って来たので程々にして退散。

一軒目は鎌倉で角打ちと言えば高崎屋だろうと、まあ俺も最近その存在を知ったんですが。
西口の商店街を勇んで目指すも、何と臨時休業。
しょうがねえ、一旦東口にもどるか。

早い時間からやってるはずの高崎屋が休みで、清水湯に口開けから行ったのが災いしてチェックした飲み屋がほとんど営業時間前である。
と、道路の反対側に焼鳥屋があり、生ビール等と貼り紙も見える。
これ幸いと一軒目は焼鳥の秀吉に決定。
生ビール2つと皮、ハツ、秀吉卵を2本づつで、しめて1720円。
店先の歩道に置かれためっちゃ傾いたテーブルで一杯目をスタート。
焼鳥も普通に旨かったけど、横須賀の相模屋フーズならあと500円は安いな。
生ビールのコップも小さめなので少しマイナス。
コスパに関しては評価厳しいよ。

後輩が「一日外出録ハンチョウ」の新刊を買うというので駅前の本屋にいくと、コミックコーナーが無いという我々に一生縁のない本屋だったのでさっさと退散。
通りを渡って大きな本屋で無事ゲット。
野毛の飲み屋本や石原裕次郎のムックをパラパラと眺めて外に出れば漸く、普通の飲みも開き始める時間になってきた。

まだ人通りの多い小町通りから一本離れ、飲み屋だらけの小さな雑居ビルに3軒の立ち飲みが集まっている。
ル・シャカ、テンスケ、ヒグラシ文庫の3軒だが行ってみると開いていたのはヒグラシ文庫だけ。
後の2軒はこれまた臨時休業?
鎌倉って今遅い夏休みか何か?
必然的にヒグラシ文庫に突入。
俺はレモンハイ、後輩はまかないハイボールとやらを注文。
一緒に頼んだやみつきココア豆が確かに旨い。
時折当たるカイエンペッパーの辛さが良い刺激である。
二人して追加したコーヒー酎を干したところで暇。
先客一人だったカウンターはみっしりと埋まっていた。

次は何か食いながら飲むかなと良さげな店を探して再び西口を歩いて見たが今一つ。
しゃあねえ、河岸代えんべと一駅移動し逗子に降り立った。
取り敢えず飲みながら考えるべと駅前の寄り道屋という立ち飲みに入ってしまう辺り相当度しがたい。
ハイボールと茗荷酢漬け、出汁巻卵を片付けながらこの店が昼は八百屋で夜は立ち飲み、しかも途中で店の経営が入れ替わってるらしいと後輩から聞く。
なんじゃそら?
まるで草上仁の小説にあった時間貸しのオフィスみてえだな。

後輩が普段うろついているエリアの逗子駅前をぐるりと一回り、そそる所が今一つないねえ。
後輩がトイレいってる間に思い出した。
何か大盛で有名な中華食堂があったような気がして色々検索していたら大善という店があるようだ。
戻ってきた後輩に聞くと知らないらしく、じゃあ行ってみんべと新逗子前を超えて5分程歩くと赤い看板が見えて来た。

大して腹に溜まるような物は食ってないのでがっつり行きやしょう。
生ビール2つと餃子と肉野菜炒め。
餃子は大振りな6個、肉野菜炒めも大きな皿にたっぷり。
定食にするとこれまた大盛のご飯がつくようだが、これは単品攻めでしょう。
焼売とトンカツを追加、ジョッキも大きいので一旦冷酒に変更。
後輩がこんなのがあったんですと見せてくれたのが崎陽軒のメガシウマイ弁当の写真。
見慣れたシウマイ弁当だがご飯の俵も、シウマイも確かに1・5倍の数がある。
やるな崎陽軒。

トンカツは厚みも面積もかなりあり、焼売と共に腹に消えた頃には大分満足してたのだが、勢いの付いた後輩、止まるところを知らず。
最後に追加した瓶ビール一本と餡掛けのかた焼きそばの前に息も絶え絶えである。
今真っ二つにされたら餡掛けがでる。
いや腹一杯。
その日はそれでおしまい。

暫く普通に忙しく、こちらの関東出張も間もなく終わろうと云うところに一つの情報が流れた。
戸塚矢部の湯、9月30日をもって閉業とのこと。
明日は関東を離れる日に早めに終わった仕事。
行くだろ、当然。

生憎の雨だがまだ傘は要らないレベル。
戸塚の駅に降り立ったのは何年振りだろうか。
前回は旧ブログのフレンドがホームグラウンドにしていたバーを訪れた時だったな。
東口は酒屋に行くのに出たことはあったが、大分前の話なので、すっかり土地勘が無くなっているがデパート一つ通り抜けた所で煙突が見えて、すぐ矢部の湯についた。

矢部の湯の開店は14時であと数分あったが、既に暖簾は下がっている。
その姿をしっかりと目に焼き付け、携帯で写真も撮って暖簾を潜る。
番台のおかみさんに入浴料を払い、貸しタオルを借りた。
ロッカーの鍵を渡してくれるので指定されたロッカーを使う。
着替えと一緒にタオル一枚は必ず持ち歩いているが、後輩の仕事明けの時間によっては、もう一軒連湯が有るかも知れないので温存の策である。

矢部の湯は間口男女合わせて七間、脱衣場奥行三間で浴室奥行が四間。
玄関部分を除けばほぼ真四角。
外壁側三列五段のロッカーと島ロッカーが七列二段両面が一つ。
俺が貰ったのは島ロッカーの鍵だった。
常連さん用の貸しロッカーがかなり沢山ある。
お客さんは他に5人程、脱いでる間にまた二人ほど入ってきた。
折上格天井をぐるりと眺めて、早速浴室へ。

流石は間口七間、島カランが2つもあってもかなり広い。
天板部分の茶色のタイルの並びが美しく、鏡もなにもない島カランが潔い。
髭を剃るつもりがなかったので、外壁側島カランの真ん中に居座り先ずは身体を流す。
排水溝のステンレスまで綺麗に掃除されているのが素晴らしい。
先に入っていたお客さんが湯船熱いとか言っている会話が聞こえてくる。
何か湯温計54度とか言ってらっしゃるんですが。
マジデスカ。

身体を流し終えて、湯船に正対する。
取り敢えず中島師の富士山を堪能し、さて湯温計を確認するが、先達達が出してくれていた水も然程効果なくまだ52度辺りを差している。
片足を浸けるも、もう片方の足は浴室床から離れることなく、敢えなく壊走。
熱っちぃー、口開けの風呂が熱い所はあちこち入ったがこれはレベルが違う。
一旦島カランに飛んで帰り、水を掛けて冷やす。
3つに分かれている浴槽の内、仕切り壁の2つは繋がっているので、後は外壁側の薬湯。
手を入れてみると入れなくもなさそうな温度だが、結構熱め。
おい、その湯温計の34度って絶対嘘だろ。
肩まで浸かった感じでは43~44度位の感じだ。

5人程いたお客さんの中に2人、やたら饒舌な人達がいる。
何となくわかる、これはアレだ。
良く言えば同好の士、悪く言えば銭湯マニア。
矢部の湯閉業の情報を得て、馳せ参じたに違いない。
薬湯に入って来たその内の一人が話しかけてくれる。
熱い湯の話だったので、口開けでこんなに熱い所は浦賀の銭湯以来ですねと振ると、直ぐに銀泉浴場ですねと帰ってくる、いよいよもって間違い無さそうだ。

同好の士のお一方は塾講師をされている人で既に25年位の前から銭湯巡りをされているそうだ。
伯父が昔銭湯やっていたんですという話をすると、「○○湯ですか?」と近隣にあった銭湯の名前を出されたので少し詳しく説明すると、「あ、そこ入れなかったんですけど写真は撮りました」と今度はこちらが驚愕する番だ。
何せ相当昔に廃業した銭湯の事、昔のアルバムを引っ張り出しても殆ど銭湯部分が写った写真等見つからず、お袋や兄貴に色々聞いて自分の記憶を補正していた所に写真持ってる人が現れるなんて、どんな僥倖だよ。
ご迷惑も省みず「是非写真を送って戴きたいんですが」と不躾なお願いにも快くご了承下さいました。
ありがとうございます期待してお待ちしています。

大分温まった所で一旦上がり冷水を浴びる。
仕切り壁のタイル絵を一つ一つ見聞する。
奥側から不老山、兼六園、義経の八艘飛び、下田とどれも見事なタイル絵だ。
さてと、ではもう一度あの熱い湯に挑戦だ。
何がそこまでさせるのかって?
そりゃ、自分の身で感じなければ薄っぺらい事しか言えないでしょ。
湯温計は未だ52度辺りだが、手を入れてみた感じ、さっきよりはまし。
意を決して肩まで浸かる。
上半身は何とか行けそうだったが、バイブラで湯が動く度に足が、足が。
都合15秒程も浸かりましたかね。
こりゃ当分汗引かないよ。

かなり水を浴びて上がったが全然汗引かない。
鞄に入れたはずの扇子が見つからずに、島ロッカーの上にあった団扇を借りてあおぎまくる。
余計汗出そう。
ここで先程の人とまた話し、連絡先も交換して戴いた。
そこでまたびっくり、講師さんの職場は伯父の銭湯があった町の隣だし、住んでるのは俺の実家の隣町だった。
いやー、縁って面白いものだね。

もう一人の同好の士は新潟の銭湯巡りをして来た時の写真をタブレットで見せてくれた。
ユーチューブで新潟の銭湯を紹介した「あっちぇ湯」という番組にも出た銭湯を巡り、佐渡にも行ってきたそうだ、すげえな。
俺も携帯に入っていた尾道寿湯の写真などを見せたり、番台のおかみさんも交えて銭湯談義をしたり。
非常に良い思い出となった。
講師さんはかなり古い横浜の銭湯マップを持っていて、閉業してしまった銭湯は赤く×印を入れていたが、印の無いところの方が少なくなってしまっている。
寂しいもんだよな。

先に暇して、戸塚駅前のデパートの100均ショップで扇子を買う。
まだ汗出るんですが。
ついでに有隣堂を覗くと、横浜ウォーカーのスパ銭温泉特集号ありますが、割引クーポンついてるからってどうしろと?
有隣堂の一角で、読書用のルーペを色々集めたコーナーがあり、板状のやつが800円と中々安い。
ハンズで似たようなもの見たときは2000円位してた気がするが、最近細かい文字を読むのが辛くなってきてねえ、歳ですねえ。
悩んだ挙げ句、横浜の有隣堂にもあるかなと取り敢えずスルー。
この時点でまだ銀行行ってなかったから、抑えたんだよね。

横浜まで移動して後輩にメール。
この時点で翌日朝から忙しくなると決定してしまったので、横浜で後輩待ち伏せの、すぐ飲みと連絡入れた。
さてそれでもまだ後輩来るまで時間がある。
中央郵便局で小遣いも下ろしたし、先ずはそごう地下で酒でも見るか。
横浜そごうには、倉敷平翠軒が出店してるので見ていて飽きないが、生物買うわけにもいかないし。
酒売場で球磨焼酎と日本酒を試飲させてもらい、ついでに反対側で蜂蜜まで試食させてもらった。
米焼酎も27年も寝かすと大分旨いな。
家にあるやつも開けるときが楽しみだわ。

デパ地下巡りも飽きたので西口に戻り先ずハンズ。
目的は麻辣ピーナッツだが売場改変してて見つからず。
有隣堂に移動して、野毛銘酒場100というムックを買い、ブックルーペ探すがコーナー無さそう。
ダイヤキッチンのポンパドールで、パンを買ったあとは疲れてしまい、ウェストゲート近くで壁にもたれて携帯いじって時間潰しました。

鶴見出ましたとメールを受け取り、見計らって中央改札前で合流。
肉と魚の二択で店を決めていたが、後輩から肉の方で決めていた店を提示されたのでそのまま向かう。
今関東遠征2回目の豚の味珍である。
本店一階が空いていたので入店。
瓶ビールと頭、胃、辣白菜と相変わらず淀みなく注文し、先ずはビールで乾杯。
この後輩と初めてハマで飲んだのもここだったっけ。
本当味珍は何食っても旨いよな。
あっという間にビールは空き、二杯目を決める前に後輩に2軒目のチョイスを提示し、二人共にやかんにする。
今日は烏龍茶無しの梅割り、後輩は梅に更に水を足す。
尻尾と腐乳を追加して、メートルを上げていく。
俺がやかんのお代わりを干したところで、皿も空き、逗子で立て替えて貰ってた分、今日は多く出して味珍を暇した。

二軒目に誘ったのは横浜日本酒センター。
岡野町にあるとの事で少し歩くが、この二人当然まともなルートは歩かない。
五番街のエロ本屋の現状を確認し、ダイエーのドムドムバーガーが無くなっているのを嘆き、紆余曲折して漸く日本酒センターを発見した。

細い階段を上がると細長い造りの立ち飲み空間。
道路側にリーチイン冷蔵庫があり飲みたい酒を選び、カウンターに持っていって注いで貰う。
店主はブライアンといい、横浜風に言えば異人さんである。
一生懸命に酒を説明してくれているが、中々難しそうだ。
多分解り易い英語で説明しようとしてくれてるんだろうと思う。
いつもなら酒の銘柄位は覚えながら飲むんだが、大分まわってたし飲むのが楽しくてそれどころではなかったな。
つまみに頼んだいぶりがっこが旨かったり、後から来たお客さんと仲良くなったり。
結論から言えば凄く良い店だ。
後から財布の中計算したら5杯位は飲んでるはずだが、何か途中ブライアンがこれも飲めって金も取らずに注いでくれた様な気もする。
非常に楽しかったよ、ブライアン。
後から考えても佐世保の酒品館いしまると並ぶ位楽しかった様な気もする。
必ずまた行くよ。

店を出たところで後輩と別れて、一路実家へ寝に帰る。
相変わらず親不孝だねえ。
翌日朝から忙しくなければ、ちったあゆっくりするはずだったんですがね。
それではこれにて超長編となりました神奈川レトロ三湯とバカ飲みの綴り、ひとまず幕と致します。
お付き合いありがとうございました。
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横須賀最終日 the 2nd

2017-01-04 16:44:44 | 銭湯
横須賀最終日は職場の忘年会が入ったが、時間のある限り行ける所は行っておこう。
幸い忘年会の資金プラスアルファを前借りしたので懐は何とかなりそうだ。

早い時間に仕事が終われば、久里浜まで行って銭湯角打ち、野比で立飲み一軒とか考えていたが機械の故障修理の調整が長引き、流石に久里浜まで行ってる時間は無さそう。
忘年会は中央なので、あまり離れてなくて行ったことがない銭湯となると汐入の大黒湯になるか。
一番中央に近いのは、ドブ板にある本町の大黒湯だが、ここは何度も通っているので、新規となるともう一軒の方になる。

とその前に、汐入の改札を出て道路渡って正面に、炭火焼鳥小町汐入店がある。
京急田浦や堀ノ内にも店があるのだが、京急田浦には三杉商店があるし、堀ノ内はあまり行く事もないしということで初めての訪問だ。
小雨がぱらついていたものの、然程寒くもなく店のカウンターで上着を脱いで後ろのハンガーに掛ける。
店の女の子がいらっしゃいませと伝票持って待っているが、そのようなプレッシャーなど俺には通じない。
じっくりとドリンクメニューを端から端まで目を通して、これからの行動と自分の身体状況を勘案してこの店での行動を2杯2品と算出したので先ずは生ビールを注文した。
さてつまみだが目の前で焼かれてる焼鳥をスルーするのは流石に難しい。
一本から頼めるようだし、最初はぼんじりと皮を塩で貰おう。
少し時間がかかりそうなので、ビールのスピードを加減する。
中ジョッキなど2口でイケる位のステータスだが、まだ風呂にも入っていないので酩酊する訳にも行かない。
一本120円の串は結構大振り、ぼんじり、皮と噛じりビールを干す。
焼鳥、ビールの取り合わせの妙を今更語る必要もあるまい。
2杯目は変化球、横須賀らしく緑茶割りにしよう。
瓶入りの割り物ではなく、ペットボトル入りの普通の緑茶だったのは少々醒めるが、まあ良かろう。
串はレバーと白モツをタレで追加する。
柔らかいレバーと白モツを堪能し緑茶割りを干して予定を終える。

傘を差す程でもない小雨が続くなか、大黒湯へと向かう。
小さな商店街のアーケードが途切れ、暫く進むと神社の前を過ぎてすぐに大黒湯が見えてくる。
大黒湯は横断歩道の真ん前にその暖簾が下がる道路沿いの銭湯である。
歩道から番台にあたる部分が引っ込みその両側に斜めに引戸が続く。
引戸の内側にも布が下がっているのは、表の暖簾が短いからか。
良い色に煮詰まった番台には誰も居なかったが、すぐに女湯の方からやって来たおかみさんに銭湯料金470円を払う。
脱衣場は二間半四方、板張りの床、天井は棹縁天井か。
外壁側に二段ほどロッカーがあるのだがそのロッカー前に何故かデカいサイドボードが鎮座していてどうやらロッカーは使われてない様子。
浴室側には懐かしいペプシコーラのロゴの木製ベンチ。
他にお客さんは居らず、ベンチの前で脱衣籠に脱いだ服を入れる。
冬になると脱衣籠はほぼ一杯だな。
脱衣籠をロッカー下の棚に押し込み、いざ浴室へ。

浴室は二間半×三間位か、湯気抜きの部分が広い天井のお陰か結構広く感じる。
ペンキ絵はないが風景画のタイル絵が奥壁にある。
兎に角身体を流すか。
カランは仕切り壁が6、鏡もない島が4×2、外壁が5。
仕切り壁の横長の鏡の中央を陣取って、髭まで当たるがこの鏡高さが低い。
腰痛持ちには少々辛い体勢で髭を剃り上げ、浴槽へ。
仕切り壁脇に下風呂への扉があり、深湯、浅湯と外壁側に続く。
しかしここも仕切り壁低いなー、下風呂への段差に立ったら女湯丸見えだろう、あれ。
既に肌寒くなっていたので、浅湯によいさっと両の足を入れ、次の瞬間入った時の倍の早さで外に出た。
熱っちぃーっ。
いやさ、口開けの風呂は気をつけろとあれほど。
しかしこの熱さはこの間の安善湯を超えたか?
熱い湯の思い出というと先日の安善湯、浦賀の銀泉浴場、汐入の亀の湯とあるが入って瞬間飛び出したのはその中にはない。
水栓からは埋め水がちょろちょろと出されているので、もう一度水栓近くに足を浸けると何とかなりそうだ。
しかしこの浅湯は本当に浅いな。
縁に頭を乗せてほとんど寝そべるような体勢にならないと肩が浸からないので、身体を延ばすと足が熱い。
まあ何とか浸かれているので、身体が冷えていたのかな。

タイル絵は白い山々の手前に川と水車小屋の様な感じで、洋画の様なタッチだがテーマは日本の風景みたいだ。
外壁に小さなタイル絵がありこちらが富士山である。
暫く浸かっては、ちょっと冷ましてを2、3回繰り返し、良い頃合いになったので上がり湯を。
流石にこの季節冷水は厳しいので、程々のぬるま湯で。

脱衣場に出るのと丁度入れ替わりに、お客さんが一人入っていった。
その筋の方の特徴を文字通り背負った方だが、年配の方は非常に礼儀正しい物だ。
先日広島帰ってから見た若いヤンキー崩れは風呂の入り方までなってないカスだったけどな。

まだ外を歩くので、しっかり髪を乾かし汗が引くまで涼んでから服を着る。
その間脱衣場を良く観察、特筆すべきは周囲にある窓のガラスだな。
懐かしい模様ガラスの見本市のようであり、昔実家や婆ちゃんの家で見た覚えのある模様もあったりと良い時間潰しになった。

汐入まで歩き横須賀中央まで一駅、まだ忘年会まで十分に時間を残してある。
中央駅を出てYデッキを渡り若松マーケットに足を入れる。
細い路地が入り組んだ一見には優しくないエリアだが、目的の店はすぐに見つかった。
別に俺が若松町界隈の一見な訳がないので、あくまで一般的な話だが。

立ち呑み酒場ゆりは小さな店だ。
おそらくは二坪位の広さにカウンターが一本、キャパとしては7、8人が限度だろう。
パッと見た目に、収納スペースや調理スペースも有るのか無いのか判らない位だが、侮ってはいけない。
刺身や魚のかぶと蒸しなどもメニューに並ぶ本格的な料理も供するハイクオリティな立ち飲みである。
先ずはジムビームのハイボール、京急の中が暑かったので少し汗を掻いちまったからな。
旨そうなつまみが黒板に並ぶが、流石に忘年会まで一時間を切っているのでクリームチーズ醤油漬けをお願いする。
忘年会で飲み放題に高い金を払うんだから、そこで飲めば良いじゃないという向きも多い事と思うが、そもそも飲む意味が違う。
自分の意思で好きなことをする時間というのは、この世を生き継ぐために欠くべからざる要素である。
まあそれに忘年会で飲んだだけでは日記に書くことも減っちまうしな。
クリームチーズ醤油漬けはわさびが添えられ、中々珠玉の一品だ。
味噌漬けや酒粕漬けは自分でもやっていたことがあるが中々思う様な味にならないものである。
安い割には量も結構有るので、2杯目は知多のハイボールに。
しとしとと雨は振り続くが、師走の街は賑やかだ。
その中でテレビのニュースをBGMに、自分の時間を堪能する。
ああ今年も楽しい酒を沢山飲んだなあ。

忘年会の話は特にしません。
食い物はまあ普通、珍しい物も食えたけど少し量が少ないかなと思った。
酒はまあ飲み放題の中に、八海山の純米吟醸があったので最初のビール以外はずっとそれ、量的にはかなり飲んだ。
でも忘年会っていう割には、大きな仕事が残ってるんだよなあ。




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横浜横須賀放浪記 後編

2016-12-09 15:51:10 | 銭湯
横須賀3日目は後輩達と飲みの約束を入れてしまったので既存コースを辿る。
飲みの場所は京急田浦のおかね。
ということは必然的に立飲みと銭湯は決まってしまう訳だ。

仕事終わってさっさと京急田浦へ向かう。
おかねでの飲み始めは19時頃と聞いていたのでまずは立飲みです。

前回の京急田浦編を書いたとき、酒屋の名前を失念し、後から「京急田浦 酒屋」で検索掛けて当りをつけて三好酒店と日記に書いたのだが、ものの見事に間違ってました。
京急田浦からすぐの立飲みコーナーのある酒屋は三杉商店さんでした。
もし、この日記読んで「よっしゃ、行ってみよ」とか思って京急田浦まで行った人がいたらスンマセン。
立飲みコーナーで瓶ビール注文して、速攻訂正しましたわ。
今回はおかね待ち合わせで完全別行動、よって立飲みも一人だ。
お客さんは奥の方で同じように瓶ビール飲んでる人が一人、立飲みコーナーとは反対の店舗側で三人程飲んでいるようだ。
前回来たときに後輩が頼んだ茹で卵が旨そうだったので頼んでみる。
おかあさんが丁寧に殻を剥いてくれた卵を、陶々酒のカップにのせて食卓塩の瓶と共に出してくれる。
綺麗に剥けた卵に塩を振り、かぶり付けば黄身は固まっているがしっとりと柔らかい絶妙な茹で加減、高温で茹ですぎたボソボソの黄身なぞ犬に食わせろ。
こんなこと言ってるから、いつまで経ってもスペンサーのような渋い男になれねえんだ。
まあ固茹でに生きるには、色々なものを背負い過ぎだしな。
卵料理は数あれど愉悦的に最たるは、卵かけご飯かねえ。
まともな死に方が出来るとは毛頭思ってないが、忌まわの際に食いてえとか言いそうな気がする。
阿呆な事を考えながら、卵を片付けビールを干す。
さあてと風呂いくかな。

当然銭湯も前回同様竹の湯である。
今日の番台は大おかみかな。
時間はあるので身体を流した後、ゆっくり浸かり暖まる。
昨日とはうってかわり急に冷え込んだので、湯が熱く感じる。
十分暖まった後、徹底的に髭をあたる。
普段、銭湯セットにいれている使い捨てではなく、シックのハイドロ5とFXの二本使いで、娘にすべすべとーさんと言われる位に剃りあげる。
時間あると下らねえことするよな、俺。
40分近くも風呂を使い汗が退くまで脱衣所でゆっくりしても、竹の湯をでて20歩も歩けばおかねの目の前である。
着いて程なく後輩達もやって来た。

おかねでは茸で鍋でもと頼んでいたが、おかあさんが忙しくまだ茸買って無いとの事で後輩と二人で近くの京急ストアまで買い出し。
茸やら惣菜やらで結構買い込み、おかあさんに料理してもらい茸鍋。
いや食った食った、頑張ったけど全部は無理でした。
それでも一人2000円位で済んでしまうあたり、安いよねえ。
後輩コネクション、有難いことで。

翌日から休みがあったのでそのまま後輩達と京急田浦で別れて実家に帰省。
流石にその日はすぐ寝たわ。

翌日朝飯は流石にパス。
昼まで本読んだり、ソシャゲのイベント進めたり。
昼飯のあと、横浜まで帰ってるのでいつものようにコンバット越前の科白を一、二の三、ハイッ、「折角だから、俺は銭湯に行く事を選ぶぜ!」
とまあ夕飯は家で食うことにしてるので、家から然程遠くなく立飲みも近くに有りそうなのは小机の藤の湯なんかが良さそうだ。
銭湯物語第二十四回で紹介された銭湯だ。
直接近くに行ける路線はないが、手近な所までバスかな。
時間合わせて近くまで来たが、まだ少々早いかなというわけで、食べログで当りをつけた立飲みを確認するも既に無さげ。
まあ酒を飲むところなぞどうとでもなるので、藤の湯の方に歩くと不自然に広い謎の更地。
マジかよ!またやっちまった!
携帯で検索すると8月で廃業してしまったそうである。
こうなると銭湯物語で取材した銭湯全部ヤバいんじゃねと思えてくる。
もし藤の湯があれば立飲みから、鶴見川畔にある阿部商店までのコースも視野にあったが、銭湯の時点で頓挫しちまったぞ。

こうなるともう意地と云うか何と云うか。
小机駅から東神奈川方面へ横浜線に乗り、電車の中で次の銭湯を考える。
漠然と未だに一軒も押さえていない鶴見区へ向かう積もりでいたので、西寺尾に福助湯もあったなと気付いたのは大口を出た後だった。
大口なら立飲みも近くに何軒かあったのにね。
まあその時点で鶴見区の中でも最も移動が大変な安善の安善湯に決めてた訳だ。
鶴見駅で鶴見線に乗り換え、鉄ヲタ成分も少しはある俺だが、撮り鉄乗り鉄成分フリーなため、はじめての鶴見線である。
安善駅までは5駅、その筋には有名な居酒屋国道下がある国道駅を過ぎると、一気にローカル線風味が増すな。
安善駅はホーム端から階段で下に降り線路を渡って改札という「おいおいこんな駅まだあるんだ」って感じだが良く考えると北鎌倉もそんなだった。
藤の湯に口開けから行くつもりで早い時間から動いていたので、安善湯についたのも開業間もない時間であった。
意外と小さな建物だなというのが第一印象、煙突は目立つが周りの住宅街に比べ背の高い建物とは思えなかった。
暖簾をくぐり脱衣所に入ると流石に年代物の風格だ。
他にお客さんはまだ居らず、まだ番台に入っていなかったおかみさんにお金を払う。
服を脱ぐのももどかしく、ロッカーへ詰め込むと早速浴室へ。
安善湯の特筆すべき点はその浴室そのものなのだから。
写真で何度も見たアールデコ調の八角型の浴室中央に二つに分けられた真円の浴槽。
正面描かれるペンキ絵は故早川利光師の富士山、右手の壁には近江とあるので琵琶湖のようだ。
大曽根の太平館もそうだが、力強いタッチを感じさせる絵だ。
外からは見えない位置なのか、天井は結構高く、湯気抜きは丸く、更に高く切られている。
いや良いなあこれ。
ひとしきり感動した後身体を流す。
さてと浴槽へと脚を浸けるも、こりゃ熱い。
水栓はあるが、埋めた後に常連さんが入って来て、「チッ、こんなに温くしやがって」なんて顔をされたらチキンな俺のハートはすぐさまその動きを止めてしまいかねない。
とりあえず堪えるだけ堪えた後、カランの冷水で冷ます事とした。
暫くして常連さんらしき人が一人入って来る。
おもむろに湯加減を確かめると「熱いでしょ」と水栓を開け埋め始めたのであった。
常連さんと少し話をして上がる、今日は結構気温が下がったので上がり湯はいつもの冷水ではなくぬるま湯にした。
脱衣所で短い髪が乾く位のんびりしてから暇した。

安善の駅前にほてい屋酒店という立飲みがあるのは行き掛けに確認済み。
安善湯への道すがらにも酒屋が一軒あったが、鶴見行きの電車の時間も未確認だったので駅前へと足を向ける。
ほてい屋は安善駅の改札から道挟んで目の前、これ以上ホームまでの距離の短い店はちょっと記憶にない。
表に簡易テーブルが何個か設えてあり、かなりの人が訪れる様相だが時間が早かったのかまだ他の客の姿はない。
最初、冷蔵庫が見える店舗側の引戸を開けようとして、開かなかったのでまだ開いてないのかと思ったが左手に立飲みコーナーの入口があり、そちらには一人お客さんがいた。
立飲みコーナーはかなり広く、奥まで続くカウンターと島テーブルがあり、荷物を掛けるフックなども据え付けられ立飲みの為の装備が充実している。
勝手が分からないので、カウンターの中にいた女性にビール下さいと声をかけると、サイズや銘柄などを詳細に聞かれたので、俺の定番サッポロ黒ラベル350缶をお願いした。
先客は飲んでいたビールを空けるとすぐ出て行ってしまったので、立飲みコーナーは俺一人。
壁にはつまみ等の短冊か貼ってあるが、次の電車を検索したところ10分位しかなく時間の読めないつまみは諦め店の観察に徹する事にした。
店内の壁には雑誌か何かで掲載された記事が貼ってある。
それによるとこのほてい屋酒店は多い日には200人もが来店するモンスター立飲みらしい。
営業時間は鶴見線の最終電車の一本前の電車の時間、駅まで10秒もあれば行けるだけにギリギリを攻める人も多いんだろうなあ。
記事の片方はムック本に掲載されてたようなので、本のタイトルをメモっておく。
チキンな俺がビールを干したのは電車が来る3分程前、この店に来るには時間が早すぎたようだ。
今度来るときはお客さんで賑わう時間に是非来ることにしよう。

鶴見で乗り換え横浜まで移動。
いつまで経っても終わりそうにない横浜駅の工事をサグラダ・ファミリアと比べ揶揄する事もあるようだが、たまに帰って来ると色々変わっていると感じる。
ザ・ダイヤモンドに降りるエスカレーターなんか増えてるし。
横浜で本屋と言えば昔も今も有隣堂とは思っているが、移転以降使い勝手が悪くなった感は否めない。
とはいえ、規模や他店舗との連携を考えると、本を探すならやはり有隣堂になる。
銭湯の本と先程ほてい屋で見たムックを検索、西口店に在庫なしだが他店に在庫ありと出る。
うーむ、他店といえばまず本店だろうなあ、流石に伊勢佐木町行ったら飯が遅くなりそうだし明日にするか。
翌日、昼飯後再び横浜に。
サービスカウンターで確認してもらうと予想通り2冊共本店に在庫有りだった。
取り置きをお願いし関内へ移動、さっくりと受け取りさっさと帰る。
随分ドライな感じになっているのは、財布の中身のイエローシグナルが点灯したからである。
どうしても欲しい本はすぐ買ってしまうのは、昔からの悪い癖だな。

横浜に来て、もう一つ探していたのが麻辣ピーナッツである
伊集院光がラジオで話していたのを聞いて、一度食ってみたいと思っていたが横須賀横浜とあちこちコンビニをまわるも見当たらず。
中華街にある料理店でオリジナルを売ってるらしいがもう横浜まで帰って来ちゃったよ。
鶴谷町に支店があるらしいが、営業時間外れたし。
仕方ねえ、広島帰ってから通販しよ。

仕事に戻り横須賀最終日、昼からフリーになったものの財布の中身は既にイエローを通り越しレッドに近い。
流石は日本一高い公衆浴場料金が地味に効いている。
じゃあ金の掛からない遊びをするか、変な所で昼からビール飲んでて通報されても困るしな。

田浦と言えば梅林が有名らしいが、最近グーグルで田浦と打つと続けて出る検索ワードに廃墟と出てくる。
田浦大作町に廃墟集落があるらしくYouTubeでも動画が何本も上がっている。
だが廃墟より俺が気になったのはある神社、その名も伏見白赤稲荷神社だ。
本家京都の伏見稲荷の様に鳥居の立ち並ぶ参道の写真を見て、ちょっと実物を見てみたくなった。
JRの田浦駅はトンネルとトンネルの間に作られた短い駅で、停車する時横須賀側の1両はトンネルに頭を突っ込んだ状態となるのでドアが開かない。
駅前から山側に歩くとすぐ国道16号の下りを渡り、100メートル弱で上りを横切る。
白赤稲荷のある大作町へ行くなら横浜方面に少し歩き、田浦町3丁目辺りから登れば良いが、地図を見ると田浦町1丁目にループになった道がある。
ループなど呉の音戸や早瀬で見慣れたものだが、暇潰しともののついでというやつで、住宅街の細い道を歩き始める。
天気は上々、大汗かかない程度にゆっくりと歩を進めるがループにつく頃には上着を脱ぐ位に暑くなってきた。
中が児童公園になったループを越えると尾根筋の道に合流し、今度は一気に谷へと下る階段、谷に流れる川まで下れば後は川沿いに登っていけば田浦大作町へと向かっていく。
京急の下を抜けて、3、400メートル程進むと民家の脇に鳥居があり、はたして白赤稲荷と幟が立っている。
予想ではもっと登ってから入口があると思ってたので、民家で庭仕事をしていた人に聞いてみると、やはりここから登るので良いようだ。
何日か前に降った雨で道はぬかるみ、所々で滑り易いがグレーチングを利用して階段が整備されているので歩き辛くはない。
しばらく登ると小さな畑を回り込むように道が続いて、ようやく朱色の鳥居が見えてきた。
所々で痛みの激しい物があるものの、本家伏見稲荷のように鳥居が立ち並ぶ参道は中々神秘的だ。
参道は途中で左手に曲がり、右手に社殿が見えてきた所で鳥居の列が途切れる。
誰も居ないかと思っていたが、カメラを持った人が居たので黙礼して通りすぎる。
世の中には物好きが、結構いるものだ。
鈴から賽銭箱まで遠かったので先に賽銭を入れ、鈴まで戻り鈴を振る。
世界平和を願うほど博愛主義者ではないので、娘の健やかな成長を願っておく。
帰り道も滑らないようにゆっくりと、参道からの眺めはかなり良く海の方まで一望できる。
海の向こうに見えるのは富津辺りだろうか、すっきり晴れていればかなり遠くまで見通せるようだ。
参道から出て、靴の泥を払っていると先程の人も降りてきた。
同じように田浦駅に向かってるようで、やはり物好きな人と確定だな。
田浦の商店街、と言っても昔ながらの店がぽつぽつと残っている寂しい通りだが和菓子屋、肉屋などを覗きながら歩く。
肉屋のコロッケなど揚げ立ては外れを引く方が難しいし、和菓子屋に売ってる素甘も旨そうなのだが今はそれより冷たい物が欲しいわ。
それも大人向けのやつ。
けどJRの田浦周辺にはコンビニとか無いので、結局さっさと中央に出てしまうことにした。

コンビニでビール一本買って、喉を鳴らす。
明るい内から酒飲むのは堪えられんねえ、はー生き返った。
後は上町の惣菜屋でメンチカツやコロッケ買ってビールを飲み、ショッパーズで巻寿司や焼売買って酎ハイ飲んだりして、ぐだぐだしてから横浜横須賀の放浪を締めました。

佐世保編から続いて長編三本のアップとなりましたが、さっくり読み返した感想を一言述べて締めましょう。
「やはりこいつ頭おかしい」
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