居酒屋黙示録 新章 暖簾を繋ぐ刻

旧き善き銭湯を訪れ、立ち飲みを巡り、居酒屋で思う。

清心温泉と野呂山商店

2016-08-10 21:54:13 | 銭湯
銭湯関連の掲示板をチェックしていると、廃業する銭湯の話はもう毎日のように目にする事となる。
一番情報が早いのは、2ちゃんねるの東京の銭湯総合スレッドで、まるで廃業情報掲示板のようだが、離れた所に住んでいると言っては悪いが感慨の湧かせようが無い。
行った事も、行ける予定もない銭湯の話は遠すぎて、一つ々々に憂いていては身が持たない。
元々東京の銭湯は数える程しか行っていない。
理由は殆ど東京に行かないから。
上野の燕湯は現存しているが、高輪の高輪浴場、立会川の日の出湯はとっくの昔に廃業してしまった。

地元横浜でも、大倉山の一の湯が廃業と聞き、久々に横浜の浴場協同組合のホームページを開いてみると出るわ出るわ。
中区の山下館の話は聞いていたが、杉田の梅の湯、南区では福徳湯と住吉湯、緑区の泉湯までが消えている。
平成24年の9月の資料で93軒残っていた横浜の銭湯は、たった4年で74軒にその数を減らしたことになる。
このペースでは遠くない未来にこの国から銭湯と云う文化が消滅してしまう事になってしまう。


そんな時代に、一度消えてしまった灯りをもう一度灯した銭湯が岡山の清心温泉だ。
一度は廃業していたが、4年前に一念発起して復活させたと云う事であり、店頭で焼き鳥が食べられる変わった銭湯としてテレビ番組に取り上げられたのを見て、一度は行っておきたいと思っていたが、中々機会に恵まれなかった。
その訳は御主人は現役の勤め人のため、不定期の休日を銭湯の営業に当てているので、営業日が全く読めないのである。
営業日は公式ブログで確認することが出来るが、自分の都合が付かない等と今まで未訪のまま過ぎていた。

曇り空の下、バイクで岡山の市内を走り抜けまだ明るい内に、岡山駅の西側にあたる清心温泉近くまでたどり着く。
商業地であり発展めざましい東側に比べて静かな街並みと言って良いのか。
そもそもノートルダム清心女子大学があるような静かなエリアで周りは住宅街の様だ。
それは経営も大変だろうと、携帯で地図を確認して清心温泉前についた。
間口は六間と広いが入口は中央にある一間程の切妻屋根の下に奥行きのある下足スペースと小さな感じ。
右手側はコインランドリースペースになっていて、中で噂の焼き鳥が焼かれている様である。
しげしげと観察する自分を常連さんらしい人達が胡散臭げに見ている。
胡散臭いのは判っているので気にせず、バイクを止めるところを捜すもスペースが見当たらないので左手側に並ぶ自転車の列を少し詰めて、止めさせてもらうことにした。

細長い下足スペースを抜けたその奥に引戸があり左側に女湯と書かれている。
左右の壁にも戸があるが、居住スペースへの入口なのか。
引戸を開けると番台はあるのだが、そこには人は居らず、脱衣場にあるカウンターにいた近鉄バファローズの帽子をかぶった人がいらっしゃいと言ってくれる。
この人が御主人、本人曰く番頭さんである。
入浴料金を支払い、とりあえずロッカーに荷物を放りこんで、脱衣場を見回す。
板張りの床、木製ロッカー、天井は棹縁天井か、中央には大きな縁台があり入口側には接客するためのカウンター。
周囲の壁にはこれでもかとばかりにサイン色紙が貼られていて、その多くは往年の野球選手で自分にも馴染みのある名前が多い。
カウンターの上は雑然と荷物が置かれたりと、お世辞にも片付いているとは言いがたいが妙に落ち着く空間だ。
早速風呂を浴びるか。

建物の間口の割りに狭く感じる脱衣場とは違って、仕切壁中央に大きめの浴槽一つのシンプルな浴室だ。
床は玉石タイル、高い石鹸置きのあるシャワー付きカランが10程の浴室は窓が広く明るい感じだ。
石鹸置きと浴槽は水色タイル、その周りは白のタイルなのも明るい感じに拍車をかけている。
いつもの如く髭まできっちりあたり浴槽へ。
大きめの2段式浴槽で、外壁側の腰掛け段がすごく広いのが特徴だ。
のんびりと湯につかり、他のお客さんの話す声を聞くともなしに聞いていると今日は何かスポーツの大会があったらしくそのつてで来ている人が多いようだ。
番頭さんに復活を決意させた近隣の人の、このままではマンションと駐車場しかない街になってしまうという言葉をふと思い出した。
だけどそういう想いを抱いている人が諦めない限り、その想いに共感する人がいるならばまだ灯火は消えないだろう、消えないでいて欲しい。
帰り際、番頭さん話をして、再訪を約束する。
今度はバイクではなくて、公共交通機関利用だな。
焼き鳥食ってビール飲まずなんて考えられねえし。

ついでと言ってはなんなのだが、別の形で生きる銭湯の話を一つ。
呉市川尻町、野呂山の登山口の近くに野呂山商店と云う駄菓子屋がある。
以前は野呂山温泉という銭湯でありその建物を利用して現在は駄菓子屋として営業している、らしい。
というのは中に入ったことがない。
駄菓子屋として営業してるのは月水金の午後一時から五時と普通行くの無理。
たまたま仕事が早く終わった日に、近くを通ったので寄ってみると初めて中にはいることができた。

野呂山商店の建物はモルタル造りの外装で洋風の装いであり、とても銭湯の跡には見えなかった。
珍しい回転扉を抜けると一畳の半分程の玄関スペースに引戸が二枚現れる。
銭湯の暖簾はまだ残してある様だ。
左手側の引戸を開けると、脱衣場を改装して駄菓子屋になったスペースが現れる。
おばあさんが出て来たので、素直に昔銭湯だった駄菓子屋と聞いて来ましたと言うと、暑いなかようこそと迎え入れてくれた。

先ずは銭湯の名残部分を見聞。
番台は角が丸くなった格子飾りのついた見事な造り、今は無き広長浜の胡湯の番台もこんな感じだった。
三和土に面した所は履き物入れになっているのか、三段ほど跳ね上げの扉になっている。
番台に背を向けると外壁に向かい一段低くなった床に続き、下足棚が入口側に並ぶ。
下足棚にはケロリン桶が何個か入っており、おばあさんが子供が駄菓子を買うときに入れ物にするんですと教えてくれた。
脱衣場の床は見事に真っ直ぐな桜材で張られており、尾道の寿湯を彷彿とさせる代物、また入口から奥まで接ぎ目無しの一本材とかどんだけ贅沢な造りだよ。
外壁側にあるロッカーは木製で、鍵もアルミ製の新しめ、扉の枠にアルミの縁取りがあるのでロッカー自体新しいのか?
天井は升目の少し小さめな格天井で古びてはいるが歪んだりしてはいない。
残念ながら浴室部分は既に駐車場にしてしまったらしく見ることはできなかった。

駄菓子屋としても懐かしい物が目白押し。
紙巻き火薬を挟んで上に投げると地面に当たり音がなるロケットや、アイドルのカードとか絶対昭和の代物だろってアイテムがずらずら並んでます。
お菓子の方は流石に新しいものが並んでいますが。

おばあさんの話では、戦後に建てられた建物で、10年程前まで銭湯を営業していたそうだ。
昔は港に船が入る度に船乗り達が大挙して訪れ、2階にある休憩所で休み洗濯をしてまた船に戻っていったそうである、
駄菓子屋にしようとしたのは、尾道の銭湯を改装した店をヒントにされたそうで、尾道の商店街の大和湯跡のゆーゆーのことだと思われる。

清心温泉や京都のサウナの梅湯の様に、人々の想いがその灯りをともし続ける銭湯があるなか、新しく生まれ変わりその面影を繋げて行く銭湯もある。
その端境期で生きることは果たして、幸せなことなのだろうか。




コメント
この記事をはてなブックマークに追加