トシの話は 総悟の姉と自分は幼馴染で、
自分が友と姉と遊びに行くと必ず 総悟はついて来る と言うくらい仲良し姉弟だと言う事だった。その関係のまま 何度か庇ったりした。
姉が重い病にかかり金が必要だと言い始めると ついにスリや盗みなどし始めるようになった。
生活も大変そうだったので 総悟だけでも道場頼めと勧めるが 姉の薬代を稼ぐ事に夢中だった。
先日も 色街」で合った時タチの悪い女衒と一緒に居るので こっちに来るように言ったが、本人が戻らないと言いはる。
金がらみでは手も足も出ないので 自分は引き返してきたと言う。
田嶋は少し自分の部屋で考えていたが
思い立ったように部屋を出て 中庭に面した廊下を歩いた。夏ももうすぐ終わってしまうだろう・・・・。
秋口になって風が冷たくなったら 姉はどうなってしまうのか
わいわいがやがやと むさくるしい道場の方がいつも以上にうるさい。
案の定 道場外の水場がごった返している。
子供たちが一斉に自分の胴着を洗って帰ろうと 水場に群がっていた。
石鹸を胴着に塗ってはいるが 土の地面に置いているので裏面が怖い
洗い方が分からなくて ただたらいに何度も押しこんでいる子
はたまた並ぶのが面倒くさくなったらしく 鯉の池に胴着を入れようと 池を覗きこむ子もいた。
それを後からやって来て トシが怒っている。
多分 自分で洗って帰れと だけ言ったに違いない・・・・。
はーーっとため息をついたが、多分トシならば自分で 収拾を付けるだろう。
「トシ・・・・・・例の子には 手ぬぐいだけ持たせて今までどうりにするように 言っといてくれないか・・・・?。」
というと 彼は出かけて行く自分を見送りながら 頷いた。
道場の裏手に回り 裏口近くのお勝手からもうもうと煙が出ていた。
昼飯を調理している所だった。むわっとする匂いに袖で鼻を押さえながら 入って行くと この道場のもう一人の長 おばちゃんに声を掛ける。
「・・・・ミタケさん・・・・。」
ミタケと呼ばれた 山の様なしろいかっぽう着がこちらを向く
田嶋はどきっとした。
「はあ・・・?先生・・・。」
彼女が芋をごろごと回していた手を緩めると 周りの手伝いが 変わりおしゃもじを重そうに掻きまわし始める。
「何です・・・・?。」
「・・・・あの・・・・・身の回りを世話する者を おこうと思うのですが・・・・。」
と田嶋が言うと ミタケの表情が凍り 後ろの二人も凍りつく。
「俺の離れに・・・・。布団を・・・・・。」
とまで言う。
するとミタケの脚がぶるぶるしてくるのが分かる。 彼女の体が振れている物が共鳴したのか かたかたチンチンと音を立て始めた。
「す・・・すぐ持っていき・・・・ます!。」
彼女の声は震える肉体ではない 別な所から出たのか甲高い声で 別の者がしゃべったかと思った・・・・勘違いだ・・・。
「いや・・・・すぐではない・・・・ですけど・・・?。」
と田嶋も 震えが感染する前に引き返そうと引く。
「・・・わ・・・わかっ・・りました・・・。用意します・・・・。」
多分 まだ勘違いしたままだろう。
嫁を取るって話じゃないんだが・・・・・。
まあ布団が来てから ゆっくり話そう・・・・。
田嶋は手強いおばさんに 理解してもらうのを諦めて 出かける事にした。
若い時 稚児小姓を・・・・城で見た事が有る。
自分が仕官した際の挨拶に行った時だった・・・・・。
前髪を残し髪を後ろに束ね 成人には見えないが 短い剣を腰に差し 城の主の世話一切をするというその者は 美しい面立ちで 場内の廊下を文箱を前に掲げながら 歩いて行く。
まっすぐに 動いて行くその足には まぶしい白足袋が・・・・。
通常それを許されるのは 女官と医者と彼だけだった。
頭を下げ 文箱と彼が通り過ぎるのを見送ると 最後にもう一度だけ振り返ったのを覚えている。
彼の髪と着ものと白足袋・・・・・。
自分の嫁以外でドキッとしたのは 彼ぐらいだった・・・。
その感覚を・・・・・
今目の前で もう一度味わっている。
武家屋敷町の外れ
太い川に 繋がる運河が引き込まれている街が有った。
ここで物資が船から下ろされ 店に運ばれるのだが 元締めと呼ばれる大棚の商人の屋敷街だ。
その一角に人足たちの元締めが 何軒か有るのだが その一つ トシの話していた女衒をしていると噂の屋敷の前。
そこに 籠を待つ一人の小姓姿の少年が立っていたのだ。
良く見ると あの総悟なのだが 城であった稚児が思い出せないほどの・・・・・
美しさだった。
向うもこちらに気がついた。つかつかと 歩み寄ると今日は逃げない様である。
つまらなそうな顔をしていた。
「・・・こんなとこで 何中恰好をしてるんだ・・・・?。」
というと 総悟は恥ずかしそうに横を向いた。
「・・・姉御が・・・倒れたぞ・・・・。」
はっと総悟が自分の顔を見る
どきりとする。
目で 何かを訴えている。
「・・・・・・こんな事 姉上に知れたら何とする・・・?。」
説教をすると 総悟の目に怒りがよぎり
「ふん・・・・。」
と睨んできた。
「・・・・・トシに 姉上の事を聞いたんだ。お前は 俺の道場に通ってる事になってるんだろう・・・・?」
詰め寄る。彼は開き直り
「・・・・・気持ちが悪いなぁ・・・・・・。おっさん!。」
彼は話しだした口調は 全く表情に似合わず違和感さえ感じる。
「・・・・・今日は・・・・・あんたじゃない・・・。」
と 無理に笑う。
田嶋は 腹の中に苦い物が沸き上がるのを感じた。
「・・・・もうよせ・・・・。」
手を取ろうとしたが 失敗した。
「・・・・・・・姉は どうする・・・・?。」
彼は少し困った顔になり 自分を見て
「・・・・・三つ葉・・・姉さんは・・・・。」
と口から漏れる様に言った。
「・・・・すぐに 医者を呼んだ。今は大丈夫だが やはり療養所に入れなければならないそうだ・・・。」
と田嶋が言うと 彼は頷いていた。
美しい紺の着もの 襟が抜かれ首が見える肩に手を乗せ
「帰ろう・・・・。」
と言った。
じーっと考える 美しい時の止まった人形の様だった。が・・・・・
「・・・・・・・金を借りてるんだ・・・・。」
と総悟が呟いた。
「いくらなんだ?。」
と田嶋が聞くが 総悟は首を振り 絶対に答え様としなかった。
彼は・・・・・
不安そうな目を 一度籠の中からこちらに向けると そのままどこかの屋敷に連れて行かれてしまった。