suimasennmatigaemasita
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総悟は逃げ回っていた・・・・・。
笹の間を四つ這いになり面白そうに自分を狩る 一刀流の男に執拗に追い回されている。
「・・・まてーー・・・。」
と言われて待つ馬鹿はいないが・・・・、ギンギンと刃が噛む音を聞くと、トシや近藤の近くを離れる訳にはいかなかった。
侍になったはずなのに・・・・。
老人を相手しながら女を連れまわし、もう一人の刃を受けるトシ。
自分をかばおうと 3人を相手にする 近藤に
申し訳ない。
「ちくしょう!!・・・・。なんで!!・・・・。」
田嶋に貰った脇差の覆い布 柄にきっちり編まれ組まれた組み紐はいくら引っ張っても解けてはくれなくて、鞘で受けるだけ 警棒程度にしかならない。
俺の剣・・・。
そう思って抜き放ちたいのに 言う事を聞いてはくれないのだ・・・・。
・・・・結び方を教わったが聞いていないし、港がやった様に しゅるしゅるとはほどけない。
近藤に切る物貸して下さいなどと・・・・・言う事も出来ず 総悟はずっと逃げ回るばかり。
俺は何者なんだ・・・・。
「死ねーーー!!・・・。」
と叫んで刺客が総悟の頭をかち割ろうとするが、体が勝手に避けてしまう。
ゼーゼーと息を荒くして向かってくる男の顔を見て ちょっとがっかりした。
「・・・・だったら・・・・ちゃんと狙えよ・・・。」
と呟く。
「おい!!・・・。」
と、近藤が手を引っ張ってくれたので 刑場の柵の中には入ったが
「大丈夫か!・・・・。」
「・・・・はい・・・・なんとか!・・・。」
それどころではない。
総悟はやはり近藤の手助けがしたくて 組紐をあちこち引張って見たが ほどけそうにない。頑固な 婆のようだった。
「くそ・・・・ほどけねぇぇ!。」
そう言いながら悔しそうに総悟が 近藤の背に張り付き脇差を構えるが 迫ってくる男たちにくすくすと笑われる・・・。
総悟が型どおりに切りかかると、 男たちは総悟の抜かずの剣をあえて受け 痛い痛いと笑い始めた。
悔しくて唇をかみしめていると 近藤が
「それでいい・・・・。」
と総悟に言った。
もうこんな剣術糞くらえだ!・・・そう思い相手に立ち向かうと 切られそうな所で近藤に襟首を引き戻される。そこに
「総悟・・・・。」
と、叫ぶ女をほぼ背負いながらトシが やって来た。
見ると 女は仇討ちに来たのか悲鳴を披露しに来たのか判らない状態だった。
男たちも女を切るのは嫌らしく 先に土方を片付けたいのだが、剣を一振りするたびに女がトシの懐に張り付くのだ。
「きゃー!!。」
と言っては、トシと相手の間に入り視界を遮り、トシの首に手を掛けぶら下がる 。
「げ・・・。」
と言って女を引っ張り、剣をふるう隙間を作ると・・・・また体の正面から登ってくるのだ・・・・。
猿か!・・・・。
相手も女以外でトシを切ろうと何度か突くのだが、思う様な傷にならず いらいらと見て
「この・・・女たらしが!・・・。」
と罵声をあげる。
トシはべりべりと女を自分から引きはがし、背後に送るのだが・・・背後から 抱きつかれ首を絞められる始末だった・・・・。
しかし、トシは健気に女の為に 老人の後だけを追い回したのだ・・・・。
女が目を瞑っている隙に、前を向かせると トシがなぎ払った剣で老人が尻餅をついた所だった。
「さあ!・・・・今・・・。」
女の肩を前に出して老人の真正面に立たせた。
そこで突けば・・・・。
トシが期待していると、 横から助っ人がトシに切りかかり、女がまた悲鳴をあげる。
彼女がドスをちらっと抜いたら老人が立ち上がり 憤怒の表情で剣を振り上げたのだ。
「っち!。」
トシは相手の剣をはじいて女の所に走ると 女がまたトシの体にしがみついてきた。
また最初から やり直し・・・・。
これで仇討ちを成功させるのは・・・・俺には至難の業だ・・・・・。
そう思い近藤の方を見ると、柵の外で総悟が田嶋からもらった守り刀で戦っていた。
彼は剣を抜いていないので 殴る蹴る 剣の鞘等でど突かれている。
それを近藤が逃げろと叫び、敵二人を相手しながら柵の外の総悟の所に行くところだった。
「おばさん!・・・しっかりしてくれ!・・・。」
トシが叫ぶと おばさんだと自覚がなかったのか聞いてなかったか・・・・。
仕方がないので もう一度
「ばばあ!・・・前向け!・・・。」
と叫ぶと、少し体を離してむっとした顔をトシに向けた。
そんな顔を見てる余裕もなく 女改めばばあを掴んで地面を転がり剣をよける。
「離してよ!・・・。」
ばばあが言うと トシはお前がそれ言うかと見直してしまった、
敵はまた襲いかかって来た。
仕方がないのでばばあの襟首を掴んで近藤の方に行くと 近藤が総悟を掴みあげた所だった。
彼は切り付けられたのか 襟元が横二つにきられ血を流している。
トシはそれを見て
「総悟!!。」
と叫んでしまった。
男たちの殺気が一瞬で変わり、今までは遊び半分だった事が判る。
「総悟・・・沖田・・・・総悟か・・・・。」
そう言いながら 彼らは隊列を整えた。
近藤とトシは 総悟を狙う4人の男を相手にしながら 仇を取らせなくてはならなくなった。
「・・・・くそ・・・・。」
自分の失態に悪態をつき 近藤の横に並んだ。
近藤は ちらりと総悟を見ると
「女に 付け。」
と言った。そして・・・
「トシ・・・・はやくご母堂に仇を討っていただかないとならんな。俺たちが道場に泥を塗ることになる。」
言う。トシは近藤を見て不思議な顔をし、
「仇が逃げたら・・・どうなる?。」
「・・・この場限りの 果たし合だから、・・・・逃げたら あっちの勝ちだな。」
トシの質問に近藤が答えた。
それを男たちと並んでいた老人が聞いて 急にへらへらと笑いだした。
「そうだ・・・・・こっちの勝ちだ。」
すると助っ人の一人が
「ご老体にはここで待機していただこう。・・・・貴殿がここから退出されると、我らの仇討ちが出来なくなるのでな!。」
という。
老人は納得いかない顔で
「・・・・何をたわけたことを、・・・・道場同士の私怨討ちに巻き込まれたら もっと恐ろしい事になるではないか、それは困る。・・・・何のために金を払ったのだ!。」
関係ないと下がるが、一人が老人を追う。 リーダー格の男がいらいらしたように
「お金はお返しいたす。・・・・でなければ、死人が5人になるだけだ。」
と老人に低く言う。
おびえた老人はへなへなとそこに座りこみ。
近藤をリーダーは睨み 近藤もにらみ返したが、榊の到着時間までどれ位かと考えるので忙しかった。
・・・・・・・・夕方、待ちくたびれるまで待たせる・・・・・・・・人を殺さなければいけないと言うプレッシャーに加え、一刺しして断末魔の様な悲鳴と血しぶきを浴び とどめを刺せる者はそういない。・・・・ずっと心臓が飛び出るほど緊張をさせられた後なら・・・尚更だ。
田嶋の言葉だった
・・・・・俺たちが切った者の姿は すなわち、いずれ自分の姿だと言う事を覚えておかなければいけない。・・・・
はっとして、近藤が切り付けてきた男を避け、その脇腹に肘を強く入れる。
ごっ!・・・と音がして 敵がうめいた。後ろと見ると
総悟が、女をかばい守り刀で一撃を受ける。が、女の手がゾンビのように伸びてきて 総悟にしがみつこうとしていた。
それを見て トシがぐいっと 敵の襟首を掴むと後ろに投げる。
総悟は手を伸ばし 女の目を手のひらで塞いだ。
きーきーと爪を伸ばし猫のように暴れている女。 それを総悟は どんと蹴る。するとそこに 総悟ごと切ろうとした男が切り被さってきた・・・・。
それをくるっとまわって避けると 頬の下を剣先がかすめた・・・・。
「く・・・・。」
呻くが、総悟は次に切りこまれる方向を予想する。
ちょこまかと逃げる総悟にいらいらしたのか 敵の一人が鬼ごっこのように彼を追い始めた。
捕まらない・・・。
「女を使え!・・・。」
近藤と剣を合わせていたリーダーが言うと、総悟を追いまわしていた男はくるっと向きを変えて女に向って行く。
総悟が間に合わないと思った瞬間トシが 男の背中を上から下に切る。
「ぎゃああ・・・。」
男が派手に反って倒れた。
「トシ!・・・。」
近藤が土方に声を掛けると
「・・・・・切ってねぇ・・・・・・・。」
答えたが 衣服少しだけ切られた男の背が 切れて赤くなる。
「・・・・多少・・・・刃が・・・入ったかも・・・。」
と男を見ながら呟いた。
「トシ!・・・殺すなよ・・・。」
近藤が叫ぶと リーダーが切られた男の元に行き
「おのれ!どこまでも愚弄しおって!!・・・・・・・。」
と老人を見張っていた男を 手招きして呼んだ。
「ひーーー!・・・。」
と老人が 転びながら皆が上がってきた階段の方に走って行く。
トシが老人を追おうとするが、男たちに囲まれた。
トシはすぐ総悟の前に戻り、呼吸を整え
総悟には女が張り付いた・・・・。
「小僧!・・・・・お前の命一つで 済む話だぞ・・・・?この兄弟子を・・・・殺したくは・・・・あるまい・・・?。」
リーダーがじりじりと近づき、一斉に攻撃しようと目配せしていた。
「聞くなよ総悟・・・。」
トシが 呟いた。
人の行動とは 奥底から湧き上がる感情によって覆いに方向を変えてしまう事がある。田嶋が道場を飛び出した時がそうだった。師匠が自分の落ち度の為に腹を切ると決まった日に・・・・・ご政道に反する行動を取った。
榊ならば、剣を付帯した総悟を自分の代わりとみなし刑場の柵の中には入らない、と判っていたし、総悟が兄弟子について行くと確信があり、近藤と土方が総悟を御せないと言う事も判っていた。
自分が石川の所に送れば こうはならなかったはずだったが・・・・それが出来なかった。一瞬目を離した・・・・。言い知れぬ罪悪感が師匠の元、門下一同の元を離れさせた。
仲間にも理解される事ではない、それを・・・・港は何とかするだろう・・・・。
港に甘えているのかと自分に聞いてみたが、甘えではなく・・・反発だった。
自分が無口なのも、弟子に剣の指導をしないのも、ある意味では港に譲っている。
「許せ!・・・。」
田嶋は通いなれた藪の道を走りながら 吐き捨てるように叫んだ。