夜中の紫

腐女子向け 男同士の恋愛ですのでご興味のある方、男でも女でも 大人の方のみご覧下さい。ちょっと忙しいので時々お休みします

椰子の実 1

2018-05-09 | 紫 銀

嵐の後に・・・・

波の音は・・ゆっくりになった。

何処かに行っていた優しい風が ここに戻って来て 身体を優しく包むので

ここが昔から家だったのだと 心の中で言う。

昔は

その度に色々な人の顔が浮かんでは消え 身の内を焼いたが・・・

今見えるのは 波の顔だけだ・・・。

波に向かって座り 波の音や空気を体の中に通し そのままになる事にしている・・・。

ぴくぴくと やりかけていた事や、大事な物が浮かんで心のどこかに引っかかるが それも微かな無意識のうちの近くらしく

波や空気が長い時間をかけて浸食してくれた。

今はただ 周りを見る事が出来るようになったと、思う。

 

波は自分に近づこうとした・・・

木の義足に水が付いたのに気が付かず、もう片方の足が濡れたので、ゆっくりと立ち上がり、少し体を揺らしながら波打ち際を歩く。

夕日が闇を呼び出したので 波に背を向けて真っ白い砂の山に向かって進む

砂山は義足には向かず 一歩一歩が埋まって歩きにくいが それでも何とか登り木立の中に入って行く。

 

土が締まり硬くなり、体の支えとなる木も生えているのでいくらか歩きやすくなった。

太い木の根をまたぎながらなんとか平らな所まで来ると、男はふと立ち止まる。

視線の先に小さな小屋が有るのだが、そこに明かりがともり

誰かの気配がするのだ。

自分の住処に誰が居るのだろうと、立ち止まって見ていると、草噴きの屋根の下にある小さな窓から 浅黒い肌の男が顔を出した。

男は足を引きずってやって来た男を見ると手を振り、布の掛かっている玄関から出て 足の悪い男が家に来るのを待った。

 

「ハル!・・・待っていた!・・・この前直してもらった竿が使いやすくてなぁ・・・人に取られてしまったから、また材料を持ってきたのさ。」

見知らぬ言語で言う。

浅黒い男は 足を引きずった男よりも背が高くがっしりした体格だった。

唯一着ているのは、丈の短いズボン そこから太い足を出し、草履の様な物を履いている

顔は南国系で、眉が太くて鼻筋も太くいかついが、話始めると人懐っこさのある男だった。

「・・・ああ・・・。見て見よう・・・。」

男に合わせてそれだけ言うと、ハルと呼ばれた男は、布をくぐって部屋の中に入る

だが、どっさり小さなテーブルに置かれた竹見ると頭を掻きながら、むすっとして

「葉は落として来てくれと 言っただろう?」

と手で足を指さした。

そこには鉈が当たったのか切り傷があり、縫われた後もあったのだが、いかにも素人が縫ったような跡だった。

「そうだな!すまんすまん!ハルは左手も無いんだったなぁ・・。」

と言って、ハルの肩を叩き、竹の束を外に担いでいく。

小さな庵の窓から 外の鉈を振り上げる男を見ながら

日本語で 「何回 言えば覚えるんだよ!」

と文句を言った。

人懐っこい男は、ハルに声援を送られたかと、手を上げてから鉈で竹の葉をバンバン落としていった。

 

 

義足の男が 一本だけ上から下まで竹を眺めながら部屋の中に竹を入れ、テーブルに置いた所、上半身裸の浅黒い男がどさっと

魚やら芋らしきもの 果物など並べる。

義足の男は 小声で礼を言うが、気にもせず

少し不満そうな浅黒い男は

床に座る義足の男が 黒い長い髪を後ろで束ねているのだが、その真っ黒でつややかな髪を 興味津々覗き込むように眺めた。

義足の男はそれを察知したのか振り返ると立ち上がる。

座ったままでいると押し倒されそうだったのだ。

「ありがとう・・・ベイトト・・・頑張って作るよ。」

浅黒い男に 遅ればせながら礼を言う。

「・・・ああ・・・ハル。・・・何か困ったら、俺に言ってくれ。」

と男は、ハルの髪に手を伸ばす、ハルは無下にせず触らせた。

ベイトトと呼ばれた男は 一歩心配そうに近寄って頬まで触ろうとするので、ハルは肘から先のない左腕を上げてベイトトの腕をのける。

すると我に返ったように男が後ずさりする。

ハルは

「・・・ベイトト・・・お休み、奥さんに宜しくな・・。」

と言って笑うと、ベイトトも笑って判ったと言う。

 

彼が真っすぐ帰るのを見た後で ハルは小屋の中に入り床に腰かけると、竹を一本一本眺めた。

竹自身の個性と言うか生育環境で、曲がりが違う。

眺めていると飽きないのだ・・・。

崖に根を伸ばしたのか 風を受けた竹なのか、しなり強く下に向いている

その穂先を回して上に向かせるが 穂先は下を向かず上を向いたまま。

男はクスッと笑って竹を揺するだが 頑固な穂先は上に曲がったままだった。

次の一本はどうにもこうにも弱体した土に育てられたのか、どの方向に曲げても思った以上に穂先が垂れる。

まるで、一人っ子を道場の玄関で見送ると、母親にべったり後ろに隠れるようなどうしようもない息子のようだ、何もやりたくないとぐずった体は思った角度に真っすぐ伸びなかった。

一通り見終わると幹を調べて硬さを調べた。竹の密度で判る。

やせっぽちの威張りん坊、節くれだった竹と、

京育ちの様に妙に色っぽい 軽めの物・・・。

ただ 竹を見るのも有り余る時間つぶしには成る。

男は何かを茹でただけの質素な食事を終えると、

芋の皮を乾燥させて焙じた物にお湯を入れる。生まれ付いた国とはどこか違う形の椀にそれを注ぎ、

茶ではないが茶らしきものを飲んでいる雰囲気に、男は丸太の椅子に座って背筋を伸ばすと啜るのだ・・・。

先のない左腕は ぼろぼろの丸首の長袖の先を丸結びした中に納まっていた。

時々その欠損部分を確かめるように握り温める。

血がそこまで廻らないのか冷たくて仕方が無い・・・。

冷たいつららをぎりぎりと切れた断面に撃ち込まれたように 痛む時が有る。夜、切られた時間を体が覚えていて、肘の神経が叫びをあげ、手首から出る血しぶきの勢いを思い出し 血管から抜けていく。

大量の血だまりの匂いと感触が蘇るのだ。

ぎゅっと腕の先を握り締めるが、足にも同じことが起こって震えていた・・・。

だが、一番思い出したくないのはその姿を親友・・相手はもうそう思っていないだろうが、

友に見られたのが痛くてたまらない。

気の優しい彼は、きっと困ったような顔をして足踏みをしたに違いない。

家臣ではないのに裃を付けさせられて 城内の廊下で困り果て隅で足踏みをする姿が蘇る。

・・・どう・・されましたか?・・・

何度もそう声を掛け、間の抜けたほっとした顔を見る のが、好きだった・・・。

仲間の活きた肝を抜いて食べそうな輩ばかりのこの城内に、優しさだけしか持たぬ男が居る・・・。

それによく感謝した物だった。

その男が

 

『良い竿は、後ろから前に戻るまで 丁度良いしなりを手の中に伝えて来る・・・。右手に持つ堂本からしなり 穂先を自分の思う所に 軽く導く・・・。それを作り上げた時は格別なのだ・・・・親友と呼ぶに違いない。』

かつての親友は

ニコニコしながら身振りを付けて説明してくれた。

自分は、城内の支度部屋の一つで小さな書き物机を出して、

この男の為に気の利いた謝罪文を書いている・・・。

あまりにも気が利きすぎると 相手に帰って絡まれるので、

懇切丁寧ではあるが、さして有難みも入ってないぐらいの物を書く・・・。

自分は・・・この大きな体を、小さい部屋に入れ、膝を窮屈そうに折り曲げて座る男を見ながら、

『・・・お前は博識だが、城内に必要な知識は持っていないなぁ、柔らかい皮の茄子の作り方だの、雨に種を流されない畝の作り方だの、カブトムシは死んだら首が取れるとか・・・それに釣り竿作りなんて・・・。魚釣りはお前からっきしだっただろう?。』

と言った。

ある意味脳天気過ぎて嫌になる時もあった・・・。

だが、彼は

『・・・俺には・・・城の中の生活が全く分からない。笑う時も、怒る時でさえ、みんなとずれているのだ・・・。』

という。

その時自分は決まって

『・・・お前が違う誰かに成ったら 俺は必要ない』

と言い。

 

 

「・・・お前はお前のままでいろ・・・。」

と、義足の男は どことも知れない小さな島の 小さな机に伸ばした左腕の先を歯で噛んで、ぶるぶる震える右足の膝・・・義足の足を押さえながら言う。

 

 

 

 

 

確かに・・・・・。

 

自分で作った釣り竿は、手の中にしっくりくる。

 

昼間海岸に立ち

大きく振り上げた右手の背後を見ながら 前に振ると

しなった竹は 釣り針を付けていない糸の先の重りを 勢いよく振り切った。

あの友が作ってくれた竿は もっと上手だった気がするのだが、もう教えを乞う事は出来ない。

ぐいっと竿を引いて穂先の張りを確かめていると・・・

風の音で聞こえなかったが、ベイトトが自分を呼びながら近寄って来た。

手を大きく振って、持って来た物を自分に見せながら笑っていた。

 

竹を持ってきてから もう半年が過ぎたようだ・・。

ここでは一年などはあっという間に過ぎていくのだろう。

砂浜に兵士の様に突き立てた釣り竿を眺めた

激烈な痛みは、これを作っている間は和らいでいる・・・。

ハルは3メーターは有ろうかと言う竿を数本担ぎながら、家の方に向かう。

途中で砂に突き立てた竿は、ベイトトが抜いて持っていく。

 

 

「いつも悪いな・・・。もうこのフルーツが出たのだな・・。」

そう言いながら、机に並べられた大きな果物を触って転がしてみていた。

竿は今日でお別れだった・・・。

すると、ベイトトは自分を座らせようと椅子を引いていた。

ハルは 首を傾げて背中に垂れている髪を撫でると、ポニーテルの様に結んでいた髪がだらりとしていた・・。

自分はその方がきつくなくていいのだが・・・

ハルを椅子に座らせると ベイトトはハルの背後に回り

髪を束ねて何度も撫でおろした。

変な感じだが、ベイトトがこれで気が済むのだからこうするしかない。

彼は、尻のポケットに突っ込んだ櫛を出し、ハルの髪を生え際から毛並みをそろえるように解かし始めた。

ベイトトは、気が済むまでハルの髪を解かすと、持っていたゴムで根元を縛る。だが前髪のいくらかはばらばらと顔の前に落ちる。それを黒い手の汗を使っておでこから撫でるので、ハルは

「おいおい!手がべたべただ・・・。」

と文句を言った。

「綺麗にしてやってるんだろう?。」

とベイトトは 気にもせず何度も撫で上げたが、前髪は短く額に落ちた。ハルは横目で悔しそうなベイトトを見て、

「・・・切って・・・持ってったらどうだ?。」

と言うと、ベイトトはむっとしたように

「男の毛何て持って帰って どうすんだよ!。」

と文句を言う。

「・・・出来れば 短く切って貰いたいんだがなぁ・・。」

とハルが言うと

「こんなにきれいな髪を もったいないだろう?俺が綺麗にしてやるよ。」

というのだ。

終わったらしく ハルは首をこきこき鳴らしながら立ち上がると、竿を取りに行く。釣り竿は短い竹3本を繋いで1本になり元からその長さの様に生まれ変わっていた。

それを見るとベイトトはびっくりしたように手を広げ

「すごいな!信じられない!。」

と言ってハルの肩を叩く。

ハルは

「そうでもないさ・・・。持ち手の竹は細いが硬い物、真ん中は柔らかいが反発が強く、穂先は真っすぐで張りがあって・・・。」

と律儀に言いながら、穂先を刀の様に振って見せた。

「・・・それをくっつけるのが大変なんだろう・・・?。」

ベイトトはじっと 穂先のしなりを見るハルを眺めながら言う。

「・・ああ・・・熱で曲がりを 矯正していくのだが・・・。」

ハルが穂先から目線を移し

ベイトトを見るので、彼はお決まりの文句を口に出した。

「友達が 無くして・・・。」

と言い、

ハルは

「友達が無くして・・売ったんだろう?。」

という。

「いや・・。」

ベイトトは否定しようとしたが、ハルは笑って

「・・・いくらで売れたんだ・・・?。」

と聞いた。

ベイトトは困って手をぱっと広げて 前に出した。

「5ドル?・・。」

と聞くと ベイトト

「50だよ。」

という。

簡単に場所が分かるような 取引通貨の事は言わない・・。

「へえ・・・。」

以外に高いのだと思う。

自分の所に持ってくる食べ物がいくらだと聞くと、3だと言うのだ・・・。

「・・・良かったな。」

ハルはそういって笑った。

 

ベイトトが過去に釣り竿に文句を言って自分の所に歩いて来た。すぐ目の前で折ろうとしていた。

当時義足が合わず歩けなかったハルだったが、

手を伸ばし、その釣竿を出せと言った。

直せるはずがないと言うので、なるべく真っすぐな枝と小刀を持ってこいと言う。彼が持って来た枝を乾かし何とか恰好を付けて、小刀で削りベイトトの釣り竿の先に付けてやると彼は喜んだ。

竹を持ってくれば、もっとしなり丈夫な釣り竿が作れると言うと、いくつかの小刀と竹を持って来たのが始まりだった。

最初は葉も付いた笹を持って来たのだが、これでは海では連れないと言うと、大きな竹を探して持ってきてくれるようになった。

だが

ハルの親友が作った釣り竿には遠く及ばない。

川で釣り用だったので短かったが、しっかりした張りと、魚の動きを穂先で伝える感度も最高で、振り具合と言い 手の馴染みも最高の物だった。

彼の言う通り 正に親友と呼べるものだった。

釣った魚を彼に見せると、彼の破顔が・・・

 

愛おしい。

 

「・・・まあいい」

そう言ってハルは竿を 微妙な顔をしているベイトトに手渡した。

するとベイトトが

「・・・ハル・・・。これ読めるか・・・。」

と言って、古びた本を手渡した。

よく見ると英語の本だった。

 

「・・・あ・・・。」

ハルは顔を上げてベイトトに尋ねようとしたが、彼は竿を持ち家から砂浜に出る所だった・・・。

英語は通じないはずなのに・・・。そうここは、訳の分からない言語の国だったのだ。ベイトトは、自分を看病しながら言葉を教えて、ここから一生出られないと告げたのだ・・・。

 

「ベイトト!・・ありがとう!・・。」

そう叫んで窓から手を振ると ベイトトも振り返って手を振った。

 

 

どうして出られないかと言うと、

首に南京錠のような物が付けられていて取れないからだ。ベイトトが自分を海の上に連れ出した事が有った

と、いきなりぴっと南京錠が付いたベルトの中で音が鳴り出した。

その音をベイトトがマネをして、
ぴ・・・ぴ・・・・と言う間隔を短くしていき、ぴーと口で言ったのち、

首から上を消えると言う意味なのだろう両手を開きながら ぼん!と言ったのだ。

何処かに探知機が有り自分の首を追跡しているか、この島の中だけが安全地帯だと言う事だろう。

別に驚かない・・・。

 

それだけの事はしたのだ。

ただ、なぜまだ生かしているのかが判らなかった。

手足を切った時に死ぬはずだった・・・。

 

忘れかかった英語の文字をゆっくり拾いながら 読んでいった・・・。

 

 

それから月日が過ぎ

 

ベイトトの腹は南国人らしく膨れてきたが、ハルはそのままだった。

長い白髪が束ねた中に 数本混じったが、顔は少しやつれて見えただけだった。

小屋がが少し家らしくなっている。

ハルはベイトトが持ってくる本を読み、魚籠や仕掛け駕籠などを竹で作りすっかり竹細工の職人になっていた。

竹も鉈をふるって自分で割れるようになった・・・。

今日はベイトトの子供も一緒に船でやって来て、ハルの家にいち早く走り込んで来た。

待っても待っても食料を持ってこないので、どうかしたのかと思っていたが・・・子供はハルの手を強く引いた。

子供と一緒に砂浜まで出て見ると、いつも沖に停泊させている船から

ベイトトが荷物を担いで下ろしていたのだ・・・。

何事かと近寄って見ると、子供がハルの服を引き、波打ち際を指さしている。

 

別の荷物持ちかと見て見ると・・・。

頭の上部を剃り上げ そこに髷を乗せた男。

羽織らしきものを着た男が、船に酔ったのか波に向かって撒餌をしていた。

 

びくっとしたハルは、後ろに歩いていく。

乾いた柔らかい砂に脚を取られてそのまま後ろに倒れた・・・。

体を起こして座っていると、その侍らしき男が立ちあがり、

荷物の一つを抱えてこっちに向かって歩いた来たのだ・・・。

歩き方仕草見に見覚えのある男。

いつも夢の中の男・・・。

その男が、自分の近くにやって来ると、立ち止まり

「やあ・・・。」

と声を掛けた。

「・・・・。」

ハルは黙り、呆然としていた。


「元気そうだな・・・はる明。」

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しみる 42

2018-05-06 | 紫 銀

近藤は

夕方から闇に呑まれた座敷の中で、

なすすべもなく腰を少し浮かせたまま、

縁側で両腕を抱え下を向く田嶋を見ている。

近藤は、自分の腰が少し浮いているとは気が付いていないようで、さっきからずっとそのままだった・・・。

師匠を慰められる人は誰も居ない。

それが分かっていて、自分は、ここに居る・・・。

 

 

 

 

「・・・どこでも切ればいい。 切らせてやるつもりで傍に置いている。」

と田嶋が言った。

近藤は腰を落とし

むっとした

「・・・もっと 強くなってあなたの大事な物を奪う。そうすれば、先生の望み通りに 俺は先生を切る事が出来ます。」

と近藤が言うと、

「・・・港か?・・やる気にならんな。だから 俺を切って 他の師匠を見つけろ。」

と言うのだ。

 

近藤は ただ唇を噛んだ。

田嶋は・・

不満そうにため息を着く・・・。

 

 

近藤は なぜだか・・・震えそうになった。

 

 

「・・・こんなもんが・・・お前の成りたい物だ。」

と、

田嶋はごろっと寝そべってしまう。

近藤はぶるぶると震え、唇を噛みしめた。

 

・・・そう、俺は 

あなたになりたい 

あなたの様になりたいのです・・・。

 

「・・・いつでもいい・・・。」

田嶋は近藤に背を向け また言った。

 

近藤はぎりぎりと 腹筋がよじれる思いだった。

この男に勝ちたい、だが

先生は こうして自分をそそのかす。

 

あの時

殺すつもりで入門したが、

自分はどうしても殺せないのだ・・・

数々の武士との果し合いの上に生き残ってしまった男

傷を見れば もう判るようになってきた

どれくらい強いのかが・・・・。

それから切れなくなった。

師匠を切ってしまったら、

切ってしまったら

終わり 自分も終わる。

これ以上強い 切りたい男が見つからない。

港先生も 今やれば先生より強いのかもしれないが・・・

港ではなく

この男に・・・勝ちたい。

 

近藤は、薄暗くなった部屋の隅に行き

押し入れを開けると、綿入れを取り師匠の所に戻る。

師匠にそれを広げて掛けた。

 

師匠の・・・・

 

布団を感じたのか 肩が・・・石の様にこわばっているはずの肩が・・・

布団の中で丸くなる・・・。

 

 

それを 暗闇で見つめながら

近藤の頬を伝って涙が落ちる。

悔しい

師匠の無念を払えない悔しさでもあり、自分の志を果たせない悔しさでもあり・・・ほっとして・・・先生の存命を喜ぶ涙

それに対し・・・悔しい。

 

 

 

 

 

 

今 

暗くなり・・・・

墓石が 闇の中に立っている。

昼前に銀時が来て 桜を手向けた墓

午後に、総悟と土方が 先生を彼らと、合葬した墓

近藤は、

無縁仏の墓の前に座る

 

その墓は 自分と同じ 座った人の大きさになり 存在が人に酷似してきた。

線香の束の先が赤くなり、煙で目が痛む。

・・・・ばかが・・・。

そう聞こえてくるようだった・・・。

「・・・。」

近藤が、郷里の酒を

墓前に置いてある 二つの茶碗に注ぐ。

片方を一気に飲み 酒を注いだ。

飲みながら

・・・お前は 俺にそっくりだ・・・

という言葉を、もう一度聞きたいと

心の中で思う。

 

だが、

「・・・桜か。」

と、近藤が独り言を言い

線香の隣に一枝花瓶に差してある桜を見る。

 

 

 

 

 

 

その桜・・・

片栗粉と山崎を寺の本堂に残し、土方と総悟が 住職のいる墓の前に行くと、

「お供えして下さったのです。・・・桜・・・綺麗に咲いてますねぇ。」

と住職は微笑む。

二人は黙って見ていたが、

総悟が、

「・・・親父が・・・気ィきかせて、備えたんでやしょうねぇ。」


と言った。

だが、住職は

「いえ・・・・違う方でしたよ。背の高い・・・頭が銀髪の・・・。」

と言うので、

土方と総悟は住職を見なおした。

そして 

墓を掘り返す間 住職はお経を唱え続け、

二人はそれを見守った・・・・。

掘り返されて、骨壺が出て来ると開けられ

住職が 土方から袱紗に入った箱預かると 合唱してから蓋を開ける、

土方と総悟は 箸の中の小さな田嶋の骨を 箸で挟み持ち 

そして 白い骨が入った骨壺の中に置く。

二人は 先生が 土の中に埋められるのをじっと見守り、

住職と共に墓に線香を立て、祈りを捧げたのだ・・・。

 

 

 

桜も見守った。

 

桜は

 

 

 

それはある人種にとって指標でもある花だ。

この世の一番戻りたい場所に植わっている花。

地中の血を微かに吸い込んだように紅を付け、

春に残った者に 会いに来るように一瞬だけ咲き

去っていく。

 

 

往ってしまった人ともう一度会い、

自分もそう行きたいと、涙型をした花びらの降る中を

歩きながら思う。

 

 

 

 

すっかり日もくれたらしい・・・

「おーい!・・・こっちこっち!!。」

と自分達を呼び止める者がいた・・。

城下町の外れ、桜の名所になっている片栗粉の菩提寺の近く。

土方と沖田総悟が、

寺から続く道を歩いていると、薄暗い街灯の下に山崎が しきりに手招きしている。

普段は人気も少ないのだが、今夜は桜の一番いい時期なのか、

夜店が数件並び、ぼんぼりも増やされにぎやかになっていた。

何事なのかと

土方と沖田総悟が やたらとニコニコした山崎に付いていくと、いつも交通安全イベントで使う白いテントの中に テーブルが出され、パイプ椅子が並んでいる。中では新選組の宴会が始まっていた。

「・・・花見会場の警備?・・こんなところで?。」

土方が、自分が承認した警備箇所を思い出そうとして 頭をひねっていたが、山崎がその背中を押し、テントの中まで連れて行く。

「ああ?。」

総悟も後に続きながら、テーブルに置かれた酒瓶や食べ物を見て 

到底見回りには見えないと言う顔をした。ふと

「湿気た面すんじゃねえ・・・。」

と言う声の方を見ると、桜の木の下にブルーシートの上にござが敷いてあった・・・そこに座っている片栗粉座る所だった

紙のコップを持ち上げ隊士が酒を注ぎに来る。

そして土方と沖田に声を掛けたのだ。

 

「・・・親っさん。」

と土方があきれ顔で 片栗粉の所まで行くと、総悟も渋々付いて行く。

「お世話様でした・・・さっきは 師匠の・・・。」

土方が正座して頭を少し下げると、片栗粉は

「田嶋を・・・罪人にして郷に返したのは・・・俺だからな。・・・武州に骨分けてくれなんて・・・到底・・・言える訳はねぇ。」

とグイっと酒をあおりまた隊士に注がせる。そして、自分に言うように

だが、どうしてもな・・・。

と呟いた。

片方の手で煙草の灰を吸い殻入れに落とす。

「・・・。」

土方が顔を上げ、総悟はシートに 足を組んで座り

桜を見上げた。

「・・まあ、飲めや飲めや。」

そう 片栗粉が言うと、山崎が酒のコップと食べ物を土方の前に並べた。

総悟は手に持った紙コップに、とくとくと酒を注がれる・・・。

山崎を見ると、山崎は総悟の酒を見て

「・・・けが人だから、乾杯だけ・・・それ以上飲まないで下さいよ・・。」

という。

「・・この酒は?・・・。」

総悟が聞くと、

「親父のポケットマネーっす。デリバリもほら・・・。」

と数件並んだ焼き鳥、お好み焼き ケバブの屋台を指さした。

それを聞いて居た土方が 酒を吹き出しそうになり

「はああ?!。」

と後ろを振り向いて屋台の台数を指さしながら数えた。

土方が慌てだしたので、片栗粉が勢いよく一升瓶を持ち上げたので

酒が瓶から雨の様に振り飛んで、撒かれる・・・。

山崎が咄嗟にあいたコップを持ちそれを受けようとした。

「わ!・・・何やってんだ!山崎!・・・。」

土方がよろめいた山崎にぶつかり食べ物の上に酒が再び撒かれた・・・。テントの中に居た隊員が 慌ててホローにやって来る。

紙を何枚も持ち ござの上を何人もが這いながら

あーあー言いながら拭き始めたのだ・・・。


「親っさん!・・・交際費で これ落すつもりなんだろが、もう承認しきれませんぜ?どうせなら・・・ほんとのポケットマネーで納めてくださいよ!俺がどれだけ苦労して 予算を・・・落としてるか・・・。」

と隊士に濡れた隊服を拭かれながら 土方が言う。

すると山崎が

「まあまあ・・副長!・・・情報局に屋台設置許可させたから、呼ぶのにはお金かけませんでしたって・・・。」

と山崎が土方と片栗粉の視界の間に入った。

総悟はめんどくさそうに 膝の向きを変え、空のコップを横で振ると、隊士が慌てて総悟のコップに酒を注ぐ・・・。

イカをくちゃくちゃ噛みながら、

上を見上げ、

桜がユキの様にちらちらと降って来た・・・。

夜空に、花の色が夜空に溶けだしたかと・・・

 

酒を啜る。


沖田総悟を久しぶりに見た彼の部下は、

嬉しそうに総悟を見て

自分たちも酒を飲み始めた・・・。

 

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沁みる 41

2018-04-24 | 紫 銀

 「・・・お前らと同じ船には乗らねえよ!!。」


と、

高杉が 炎の町から水路に飛び込んで

銀時の船に向かって泳ぐ姿を見ると、

眼鏡は

銀時に向かってそう言った・・・。

「・・・!。」

銀時が見ている前で水に飛び込むと

高杉と入れ違いに岸に向かって泳いでいく。

銀時が不安定な船の上に立ち上がって櫂を持つ


「女も救われねぇな!・・全く・・惚れた弱みに 漬け込みやがって!・・?カスが!!・・・それで男のつもりか!。」

と、叫び

眼鏡は水路の石垣に爪を立てしがみつくと登り始めた。

「・・可愛い弟のまま 静かに 隠れてりゃ良かったんだ!!・・・。何であの人が・・・お前の代わりに!・・・・・何だよ!!。」

がりがり引っ掻きながら壁をよじ登る眼鏡を 

高杉を船の中に引っ張り上げながら、銀時は見つめていた

「眼鏡!戻れ!!何やってんだ!・・・死ぬぞ!。」

と叫ぶ。 

櫂で何とかバランスを保ち漕ぎながら 眼鏡のしがみつく岸に付けようとしたが、波がうねりうまくいかない。櫂が濡れて手も滑る。

眼鏡は2メートル程の石垣を登りきると立ち、


「・・・俺には 弟様のお守りは出来ねぇ・・・。俺が仕えるのは あの人だけだ。」

そう言い、炎の方を振り返る。銀時は引き留めるように

「・・・ンなもん守る 義理も義務もねえだろうが!・・・。」

と声かける。

銀時は、水路の水が荒れ狂い 流れ始めた事に気が付いた。水門が開いたのだ・・・。いつの間にか雨もざーざーと降り出している・・・。

ぐいっと濡れた眼鏡を、眼鏡が直し 笑っていた

「馬ー鹿!・・・ガキのくせに 義務とかいってんじゃねぇ!!約束も! 女も漢も!全部! 命張って守る!・・・それが人生ってもんじゃねえか?!。・・・・その上に!! 俺は侍だから 義理で死ぬる。羨ましいだろ?!銀時・・・・・・あばよ!!。」

彼は、眼鏡の上から敬礼して手を振ると、雨が強くなり 雨粒はその手の上で跳ね返っていた。

そしてそのまま町の中に走って消えて行く。


自分は 何か叫んだが・・・


何だったか 覚えていない・・・。



 

 

 

 

 

 

 

 

現在の江戸は・・・・

春の午後、


気が付いてみれば 空気はやっと 春らしい匂いが交じって

モノトーンだと思っていた枝が、知らぬ間に丸くなり つぼみの下から花びらの紅が凍み出している。

黄色いレンギョウや真っ白い雪柳は

気が付けば花開き 花はとっくに空気の違いに気が付いて 開きだし一足先に花びらを撒いている。


沖田 総悟が市街の外れに来ると、

桜が薄ピンクに、一輪二輪と、咲いている。

沖田総悟はわき腹を抱えながら

その花を見上げた・・・。


いつも通る道なのに

微かに色付いた紅から 沁み出した空気は

町中にあふれ、それを吸い込んだ町の者は誰も彼も笑顔になり 上を見上げては微笑み緩む。

やっと来た春に挨拶しているようだ。

総悟は、まだ冷え切った体に制服を纏い

痛む腹を抱えるように歩く。

近藤に切られた腕が上げられず 服の片方には腕は通していない。

頭の腫れもだいぶ判らなくなったが、自分にはまだ凍り付いている空気の方がいい。

 

 

漸く歩き、屯所にもう少しと言う所まで来ると

懐の携帯が鳴る。

沖田総悟は肩を壁に付け、胸ポケットから携帯を出す。

山崎からの着信だった

「もしもしィ・・。」

 

 

 

 その少し前

坂田 銀時は

松平 片栗粉と、寺の墓地に居た。

松平が 両手を合わせ長く合掌している・・・。

墓石の表面には 南無阿弥陀仏 とだけ掘られている。

坂田銀時は 片栗粉が退いてから ゆっくりしゃがみ込み

じーっとその墓石を眺めていたが、

ふいに 懐から手を出すと、墓石の前に一枝の桜を置いた。

片栗粉は 黙ってそれを眺めた・・・。

 

 そして、銀時は立ち上がると 何も言わず去っていく。





「・・・それはそれで ひどくないっすか?・・・沖田さんにも教えようとしたのに、『関係ねぇよぉ』って一言で電話切るって 可笑しいっすよ・・・今まであんなに・・・。」

と、山崎が、土方の後ろを歩きながらぶつぶつ文句を言った・・・。


土方と沖田と山崎は、片栗粉に呼び出されて 江戸城から少し離れた寺町のある寺に向かっているのだ。

沖田総悟はまだ姿が見えない。

土方と山崎の二人は、片栗粉の菩提寺だと言う和尚に連れられ、その寺の本堂に通された。

がらんとした本堂には誰も居ないので とりあえず座って待ち、目的を考えた。

松平片栗粉も、程なく薄暗い本堂に入って来ると 沖田 総悟も時間ギリギリに入って来た。


「・・・・・・。」

無言で本堂に入って来た総悟に 土方は怒って睨み何か言いかけたが、片栗粉が手を上げてそれを止める。

「今日は・・・細かい事言いっこなしだ。」

と片栗粉は話し始めたのだ・・・。


「まず、ここには、田嶋 六助所縁の・・・・3人の遺体の一部が 埋葬されている・・・・。」

土方も沖田も黙って居た・・・。

山崎だけは話が見えていないので、それは誰なのかと質問しようとしたが、土方も沖田も押し黙り、それを許す雰囲気ではない・・・。

お前たち 二人に話すのは初めてだと思う。・・・・お前たちを江戸に連れて来た時は、まだガキだったしなぁ・・・。何も知らなきゃ武州に返すのも 超簡単だと思ったんだ。」

片栗粉は、本堂の中を見渡すように見てから煙草に火を付けた。

ゆっくり時間がかかり、ハイライトの濃い煙が立ち込める。

座布団が四方に置かれて 4人は車座になっている。

片栗粉には・・・ある光景がみがえるが、

それを思い出しだけで渋い煙草が恋しくなった。

それを二人に語らねばならい時が来たようだ。

後悔と苦痛と胸の圧迫感に、顔を上げて目の前にいる3人の顔を見て笑う・・・。

すーっと深く 煙草を灰に吸い込み、灰皿に灰を落とす。


「・・・維新戦争の話ですか・・・?」

土方が聞くと 

片栗粉は助けられたように堰を切った・・・。

「そうだ・・・俺は将軍お側衆の一人に、将軍の為に汚れ仕事の出来る武士を集めろと言われ・・・・、其れなら武州から集めるのが良いと言った。・・・・・・俺は武州に行き、将軍子飼いの道場から猛者を集め、目の前で真剣試合をさせ 4人を選びだした。・・・その中の一人が田嶋だ・・・。」

と言う。

「全てを話すのは・・・もう難しいが、彼らは・・・焼き討ちから強盗なんでもした・・・。腐敗に腐敗を重ねた侍 江戸の悪を根底からしぼりだすにゃー・・・、文字通り根絶やしもあった、・・・・なまじの侍の覚悟じゃ出来ねぇ仕事だった。・・・将軍を切れる程の刀じゃなきゃ  ダメだったのさ・・・。・・その辺は山崎の方が詳しく 調べてるだろうが?・・・。」

片栗粉が煙草を吸い、

山崎は黙って居住いを直す。

「ですが・・・地球の・・・天人の協力者を 一掃したとも言えます。それで資金源を断つことが出来た・・・。」

と山崎が言った。

「資金源・・・?」

総悟が、胡坐に足を直しながら山崎を見る。

「・・・そう、江戸の老中達は・・・地球自体壊滅すると思っていたらしく、逃走闇金を集めていた。・・・それをあぶく銭の湧く、吉原にかくして洗浄させていたのさ。」

と、山崎は答えた。

片栗粉は

「・・・まあ吉原内部から証拠を集めたのは、奴ら・・・。銀時はそんな豆な玉じゃねえから、高杉と桂だと思うがな。・・・その後、吉原で火事が有って犠牲者が多く何でも管理され始めたから 大ぴらに集金出来なくなって、吉原を牛耳っていた一ツ橋家一派は失脚したんだ、で、茂茂の父親 紀教が将軍になったんだよ・・・。」

といい、煙草の煙を噴き上げた。


「・・・先生は・・・?。」

と、総悟が聞く。

「・・・六助達は・・・。老中の護衛役として吉原に入れたがなぁ・・・。ひどい女達を見て・・・流石に、維新志士の手伝いをしていたように思うねぇ。・・・。」

片栗粉は首を傾げて答える。

土方は正座したまま黙って、

話を聞いて居る。

片栗粉は横を向いて ふーっと煙を吐いた。

煙いのか、煙たいふりをしたいのか 眉間にしわを寄せ体を横に傾かし

やたらに、煙草の煙を吸い込む

何かを、鈍らせようとしていた・・・。

「・・・・・・銀時達は・・・何も悪い事なんてしてねぇかもな・・・。自分を守っただけ・・・。・・・そして六助達も手は汚したが、言われたことに従った迄・・・・・・・・・。」

片栗粉は灰皿を睨んだまま ぎゅうぎゅうと煙草を

押し付け潰し、もみ消した。


「・・・・・戦争も終わりかけ、次の世の青写真を設計してた頃だな・・・・六助の兄弟子3人が、維新志士に被せるはずの罪を、・・・・自分たちが被りたいと言って来た・・・。」

 

3人が一斉に片栗粉を顔を上げ見る。

片栗粉は彼らを見ず

「・・・『どうせなら、自分の罪は自分で 決済したい』と言う。・・・・・・わしは『・・・だが、維新志士が死ななければ、新しい将軍が・・・・側衆とお前らの罪を蒸返さなきゃならなくなる。全て闇に蓋して葬るのが 紀教を将軍にする条件だ。・・・それだけは出来ない』と言った。」

言うと、土方が徐に


「・・・先生 以外・・・・武州藩士の首を、維新志士の首として 差し出した・・・。」

という。

それは 土方が 近藤から聞いた言葉だった。


「そうだ。・・・・・・・それで、吉田松陽を捕らえると、次に高杉、桂、坂田を捕らえ、彼らは江戸郊外の古い神社のお堂に籠ったのだ。・・・儂は、兄弟子に薬を盛られた田嶋六輔を・・・・お堂から引きずり出して、・・・・。兄弟子たちは、田嶋の目の前でお互いを切りあって相果てたのさ。・・・その首に・・・・桂、高杉、坂田と・・・首札つけて 門外にさらした。」

片栗粉が言う。


「・・・・・・ここの・・・遺体の一部って言うのは・・・。」

沖田総悟が言うと、

片栗粉は頷いて


「土方・・・・あれを持って来たか・・・?。」

と土方に聞く。

土方は頷いた。


山崎が 腰を上げ

「・・・・・・それは・・・?。」

と聞く。

土方が 胸から片栗粉の前に小さな箱らしき物を出した 

それは紫色の袱紗に包まれていたが、

何となく中身が分かる

「・・・。」

土方も答えない。



「・・・田嶋も 長年待ち、あいつらも長年待っただろう・・・。」

と片栗粉は、小さな包みを見ながら言った。




「・・・ま!・・・待ってくださいよ!。」

山崎はごくりと唾を飲み込んでから、むかむかと・・・

納得できない物が込み上げて、


「それは違くないっすか?・・・埋めて・・終わりにするつもりっすか?・・・先生でしょ 沖田さんと土方さん 近藤さん!!・・我々の前任者でしょうが!・・・このまま何も無かったみたいに埋めれませんって!。」

と山崎が二人の顔を見る。

土方は包みを持ち上げると、立ち上がり本堂から出て行く。

総悟までも 黙って立ち上がる・・・。


「副・・・・隊長・・・!。」

と山崎が声を掛け、沖田の肘を掴む。


「・・・悪いな 山崎。・・・師匠は 望まねぇ・・・・・。」

といい 土方を追う。





「長官は・・・全部しってるんすよね・・・。いつかは公表して、名誉を・・・挽回するんですよね。」

山崎は片栗粉を睨むように見る。

不正義を強要され その汚名を被ったまま墓に終われるのは

納得がいかない・・・。

それを知った弟子まで 黙認するなんて・・・


片栗粉は足を崩し、

煙草を箱から出すが、

山崎はライターを出さなかった。

タバコを吸う前に片栗粉は 眉間にしわを寄せライターを探し続けた。

仕方なく自分のを見つけて、苦笑しながら・・・火を付ける。


「・・・納得いかねぇか?・・・いかねぇよなぁ・・・。」

湿気ているのか上手くつけられずに ぽかぽかと煙だけが立つ。

「今なら 隠す事は出来無いでしょうが・・?。」

山崎は言った その時に、片栗粉のしわの深い目じりが湿っているような気がする・・・。


「・・・まあ聞け。・・・俺がなぁ・・・・六助に 決めた時、本人いいのか?って聞いたら、・・・そうしたいって言いやがった。・・・・道場を継ぐはずだろう?と言うと、・・・自分は邪魔になるだけだっていう。・・・まあ・・そういうやつを探せって言われてたからな。」

やっと煙草に火が付いて、

大きく息を吐きながら片栗粉が山崎を見る。

山崎は まだ怒って居た。

「・・・俺も、・・・筋は通したい。城の中に居る奴は信用できねぇ。だが、紀教様ってのは信頼できたんだ。その紀教様が 幼馴染だとか言う お側衆と・・・。これは、その男の筋書きなんだよ 全てな。」

片栗粉はタバコを吸った。

「・・・で?。」

山崎は 促した。

「・・・で、・・・当時、どいつもこいつも、侍の皮を被った私腹を肥やす豚でよ・・・、各地で反乱がおこって それに対してまた不満が募り反乱が起きる。負の連鎖が繋がっちまって・・・、結局、責任を誰かが取らなきゃ収まらなくなった。本当の侍は・・・塹壕の泥の中に落ちた 腹の破れた侍を一人一人持ち上げ、戸板に寝かせてむしろを掛けた。・・・・・・江戸城の侍はすぐおかしくなっちまう。・・・・・・侍だからってな・・・地反吐を頭からかぶってなぁ・・・。」

それを聞いた山崎が顔をゆがめて鼻を擦った 匂いには覚えがある・・・。


「俺は・・・・春のある晩・・・・。桜を眺めて酒を飲んでいるあいつらを見つけた。酒を勧められて、つい、嫌にならねえかって・・・・自分で連れて来ておいて馬鹿なこと聞いた・・・。」

片栗粉はまた本堂中を眺めた 

本堂の畳の向こうにはぐるっと回り廊下があり、その向こうに白い障子が締まっている。

薄暗い本堂は日が弱くなり山崎の顔が見えずらくなっていた。

だが、片栗粉は あの日を思い出すとまた、煙草を大きく吸い込んだ・・・。

「何て答えたんですか・・・?。」

山崎が言う。

「・・・・・・忘れた・・。」

片栗粉は また短くなった煙草を灰皿にぎゅっと押し付けて消す。


「なんで・・・田嶋さん達は・・・坂田さん達を庇ったんです?。」

山崎は 膝に手を付き 身を前に乗り出しながら片栗粉に聞いた。

片栗粉は山崎を見て

 

「何かが・・・残ってんだろうよ・・。・・・・田嶋たちは戦争責任を奴らからを被った。だが、問題を全て解決したわけじゃない。お側衆も、それを解決できずに姿を消したんだからな・・・。」

片栗粉は笑って言った。だが、山崎は笑っているようには見えない・・・。

「だから・・・。」

 

「だから、あんなに坂田さん達の資料が残ってたんですね。まるで推定無罪だと 言ってるみたいに。」

山崎はガテンしたように手で合槌を打った。

「・・かもな。」


山崎は、片栗粉がまた煙草を一本出したので、今度はライターを差し出した。

 

「で、・・・そのお側衆ってのは 何もんなんです?。」

と聞く。

「・・・・さあ・・・知らねえなぁ。・・・」

と煙草をふかして火を付けると、片栗粉が山崎から離れる。

「・・・・教える気・・・ない ですね。」

と山崎が言うと

「・・・。」

片栗粉が煙を吐いた。

山崎が首を振、片栗粉は灰皿に灰を落としながら

「・・・お前は何も変わっちゃいないと思うだろうが、・・・俺には あいつの願った通りに成ったような気がする・・・。」

と言う。

「そうですかね・・・。」

と山崎は返事をし、誰の想い通りになったのか・・・

考えた。

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沁みる 40

2018-04-20 | 紫 銀

遠くで

竹 と

呼ぶ声がした。

 

浮竹が侍を見上げると、侍は その時が来たのだと悟る。

「・・・・行くね。」

そう言って侍の着物を離し、乱れた袴を直すと腹の前でぎゅっと紐を締め直した女郎が客を惜しむように。

体を覗き込むように服を直し、見あげると侍の瞳がすぐそこにある。

 

この男の 妻は幸せなんだろうなと 

キスされそうになるのを避けながら思う。

女は男の胸の中に逃げ込み、男はその肩を引き寄せた・・・。

「浮竹・・・。」

と呼ぶ。

浮竹は 自分でも不思議だが、

愛されているような気がして 笑える。


「・・・ありがとう。」

そう言うと、浮竹は侍の胸をすり抜けた。

 

 

 

胸を掴んでいた腕が伸び 手が離れると 

男は咄嗟に手を掴み 女を止める。

行くな・・・・と言いそうになったが

男の口から出た言葉は

  

「待ってろ・・・すぐに 行く・・。」

だった。

浮竹は 振り向かず

走っていく・・・。

恋人の元に駆け戻るように 喜び跳ねて。

 

楼街の天井部渡り廊下、この先は 彼女一人 溜池の底 蓋を開けるため鐘楼を叩かねばならないのだ・・老朽化した栓を叩いて無理に開けば 結果は言うまでもない・・・。

男は

くるっと彼女に背を向け

足を前に出す。

自分の前に あの男が・・・

階段を上がってくる気配がしていた。

荒い息と足音が、・・・女を唯一喜ばせる物

 

侍は ゆっくり目線を上げる・・。

狭い通路を塞ぐように立ち、駆けあがって来る若い侍を睨む。

 

 

 

 

 

 

その頃 銀時は

 

田嶋六助と闘っていた。

今まで 力で押せない相手は何人かいたが、師匠の様に隙のないやりにくさでは無く

いちいち同じ力で撃ち返してくるような 挑発的な打撃だった。

真似をされているようでむかつく。

地上で見るひょろっとした六助は、黒ずくめに光る銀の剣を振り上げ

執拗に首ばかり狙って来る殺し屋なのだが、

今夜の刀を持たない彼は、余裕があり、侍なのにその自由を満喫しているようだ。

奴は、痛みに強い事を売りにして、最大限の苦痛を与えるのが好きだった

 

無言で銀時がベッと、血混りの唾を 地面に吐く。

 

六助はやはりこの場で 自分を切り殺すさず弄ぶ気のようだ・・・。

自分も 二人を探しに行かなければならないし、

殺さないなら 殺させてもらうしかない。

 

もう一度六助の襟を掴もうと左腕を伸ばすと 六助は払うふりをして手首をくるっと回し掴んできた。それを押し下げられたので、前に出た顔を殴る。

自分の拳が描く軌道の半分で 六助は肘を叩き込んで来る・・・。

さっきの自分がしたようにだ・・・。

首を上げて後ろに避ければ、裏拳で横に飛ばされる・・・。

 

なので、掻い潜るようにその軌道の下に潜ると、六助は肘を脊髄か首に肘を落としてくるだろう・・・・

 

六助は、銀時の頭が下がったので真上から頭を地面にたたきつけ、

縛り上げようと考えた。

動かなくなればめんどくさくないと考えたのだ。

銀時は左手を地面に着くと 押し込まれる力に抗いながら右手である物を 六助の体から引き抜いた。

あいにく六助も同じものを手にしようとした、

六助が掴んだのは 刀身を縛った組紐の一部分だった、

銀時は脇差の柄をしっかり握っている。

「!!。」

大事な物を奪われたと気が付いた六助が 銀時の手にある自分の刀に飛びつくと、

「ふっ・・・。」

と、銀時は 背に乗りかかった六助を担ぐように投げ落とす。

っち!っと舌打ちし

六助は転がって態勢を建て直すが、

みっともない極地だった。 

刀の胴を縛ってある紐を引っ張る六助。


銀時は勝ち誇り柄と鞘を握り、六助に刀を引き抜く姿を見せる・・。

六助の表情は曇っていたが、それを見て顔色が変わる。

勝機到来 銀時が確信にも近い感覚に 笑いが込み上げた。

だが、六助もただで敗北を認めるような男ではなく。

飛びついた時に 刀身の鞘の底にある金具を内側に押し込んでいた・・・

銀時が六助と刀を引き合っている時に、ポトリと細身のクイナのような物が 刀の鞘から落ちて来た。

銀時はそれを見たが、自分の手には六助の脇差が有るので、大して気に留めない。

六助は紐をコントロールしながら回り込み 落ちたクイナを拾った。

それを見て嫌な予感を感じ 早く刀身を引き抜こうと 銀時が力を込めるが、どうしても刀は 鞘から引き抜けない。

がっちりと鍵がかかったように何かが鍔に食い込んで

ぎしぎしと鞘と鍔が噛み合い、銀時は焦り始める。

と、六助は組紐の端を解き始めた。

グイっと

紐の間に肘を入れると紐は裂け、裂け目が銀時の方に近づいて来た。

銀時は柄を握って構えると、六助に向かって切りかかる。

鞘を被っていても、殴られれば、骨を折りかねないので、転げまわって逃げる六助だったが、紐だけは離さなかった。

今、紐は細くなったが倍以上の長さになる。

 

銀時は 自分が手にした刀を 六助が取り戻したがっていると知り、余計に刀を手放す気に成れなかった。

刀を奪われた侍を軽蔑するように笑い 蔑んでやった。

 

六助は今更故郷の先生から 刀を手渡された時、言われた言葉を思い出していた・・・。

帰ってこい と言う言葉。

体は無理でも 預かったこの刀だけは 返すと心に誓っていた六助。

銀時が自分の刀を持った姿を見て凍り付くほど後悔する。

 

 

 

 

もう一人、

銀時と一緒に遊郭の端から逃げて来た 眼鏡は、

六助と何やら会話を交わすと

魂が抜けたように楼内の大名屋敷街を ずっと眺めていた・・・。

大名屋敷とは 一般の商人や藩士などが入れる女郎屋ではなく外の 地上に建って居る大名の江戸屋敷のような立派な門と塀の続く武士仕様の店 外を堀などで囲んだところもある。 

その漆喰の塀で囲まれた屋敷街では、一般とはけた違いの金で特別なサービスが受けられる店だ。

美山(小太郎を)何度か連れて言った事が有る。

だが、気に留めているのは 彼ではない・・・。

 

 

そこに、誰かが近づいて来た。

やせ型の背の高い侍らしき男が 何かを担ぎながらやって来る。

眼鏡はそれが武州浪人で、自分が想っている者を連れて来てくれたのかと一瞬喜んだ だが、

眼鏡が浪人を見ると、彼は背中で気を失っている 桂 小太郎をその場に下ろし、首を振る。

「・・・・・・覚悟の上 だろう・・・。」

と、

そう言うと、眼鏡の脇をすり抜けて

六助と銀時が戦っている場に足を向ける。

 

六助は頭目の顔を見ると顔をゆがめた・・・。

彼は投げ縄の要領で紐をたわめて投げ 銀時の腕を絡め捕っていた。


「・・・。」

頭の侍は無言でその場を見る。

 

銀時は来た男が加勢に来るのかと、その男を睨む

六助が銀時の後ろの木にクイナを投げ、木の幹に刺さる。

銀時は六助が懐に入って来たので 今度こそ頭を叩き割ってやろうと刀を振り下ろしたが、

六助は構わず潜り込み 銀時にどんと体当たりすると

後ろの木に体を押し付け その木に登ってしまった。

六助の狙いが体当たりだけではないと判った時には 時すでに遅く

六助は紐を握ったまま枝の反対側に飛び降りていた・・・。

刀の鞘が銀時の喉仏を締め上げ、足が徐々に地面から離れていく・・・。

俺を吊るすために・・・掛けたのかと、薄れゆく意識の中で思う。

 

 

 

 

どさっと、銀時の体を下ろすと

彼の刀をにぎっている手を解く。

六助は脇差をもとの位置に刺し、

先に自分に背を向けて歩き出した頭の後を追い 付いて行く。

 

 

「・・ 港だったら切腹させてる所だ・・・。」

と 六助の前を歩く侍が静かに言い

「・・・だが、有難い事に腹はどうせ切る・・・。」

付け足した。

 

六助は歩きながら頭を下げた。

「・・。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暫く経って、銀時が目を覚ます。


気分が悪く、嘔吐反応が出た。

地面に伏せ背を丸めた銀時を見ていた眼鏡が、

「・・・当分・・・食べる時 変な感じだぜ・・。・・・。」

と言って脇に寝ている 同じように意識がない小太郎の腕を引っ張った。

眼鏡は 彼をぐいっと背中に担ぐと立ち上がり、歩いていく。その後を銀時も首を押さえながら付いて行った。

 

「あいつは、・・どこ行った?。」

銀時が聞く。

目の前がまだ酸欠でちかちかしていた、足元が覚つかなくてふらつきながら歩いている。

「さあな・・・。」

眼鏡が答えると

「畜生・・・。」

銀時が悪態をついた。

「お前らは それで済んだんだ。良かったじゃねえか。」

眼鏡が言うと

「良くねえ!・・・何にも良くねえよ。」

と銀時が言う。

 

「はは・・・反吐が出そうだ。」

 

眼鏡が言いながら川ぺりに出て小舟を見つける。

何とか降りられそうなところを見つけると、小舟に乗った。

 

銀時も乗り込み眼鏡が後ろに立って漕ぎ始める。

何処かで半鐘の様に かんかんと鐘が叩かれている。

街に火が付いたので、一斉に船が用水路にあふれ出た。

常客たちは水路を通って逃げようとしていたが、

開いている水門が少ないので門の近くは渋滞している。

船には吉原の客らしく半裸で女物の着物を被ったり身に付けたりした男が難民のように乗り 船の中も大入り満員になっている。

その間を横切って、眼鏡は目抜き通りに船を進めていく。

だが 川から見る町は

火が付いて煌びやかで、

いつもは人々の声や華やかな音楽が聞こえているのだが

今は木の裂ける音と悲鳴に変わっていた。

水面近くはその音の下で、静かに囲った女と過ごせそうに たっぷりと暗く沈んでいる。逃げる者にとってはもってこいだった。

だが燃え盛った街並みに近づくと、水面にも火の粉が激しく美しく降り注ぎ 

今まで蓄積された女の情念の様に火が踊り狂う。炎に何かが宿っているようだ。

水面はそれらを余さず映して、美しかった。

銀時が その町の中を見ていた

高杉の姿を探しているのだ。

 

「この辺のはずだが・・・。」

眼鏡が船をこぎながら手を目の上にかざした。

「高杉ー!!。」

銀時が叫ぶ。

地下楼街の真ん中下あたりは特に火の勢いが強く、店は炎の塊になって竜巻が起こっている。そこに人影が有った。

 

 

 

 めらめらと燃える炎の柱が、その高杉を映し出している

女の情念が彼の体にまとわりつくように 着物の裾や袖を翻す。

 何があったかは知らないが、高杉の手に見た事のある着物が握られている。

その女物の柄が赤く肌には白くはえたが、身に着けた彼女をその着物毎思い出す時、微笑みと微かに赤らむ耳や頬を思い出した・・・。

浮竹となった彼女は それでも高杉を見ると 

いたずらに困った時の 姉やの笑みをいつも浮かべていた。


それが 惚れた心を隠す唯一の手段だったのか・・・。

高杉は それに気が付いて居たのか居ないのか

銀時は 不完全燃焼の煙に高杉が巻かれて それを振り払うように自分の方に向かって走って来た時に・・・

彼女を失った事を知る。


「飛び込め!!」

眼鏡が高杉に向かって叫んで船を反転させると、

高杉は一瞬後ろを振り返ってから 川に飛び込んだ。

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沁みる 39

2018-04-06 | 紫 銀

 

桂 小太郎は、浮竹が居る所に高杉が居る物だと、

抜け道を辿って女街に入って行く。

火はあちこちで起こっており、瀟洒な細工の店が無残に焼け その自慢の装飾は火をともしたまま見物客や逃げる客たちに降り注いだ。

自分達の店に火が付くと、大勢の女衒たちが水を汲み、また消火器を持ち出して一緒くたに振りまくが、布や飾りが多い町なので すぐに隣店に燃え移っていった。


女の町では、消火の雨を待ち望んでいるのに、一向に空から雨は降らない

考えられることは一つ。

水が地下の空に回らぬように止められているのだ・・・。

火消しで手に負えぬ火事の場合には、

地上から滝となって楼内に落ちる川の水を 人用通路に水を流し上から楼街どこでも天井から雨水として放水する。

それで大概の火は消えるが もっと緊急の場合は吉原の上にある溜池の底を抜くと言う手もあった。

その場合 一気に流れる水は楼内の川程度では排水しきれず

地下深くは浸水していき、最下層の娼婦たちは死に至るかもしれない。

楼内に流れている川の水は、水門で水量調整を受けながら、余分は排出される。

水門も開け放つことで、水以外に流れ出る物に対し監視の目が行き届かず、女や金が流失してしまうのを恐れて

排水門 雨水取水門が、開けられないのだ。

やはり、楼内の命より金が大事と言う事だ。




義兄がくれた紋の入った着物と袴を身に着け

桂 小太郎は
浮竹を必死に探した。

何れ水門は開き雨は降る・・・このドサクサならば、浮竹一人この町から出す事が出来るかもしれない・・・。

走りながら

自信家で高慢な高杉が 浮き竹を見つめる顔が浮かぶ。

高杉の松陽先生に向ける姿勢は真摯だが・・・ 

人を信用をせず、刃の上に自分から立ち

仲間の呼び戻しも、拒絶しそうな・・・ 孤独で勝気

そんな物を併せ持つ 生意気な塾生ではなく。


・・・高杉がそうなってしまう前の 

ただ、人のために強くなりたいと言う 

中身の優しい部分。

その口が「竹を 救い出したい」と 言った。



自分はそれを しなければならない・・・実現してやらなければ・・。

ならない。

小太郎は、一層まとった着物がこわばり、馴染まない気がした・・・。



がらっと女郎屋の店に入って行くと、まだ逃げずにいる女将が帳簿と証文を 裾を乱しながらかき集めていた。

奥では閉じ込められた女郎たちの悲鳴と叫びが聞こえている。男どもは店に火が回らぬように火消しに出払っていると言うのにだ。

金が絡むと女は醜悪さを増す。


小太郎は 気付かぬ女将の襟首にぐいっと肘を巻くと締め上げた。

「浮竹は どこだ・・?」

と、聞いた。

女将はうめいて渋っていたが、もう少しだけ締めると慌てだし

「う・・浮きは・・・浪人と!・・出て行ったよ。火を消すためにどうとかって・・・大鐘楼・・・。」

そこまで言うと、泡を吹きだし 白目を剥いた。

小太郎の体からずるっと女将が落ちる 

裾を乱し太い足を出したあられもない姿で崩れ落ちる女。小太郎は

その女将が集めた証文の束を囲炉裏に詰めると 紙はぱっと燃え上がる

匂いが、汗のような血のようであった。

小太郎は叫んでいる女の声を聴きながら、女将の帯や袂を探ると

鍵の束が見つかり、廊下を足早に歩いていく。

その先は格子の木戸だった そこから幾つもの女の手が伸びてまるで幽鬼に見える。

女は口々に

「裏に煙が見えるんだよ!ここから出せ!死んじまうだろ!!。」

と、叫んでいる。

小太郎はその木戸に向かって鍵を投げつけると


元来た廊下を戻っていく が、後ろから物凄い殺気と共に女たちが

「お侍さんんん!!あたしをたすけてー!!。」

と叫んで走って来るので・・・小太郎は後ろも見ないで走り出し、必死に逃げる・・・幽鬼 と言うより鬼が迫っている感じさえし、恐怖した。







「岡っ引きにしては 随分出世が早いな。」

そう高杉に言ったのは、背が大きく体の分厚い侍だった。

警護札を帯から垂らしている為に、脇差を楼内で抜刀する事を許されている・・・例の武州浪人の一人だった。

腕力に自信のある女衒ばかりだったが、得物を抜いた侍に無暗には飛び込めず、高杉だけは前に出て 浪人が守っている橋を渡ろうとした。

 

早速、彼の目深にかぶった傘はすっぱり切られる

高杉の 目端に幼さの残る素顔を見た大男は、むっとしたように 彼に言ったのだ。

「出世が早いと 死ぬのも早いぜ・・・あんちゃん。」

大男は、女衒たちが飛び掛って来ないように 一人は手に掛ける と言い放ったので、そのつもりで構えて居たのだ。

なので、前に出た威勢のいい十手を持った岡っ引き 高杉を相手にす賞賛にも似た皮肉を言ったのだ・・・。


高杉は、懐に飛び込んで侍の太刀を十手で受け止めようとしたが、侍はそれを許すどころか、刃先で高杉を刻んで楽しんでいた。

執拗に彼の端正な顔を狙って来る、顔を背けて鼻を削ごうとする太刀を 見ながら交わすと、ドスンとあばらに手刀が入った。

高杉の体を大事な書類の束が守ってくれたらしく 地面に転がる程度で済んだ。



すると、もう一人のやや小柄だが がっしりした武州浪人が

「おい!・・・それは 浮き竹の・・・男じゃないのか?。」

と往来の真ん中で、刀を振っていた男が振り返って言った。

「・・・。」

大柄の浪人は高杉をまじまじと見ながら、眉間に縦じわを作って嫌な笑いを作り、数歩横に歩く。

高杉も反対に数歩 回り込むように歩いた。

「・・お前が 玉なしの頭でっかちか・・・。」

男が高杉の鼻先まで刀を上げそう言った。

高杉はそこに向かっていく。

浪人が挑発したのでそれを買ったふりをし 十手で鍔元を捕らえようとした

だが、大男は掌底で高杉のあばらをまた潰しに来る。

高杉は 自分を玉無し呼ばわりをした男が、

十手と反対の手で投げた分銅で頭を割られるところを想像し、ニヤッと口元を緩めた。

べしっ

と嫌な音がして分銅は大男の顔へ、

高杉は左ひじを曲げぶろっくし、十手もついでに男の腕に刺しに行く。

・・・結果は男は鼻を曲げ盛大に鼻時を出し、血しぶきが高杉に掛った。

高杉の方は、なぜか左腕を押さえて道端に倒れ込む

「うう・・・・。」

最初、自分に何をされたのか全く分からなかったが、男から離れると自分の状態が判った。

左腕を壊されたのだ・・・。

掌底で自分を吹っ飛ばすと思われたが、そうではなく肘を押さえて変な角度で体の中心に・・・押されたらしい・・・。

体のダメージがそう教えた。

高杉は立ち上がり男が鼻血を拭くのを眺める。

「顔の割には・・・えげつないな。」

大男が言うので。

「・・図体の割には 細かい事しやがる・・・。」

と高杉も言い返した。

男は高杉が、ひだり腕を曲げ体に巻いた姿を見て

「普通なら肩から伸びてプランプランの はずなんだがなぁ・・・。」

と血まみれの口で笑い赤い歯を見せた。

「・・・。」

一騎倒千の武州浪人、剣も持たずに近づいたのが悔やまれた。

「・・・お前・・・腹に持っている物が何だか判っているのか?。」


べっ!と大男は地面に血を吐き。

「・・・それが誰かを失脚させられるものだと思ったら、大間違いだぞ。」

と言う。

「・・・・?。」

高杉は左腕の痛みに耐えながら十手を構える。

「それを 世に出せば、奴らは退く事を許されなくなる。・・・そう言う内容だ。・・・横領の数字なんかじゃない。」

大男が言う


「誰が・・・何から ・・・退けなくなるんだ?。」

高杉が聞く。

大男は

「・・・あれから・・・だ。」

と少し体を引き 上目で高杉を見下した。

「・・・あ れ・・・?。」

高杉の十手が大男の胸元から下がる。


大男は隙を見て 引いた所から勢いをつけ飛び込んで来る

高杉の十手毎、腕を地面に叩きつけ 彼の体を跨いで 

笑いながら左腕の鎖骨を潰しに来た・・・。が、高杉は膝を曲げて勢いよく

ドカンと大男の尻の中を蹴る。

「ぐがあ!!。」

大男は 悲鳴を上げると丸まって転げて回り、高杉の手を離す・・・。

そこに 身体の小さい方の武州浪人が笑いを堪えながら、大男への攻撃を防ぐべく ぴょんと高杉と、大男の間に入り、

大男のへまを喉を鳴らして笑う。


高杉は橋への道を 一目見て確認したが、

「あれとは なんだ?!。」

と男達の方を振り返りながら言った。

後から来た浪人は、高杉に笑いかけ目を覗き込むと、親指を立てた・・・。

「???。」

高杉は、小柄な浪人の狂気を疑い、そのまま後ろを向き走っていく。







親指・・・男?

親・・・?

何が言いたいのだろう・・・。



めらめらと炎が揺らめき 熱に向かって

「竹!!・・・竹姉!!・・・竹姉!!!・・・。」

と高杉は燃えた建物の間で叫んだ。

竹姉の店の通りは いくつか火に包まれている。

大きな店の背後には濛々と黒い煙を吐き出し 炎が立ち上る。

雨・・・人口の空から雨粒が落ちず、

周りの男たちはまだ水をバケツに入れて 火に向かって放り投げていた。

店の女達の姿はない・・・。

この火で 普段通れるはずの戸が防火の為締められ、閉じ込められてこちらに向かえないでいるのかもしれない・・・・。

そう高杉が思う。





その頃

その浮竹と

武州浪人の中で頭と呼ばれる背の高い男は一緒に居た・・・。


侍の 一重の大きく黒い瞳が 細い鼻筋を挟んで二つ光っている。

ゆっくり目を開けて覗き込むと 黒い瞳の細孔がじわっと開いてまた暗い瞳の闇に消えて行く。高揚した胸が互いに膨らんで、首を縛りあっている腕がきつくなってきた。

狭い通路の中で 侍が最後に自分を求めてくれたのだ・・・。

どうせ汚れ切った体なのだ 何がどうなっても今更悲しみも感じないが、侍は

首の縄目の後や曲がった指唇の傷、傷を探しては優しく触れてくれた。

もう出ないと思っていた涙が、もう意味もないのに出る・・・

侍は

自分の首に腕を巻き浮竹を覗き込んだ。唇を合わせると、侍は彼女の体をグイって上に持ち上げ壁に押し付ける。 

自分の物を浮竹に押し入れようとしたので、彼女も片足を持ち上げる。後は彼に任せていると、お互いに呼吸は荒くなり

覗き込んだまま侍が果てたのだ。

何を言う事も無い

「・・・・。」

黙って見つめていたが、侍の方が感傷的になったのかいつもより目じりに力が無く すねたように唇をゆがめた。

「・・・・言うつもりも なかったが・・・。」

少しだけ体を離すと 浮竹はずるっと押し付けられていた壁から落ちた。

浮竹は見上げる事もせず目を伏せていた。

侍が浮竹を自分に埋め込むように抱き寄せる。彼女はされるがまま体重を預け

「・・・お前は・・・綺麗だ。」

と言う。

浮竹は眠そうにその胸の中の着物を掴むと

「・・・でも、うちは・・・奥さんに そっくり なんでしょ・・・。」

と息を吐いた。

侍がぎゅっと抱きしめるので浮竹も首を抱いていた手で 襟を掴み

顔を埋める。

「・・・そうだ・・・。紙透のな。・・・お前は!・・・あいつには もったいない!・・・そうだろう?。」

黙って聞いて居ると、浮竹の体の中にじわっとその男が存在するような気がして来た。

冷たくけがれ 血の通わなくなった体でも、

嘘でも・・・一人とは大事な時間を共有できたのだ・・・。

浮竹はぐっと着物を掴んだ肘を伸ばし 

「・・・もう・・・。」

もう十分だと
その体を押した。 

 









小太郎は



大鐘楼の中の階段を上り始めた。

この上の非常用の弁を開けば地上の溜池の底が割れて地下に水が来るはずだ。ただ土砂降りになるから、楼内の被害は絶大だと店の主人から聞かされていた。

火の手は広がっている。通常の雨水システムが機能しない以上

この炎は止められる手立ては それしかないのかもしれない。

階段を2つ飛ばしに上がって25階程上がっていくと、女物のと言うより

浮竹が顔を隠す時に使った手拭いが落ちていた。小太郎は咄嗟に

「竹!!竹ねぇ・・・・!。」

と叫ぶ。

コメント
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