12月17日
寒さに向かう時期、なんとか散歩に向く穏やかな日となったので家内と二人で奥野ダム(松川湖)を一周する。
かつて国土開発の主要な担い手とされもてはやされた「ダム」も、政権交代以降では不要不急の無駄な公共事業として槍玉に上げられるものもあり、輝かしいかったダムの存在も少しばかり色褪せてみえる。
そんな視点から「奥野ダム」を改めて眺めてみた。
一周するのにちょうど1時間という手頃な散歩コース(特にこの辺では滅多にない傾斜の少ない平坦な散歩道)は私の大のお気に入りだが、これはあくまでダム本来の機能とは別のもの。
伊東市街の水源確保(水道)と防災(河川災害防止)のためにこのダムはつくられたかと思うが、そのいずれの面でもこのダムは有効に機能しているようで存在価値は十分に認められるのは嬉しいことだ。
さらに、このダムの構造について改めて気付いたことだが、ダムの象徴というべき「コンクリートの巨大な壁」がここには見当たらないのである。ダム特有の威圧感がなく、なんとなく自然と調和しているような趣があるのはそれゆえか。
資料館の掲示に、このダム型式は「中央土質しゃ水壁型ロックフィルダム」とあった。
コンクリート壁ではなく、なだらかに石を積み重ねその間にススキなどの野草を茂らせ自然の河岸を感じさせるのは「しゃ水壁」という様式にようるものなのか素人ながら納得した。
そうしてみると、このダムはなかなかのものだ。
不思議な形の雲が空に浮かんでいた。
紅葉はすっかり終わったと思っていたが、まだすこし残っていた。
寒さに向かう時期、なんとか散歩に向く穏やかな日となったので家内と二人で奥野ダム(松川湖)を一周する。
かつて国土開発の主要な担い手とされもてはやされた「ダム」も、政権交代以降では不要不急の無駄な公共事業として槍玉に上げられるものもあり、輝かしいかったダムの存在も少しばかり色褪せてみえる。
そんな視点から「奥野ダム」を改めて眺めてみた。
一周するのにちょうど1時間という手頃な散歩コース(特にこの辺では滅多にない傾斜の少ない平坦な散歩道)は私の大のお気に入りだが、これはあくまでダム本来の機能とは別のもの。
伊東市街の水源確保(水道)と防災(河川災害防止)のためにこのダムはつくられたかと思うが、そのいずれの面でもこのダムは有効に機能しているようで存在価値は十分に認められるのは嬉しいことだ。
さらに、このダムの構造について改めて気付いたことだが、ダムの象徴というべき「コンクリートの巨大な壁」がここには見当たらないのである。ダム特有の威圧感がなく、なんとなく自然と調和しているような趣があるのはそれゆえか。
資料館の掲示に、このダム型式は「中央土質しゃ水壁型ロックフィルダム」とあった。
コンクリート壁ではなく、なだらかに石を積み重ねその間にススキなどの野草を茂らせ自然の河岸を感じさせるのは「しゃ水壁」という様式にようるものなのか素人ながら納得した。
そうしてみると、このダムはなかなかのものだ。
不思議な形の雲が空に浮かんでいた。
紅葉はすっかり終わったと思っていたが、まだすこし残っていた。
12月16日
「大室高原歩こう会」の2009年総会・忘年会がホテルアンビエント伊豆高原で行われる。出席者は52名。
私は平成19年3月に入会したばかりの新参者だが、来年は「歩こう会」が出来てからなんと20周年を迎えるという。大変な歴史と伝統を持つ会である。
高齢化もあり来年からは世話役の皆さんが大幅に入れ替わる。
今年参加させてもらった行事
1月21日 木宮神社・熱海梅園・真鶴
2月19日 西伊豆の石部・雲見(三浦歩道)
4月15日 身延山久遠寺
5月21日 金冠山・修善寺
6月11日 下田公園・和歌の浦遊歩道・了仙寺
7月15日 河口湖天上山・西湖根場
10月29日 大山詣で
11月25日 箱根早川渓谷・長安寺
「大室高原歩こう会」の2009年総会・忘年会がホテルアンビエント伊豆高原で行われる。出席者は52名。
私は平成19年3月に入会したばかりの新参者だが、来年は「歩こう会」が出来てからなんと20周年を迎えるという。大変な歴史と伝統を持つ会である。
高齢化もあり来年からは世話役の皆さんが大幅に入れ替わる。
今年参加させてもらった行事
1月21日 木宮神社・熱海梅園・真鶴
2月19日 西伊豆の石部・雲見(三浦歩道)
4月15日 身延山久遠寺
5月21日 金冠山・修善寺
6月11日 下田公園・和歌の浦遊歩道・了仙寺
7月15日 河口湖天上山・西湖根場
10月29日 大山詣で
11月25日 箱根早川渓谷・長安寺
12月15日
恐ろしく寒い日となった。本格的な冬の到来である。
重い雲に覆われた日に限って、雲間から差す僅かな光が相模湾に浮かぶ島をはっきりと浮かびあがら、神秘的ともいえる表情をみせることがある。
快晴の日でなくこんな曇空の日に島の影がもっともクリアになる。
左端にみえる「三宅島」からは真っ直ぐに立ち上る噴煙を見て取ることが出来る。
こんな日はあまりないのだが、欲をいえば「三宅島」と「利島」の間にかすかに「御蔵島」が重なって見えたら最高。だが、それは年に一度か二度はあるないか。
今日はそこまでは望めない。
書斎から東に見る「伊豆大島」は、いつのまにか下の木立が大きくなって水平線をおおい隠してしまい、「元町」の灯も見えなくなってしまって、ここからの眺望の魅力をすっかり失ってしまったのは残念。
左側の「新島」の西端と右側の「神津島」の間(中央)にひらべったく広がるのが「式根島」だが、「新島」と「式根島」との間に見える小さな島が「地内島(ジナイトウ)」。
「式根島」と「神津島」の間にあるのが「祇苗島(タダナエジマ)」。
いずれも無人島である。
( ※ この小さな島をカメラで捉えたのははじめて)
地内島 祇苗島(陸の祇苗)
恐ろしく寒い日となった。本格的な冬の到来である。
重い雲に覆われた日に限って、雲間から差す僅かな光が相模湾に浮かぶ島をはっきりと浮かびあがら、神秘的ともいえる表情をみせることがある。
快晴の日でなくこんな曇空の日に島の影がもっともクリアになる。
左端にみえる「三宅島」からは真っ直ぐに立ち上る噴煙を見て取ることが出来る。
こんな日はあまりないのだが、欲をいえば「三宅島」と「利島」の間にかすかに「御蔵島」が重なって見えたら最高。だが、それは年に一度か二度はあるないか。
今日はそこまでは望めない。
書斎から東に見る「伊豆大島」は、いつのまにか下の木立が大きくなって水平線をおおい隠してしまい、「元町」の灯も見えなくなってしまって、ここからの眺望の魅力をすっかり失ってしまったのは残念。
左側の「新島」の西端と右側の「神津島」の間(中央)にひらべったく広がるのが「式根島」だが、「新島」と「式根島」との間に見える小さな島が「地内島(ジナイトウ)」。
「式根島」と「神津島」の間にあるのが「祇苗島(タダナエジマ)」。
いずれも無人島である。
( ※ この小さな島をカメラで捉えたのははじめて)
地内島 祇苗島(陸の祇苗)
12月5日
冷たい雨が終日降り続く日にやれる仕事といえば書斎でのパソコンしかない。
もうそろそろ年賀状を書かねばならない時期でもあるので年賀状作りに取り掛かる。
これまでは「筆王」にある正月にちなんだ干支などのイラストを適当に配置してありきたりの年賀状を作っていたが、すこしはオリジナルなものにしようと考えた。
今年中にデジカメで撮影した画像の中から山中湖からの富士山と伊豆高原の桜、爪木崎の水仙などを選びだしいろいろ貼り付けていくつか作ってみたが、どうも一つ気に入らない。
ふと、大室山を上空から写した全景に遠く富士山を望む画像があったことを思い出し、この画像の色を薄くして葉書裏面全体に入れ込んでみたら、なんとか様になる。
「大室山」は来年「国の天然記念物」に指定される見通しという。ならば、平成22年の年賀状にはぴったりだと自分なりに納得し、これに新年の祝詞と差出人住所氏名を書き込んで年賀状を仕上げることにした。
そこまでは順調に進んだもだが、いざ印刷段階になってプリンターの葉書印刷トレイに不具合が生じてうまく印刷できず、悪戦苦闘の末、丸一日かかってなんとか印刷を終えることができた。
冷たい雨が終日降り続く日にやれる仕事といえば書斎でのパソコンしかない。
もうそろそろ年賀状を書かねばならない時期でもあるので年賀状作りに取り掛かる。
これまでは「筆王」にある正月にちなんだ干支などのイラストを適当に配置してありきたりの年賀状を作っていたが、すこしはオリジナルなものにしようと考えた。
今年中にデジカメで撮影した画像の中から山中湖からの富士山と伊豆高原の桜、爪木崎の水仙などを選びだしいろいろ貼り付けていくつか作ってみたが、どうも一つ気に入らない。
ふと、大室山を上空から写した全景に遠く富士山を望む画像があったことを思い出し、この画像の色を薄くして葉書裏面全体に入れ込んでみたら、なんとか様になる。
「大室山」は来年「国の天然記念物」に指定される見通しという。ならば、平成22年の年賀状にはぴったりだと自分なりに納得し、これに新年の祝詞と差出人住所氏名を書き込んで年賀状を仕上げることにした。
そこまでは順調に進んだもだが、いざ印刷段階になってプリンターの葉書印刷トレイに不具合が生じてうまく印刷できず、悪戦苦闘の末、丸一日かかってなんとか印刷を終えることができた。
12月3日(木)
冷たい雨が降り続く。暦も換わり確実に冬の到来である。
窓外のコナラの大樹もすっかり黄く色付き、庭に落葉を散らし始めた。
以前はこんなに大きな樹ではなかった。この樹を書斎から見続けて20年、四季折々に変化するこの樹に心の安らぎを覚えてきていたが、いつのまにか倍の大きさに成長してしまったこと驚く。
時の流れに想いをはせつつ、ふと「人間の幸福」を思う。
これは何処から引用したのか、記憶にない。「出典不詳」だがメモ書きしていたことからみて、おおいに感じるものがあったのであろう。
「人間の幸福度について」
夫婦仲親密度10、生活環境満足度9 、 食事満足度9 、健康保全度8 、経済的余裕度8、知的生活充足度7、交友関係良好度7
いま改めて、この幸福度測定の尺度を見ると、このなかには大半の人間が最重要視していると思われる「仕事充足度」というべきものが欠けていることに気付く。
その限りで、これは「人間」の幸福を測る尺度として適切なものではないようである。
だが、思うにどうやらこれは現役世代の幸福度ではなく、リタイアした高齢者についての尺度を示すものだったかもしれない。だとすればおおいに納得できる。
このなかで意外に思われたのは、この種の尺度としてあまり馴染みのない「生活環境満足度」というのがあり、しかも上位に置かれていることである。「健康保全度」よりも重視されている!
(いや思い出した。最近GNPに代わるものとしてNGH(National Gross Happiness)というのがあった。国民の幸福度という視点でとらえたもの。living standard(基本的な生活)cultural diversity(文化の多様性)、emotional well being(感情の豊かさ) 、health(健康) 、education(教育)、time use(時間の使い方)、eco-system(自然環境)、community vitality(コミュニティの活力)、good governance(良い統治)という6の要素を挙げている。
これは国家レベルの話だが、ここにも「自然環境」が揚げられていた。)
なるほど、よくよく考えてみると活動範囲が限定された高齢者が生活していく上で「生活環境」の優先度を高くするのは決して誤りではない。
だとすると、この20年間、現在の生活環境に100%満足しきっている私がそこにいる。
ならばほかの尺度も含めみても、結構幸せな生活を送っていることになる……
冷たい雨が降り続く。暦も換わり確実に冬の到来である。
窓外のコナラの大樹もすっかり黄く色付き、庭に落葉を散らし始めた。
以前はこんなに大きな樹ではなかった。この樹を書斎から見続けて20年、四季折々に変化するこの樹に心の安らぎを覚えてきていたが、いつのまにか倍の大きさに成長してしまったこと驚く。
時の流れに想いをはせつつ、ふと「人間の幸福」を思う。
これは何処から引用したのか、記憶にない。「出典不詳」だがメモ書きしていたことからみて、おおいに感じるものがあったのであろう。
「人間の幸福度について」
夫婦仲親密度10、生活環境満足度9 、 食事満足度9 、健康保全度8 、経済的余裕度8、知的生活充足度7、交友関係良好度7
いま改めて、この幸福度測定の尺度を見ると、このなかには大半の人間が最重要視していると思われる「仕事充足度」というべきものが欠けていることに気付く。
その限りで、これは「人間」の幸福を測る尺度として適切なものではないようである。
だが、思うにどうやらこれは現役世代の幸福度ではなく、リタイアした高齢者についての尺度を示すものだったかもしれない。だとすればおおいに納得できる。
このなかで意外に思われたのは、この種の尺度としてあまり馴染みのない「生活環境満足度」というのがあり、しかも上位に置かれていることである。「健康保全度」よりも重視されている!
(いや思い出した。最近GNPに代わるものとしてNGH(National Gross Happiness)というのがあった。国民の幸福度という視点でとらえたもの。living standard(基本的な生活)cultural diversity(文化の多様性)、emotional well being(感情の豊かさ) 、health(健康) 、education(教育)、time use(時間の使い方)、eco-system(自然環境)、community vitality(コミュニティの活力)、good governance(良い統治)という6の要素を挙げている。
これは国家レベルの話だが、ここにも「自然環境」が揚げられていた。)
なるほど、よくよく考えてみると活動範囲が限定された高齢者が生活していく上で「生活環境」の優先度を高くするのは決して誤りではない。
だとすると、この20年間、現在の生活環境に100%満足しきっている私がそこにいる。
ならばほかの尺度も含めみても、結構幸せな生活を送っていることになる……