9月4日 (金)
船山馨の「茜いろの坂」に続けて秋元康「象の背中」を読む。
この本は最近といっても2006年に産経新聞連載中からとびとびに読み単行本になってすぐ読み直しているから、読後10年近くしか経っていないのだが、残っている記憶は「茜いろの坂」とさほど変わらない。記憶に残るのは48歳の企業部長職にしては相当に派手な女性遍歴の持ち主だったことぐらい。
己の記憶力の減退を思い知らされる。
再読してみると秋元康の文章は歯切れがよく、活字も大きくて、とても読みやすい。
小説の主人公は「茜いろの坂」が65歳だったのに対して、こちらは48歳。おなじ余命6月の宣告だが、人生がまだきらめきを失っていない年齢だけに余命のテーマとして「自分探し」の切実さは胸を打つ。
随分前に石川達三の「48歳の抵抗」という小説があったが、その頃の定年退職は55歳、その手前にあって心身ともに老いを意識する人生の最初の境目が48歳という設定になるのか。
そんな年齢なら、当然のことながら「茜いろの坂」にある老いの深い眼差しとは違ったものになる。
自分を取り巻くまだ若い家族への思い入れや過去にかかわった女性への思いなど現世へのこだわりが強いだけする痛の色合いを深めている。
しかし、いずれにせよ迫りくる死を前にしての潔さとそこからもたらされる平穏な姿勢は読む人の胸を打つ。
「茜いろの坂」しろ「象の背中」にしろ、小説が描く世界に感情移入することで、これからいずれ当面しなければならない己の終末期への心構えが少しずつ固まってきているような気がする。