MITIS 水野通訳翻訳研究所ブログ

Mizuno Institute for Interpreting and Translation Studies

Yukari Meldrumさんの博士論文

2010年03月03日 | 翻訳研究


Yukari Fukuchi Meldrumさんの博士論文Contemporary Translationese in Japanese Popular Literature。昨年頂いたのに、多忙にかまけて紹介できないでいた。これはUniversity of Alberta, Department of Language and Cultural Studies; Department of East Asian Studiesに提出されたTranslation StudiesのPhD Thesisだ。『翻訳通訳研究』9号に短い要旨が掲載されている。ひとことで言えば、現代日本のpopular fictionの翻訳規範のあり方、具体的にはこの分野でtranslationese(翻訳調)が読者にどのように受けとめられているかを記述的研究によって探ったものだ。方法はコーパス分析と360人から回答を得た質問紙調査法である。
popular fictionと言ってもさまざまなジャンルがあり、歴史物、スリラー、ミステリー、ロマンス、冒険、自己啓発、ファンタジーなどが含まれている。この論文ではTranslation CorpusとNon-Translation Corpus (comparable corpus)を使っているが、たとえば前者には(題名、著者名とりまぜていくが)Shogun, フォーサイス、シドニー・シェルダン、ハリー・ポッターなどがあり、後者には松本清張、赤川次郎、堺屋太一、小松左京の作品、渡辺淳一の「失楽園」などがある。前者のコーパスの規模は原稿用紙にして約1,000枚、後者は約700枚で、手作業(OCR)で作っている。
構成は、1. Introduction 2. Translationese 3. Japanese Translationese: an Historical Overview 4. A Corpus-Based Study of Contemporary Japanese Translationese 5. Readers' Attitudes toward Japanese Translationese in Popular Fiction 6. Conclusion/ Bibliography/ Appendixとなっている。(全206ページ)
2章は理論と方法、3章は歴史的概観であるが、この部分も精緻で大変興味深い。僕などが見落としていた文献も丹念にレビューしている。結論を単純化してはいけないのだが、あえて言えば、読者は翻訳調に対して極端に否定的でも肯定的でもなくニュートラルである。つまり言われるほど翻訳調を気にしてはいない。翻訳調は現代の日本語に統合されている。異化にせよ同化にせよ、西欧の翻訳研究で否定的に評価されるアプローチは、歴史的・社会的背景を考慮すれば特定の国では否定的には見られない。日本の場合、同化的翻訳は必ずしも否定的にはとらえらず、むしろ優勢な規範になりつつある、というものだ。
この論文は現代日本のpopular finctionの翻訳規範という大きな問題を見事に分析しており、今後の研究の不可欠の参照点、出発点になるだろう。何とか広く読まれる方法があればいいと思う。

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