MITIS 水野通訳翻訳研究所ブログ

Mizuno Institute for Interpreting and Translation Studies

お知らせ

来月からこのサイトをMITIS(水野通訳翻訳研究所)ブログに変更します。研究所の活動内容は、研究会開催、公開講演会等の開催、出版活動(年報やOccasional Papers等)を予定しています。研究所のウェブサイトは別になります。詳しくは徐々にお知らせしていきます。

『同時通訳の理論:認知的制約と訳出方略』(朝日出版社)。詳しくはこちらをごらん下さい。

『日本の翻訳論』(法政大学出版局)。詳しくはこちらをごらん下さい。

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新しい作動記憶と通訳研究

2016年01月22日 | 通訳研究

拙著『同時通訳の理論』刊行後に見た、比較的新しい作動記憶を軸とした通訳研究を挙げておく。

Strobach, T. et al. (2015). Better dual-task processing in simultaneous interpreters, Frontiers in Psychology, vol.6 article 1590.

同時通訳の経験が Psychological Refractory Period (PPP) のような二重タスク状況において高次の実行機能に関連しているかどうかを見るもの。→同時通訳の経験のある者は対照群に比べて反応時間が速かった。同時通訳者は実験室の二重タスク状況で、多重タスクの調整能力に優れている、という結論である。

Babcock, L. & Vallesi, A. (in press).Running-head: Cognitive control in simultaneous interpreters: Are simultaneous interpreters expert bilinguals, unique bilinguals, or both? Bilingualism: Language and Cognition. Doi: 10.1017/S1366728915000735.

プロの通訳者と多言語使用者を記憶テストで比較した。通訳者は紛争解決と切り替えコストの点では優位を示さなかった。しかし、タスク切り替えパラダイムの mixing cost では通訳固有の優位が現れた。さらに通訳者は言語的・空間的メモリスパンが大きい。通訳者はバイリンガリズムからの利点を継続的に得ているのではなく同時通訳の経験から来る固有の利点を持っているようである。

Injoque-Ricle, I. et al. (2015). Expertise, Working Memory and Articulatory Suppression Effect: Their Relation with Simultaneous Interpreting Performance, Advances in Cognitive Psychology, vol. 11 (2): 56-63.

作動記憶の容量、構音抑制、同時通訳能力の関係を探る。30人のプロの通訳者を対象に4つの作動記憶関連タスクと一つの同時通訳タスクを課した。結果は、同時通訳の能力は情報を処理し貯蔵する作動記憶の容量と、通訳者が構音抑制に対処する能力とに支えられていることを示唆している。通訳者は構音抑制により引き起こされる影響を支えるリソースを持っているか、それを作り上げるのかもしれない。

Morales,J. et al. (2015). Simultaneous interpretation selectively influence working memory and attentional networks, Acta Psychologica, vol. 155: 82-91.

この論文にはFrancisca Padilla とM. Teresa Bajoが共著者として参加している。
同時通訳者は大きな作動記憶容量を作り上げることが知られているが、通訳にかかわる作動記憶の情報刷新能力(updating)や注意能力の転移についてはあまり知られていない。そこで対照実験を行った。通訳者は二重 n-back タスクで測った情報刷新能力にすぐれていた。また通訳者は alertness と orienting network の相互作用の調節が優れていた。すなわち同時通訳の技能は関連する認知領域に転移する。

Babcock, Laura Elizabeth (2015) The Neurocognitive Fingerprint of Simultaneous Interpretation. PhD Dissertation, Scuola Internazionale Superiore di Studi Avanzati, Trieste

これは博士論文であるが、やはり通訳の経験が認知能力に影響を与えるかをテーマとしている。

ご覧のように、すべて作動記憶と関連能力の面で通訳者は非通訳者よりもすぐれているのかどうかを比較したものである。このパラダイムは(特に認知科学分野で)しばらく続くと思われるが、通訳研究にとってあまり relevant とは思えないのである。