■いまやっている「日本の翻訳論アンソロジー」関連の仕事で、どうしても気になっていたことの一つに、藤田鳴鶴・尾崎庸夫(訳)『繋思談』の実際の訳者の問題がある。柳田泉などが、実際に訳したのは学生時代の朝比奈知泉(のち東京日々新聞主筆となる明治のジャーナリスト)だと言っているのだが、典拠を示していないのだ。いったいどういう根拠で言っているのか、そこが知りたかった。たまたま目にした江藤淳(1958)「近代散文の形成と挫折―明治初期の散文作品について―」(『文学』第26巻7号)にも朝比奈説が出てきたので、江藤が典拠としている柳田泉のある本を取り寄せて見てみた。結論としては、柳田が朝比奈に直接問いただし、朝比奈が認めたということのようだ。ちなみに、尾崎は名義を貸しただけで、実際にはタッチしていない。ただし、かの「例言」を誰が書いたのかは結局わからない。柳田が聞き漏らしてしまったようなのである。「例言」の署名が「訳者等識」となっているからには、可能性としては藤田鳴鶴の単独執筆から、朝比奈執筆で藤田が加筆というまでの幅があることになる。
■昨日はしばらくぶりに長距離を踏破。本郷から水道橋―飯田橋―市ヶ谷―四谷ー紀ノ国坂を通って青山一丁目―六本木―芝公園―御成門―内幸町―日比谷―大手町―神保町―水道橋―後楽園―小石川柳丁―自宅というルートである。まあ皇居を大回りしたようなものだ。歩数3万歩であった。今回は青山一丁目―六本木―芝公園―日比谷が未踏のルートで、なかなか面白かったのである。
■明日は第11回翻訳研究分科会です。翻訳家でライターの実川元子さんをお招きして「「翻訳とは何か」を教える」というテーマでお話ししていただく予定です。場所は立教大学池袋キャンパス 太刀川記念館第1、第2会議室、時間は午後1時半からです。先日の立命館大学での翻訳研究国際会議についても簡単に報告し、翻訳研究分科会の今年の活動内容について説明します。詳しくはこちらをごらん下さい。
■立命館での会議の際、北海道大学の佐藤美希さんから「新訳をめぐる翻訳批評比較」という論文の抜き刷りをいただいた。これは「『赤と黒』、『カラマーゾフの兄弟』それぞれの新訳をめぐって提示された翻訳書評を例に取りあげ、(・・・)特に翻訳規範の変化という観点から、現在の新訳ブームの特徴について、その一端を明らかにする」という試みである。これとの関連で、トルストイ翻訳をめぐる原・北御門論争や村上春樹訳の『キャッチャー・イン・ザ・ライ』も取り上げられている。ここでは、「翻訳の場における多様な参加者の存在が翻訳規範の形成においてクローズアップされている」と指摘されている。「読みやすい」翻訳という規範が形成されているのだ。問題は、「読みやすい」翻訳とは何を意味するのかであろう。翻訳をめぐる論争を一片の新聞記事やネットの話題で終わらせるのではなく、翻訳研究の視点からきちんと考察しておくことは大事なことだ。実はこの論文、すでにここで読めるようになっている。ぜひ一読されたい。
■学校などを無断で休むと、ずるずると長引いて行きにくくなってしまうものですが、ブログにもその傾向はあります。とはいえ、9日−10日の立命館の国際会議も終わり、非常勤のシラバス書きや大学の最後の授業も昨日で終わりましたので、おもむろに再開します。ことしもどうぞよろしく。
■とりあえず立命館での会議の写真を一枚。これは山本君が撮ってくれたもので、最後のセッションの様子。5人並んでいるのは、左から坂井セシルさん、Theo Hermansさん、Judy Wakabayashiさん、水野真木子さん、そして私。右側にいる2人は佐藤=ロスベアグ・ナナさんと渡辺公三先生。同時通訳されているのでブースに通訳者の方々がいます。結局京都に三泊。面白かったです。詳しくはまた。
■学会誌『通訳翻訳研究』9号ができました。近日中に目次を紹介します。
■愛知学院大学の中村幸子さんから、Hoffmann, T. and Siebers, L. (Eds.) World Englishes - Problems, Properties and Prospects (Varieties of English Around the World G4) (John Benjamins)という本をいただいた。この本は2007年に行われたInternational Association for World Englishesの第13回大会での100編以上の発表論文の中から22編を選んで収録した大部なものだ。この中に、Masako Tsuzuki and Sachiko Nakamura: Intelligibility assessment of Japanese accents: A phonological study of science major students' speechという中村さんたちの論文がある。これは名大の理系の学部生と院生21人にNew York Times やTime等から選んだ14−25ワードからなる文を読んでもらい、その発音のintelligibilityを11人の英語のネイティブスピーカーが判断するというもの。こうして日本人学生の英語の発音の問題点を明らかにしようというわけだ。結論だけを言えば (1)Intelligibilityの点では超分節音素よりも分節音素の誤りの方が重要で、分節音素の中では母音よりも子音の影響の方が大きい (2)子音の誤りの中では破裂音とr/lの区別が最も大きな問題である (3)(二重母音、長母音、短母音などの)母音の長さの交代 (4)ストレスの欠如あるいは誤り、という結果である。ここから教育上の含意を引き出しているのだが、面白いのは、「発音の誤りがintelligibilityに影響しないならば、それは発音の誤りではなくEFLのヴァリアントとみなす」という主張である。
発音など細かなことを言わずに、要するに通じればいいのではないかという主張もあるかも知れないし、ネイティブスピーカーの発音に限りなく近づく必要もないとは思うが、適切な指導と少しの工夫でintelligibilityが向上するならば、努力する価値はある。これは英語教育にとどまらず、通訳教育でも大事なことだろう。関心のある人には是非読んでいただきたいのだが、ちょっと高いか。
話はずれるかも知れないが、以前衛星放送で、アメリカで収録した某NHKアメリカ総局長(だったかな)によるアメリカ人ゲストのインタビューを定期的に通訳したことがあった。毎回アメリカにいるスタッフがインタビューをわざわざ全部書き起こして、ファックスで送ってくれたのだが、総局長の発言の中に(inaudible)(聴取不可能)という語がひんぱんに差し挟まれていた。これは何だろうと実際に聴いてみると、われわれにはちゃんと聴ける(intelligible)のであった。
■ここのところ学会誌の編集作業にかかり切りになっていたが、今日ようやく入稿した。最後の最後でレイアウトの不備が見つかったり、誤変換が残っていたり、キリがないのであるが、本当はもうちょっと余裕をみて、いろいろチェックしたほうがいいのだろうな。ともあれ、去年は1月になってからの入稿だったから、何とか挽回したわけです。ただし発送は1月になります。
■それにしてもMS WordとAcrobatには手を焼かされる。まあこちらの勉強不足もあるのだが、ちょっと信じられないようなことが起きるのである。前回は罫線の処理で懲りたので、今回はできるだけ使わないようにした。それでもどうしても消せない罫線が一本残ったのでテキストファイルに落として再構成し、どうしても縮小できない図はスキャンしてjpegにして貼り付けるという「荒技」で切り抜けた。それから、修正しようとすると二重取消線がかかり、フォントの「文字飾り」のチェックを外しても直らないという、驚くべき書式があった。あと、余白や文字数、行数など同じなのにどうしても詰まって見える原稿とか…。どうぞ皆様、ふつうに書いて下さい。
■この作業と並行して大学の授業の準備をしながら、一月の立命館の国際会議の原稿も書いていたのであった。今回の会議には同時通訳がつくので、通訳者のための原稿である。しかしいくら原稿をもらっても、この内容では通訳者の方では大変だろう。どのみち全部は話せないから、短くやさしいバージョンを作る必要がある。(さらにPPT)も準備しないといけない。その他年末までに書かなければならない原稿がある。
■というわけで、中村さん、メルドラムさん、すみません。もう少しお待ち下さい。
■去年からやっている学会誌の編集作業が大詰めに来ている。今日は修正稿を15人の査読者に送る作業で力尽きた。明日は著者校正の依頼を送る。まあそんなこんなでなかなか更新もできず、頂いた本の紹介も遅れて義理を欠いてしまうことになる。ぼちぼち行きます。
■先日小倉さんから頂いたのは、小倉慶郎(2009)『東大英語長文が5分で読めるようになる:英単熟語編』(語学春秋社)。これは英文(長文)を読む中で単語をおぼえようと言うコンセプトの本。クイックレスポンスからシャドーイング、サイトトランスレーションへという、通訳訓練法を応用している。CDに820分の音声を収録して1,500円という値段だ。第2弾が出たということは前著の反応がよかったのだろう。たしかに単語帳のようなもので憶えるよりは、読んで憶えるというのは正解だと思う。僕の場合は憶えようとは思わず、読んで辞書を引き、忘れ、また出会っては辞書を引き、また忘れ…というプロセスを続ける。何十回辞書を引いても忘れるものは忘れてしまうが、それでいいのだと思う。受験生は時間が限られているからそういうわけには行かないだろうが。
■今年の年次大会の日程が正式に決定したので、こちらでもお知らせしておきます。
日程:9月11日(土)、12日(日)
会場:大東文化大学 板橋キャンパス
今から調整よろしくお願いします。なお大会で発表を予定されている方は、申込み締め切りが例年の8月1日から半月ほど早まる可能性がありますので、早めに準備して下さい。
■来月号で休刊になる月刊『言語』(大修館書店)の11月号は「記憶の科学−ことばと外界をつなぐ心の仕組み」という特集。苧阪夫妻のワーキングメモリについての論考もある。ワーキングメモリは他に大槻美佳「シンタクスと記憶」と川合伸幸「ヒトの記憶と他の動物の記憶には違いがあるのか」でも言及されている。苧阪と大槻にはCowan (2001) The magical number 4 in short-term memoryへの言及があり、ようやくCowanの考え方が浸透してきたことがわかる。気になったのは大槻が「従来、文の理解には、統語を解析する機能(parsing)と、解析した統語構造を意味へと解読する機能(interpretation)が必要とされ、前者と後者は乖離することが示唆されている」と書いていることだ。これは誤解を招く。認知心理学の分野ではたとえばTaraban and McClelland (1988)に代表されるように、意味が統語構造の振り分けを決定する上で大きな役割を果たすという考え方が優勢である(もちろん乖離する場面もある)。
■Interpreting, Vol. 11 No.2 (2009)はRobin SettonがGuest EditorになってChina and Chineseの特集号。目次とabstractsはここで読める。













