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書籍と私(3) 『瀬島龍三 参謀の昭和史』

2005-02-18 00:59:21 | 書籍と私
【読書】『瀬島龍三 参謀の昭和史』について




 保阪正康『瀬島龍三 参謀の昭和史』(1991年 文春文庫)を読んだ。
 読書期間:2005/02/05-2005/02/15
 採点:★★★★☆(4点/5点)

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瀬島は、太平洋戦争時には大本営作戦参謀、高度経済成長期には商社の企業参謀、そして中曽根政権下の行政改革では臨調・行革審の政治参謀として活躍した昭和史そのものの参謀ともいえる人物である。本書は、その参謀を身近に見てきた多くの人間にインタビューすることにより、もう一つの昭和史を描き出そうとしたものである。
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 という本書の内容だが、論を始める前に、一つ紹介しなければならない書籍がある。



 山崎豊子『不毛地帯』

『白い巨塔』で知られる社会派小説の大家、山崎豊子氏の長編小説で、映画化もされているらしい。1979年に単行本化されているようだが、ベストセラーになっているようで、昨日もたまたま、電車の中でこれを読んでいる女性を見かけた。

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元大本営参謀・壱岐正は、酷寒の極地シベリアの収容所で、11年間の拷問と飢餓と強制労働に耐えぬき、昭和31年12月帰還する。”第二の人生は誤りたくない”と願う彼は、近畿商事の社長大門の再三に渡る誘いに応じ、商社マンとなることを決意する。シベリアでの地獄のような抑留生活の傷も癒えないまま、彼は再び”商戦”という名の熾烈な戦いの中に身をおく。
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 シベリア抑留、と商社マンという経歴から、この著書の主人公壱岐正が、瀬島龍三氏をモデルにしていると実しやかにささやかれており、Amazonのレビューでもユーザーレビューで触れられている部分がある。これにより、瀬島氏の人物評は格段にあがり、人格者との幻想が広まるようになったという。著者山崎氏は、これを否定し、シベリア抑留者に広くインタビューし、そのエピソードを集めたもので、瀬島氏がモデルではないという。


 さて、壱岐正の経歴とそっくりな経歴をもつ瀬島氏だが、各経歴において参謀的な役割を果たしながら、その裏では闇に覆われた部分が存在している。大本営参謀時代は、報告のにぎりつぶしにより、現場をふまえない作戦計画、シベリア時代にはロシアとの密約、商事時代には、政府との黒いパイプ。一番の暗い闇が、敗戦直後にロシアと結んだ密約。保阪氏は、こうした瀬島氏の経歴を、周囲の人物達にインタビューをし、瀬島氏の戦後の歩みをつぶさに検証する。そして、彼の自ら語るところの半生と周りが語る経歴との違いを指摘する。

 著者の言うところでは、瀬島氏はどうでもいい瑣末な部分、末端の部分では饒舌になるが、肝心のところでは口を閉ざして沈黙するという。そして、彼の暗闇の部分は疑惑が深まる。著者の主張では、公的な立場を歴々とつとめてきた瀬島氏は、その沈黙する部分を公にする義務があるという。



 数々のインタビューをこなし、毀誉褒貶を数々と見聞きした著者。ただ悪口を言う人間とは一線を画していると自ら言うが、その瀬島氏への推測・主張は少々疑ってかかる必要のあるところがある気がする(事実に関しては信用できるものと思うが)。瀬島氏という人物は、自分の目的を主張することなく、むしろ周囲の意見の調整に腕をふるう人物だった。また、統括を上司にもちその下で参謀として腕をふるうことに楽しみをおぼえ、現場のことについては知らないことが多いらしい。



 戦争、経済、行革という昭和が注力する舞台において常に中枢にあり、方向付けてきた瀬島氏の沈黙する部分のいかに疑惑の深いところか。『不毛地帯』という作品の及ぼした悪影響もそのベールを隠すのに何役も買っている。そういう人物が昭和を舵取りしていたかと思うと不快感、嫌悪感がする。

 疑惑の部分を明かせという声も多いようだが、これはお墓まで持って行くつもりなのだろう。逆にそうした部分を証明する書類なども全く残っていないのが口惜しい。自らの半生記『幾山河』というものも出版しているようだが、これも大事な部分には口を閉ざしていることだろう。読む価値はないに違いない。

 エリート教育を歩んだ人間がどんなに歪んでいくのかを示す一例だろう(誰しもがそうなるわけではないだろうが)。現場を知らずに現場の駒を動かす立場になった人間の恐ろしさというか。そして、責任を負う立場にはなく、戦術戦略を立案する人間が、こうも無責任でいることの怖さというか。

 人間は痛みを知り苦しさを知り、人を使う立場にならないと、取り返しのつかない過ちをしてしまう、そしてそれを隠そうとする。いろいろと示唆に富む人生であると共に、瀬島氏には沈黙をほどき、事実を明かしてほしいと思うのであった。



■ここにトラバ打ちました
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