拒絶の歴史(35)
夏が近付き、上田先輩が休みになって地元に戻って来た。彼は、ぼくの幼馴染と交際しており、二人の距離は離れてしまっても彼らの関係は繋がっていた。彼は、いつも車に乗っていたいらしく、ぼくと裕紀を誘って、海に連れて行ってくれることになった。
ぼくらは早朝、彼の車の後ろの席にすわっていた。上田さんの横には、智美がいた。あまり、最近は会っていなかったため彼女が大人びた感じになっているので驚いた。性格もしっかりとしてきて、彼に対していろいろと世話をやいていた。この面は、昔から知っている彼女のようだったかもしれない。
道中はみなでさわいで、あっという間に視界に海が入って来た。きれいな波の音が、窓をあけた車の中にも聞こえて来て響いていた。それと同時に潮のにおいもぼくらの鼻に届いてきていた。そのすべてが興奮させる要因になった。
それぞれ男女に別れて、水着に着替えた。ぼくは裕紀の身体をながめた。ほっそりとした首と、華奢な手足がその年代特有の青さをも備えていた。しかし、日々大人になり、それはいつか消えてしまうのだろう。ただ、ぼくの脳裏にこの瞬間が永遠にとどまってほしいと願った。
2人で手を繋いで海の中に入っていく。それは儀式のように、ぼくらに緊張を強いた。だが、だんだんと奥にむかって歩くと気持ちもほぐれ、波の揺らぎに合わせて、自分の身体を海水に浮かべた。裕紀はぼくの肩につかまり、同じように身体を大自然にあずけた。
「こうしていると、なんか安心する」と言って、彼女は強い日差しがまぶしいのか目をつぶった。彼女の濡れたまつげが意外と長いことを発見する。彼女の顔の造作ひとつをとっても、自分はまだ知り尽くしていないのかという不安を自分に与えもした。しかし、またひとつずつ見つければいいや、と海の流れの中で自分は決意していたのだ。
海から出て、4人で食事をとった。食事といっても簡素なものだが、開放的な気持ちと空腹が、それをおいしいものと変えてくれた。
「大学、どうですか?」とぼくは、上田さんにたずねる。
「新しい友人ができて、彼らを通して視野が広がるという楽しい気分だよ」
「芸術家志望みたいな人が多いんですか?」
「そういう大学だからね」そういえば、と言って彼はバックからカメラを取り出した。ぼくと裕紀を海を背景にして並べ、彼はうるさく表情の注文をして、シャッターを押した。ぼくも、次には逆にそれをあずかり、智美と彼の写真を撮った。
「きれいに撮ってよね」と智美は言ったが、「現実以上のものが写り込むわけないじゃんか」とぼくは否定した。上田さんは不服のようで、現実の一部は、よりきれいに印象付けられるのを求めているといったニュアンスのことを言った。ぼくは、よこを振り向き、裕紀の自然なほほえみを残せるなら残したいと思ったので、それも間違いではないような気もした。
またひと泳ぎしたり、砂浜にねそべったりして、午後の時間はゆっくりと流れていった。ぼくは、日ごろの身体をぶつけ合う練習の時間を遠いものと考えていた。こんな毎日も面白いだろうなと思うが、その反面、あと数ヶ月の貴重な瞬間の積み重ねのことも同時に愛おしいと思っていたのだろう。
ぼくらは簡単にシャワーを浴び、身体の砂を落とした。赤くなった身体が、今日の楽しさの刻印のようにも感じていた。
再び、車に乗り込み、家に向かいだした。途中にざっと雨が降り、その後、きれいな虹が鮮明に窓から見え出した。それも一瞬のことで、直ぐ太陽は地面にかくれた。裕紀は疲れたのだろう、ぼくの肩を枕代わりにして寝息をたてた。それはぼくに安堵感をあたえた。そのためか、ぼくもうとうとし気がつくと見慣れた町並みに戻ってきていた。
「みんなの声が聞こえなくなって、ちょっとさびしかったよ」と上田さんは言ったが、それを本心のように感じられないほど、彼は車の運転がすきなようであった。
「出来上がったら、写真を撮りに来いよ。当分、こっちにいるから」窓を開けて、彼は率直にいった。「はい、分かりました」と、いつまでも関係が壊れないように、ぼくは上田さんの愛情のうちにとどまるよう願っていた。
夏が近付き、上田先輩が休みになって地元に戻って来た。彼は、ぼくの幼馴染と交際しており、二人の距離は離れてしまっても彼らの関係は繋がっていた。彼は、いつも車に乗っていたいらしく、ぼくと裕紀を誘って、海に連れて行ってくれることになった。
ぼくらは早朝、彼の車の後ろの席にすわっていた。上田さんの横には、智美がいた。あまり、最近は会っていなかったため彼女が大人びた感じになっているので驚いた。性格もしっかりとしてきて、彼に対していろいろと世話をやいていた。この面は、昔から知っている彼女のようだったかもしれない。
道中はみなでさわいで、あっという間に視界に海が入って来た。きれいな波の音が、窓をあけた車の中にも聞こえて来て響いていた。それと同時に潮のにおいもぼくらの鼻に届いてきていた。そのすべてが興奮させる要因になった。
それぞれ男女に別れて、水着に着替えた。ぼくは裕紀の身体をながめた。ほっそりとした首と、華奢な手足がその年代特有の青さをも備えていた。しかし、日々大人になり、それはいつか消えてしまうのだろう。ただ、ぼくの脳裏にこの瞬間が永遠にとどまってほしいと願った。
2人で手を繋いで海の中に入っていく。それは儀式のように、ぼくらに緊張を強いた。だが、だんだんと奥にむかって歩くと気持ちもほぐれ、波の揺らぎに合わせて、自分の身体を海水に浮かべた。裕紀はぼくの肩につかまり、同じように身体を大自然にあずけた。
「こうしていると、なんか安心する」と言って、彼女は強い日差しがまぶしいのか目をつぶった。彼女の濡れたまつげが意外と長いことを発見する。彼女の顔の造作ひとつをとっても、自分はまだ知り尽くしていないのかという不安を自分に与えもした。しかし、またひとつずつ見つければいいや、と海の流れの中で自分は決意していたのだ。
海から出て、4人で食事をとった。食事といっても簡素なものだが、開放的な気持ちと空腹が、それをおいしいものと変えてくれた。
「大学、どうですか?」とぼくは、上田さんにたずねる。
「新しい友人ができて、彼らを通して視野が広がるという楽しい気分だよ」
「芸術家志望みたいな人が多いんですか?」
「そういう大学だからね」そういえば、と言って彼はバックからカメラを取り出した。ぼくと裕紀を海を背景にして並べ、彼はうるさく表情の注文をして、シャッターを押した。ぼくも、次には逆にそれをあずかり、智美と彼の写真を撮った。
「きれいに撮ってよね」と智美は言ったが、「現実以上のものが写り込むわけないじゃんか」とぼくは否定した。上田さんは不服のようで、現実の一部は、よりきれいに印象付けられるのを求めているといったニュアンスのことを言った。ぼくは、よこを振り向き、裕紀の自然なほほえみを残せるなら残したいと思ったので、それも間違いではないような気もした。
またひと泳ぎしたり、砂浜にねそべったりして、午後の時間はゆっくりと流れていった。ぼくは、日ごろの身体をぶつけ合う練習の時間を遠いものと考えていた。こんな毎日も面白いだろうなと思うが、その反面、あと数ヶ月の貴重な瞬間の積み重ねのことも同時に愛おしいと思っていたのだろう。
ぼくらは簡単にシャワーを浴び、身体の砂を落とした。赤くなった身体が、今日の楽しさの刻印のようにも感じていた。
再び、車に乗り込み、家に向かいだした。途中にざっと雨が降り、その後、きれいな虹が鮮明に窓から見え出した。それも一瞬のことで、直ぐ太陽は地面にかくれた。裕紀は疲れたのだろう、ぼくの肩を枕代わりにして寝息をたてた。それはぼくに安堵感をあたえた。そのためか、ぼくもうとうとし気がつくと見慣れた町並みに戻ってきていた。
「みんなの声が聞こえなくなって、ちょっとさびしかったよ」と上田さんは言ったが、それを本心のように感じられないほど、彼は車の運転がすきなようであった。
「出来上がったら、写真を撮りに来いよ。当分、こっちにいるから」窓を開けて、彼は率直にいった。「はい、分かりました」と、いつまでも関係が壊れないように、ぼくは上田さんの愛情のうちにとどまるよう願っていた。