「蟹工船」日本丸から、21世紀の小林多喜二への手紙。

小林多喜二を通じて、現代の反貧困と反戦の表象を考えるブログ。命日の2月20日前後には、秋田、小樽、中野、大阪などで集う。

青年たちは「蟹工船」を五感で読んでいる

2012-05-09 18:56:39 | 多喜二研究の手引き

青年たちは「蟹工船」を五感で読んでいる
―今日的読書事情         


2008年「蟹工船」は若者を中心にバカ売れし、大きなブームである。

青年たちの共感の特色は映画、朗読、音楽など眼や耳、鼻や肌で感じとるところに今日的な特色があるといえる。原作「蟹工船」は活字だけなのにニオイを含め、その五感に訴えて表現されている。

その多喜二の表現戦略が、21世紀のデジタルメディアであるインターネットばかりではなくテレビ・新聞・雑誌でも生きた。原作・漫画「蟹工船」を対象に感想を公募するという新機軸のエッセーコンテスト(小樽商科大学、白樺文学館共催)は、ネットカフェ部門を設けるなどその狙いと普及効果から大成功だった。

2008年2月生きづらさを訴えるロスジェネ世代の生々しい声と多様な読みをまとめた『私たちはいかに「蟹工船」を読んだか―エッセー作品集』が刊行されると、メディアは彼らにあつい視線を注いだ。

そして5月、上野駅内の書店が「これって、カニコー?!」のポップ広告を掲げて新潮文庫販売キャンペーンをうつと、出版不況の枯れ野にも火がつき、全国の書店で平積みされてバカ売れした。その予想外の事態は、「秋葉原事件」と「リーマンショック」を機に、さらに加速して日本列島と世界を駆けめぐった。「蟹工船」は「2008年流行語大賞」トップテンに選ばれ歴史的事件となった。

ついで2009年も『蟹工船』発表80年を記念するように、俳優座「蟹工船」公演をはじめSABU監督「蟹工船」の新作映画や、関係の書籍やDVDの販売が目白おしで、そのブームは今も続いている。


漫画―眼で感じて読む 

まず文庫・新書では、1953年以来160万部以上発行の新潮文庫『蟹工船・党生活者』をはじめ、1967年初版の岩波文庫『蟹工船,一九二八・三・一五』、初出の『戦旗』の表紙デザインを流用した角川文庫『新装改版蟹工船・党生活者』は、そのモダンさで好評。単行本では、ブームの仕掛人のひとり雨宮処凛解説の『蟹工船』(金曜日2008)をはじめ、『蟹工船・不在地主 ―小林多喜二名作ライブラリー』(新日本出版社1994)、『蟹工船 ―お風呂で読む文庫 91』 (フロンティア文庫 2005) 『蟹工船 ―デカ文字文庫』(舵社2006)が続いている。漫画は、藤生ゴオ作画・島村輝解説『マンガ蟹工船』(東銀座出版社2006)とこれを改定再編した『劇画「蟹工船」小林多喜二の世界』(講談社プラスアルファ文庫2008)と『蟹工船 ―まんがで読破』(イーストプレス2007)を双壁に原恵一郎『蟹工船 ―Bunch Comics Extra』(新潮社2008)がつづき、原作から離れたイエス小池『劇画蟹工船 覇王の船』 (宝島社文庫 2008)の4種が健闘している。 

●耳目総動員の映画・朗読DVD/CD 


映画では、今夏新宿・テアトルほか全国ロードショーを予定の『蟹工船』(SABU監督、松田龍平主演)が話題を集め、半世紀を超えて上映されている山村聰監督版( 北星1953)は2007年にDVDが発売され、いまだ全国で上映されている。朗読CD/DVDは北海道出身の強みの若山弦蔵『蟹工船』(新潮 2008)、『30分でわかるシリーズ―蟹工船』(DVD 2009)、『文学のしずく第4巻 蟹工船』(中経出版 2007)。音楽CDは、ケイ・シュガー『多喜二へのレクイエム』(オフィスhare2006)、新作映画「蟹工船」のインスパイア・アルバムも今夏キューン・レコードから予定されている。 多喜二の作品はといえば、初期作品を集めた『老いた体操教師―瀧子其他』(講談社文芸文庫2007)、祥伝社新書編集部が独断で選んだ『小林多喜二名作集―近代日本の貧困―』(2008)、『小林多喜二名作ライブラリー』(新日本出版社 全4巻)がおすすめ。この秋には『小林多喜二書簡集』が岩波文庫の新刊として登場。
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多喜二がなぜ「蟹工船」を書き、また社会主義者となったのか――その青春、人生の歩みに興味を持たれた方には、多喜二の生涯をドキュメンタリー映画DVDがある。生誕100年記念製作の池田博穂監督『時代(とき)を撃て・多喜二』(共同企画ヴォーロ2004)、2008年芸術祭大賞受賞の守分寿男脚本『いのちの記憶―小林多喜二・29年の生涯』(ソニーミュージック2008)の2種があり、それぞれ力作。今井正監督の映画『小林多喜二』(山本圭主演1973)は、VHS/DVD化へ動きだすだろうか。



●多喜二の生きざまを知る 
多喜二の評伝では、今話題のノーマ・フィールド著『小林多喜二―21世紀にどう読むか』(岩波新書2009)が筆頭だが、一巻にまとめられ再刊の手塚英孝『小林多喜二』(新日本出版社2008)や、大冊の倉田稔『小林多喜二伝』(論創社2003)や、多喜二の地下活動を支えた森熊(旧制伊藤)ふじ子の遺句集を抄録した夫の政治漫画家・森熊猛自伝『マンガ100年見て、聞いて』(東銀座出版社2005) 、松本清張『新装版昭和史発掘4』(文春文庫2005)、澤地久枝『完本昭和史のおんな』(文藝春秋2003)、藤田廣登『小林多喜二とその盟友たち』(学習の友社2007)、くらせ・みきお『小林多喜二を売った男―スパイ三舩留吉と特高警察』(白順社2004)、『新潮日本文学アルバ28小林多喜二』(新潮1985)なども興味深いものがある。

ドキュメンタリーではないが三浦綾子『母』(角川文庫1996)、 文学散歩ガイドマップは『小樽小林多喜二を歩く』(新日本出版社2003)に続き、作家同盟書記長、反帝同盟執行委員、共産党中央部員として活躍の地をめぐる『ガイドブック小林多喜二の東京1930〜1933』(学習の友社2008) 、生地大館の『小林多喜二生誕の地を歩く』(国賠同盟大館鹿角支部2008)も。

作品論では、ブームの呼び水となった新書サイズの『私たちはいかに「蟹工船」を読んだか』(遊行社2008)をはじめ、昨年9月英国・オックスフォード大学で開催の多喜二シンポジウムの記録『多喜二の視点から見た身体・地域・教育』(小樽商科大学出版会・紀伊國屋書店2009)、『いま中国によみがえる小林多喜二の文学』(東銀座出版社2007)、『「文学」としての小林多喜二』(至文堂2006)、『小林多喜二と「蟹工船」』( 河出書房新社2008)、『読本・秋田と小林多喜二』(同刊行会2001)などが最新の研究成果を多彩にまとめていて圧巻。

単著で注目はハングル版も韓国で出版された伊豆利彦『戦争と文学』(本の泉社2005)、島村輝『臨界の近代日本文学』(世織書房1999)、松澤信祐『小林多喜二の文学』(光陽出版社2003)、新刊では荻野富士夫『多喜二の時代から見えてくるもの』(新日本出版社2009)、不破哲三『小林多喜二―時代への挑戦』(新日本出版社2008)、浜林正夫『「蟹工船」の社会史』(学習の友社2009) などが注目される。


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