台所といえば母を想い出す。朝、暗いうちから起き出して、家族のために朝食をつくる。不平不満をいうでもなく、ただ、ひたすらありあわせのもので準備をする。時代のせいだったのだろうかと、今では不思議な感じさえする。
今日、台所も大きくさまがわりしている、水道もあり、ガス台もあり、温湯も出る。でも、そこで働く母の姿は、我々が思っている母の姿と、今、子供達が見る母の姿とは重なるのであろうか。重ならないとすれば、どこがいちばん重ならないのであろうかと考えたりする。
現代は心の豊かさが求められている。心の豊かさとはどういうことをいうのであろうか。それは、相手を思う思いやりの心であるように思う。家族のために、心をこめて温かい手料理をつくる。そこには、たとえ貧しくても心のあたたかみがこめられていたように思う。
嵐山町教育委員会では、ここ数年「手づくり教育」をお願いしている。これは、先生方が、手間、ひまをかけて、自らの汗と涙を結集して、いわゆる手塩にかけて、子供達を育てていこうという先生方の姿勢をお願いしているわけである。
明治維新とともに、台所も洋風化が始まった。早くから、寒い北側にあった台所を働きやすい南側に移すことが主張され、さらに、水道、ガス、電気の普及が変化に拍車をかけることになった。それまで座って行っていた調理や流しでの作業が立って行われるようになった。台所で使う電気冷蔵庫、換気扇、ステンレス流しなどの機器やシステムキッチンの開発によって、戦後の台所の改革は目覚ましく発展し、家族の団らんの場としても機能的になり大きく変わってきたのである。しかし、いかに改良され、快適な空間となっても、変わってほしくないのは、そこで働く母の姿であり、家族のためを思うあたたかい心である。
菅谷婦人会『しらうめ』第10号 1989年4月