『10分か、15分、時間いい?』
そう言って、還暦を過ぎた男が話し始めた。
私はこの男と顔見知り、でも名前は知らない。
時々、仕事の合間に寄っては、世間話をしていく。
小さく静かな声で。
男は続けた。
『俳優の緒方拳って人が死んで、追悼番組があってたんですよ。テレビで。『帽子』っていう…』
男は、その物語の流れを一通り話した。
私は、頷きながら話の展開が全く読めず、ただ聞いていた。
『...その主人公は、結局思い伝えたかった女性に、できなかったんですよ...自分の思いを伝えることが。』
『普段はそんなドラマなんて見ないから、妻も言ったんですよ。「珍しいわね。」って。』
『でも、吸い込まれるように見入ってね。』
5分ぐらい経った頃、男は話を中断し、何かを取りに車に走っていく。
男は以前も、何度か新聞の切抜きや雑誌のコピーを見せながら話をすることがあったので、
私はあまり不思議には思わなかった。
今日は一体何をもってくるのかな???
男の手に、ペラペラのフォトアルバムが一冊。
『それで、そのドラマを見ていたら、急に時代が戻ったんです。』
男はアルバムをサッと開いた。
4枚の写真。カラーだけど、ちょっと色褪せた写真が目に入る。
最初の写真は、20代の男と女が二人。
その下には、その女が一人の写真。
男は再び口を開き始めた。
『私にも、同じような経験があったと、一気に昔を思い出したんです。』
男は、40年前の、目の前の男だった。
女性は、男が40年前に惚れた女性だった。とてつもなく、美人だった。
『あの若い頃の自分がね、もうひとつ押しがあれば...と思いました。』
目の前の60代の男性が、続けていく。
『ネガを取っていたから、現像したんです。それでね、この場所を思い出そうとしたけど、
こっちの下の写真の場所がどうしてもわからない。思い出せなくて。』
この下の写真には、公園に遊具があって、その傍に女性が映っていた。
後ろには小高い丘と、まだ細くて若い木の幹が二本ある。
『そこで、思いをたどって車で探したんです。この場所がどこなのか、確かめたくて。』
二枚の写真の隣には、色彩の明るい二枚の写真。日付は2009年だ。
『これが、同じ場所の、今の写真。』
同じアングルから撮られた、40年前の男の思い出の場所がそこにあった。
『見つけたんです。何度も周って。驚いた。ここが同じ場所なんて思いもよらなかった。
だってもうここに丘はなくて、住宅地になってて、遠くに見えた山なんてもう見えやしない。
40年の月日だからね。』
赤と白の遊具は、かなりヒビが入っていて、それでも形も色もそのままだった。
女の後ろにあった若い木の幹は、見違えるほど大きな木に成長していた。
同じ場所の、『2枚』+『2枚』の写真の間に、40年の月日が流れていた。
4枚の写真の後ろに、どんなドラマが在ったのか、想像もできない。
だって、私はこの男のこともよく知らない。
ただ顔見知りなだけなのだから。
『この女性、今はどうされてるんでしょうね?』
『わからない、長崎に嫁いだことは聞いたけれど。
幸せに暮らしていることを、願うしかない。』
『今更だけど...、勇気が無かったと思う、あの頃。』
『聞いてくれて、ありがとう。』 そう言って、男は去っていった。
私は、不思議な感覚を味わった。
今日、話が聞けて、よかった。
そう言って、還暦を過ぎた男が話し始めた。
私はこの男と顔見知り、でも名前は知らない。
時々、仕事の合間に寄っては、世間話をしていく。
小さく静かな声で。
男は続けた。
『俳優の緒方拳って人が死んで、追悼番組があってたんですよ。テレビで。『帽子』っていう…』
男は、その物語の流れを一通り話した。
私は、頷きながら話の展開が全く読めず、ただ聞いていた。
『...その主人公は、結局思い伝えたかった女性に、できなかったんですよ...自分の思いを伝えることが。』
『普段はそんなドラマなんて見ないから、妻も言ったんですよ。「珍しいわね。」って。』
『でも、吸い込まれるように見入ってね。』
5分ぐらい経った頃、男は話を中断し、何かを取りに車に走っていく。
男は以前も、何度か新聞の切抜きや雑誌のコピーを見せながら話をすることがあったので、
私はあまり不思議には思わなかった。
今日は一体何をもってくるのかな???
男の手に、ペラペラのフォトアルバムが一冊。
『それで、そのドラマを見ていたら、急に時代が戻ったんです。』
男はアルバムをサッと開いた。
4枚の写真。カラーだけど、ちょっと色褪せた写真が目に入る。
最初の写真は、20代の男と女が二人。
その下には、その女が一人の写真。
男は再び口を開き始めた。
『私にも、同じような経験があったと、一気に昔を思い出したんです。』
男は、40年前の、目の前の男だった。
女性は、男が40年前に惚れた女性だった。とてつもなく、美人だった。
『あの若い頃の自分がね、もうひとつ押しがあれば...と思いました。』
目の前の60代の男性が、続けていく。
『ネガを取っていたから、現像したんです。それでね、この場所を思い出そうとしたけど、
こっちの下の写真の場所がどうしてもわからない。思い出せなくて。』
この下の写真には、公園に遊具があって、その傍に女性が映っていた。
後ろには小高い丘と、まだ細くて若い木の幹が二本ある。
『そこで、思いをたどって車で探したんです。この場所がどこなのか、確かめたくて。』
二枚の写真の隣には、色彩の明るい二枚の写真。日付は2009年だ。
『これが、同じ場所の、今の写真。』
同じアングルから撮られた、40年前の男の思い出の場所がそこにあった。
『見つけたんです。何度も周って。驚いた。ここが同じ場所なんて思いもよらなかった。
だってもうここに丘はなくて、住宅地になってて、遠くに見えた山なんてもう見えやしない。
40年の月日だからね。』
赤と白の遊具は、かなりヒビが入っていて、それでも形も色もそのままだった。
女の後ろにあった若い木の幹は、見違えるほど大きな木に成長していた。
同じ場所の、『2枚』+『2枚』の写真の間に、40年の月日が流れていた。
4枚の写真の後ろに、どんなドラマが在ったのか、想像もできない。
だって、私はこの男のこともよく知らない。
ただ顔見知りなだけなのだから。
『この女性、今はどうされてるんでしょうね?』
『わからない、長崎に嫁いだことは聞いたけれど。
幸せに暮らしていることを、願うしかない。』
『今更だけど...、勇気が無かったと思う、あの頃。』
『聞いてくれて、ありがとう。』 そう言って、男は去っていった。
私は、不思議な感覚を味わった。
今日、話が聞けて、よかった。