8時起床。トースト1枚としょうが紅茶の朝食。小さな肩掛けカバンという、僕にしては珍しい軽装で弘前駅に向かう。
8時48分弘前駅発の「リゾートしらかみ2号」に乗り込む。青森方面から到着した車両は「くまげら」編成。着席すると、展望ラウンジ手前の一番後ろの席だった。川部からはスイッチバックで五能線に入るので、一番前の席になる。その川部で運転手さんと車掌さんが移動している間に、車両の写真を撮る。
五能線に入った途端、雨が降ってきた。もともと天気予報は雨だったのだが、青森の天気予報はよく外れる。都合のいいほうに外れることを期待していたのだが、ちょっと厳しそうだ。
板柳までの区間は、りんご畑の間を走る。五所川原からは津軽三味線の生演奏がある。何しろ一番前の席だから、かぶりつきで聴くことができた。
五能線は路盤が悪く、かなり揺れるのだが、そんなことはもろともせずに見事な演奏を聴かせてもらった。そして鰺ヶ沢駅に間もなく到着、というところできっちり終わって、拍手の中下車していく様も鮮やかだった。
鯵ヶ沢を出ると、右手には海がみえてくる。そして急にいいお天気になってきた。千畳敷を減速しながら通過し、深浦に向かう。この辺が最も風景の美しい区間。車内では一斉にカメラのシャッター音が鳴り出す。
深浦はいかにも港町といった風情だが、ウェスパ椿山に至ると、急にリゾート地っぽくなる。弘前と同じ青森県という感じがまったくしない。
定刻通りに十二湖駅に到着。リゾートしらかみと路線バスの接続はよい。10分ほどでバスがやってきた。奥十二湖駐車場行きのバスの運転手さんは地元の方だそうで、とてもユニークな人だ。「このバスは路線バスなので、しゃべらなくてもいいんですが、勝手にガイドさせてもらいます」「聞きたくなかったら無視してください」なんていう調子で、沿道の湖の解説なんかをしてくれる。走っている間ずっとしゃべりっぱなしだ。これはうれしいサービスだ。
七曲がりというくねくね道を上って、終点の奥十二湖駐車場へ。ここからお目当ての青池までは徒歩10分ほどだ。その手前にある鶏頭場の池に沿って歩く。紅葉の見頃はもうちょっと先だろうか。
青池に着く。やはりここが一番の見どころだけあって、人が多い。展望用のウッドデッキがこしらえてある。下段のほうが水面に近いが、上段から眺めたほうが、青色がより美しくみえる。写真ではなかなかこの青の美しさが伝わらない。
遊歩道はウッドチップが敷かれていて、歩きやすい。階段を上がったところの休憩所で、小休止。ここからブナの原生林を歩いていく。さっきまでたくさん人がいたのがウソのように、急にひっそりと静かになった。
少しずつ雨が落ちてきた。折りたたみ傘を差して歩く。さらに奥の金山の池を目指して進む。だが急に頭上で雷が鳴り、猛烈な雨に変わった。傘を差して歩くのもやっとというくらいの雨。あっという間に靴もズボンも濡れてきた。
それでも歩き続けていたら、運よく森のレストラン「アオゲラ」の前に出た。昼食のおにぎりはバッグに入っているが、体も冷えてきたので、ここで食べることにした。ログハウスの広々としたお店で、「おすすめセット」を注文する。鶏とポテトのホットサンドに、りんごの冷製スープ、サラダ、そしてコーヒーが付く。これがとてもおいしかった。熱いコーヒーを飲んで、体も温まった。
僕がお店に入ったときは、お客さんは誰もいなかったのだが、雨を避けてハイキングをしていた人たちが続々とやってきた。
雨の様子を眺めてみたが、すぐにはやみそうにない。どうせ足元もよくないので、湖沼めぐりはまたの機会にする。王池バス停までは歩いて20分ほどの距離だ。レストランの方が親切に道を教えてくれた。こちらの道は舗装道路なので、これ以上靴がびしょびしょになることもない。
10分ほど待ってやってきたのは、さっきの運転手さんのバスだった。行きとは違った楽しいガイドを聞かせてもらう。本当は足を伸ばすつもりだった日本キャニオンがもっともよく眺められるポイントでは、わざわざバスを停めて、ドアを開けてくれた。車外に出て数枚写真を撮る。実に粋なサービスである。
行きにみたときは白っぽくみえたのだが、雨に濡れたせいか、少しグレーがかってみえる。
十二湖駅を通り過ぎて、アオーネ白神までバスに乗る。駅で他のお客さんが下りた後は、運転手さんとおしゃべりをする。
アオーネ白神は、以前はサンタランドという名前だったが、つい最近改称したのだそうだ(その辺の経緯も運転手さんが教えてくれた)。小高い場所に広がるリゾート施設である。
敷地をぶらぶら歩いていたら、空が晴れてきた。そして展望台がみえたので、上ってみる。
木製の3階建ての展望台の一番上からの景色は素晴らしい。まさに360℃のパノラマだ。日本海の荒波も、そして白神岳も望むことができる。
今年5月にオープンした温泉施設、アオーネの湯に浸かる。ここに足を運んだのは、とにかく温泉に入りたかったからである。リゾートしらかみ利用だと、半額の250円で入ることができる。雨に濡れて冷えた体もすっかり温まった。湯船はひとつで、それほど広くはないが、塩分の強いお湯で、上がってからもぽかぽかしている。
売店でみやげものを物色して、無料バスで十二湖駅へ。このバスと列車の接続もいい。「リゾートしらかみ5号」に乗り込む。
雨で計画変更を余儀なくされたが、さて、この列車の名物である、日本海に沈む夕陽はみられるか。また雲が厚くなって、夕焼けではあるけれども、おひさまの姿ははっきりとはみえない。
ところが、思いがけず雲の切れ間から太陽が顔を出した。すると風景がいっぺんにオレンジ色に染まる。車内の人々が思わず揃って感嘆の声を挙げた。それくらい素晴らしい夕景だった。
太陽がくっきりとみえていたのは、ものの10分くらい。水平線に沈む前に雲に包まれてしまった。それでもしっかりこの夕陽を拝めたのはラッキーだった。
日が落ちてからはウトウト居眠りをするうちに川部に着いた。ここで進行方向が逆になったので目が覚めた。
駅からの帰り道に夕食を摂り、帰宅。今日は十分に遊んだはずなのだが、ワーナーマイカルシネマズへ。「ヴィヨンの妻」を観る。
先日うちの大学でも、監督さんを招いての上映会があったのだが、入場整理券を入手できず、観られなかった。
それにしても、今年の太宰ブームはすごいもんだ。流れる予告編が、太宰、太宰、である。宮澤賢治のときにもいろいろ映画化がなされたが、それ以上の盛り上がりだ。どれも面白そうで、観られるだけ観てみたい。
「ヴィヨンの妻」は、いくつかの太宰作品に登場する人物を組み合わせて、さらには太宰自身も投影しているような物語。その太宰のイメージが重なる作家大谷を浅野忠信が、妻佐知を松たか子が演じている。
ストーリー自体は、予告編を何度もみていて、そこから予想される流れそのもので、劇的な展開があるわけではない。ただ劇中でそれぞれに「生きる」人々の姿が描かれているのみだ。だが、誰よりも「死にたい」と願いながら、その実人一倍生への執着が強いように思われる大谷とか、一見情熱的でありながら、どこか虚無を生きている佐知だとか、いろいろな「矛盾」が印象に残る。
この作品に限っていえば、松たか子の演技が素晴らしい。いかにも常識を弁えていそうで、でもキップがよかったりする、何層にも重なった感情を持つ女性を見事に演じている。男性なら、こんな妻だったらさぞよかろう、といった感情をふと抱いたりしてしまうかもしれない。
大谷をめぐる女性が数人登場するが、愛人役の広末涼子もいい。心中未遂の末、蘇生して、警察署で佐知とすれ違う際の勝ち誇ったような微笑などは、観る者にずいぶんとインパクトを与えるものだった。
ストーリーそのものより、舞台となる昭和21年という時代相が僕には面白かった。戦後間もない時期で、小料理屋(というか居酒屋)に集う人は、何の肉だかわからないような煮込みを食べてはいるが、それでも中央線は多くの人を乗せて、しっかりと走っている(モハ63形と思しき電車が精緻にVFX化されているのには驚いた)。復興の気配はかすかに感じられても、まだ人々を勇気づけるには至っていない。
そんな退廃的な世相のなかで生きること。佐知がラストシーンで大谷に語る「生きてさえいれば…」という科白も、こうした時代設定のもとでこそ生きてくるような気がした。
やれやれ、今日は丸々一日遊んでしまいました。