K馬日記

映画や美術、小説などの作品鑑賞の感想を徒然なるままに綴っていきます。

ゲアトルーズ

2022年01月30日 | 映画
『ゲアトルーズ』鑑賞。デンマークの巨匠カール・ドライヤーの遺作。三人の男の間で愛を求めて揺れ動くゲアトルーズの物語。


弁護士の妻であるゲアトルーズは夫との結婚生活に不満を抱き、若き作曲家エアランとも恋愛関係にある。ある日、彼女の元恋人であり著名な詩人ガブリエルが帰国し祝賀会が催され、ゲアトルーズはエアランの伴奏で歌唱するが卒倒してしまう。
filmarksより引用

カール・ドライヤーの作品は初めての鑑賞。シアターイメージフォーラムで「奇跡の映画 カール・テオドア・ドライヤー セレクション」が開催されていたので、遺作かつ集大成と噂の『ゲアトルーズ』を観てきました。
因みに"Gertrude"という名前は『「槍」と「強さ」を意味するゲルマン語のルーツに由来する女性の名』だそうです。



Amor Omnia 愛がすべて

物語が開始されてからというもの主人公のゲアトルーズは非常に奇妙な存在に映ります。
物語自体は、ゲアトルーズと彼女を取り巻く三人の男たち(旦那である弁護士のカニング、帰国した元恋人のガブリエル、そして浮気相手のエアラン)とのダイアローグで進行するのですが、彼女の視線は対話中にも関わらず彼らと交錯しないのです。その姿勢は徹底していて、ソファに横並びで座るガブリエルとのダイアローグシーンなど、彼女は決して横を向こうとしません。
正面を真っ直ぐ見つめるゲアトルーズと横顔のガブリエル、キービジュアルからもこのテーマがすれ違いの愛であることが伺えます。

では、彼女が求めていた愛とは何だったのでしょうか。

元恋人のガブリエルは詩人として成功、今の旦那である弁護士のカニングは大臣の推薦を受ける予定、華々しい男に囲まれながらも彼女はどこか物足りなさそうに作曲家のエアランと浮気してしまいます。
冒頭、カニングとゲアトルーズのダイアローグによるロングショット。カニングは自らが大臣に推薦されていることを喜び、ゲアトルーズに大臣の嫁になるのはどうかねと尋ねる、それに対し浮かない顔のゲアトルーズ。自由主義を唱えていたガブリエルの写真をきっかけに、彼女は自身なりの愛に対する考えを吐露します。
貴方(カニング)は愛以外に心を奪われているものが沢山あると、私だけではなく仕事や名誉をも愛してしまっている、ここにゲアトルーズの愛に対する偏執的な態度が垣間見えます。
一貫している姿勢は、男の仕事と女の愛を対極に置こうとする男たちにゲアトルーズは嫌気が差しているということです。それであるが故に、仕事からも自由に見えるエアランに惹かれてしまうのでしょう。

そんな彼女の求めていた愛は、老後に彼女が友人アクセルに呟いた"Amor Omnia"というラテン語のフレーズでした。意味は「愛がすべて」です。彼女は自分だけを見つめてくれる最上の愛を求めていたのでした。
ウェルギリウスは彼の作品『牧歌』の中で"Omnia Vincit Amor"という「愛はすべてに打ち勝つ」という表現を用いたそうです。そして、このフレーズはしばしば愛の重要性を示すために、チョーサーの『カンタベリー物語』などでも引用されたのだとか。



ラブスタイル類型論 愛の終点

こうした最上の愛を求めた彼女の旅路は、アラン・リーが"The Colours of Love"(1973)で提唱したラブスタイル類型論と照らし合わせると非常に興味深いです。

◆リーの恋愛6類型
・ルダス(Ludus):遊びの恋愛
・プラグマ(Pragma):実用的な恋愛
・ストルゲ(Storge):友情的な恋愛
・アガペー(Agape):利他的な恋愛
・エロス(Eros):肉欲的な恋愛
・マニア(Mania):偏執的な恋愛
エロス・ルダス・ストルゲを愛の三原色、プラグマ・マニア・アガペーを副次的な愛とした。

本作の公開は1964年なので上記類型を意識して撮ってはいないですが、面白いことにゲアトルーズを取り巻く恋愛はこれらの型に当てはめることができるように思うのです。
彼女が求めた"Amor Omnia"は疑いようなくアガペーであったと言えるでしょうが、結局彼女の愛の旅路はどこに辿り着いたのでしょうか。

プラグマ(Pragma):実用的な恋愛【ゲアトルーズカニング】※
※カニングがゲアトルーズに期待していたもの
冒頭でカニングが誇らしそうに語る大臣への推薦話。薄々ゲアトルーズの心が離れていることを感じていたカニングが、「大臣」という肩書を利用して彼女を引き留めようとする苦肉の延引策でした。プラグマ的態度であっても、自らのもとに居てほしいという期待がカニングにはあったのでしょう。しかし、アガペーを志向していた彼女は彼の言葉に魅力を見出せません。

エロス(Eros):肉欲的な恋愛【ガブリエル⇒ゲアトルーズ】
元恋人のガブリエルは、昔忌避されていたエロスの概念を、自由主義的な思想に基づいた大衆的なものとして価値づけた詩人でした。彼はゲアトルーズに贈った鏡(処女/純潔の象徴)の左右の蝋燭に灯りを灯し、昔語りとともに再縁を迫りますが、彼女は彼の愛が肉欲的なものであったことを厭い蝋燭の火を消してしまいます。エロスで無理矢理再燃させようとした愛の拒絶です。

ルダス(Ludus):遊びの恋愛【エアラン⇒ゲアトルーズ】
背徳感もあってか、何ものにも縛られることなく自由に見えたエアラン。そんな彼に熱を上げていたゲアトルーズは駆け落ちを打診するほどのめり込んでいました。しかし、実のところエアランには既に婚約者がおり、彼女は彼の数居る浮気相手の一人に過ぎなかったのです。恋愛を人生を楽しむゲームとして捉えるエアランのルダスとしての態度でしょう。

アガペー(Agape):利他的な恋愛【ゲアトルーズの求めていたもの】
何を差し置いても私だけを見つめてほしいという彼女の求めた愛。エアランとの逃避行に対する期待は見事に裏切られてしまいます。

マニア(Mania):偏執的な恋愛【カニング⇒ゲアトルーズ】
ゲアトルーズの気持ちが戻らないことを悟ったカニングでしたが、それでもなお彼は彼女が傍にいることを望みました。例え浮気相手がいたとしても良いからと、彼女に対して異常な執着心を最後に見せるのです。これは一見、アガペーのようにも見えますが、彼は彼女のオーナーシップを得たいだけであり、結局彼女の心を揺さぶるまでには至りませんでした。

ストルゲ(Storge):友情的な恋愛【ゲアトルーズ⇒マクセル】
最終的にアガペーを期待したエアランに裏切られたゲアトルーズは、心理学を学びにパリに旅立つことになります。彼女がアガペーを諦めてから30年後、最終的に彼女の近くにいたのは友人のマクセルでした。そして、彼女は彼に"Amor Omnia"という叶わなかった言葉を告げるのです。

最終的に一人でいることを選んだゲアトルーズ。最後側に居たのは恋愛には至らなかった友人のアクセルでした。ストルゲで終わる彼女の愛を求める旅路。
アガペーなどは存在しないという悲観的なメッセージなのか、或いは性的なものを超越したストルゲを称えていたのか。アラン・リーが定義した愛の三原色を鑑みると後者なのかもしれませんね。


最新の画像もっと見る

post a comment