旅のプラズマ

これまで歩いてきた各地の、思い出深き街、懐かしき人々、心に残る言葉を書き綴る。その地の酒と食と人情に触れながら…。

政治・官僚の世界と忖度(そんたく)

2017-03-27 14:28:04 | 政治経済

 



 森友学園問題がマスコミ界を賑わすようになって、忖度(そんたく)という聞きなれない言葉が飛び交っている。広辞苑を引くと、「他人の心中をおしはかること。推察。」と出ている。共同社会を営む一般人間社会の中では、お互いに相手の心を推し量りながら、相手を傷つけず、できるだけ問題を起こさないように生きることは必要であろう。その意味では、忖度というのは大変良い意味の言葉であろう。
 ところが、今世間を騒がせている政治家、官僚がらみの事件にあっては、どうも悪だくみの陰にその忖度が働いているのではないかと報じられ、また世間もそう見ているのである。森友学園の籠池理事長は、安倍晋三首相夫人を名誉学園長に引っ張り出し、一時は学園名に安倍の名前を付けようとまでして安倍色を打ち出し、その意向を利用して有利な学園設立を図ろうとした。首相の名前をちらつかせられた官僚側は、当然その意向を「忖度して」要望に応えてきた、というわけだ。
 不穏を感じた首相夫人は名誉園長を辞退し、何も関係ありませんと言っているのであろうが、官僚に働きかけた事実が、FAXなどの物証として出てきた。確かに夫人が直接依頼した形跡は残していないが、「首相夫人付キャリア―官僚」が交渉にあたり、その結果を夫人に報告している事実までFAXには記載されている。相談を受けた官僚どもが、首相夫人、ひいては安倍首相からのからの意向、とその意を忖度して行動したことは十分に想像できる。
 首相は躍起になって「私も家内も一切かかわりない」を叫んでいるが、多くの一般国民はそれを信じていない。世論調査でも圧倒的多数が「首相側の説明は信じられない」としている。国民は、忖度という言葉を、そのむつかしい意味にもかかわらずよく理解しているのである。政治と官僚の世界では、現実には目に見えないが、お互いに忖度しあって悪だくみが行われているということを、長い歴史の中で知ってきたからだ。
 東京都の豊洲問題だって根は同じだ。東京ガスとの、あれほど大きな取引を水面下でやるというのだから、そもそも「忖度だらけ」といっていいだろう。東京ガスとどんな利害関係があったのか知らないが、とにかく「豊洲移転ありき」で上も下も忖度しあいながらことを進めてきた。その結果、最高責任者たちは、「下に任せた」、「聞いていない」、「記憶にない」と責任逃れで逃げまくる。
 忖度ほど目に見えないものはない。また、これほど憶測の飛び交う世界もない。しかし、真実はたった一つであるはずだ。それをこそ暴くのが、国会であり都議会であると思うのだが。

 

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「春はウララの…」とはいかない春

2017-03-18 11:12:23 | 時局雑感



 前々回、「春を求めて」と題して書いて、その春がようやくそれらしい姿を現してきたが、自然に反して人の世はちっとも春らしくない。「森友学園問題」、「防衛庁南スーダン日報隠ぺい問題」、「稲田防衛大臣ウソ発言問題」から、東京都議会の「築地・豊洲移転問題」や、「福島原発廃炉問題」など連日新聞やテレビを賑わして大混乱である。
 「森友問題」では、この種の事件で必ず登場する品格に欠ける人物、籠池理事長などが現れて、「何をしゃべり出すかわからない」と、政界もマスコミも浮足立っている。国有地を考えられない格安値段で買い取った金の問題もさることながら、教育勅語やビンタ教育、はては「安倍首相がんばれ!」と園児に斉唱させるなどを教育方針とする、およそ時代はずれの学園の存在自体にあきれ果てた。安倍首相側から百万円の寄付がうわさされているが、これだけ持ち上げてくれるのなら百万円など安いものだろう。
 稲田大臣は大臣としての資質があるのか? 答弁内容がたびたび変わり、しかも「本当に記憶にないんです」と涙ぐむなどは、感情の制御もできない人間のようだ。このような人間に国防の責任を負わせるなど、安倍首相の任命責任も重い。靖国派として単に自分と考えが合うからと言って大臣に引き上げるなどは、これまた首相の資質に欠けるのではないか?

 スポーツの方も騒がしい。待望の4横綱時代を迎えたと思ったら、白鵬は早くも2敗して5日目から休場、日馬富士、鶴竜も序盤で2敗、4横綱体制は早くも崩壊を始めたようだ。ただ新横綱の稀勢の里が快調、高安など新勢力が力を発揮し始めているので楽しみだ。時代は変わろうとしているのであろう。
 野球界では、ワールド・ベイスボール・クラシック(WBC)での侍ジャパンの活躍がさわやかだ。6連勝負けなしで準決勝入りとは頼もしく、またその戦いぶりが素晴らしい。中でも守備と攻撃の好循環—―菊池のファインプレーとその直後の筒香のホームラン、が話題を呼んでいる。特に2塁手菊池のファインプレーシーンが、たびたび画面に映し出される。2塁手などというのは一番地味な存在であるが、それがこれほど主役を務めるとは珍しい。オランダにもイスラエルにも、「菊池で勝った」といえるのではないか?
 大ファンの活躍に大満足している。こちらは政財界に比してさわやかだが、とても「春ウララ」という心境ではない。うれしい限りだが…。

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インフルエンザに罹る

2017-03-10 13:58:10 | 時局雑感

 



 全く予想していないことが起こった。インフルエンザに罹ったのだ。
 インフルエンザというのが多くの人が罹る著名な病気であることは知っていたが、それを自分が患うということは、なぜか想定していなかった。今になって考えれば、インフルエンザというものは、周囲の一般の人の病気で自分には関係がないものだという、実に非合理的な考えに陥っていたのである。当然のことながら予防注射などやったこともない。
 ところが、この予想だにしなかった病魔に襲われたのである。今月4日(土)、義兄(薫さん)が来たり、孫の遥人が来たりで何となくザワザワしていたが、夕方から喉がいがらっぽかったことを思い出す。5日(日)朝から発熱、8度台が続く(最高8度8分)。
 6日(月)は東京医大で目の注射の予定であったが慌てて取り消し、行きつけの内科医柴本先生に向かう。先生は一通り診て、「念のためにインフルエンザの検査をしましょう」と、いかにも当然の行為のごとく、綿棒みたいなものを鼻に突っ込む。そしてわずか1,2分後には、これまた当然のごとく、「ハイ、出ました。A型インフルエンザです。数日間、ひたすら寝てるほかないですね」といいながら、点滴治療(約10分)をやってくれた。
 私は狐につままれたような気分であったが、以降、医師の指示通り数種の丸薬を朝昼晩と飲みつづけ、ひたすら寝て過ごした。その結果、7日7度台から午後には6度台、8日から5度台の平熱に熱は下がった。8度台の6日は苦しかったが、その後は苦しむこともなく、かねて予想していたインフルエンザに罹ったという印象はあまりない。いまのところ妻や娘に移った形跡もない。ピアノやオペラのレッスンが続く娘へうつることを一番気にしていたが、どうやら大丈夫のようでホッとしている。
 自分はインフルエンザと無縁の存在、という非合理的な妄想に、なぜ取りつかれていたのかは全く分からない。それは何の合理性もないだけにあっけなく破られ、見事に罹病したが、その病気は想像していたほど大変な病気でもなかった。これまでに罹った最も軽い風邪、という印象であった。このままで終わるとすればの話であるが。

 もしかして俺は、インフルエンザではないのではないか? 世にいうインフルエンザは、やはり俺とは関わり合いがないのではないか? 柴本先生にそれを聞く勇気はないが……。

 

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春を求めて

2017-03-04 14:33:19 | 時局雑感

 



 季節の変わり目で、春ほど待ち遠しいものはない。夏と冬は、いつ変わったのかわからないことさえあるし、秋は暑さを逃れて涼を求める気持ちが強いが、秋を迎えるのは何となく寂しい。それに比して、春を迎える気持ちには希望がみなぎる。
 ところが、その春はなかなか来ない。今年も、立春を過ぎてすでに1か月を経過するが、寒い日が続く。「春は名のみ」である。しかし春を求める気持ちは強く、寒さをついていろんなところに出かける。2月18日、山びこの会の2月行事「葛西臨海公園を巡るえどがわ散歩」に参加した。臨海公園には、菜の花、水仙、河津桜が満開であった。


 
        
       

 2月25日には、府中郷土の森梅園に梅を訪ねた。なかなか立派な梅園で、中でも、しだれ梅が目を引いた。枝垂桜は豪華さを誇るが、初めて見た枝垂梅は、梅の清楚さを一層引き立て、なんとも奥ゆかしい風情であった。

  
         
                  
           

 ようやく3月を迎えて1日、我が家も遅ればせながら雛人形を飾った。恒例によりグランドピアノの上に飾る男雛と女雛だけであるが、今年はバックの屏風も一枚で、両側の灯篭も省略するという手抜きお飾り。それでも、レッスンに来る女の子たちには、一息の余裕を与えることだろう。それに合わせて、玄関の額絵(井堂雅夫画伯の版画)も、雪のシーから桜に変えた。
  直後、孫の遥人が現れたが、これはひな祭りには関係なく、部屋の中を走り回り、椅子にふんぞり返るやら、ロバのぬいぐるみをぶん投げるやら元気がいい。5月の端午の節句には満2歳を迎えるが、一足先に春爛漫である。

 
              
                           
   
 
                

 

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改めて小林多喜二の生涯に感動 … 多喜二祭に参加して

2017-02-26 14:42:04 | 文化(音楽、絵画、映画)

 

 

  2月20日は小林多喜二の命日(正確に言えば官憲の手により殺された日)である。だからこの前後に各地で多喜二をしのぶ会「多喜二祭」が開かれる。21日の「第29回杉並・中野・渋谷多喜二祭」に参加した。多喜二の後輩にあたる小樽商科大学卒の佐々木憲昭氏(元日本共産党参議院議員)が、多喜二の実像に詳しくふれた素晴らしい講演を行った。

 多くの人は小林多喜二を共産党員作家と認識しているだろう。確かに彼は共産党員として官憲の手にかかり虐殺される。しかし彼の29年4か月という短い生涯の中にあってさえも、共産党員として生きたのはわずか1年4か月であった。佐々木氏の年表によれば、28歳を迎えた1931年10月に日本共産党に入党となっている。
 あの全国一斉共産党弾圧事件を描いた『一九二八年三月十五日』(28年8月完成)も、最近になってベストセラーとなった『蟹工船』(1929年3月完成)も、また『東倶知安行』や『不在地主』なども、すべて共産党員となる前の作品である。もちろん彼は、前衛芸術家同盟に参加し、日本プロレタリア作家同盟の中央委員に選ばれたりしているので、波はすでに共産党員に劣らない活動をしていたのであろうが。
 私は、多喜二は、自分を確固としてプロレタリアートの立場に置き、虐げられた人たちの目線を離れずも、一党一派に属さず広く一般人の中に身を置くことによって、人間の普遍的課題を追及しようとしたのではないかと思っている。そこに、『蟹工船』などが一世紀近い時空を超えて若者たちに読まれ、ベストセラーになった理由もあるのではないかと思っている。
 もちろん時代はそれを許さなかった。治安維持法が極刑を死刑とするまでに改悪され、1931年9月満州侵略戦争が開始されるまでに及び、多喜二はその10月、日本共産党に入党し戦争反対はじめ諸活動の先頭に立つ。それは当然のことながら死を覚悟してのことであったであろう。そしてその通り、官憲は、死を賭して戦争反対運動の先頭に立つ多喜二を生かしておくことはできなかったのである。1933年2月20日、スパイの手引きにより多喜二を逮捕した築地警察署は、わずか数時間の拷問により多喜二を抹殺したのである。

 考え方の違い、思想の相違を理由に人間を捕らえまた抹殺する…、この治安維持法という悪法の罪を日本人は未だ裁いていない。しかもそのような悪法により、小林多喜二のような崇高な文学の作り手、かけがえのない作家を抹殺した国家的罪を裁いていない。それどころか、今再びその道を歩もうとする動きさえある。
 折しも、シカゴ大学出版局が日本のプロレタリア文学の短編・評論40作品を英訳し、「尊厳、正義、そして革命のために」と題して『日本プロれtリア文学選集』を刊行したというニュースがある。多喜二の文学ほど、この「尊厳、正義、そして革命のために」という題にふさわしいものがあろうか。日本は、この選集を逆輸入しなければならない遅れをとっているのではないか?

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奇々怪々な東京都の豊洲市場移転問題 … 百条委員会による徹底解明を望む

2017-02-20 14:25:50 | 政治経済

 

 

 東京都中央卸売市場の豊洲移転問題が、連日マスコミの話題になっている。昨年の盛土問題、汚染発覚などを契機に、追及すればするほど新たな問題が顕在化してきている。
 問題の根源は、2000年に石原慎太郎都知事の築地市場移転方針の命を受けた浜渦武生副知事の、東京ガスとのいわゆる「水面下交渉」に端を発するようだ。水面下交渉だから記録もなく、当時は何もわからなかったが今になって蓋を開けてみたら、その中身は大変な内容であったようだ。
 都は、東京ガスのガス工場跡地を手に入れるため、都が所有する「汚染されてないきれいな土地」と等価交換することにした。しかも、土壌汚染対策費として当時見込まれた580億円(昨年10月時点の見込み額は860億円)のうち東京ガスの負担は78億円と大まけし、加えて「東京ガス側は今後も対象土地の汚染対策費を負担しないこと」という契約を結び、いわゆる瑕疵担保責任を放棄したのである。土地や物品の売買で瑕疵担保責任のない取引など考えられない。それだけではない。新たに東京ガスに譲った土地の便宜を図って、①防潮護岸設備費用の全額都負担、②橋5本や道路の早期整備、③容積率の200%から400%への緩和、など大サービスまで約束したということだ。
 なぜそのようなことまでして汚染された土地を手に入れたのか? そもそも東京ガスは、「この土地は汚染されているから」と売却を渋っていたらしい。自分が今まで使ってきて、それが生鮮食料品を取り扱う市場には適さないことを一番よく知っていたのだ。それを、通常の取引では考えられない、まさに非常識といわねばならない取引条件で取得しようとした真意は何であったのか? 一般には、何か大きな見返りが贈られたのではないかと疑いたくなるが…?
 すべては水面下で行われたのだ。当時の都議会にはどの程度まで報告されていたのだろうか? いわんや都民には何も知らされていない。世の中には、本当のことは何も知らされないで不条理に血税が使われていたり、命や健康に直結する食料品市場などの建設が行われたりしているのである。
 しかし、これは結果論では済まされない。都議会は百条委員会を設置して徹底的に事実を解明し、石原都知事をはじめとした関係者の責任の所在を明らかにする必要がある。

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琉球泡盛「久米島の久米仙3升入り壺」を引き当てる … 紺碧会・東京に参加して

2017-02-12 13:41:50 | 

 

 

  紺碧会という泡盛を愛好する人たちの会がある。事務局が沖縄県酒造協同組合となっているので、沖縄を中心に全国各地にあるのであろう。その東京の会に参加した。年1回開いているようだが、第31回というからすでに31年続いているのだ。さすがに日本最古の蒸留酒として600年の歴史を誇る泡盛の会だけあって、それを飲む会もふさわしい歴史を誇っている。
 私は一昨年、義兄に誘われれて初めて参加したので今回が2回目。先輩たちに混じって遠慮がちに飲んでいると大変なことが起こった。この会の催しの一つに、協賛各酒造会社が提供する酒や沖縄の物産があたる抽選会があるが、その抽選会で「久米仙の泡盛3升が入った大壺」が当たったのである。
 帰りには「2000円相当の泡盛」をお土産にくれるというので、それだけはいただいて帰ろうと特に欲もなく、「海の邦10年古酒」などをチビチビやっていると、「首藤和弘さ~ん、…これはシュトウと読めばいいんですか? 首藤さ~ん」とマイクが叫ぶ。慌ててヒナ壇にかけ寄ると、「おめでとうございます。久米仙の大壺ですよ」と、大きな段ボール箱を渡された。受け取るとズシリと重い。それもそのはず、3升の泡盛が素焼きの壺に入っているのだ。ちゃんと汲み出し用の杓子まで付いている。
 私はこれまで随分と酒の会に参加してきた。その度に同じょような抽選会が催されることが多く、比較的あたりの多い方ではあったか、しかし、このような大きな賞を頂いたのは初めてだ。今思い返しても不思議に思えてならない。
 年の暮れから、齢を重ねてもいいことは何もない、長生きすればいいことがあるというのは大変な錯覚ではないか?…などと何度も書いてきた。しかし81年生きて(4月で82歳)初めて出くわすこんな喜びもあるのだ。人間、生きておれば何があるかわからないというべきか?
 ところで、この酒をいかに飲むか? 43度の酒3升というと、そう簡単には飲めない。もちろん一人だけで飲むつもりはさらさらない。まずは久米仙さんにお礼と報告の手紙を差し上げ、古酒の作り方でも教わることから始めよう。

  
       琉球泡盛久米仙の大壺
        
木札には、「容量5400ml、アルコール度数43度、原材料米こうじ(タイ産米)」とある 

 

 

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騒がしい年明け、早くも春を迎える

2017-02-06 16:32:56 | 時局雑感

 

  今年は喧噪の中で迎えた、という印象が強い。その最大の原因はトランプ大統領にあるように思える。就任前から物議をかもしてきたが、、就任後も落ち着くどころかますます拍車がかかっている。早くも立春だが、とても穏やかな春を迎えた気分ではない
 一国の、しかもアメリカという大国の大統領にしては、あまりにも品位がなく軽率な言動が多すぎる。それらもすべて計算の上で言っているのかもしれないが、無節操が過ぎると言わざるを得ない。一方的な入国拒否を突如として宣言するなど、アメリカの生い立ちと現状を考えると、不可能なことをやろうとしていると思う。アメリカから自由を除いて何が残るのだろうか、という根本的な疑問が生じる。しかも、その大統領令を差し止めた判事を、名指しで批判するなど、三権分立という民主主義社会の前提的な掟にも反する。
 恐ろしいことは、そのトランプを支持する層が半数に近いことを世論調査が示していることだ。反対する人たちは当然のことながらデモなどで行動に立ち上がっている。アメリカ(だけでなく世界を巻き込んでいるが)世論は真っ二つに割れて、トランプの任期中争いを続けるのだろうか? まさに喧噪の年明けである。
 個人的には、いつになく新年会(いわゆる飲み会)が多かった。その合間を縫って、三回目の目の注射に挑んでいる。昨夏の注射の効果が減じて視力が0.3~4に下がったので、1月25日注射に及んだ。その結果の検査が今日あって、視力は0.6まで回復したが、あと2回の注射を要するというのが主治医の診断だ。3月6日を予約してきた。こちらの方も騒がしい。
 そのような中で、大相撲稀勢の里の優勝と横綱昇進は素晴らしいニュースでかった。連日マスメディアを賑やかにしたが、このような喧騒は楽しい。鬱陶しいトランプ大統領や安倍首相の顔に比べて、同じ頂点に立つ横綱稀勢の里の笑顔がこんなに素晴らしいとは想像していなかった。彼も、「あと一勝」ができないここ数年の顔は鬱陶しかったが、あのような素敵な表情も持っていたのだ。
 孫の遥人は1歳と8か月になり、様々なことに反応するようになった。特に相撲に関心があるらしく、テレビの取り組みに興味を示す。その遥人が、優勝して感涙にむせぶ稀勢の里の姿に見入る写真を掲げておく。こちらは、穏やかな春を迎える風情である。

  
  なにか叫びながら指さす先には、
    
    優勝して感涙にむせぶ稀勢の里の姿が……
        
    字が読めるとはとても思えないが、取組表にも関心を示す
 
         
        
  

 

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孤と分断の時代の始まり … 1970年代のフォークソングが書き残したもの

2017-01-30 14:00:32 | 文化(音楽、絵画、映画)

 

  一月も終わろうとしているが、正月番組としてどこかの民放が放映した「フォークソング・ベスト30」という番組が印象に残っている。30位のさだまさし『関白宣言』に始まり延々と歌い継がれたが、そのベスト3は以下の通り。
 一位『なごり雪』、二位『時代』、三位『神田川』…。そして私が断固一位に押す『木綿のハンカチーフ』が七位に入った。ベスト30に選ばれた歌はいずれも素晴らしい歌ばかりであったが、以上の四曲をもって、いわゆる「フォークソングの時代」は言い尽くされているのではないかと思っている。作られた年代は、『神田川』1973年、『なごり雪』1974年、『木綿のハンカチーフ』と『時代』がいずれも1975年である。
 60年安保、70年安保という政治の季節を終えて、若者たちは複雑な挫折感を抱えながら高度成長時代という経済の時代に移ってゆく。住み慣れた故郷を離れ、華やかで喧噪だが同時に孤独が同居する経済戦争の渦中に巻き込まれていった時代であった。

 「また春が来て君はきれいになった」(なごり雪)が、その彼女を残して列車に飛び乗り、みんな東京へ出ていく。残された彼女は、「都会の絵の具に染まらないで帰ってきて」(木綿のハンカチーフ)とひたすら願いながら彼を待つ。しかし、日を追ってその絵の具に染まっていく。後ろめたさに「指輪を送ろう」とするが、彼女は、「星のダイヤも、海に眠る真珠も、きっとあなたのキッスほどきらめくものはない」と告げる。そしてついに「僕はもう帰れない」と告げる彼に、「さいごのわがまま、贈り物をねだるヮ」と、涙ふく木綿のハンカチーフを要求する…。何もいらないのである。彼が「草むらに寝転ぶ姿だけを待つ」ていたのだから。
 都会に集まる若者たちの生活は、夢と不安に満ちていた。三畳一間に同棲する二人は、「若かったあのころ何も怖くなかった」が、しかしその三畳の間には、「ただあなたの優しが怖かった」という不安も同居していたのである(神田川)。

 日本国民は、それぞれの町村にあって、大家族主義の下で自然とともに暮らしてきた。そしてこの1970年代に始まる高度経済成長の下で都市に集められ、「孤と分断」の時代を生きることを始める。親子三代、四代が共同して生きる牧歌的生活に終わりを告げたのである。都会での孤の生活は、出会いと別れを繰り返す不安定なものであった。
 その中で中島みゆきは、『時代』を書いて希望だけは失うまいと歌った。「今日は別れた恋人たちは 生まれ変わってめぐり会うよ 今日は倒れた旅人たちも 生まれ変わって歩き出すよ」
 あれから半世紀近く経ったが、「孤と分断」の様相は増している。これらの歌が、戦後日本を代表する歌として今に残るゆえんであろう。

 

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分断、孤立、排外主義的傾向を憂う … 英のEU離脱表明と、米のトランプ就任

2017-01-24 14:41:11 | 政治経済

 

 

  憂えていたことがだんだんと現実化してくる。英国民は、なんとかEU離脱を踏みとどまるのではないかと期待してきたが、ついに正式離脱表明となった。米国大統領選も、投票数で2,3百万票の差(クリントンの勝ち)がついているのであるから、これまた何とかならないかなど思っていたが、もちろんどうにもならない。選挙の結果を動かすことなど当然ながらできないのだ。
 何度も書いてきたが、21世紀は統合、融和、平和の方向が強まる世紀だと信じてきたが、事態は全く逆の方向に進んでいる(少なくとも現象面は)。トランプに至っては、人種、性別差別政策を前面に打ち出して恥じようともしない。米国第一主義を掲げて、他国との協調の姿勢を示すことはない。いくらなんでも本当にメキシコとの国境に壁を築くことはしないと信じてきたが、これも現実化しそうだ。
 大国とか小国とか区別したくはないし、大国だからどうあるべきだとあまり言いたくないが、とはいえ世界全体の政治経済に現実に大きな影響を持つ大国には、それなりの責任と品位ある振る舞いが求められるのではないか? 大国を率いるリーダーは、同時に世界のリーダーとしての人格、品性、理性を求められるのではないか? 
 トランプの就任演説には、そのような品性や品格は全く感じられなかったし、自由や民主主義という人類が求め、深めて到達してきた理念を進めようとする姿勢も感じられず、むしろ逆に、自国と自己の欲求の赴くままに進むことだけを宣言したかに見える。大国のリーダーとして最低ではないか? ただ、これだけ利己主義的な姿勢を隠すことなく白状した正直さには、驚きとともに感心せざるを得なかった。
 たった一つの救いは、多くのアメリカ人と各国国民が、それに反対する声を上げたことだ。就任反対のデモはアメリカ全土に及んだだけでなく、世界の有数都市で行われ、その数は8百万人に及んだとも報じられている。トランプ政策は一層矛盾を深めていくに違いないので、これら世界の良心に依存して戦いを進めていくしかないのであろう。

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