ミホに最後に会ったのは10日前になる。
ミホのバイト休みに合わせて時間が取れそうだったので、前日の夜電話を入れた。
「ドコに行くの?」
久し振りのデートだったので、ミホの声も弾んでいた。
「ホテル! 丘の上のスカイパークホテルだ。」
「え?・・・う・・うん。迎えに来てくれるの待ってる。」
「?・・・ああ、迎えに行くよ。じゃあ明日。」
後で知った話だが、ココのホテルは部屋から見える夜景が綺麗だと巷のカップルの間では有名であるらしい。・・・俺は知らなかったが。
当日迎えに行くと、ミホはいつものデートの時よりめかし込んだ格好をしていた。だが俺はそんな事に気付かずミホをホテルのイベントホールに引っ張って行った。
「ケーキバイキング・・・?」ミホは少しうつろな声で言った。
「そう! 楽しみにしてたんだ~。時間制限は無いからさ、好きなだけ食べられるぜ。」
小躍りしながらホールに入って行く俺はこの時ミホがどんな表情をしていたのか見ていない。
「信号。変わったわよ。」
MANAの声にハッと我に返った。
後ろの車からもクラクションを鳴らされ、俺は慌ててアクセルを踏んだ。
結局あの日、ミホはほとんどケーキを食べなかった。
「どうした? 具合でも悪いのか?」
帰りの車の中での俺の質問にも、「もういい。」と窓の外を見ていた。
あれから10日。連絡は全く無しである。
さすがにマズいかも知れない。
腕時計に目をやると、ラジオ局の入り時間までにはまだ余裕があった。幸いミホがバイトをしている「ポミエ」は通り道である。
「ちょっと寄り道をしますよ。差し入れを買って来ます。」
「寄り道なんかしないで、早く行けばいいじゃない!」
どうやらMANAは一刻も早くミズホに会いたいらしい。
「差し入れを持って行けば、ミズホも喜びますよ。」
「・・・じゃあ早くしてよね。」
なんとなく扱い方のコツがつかめたかも知れない。
店の近くのパーキングエリアに車を停めると俺はほとんど駆け込むようにして「ポミエ」のドアを開けた。
「いらっしゃいませ。」
低いカウベルの音に続いて、渋い男性の声が聞こえた。
店内にミホの姿はなく、代わりに店長が店舗の奥の工房から出て来た。
「あ、どうも・・・。」何となく気まずく頭を下げる。
店長は俺の顔を見ると、何かに気付いたように「ミホなら今日は休みだよ。試験前なんだそうだ。」と言った。
「いえ、今日は・・・ケーキを買いに来たんです。」
本当はミホに会いに来たのだが、さすがにそうは言えない。
俺はショーケースに残ってる中からいくつか選び、箱に詰めてもらった。
店長は元々この店を一人で切り盛りしていたのだそうで、実に手際が良かった。
「あの・・・。差し出がましい事を聞くようだが・・・。」
箱を差し出しながら、店長は低い声で俺に問いかけた。
「キミはミホの事をどう思っているんだ?」
「!!」直球過ぎるその言葉に、一瞬受け取る手が止まった。俺自身が一番気になっていた問題だ。
俺は一度手を引っ込めた。バカな考えかも知れないが、ちゃんと答えないとケーキを受け取れない気がした。
「ミホは・・・俺にとって一番大切な人です。俺と年が離れている事も、彼女に将来がある事も分かっています。でも・・・いや、だからこそ俺がミホを守ってやりたいと思っています。」
一時、店内に静寂が流れた。
店長はニッコリと相好を崩すと、改めてケーキをこちらに差し出した。
「そうか。いや、私がそんな事を聞く立場じゃないのは分かっているんだがね・・・。ココ最近ミホがなんとなく沈んでいる様だったから、どうかしたのかと思ってね。」
「はあ。」
俺は肩の力が抜けたような気がした。今まで俺に足りなかったあと一歩が分かったようにも思えた。
「あの娘は芯の強い娘だよ。でもだからと言って、何の支えも無しに生きていけるほど人間は強くない。ミホの事は・・・キミが支えてやってくれ。」
「・・・はい!」
店を出ると、初夏の風が心地良かった。
ミホに電話をかけようかとも思ったが、入り時間が迫っているのを思い出し、慌てて車に走った。
つづく
ミホのバイト休みに合わせて時間が取れそうだったので、前日の夜電話を入れた。
「ドコに行くの?」
久し振りのデートだったので、ミホの声も弾んでいた。
「ホテル! 丘の上のスカイパークホテルだ。」
「え?・・・う・・うん。迎えに来てくれるの待ってる。」
「?・・・ああ、迎えに行くよ。じゃあ明日。」
後で知った話だが、ココのホテルは部屋から見える夜景が綺麗だと巷のカップルの間では有名であるらしい。・・・俺は知らなかったが。
当日迎えに行くと、ミホはいつものデートの時よりめかし込んだ格好をしていた。だが俺はそんな事に気付かずミホをホテルのイベントホールに引っ張って行った。
「ケーキバイキング・・・?」ミホは少しうつろな声で言った。
「そう! 楽しみにしてたんだ~。時間制限は無いからさ、好きなだけ食べられるぜ。」
小躍りしながらホールに入って行く俺はこの時ミホがどんな表情をしていたのか見ていない。
「信号。変わったわよ。」
MANAの声にハッと我に返った。
後ろの車からもクラクションを鳴らされ、俺は慌ててアクセルを踏んだ。
結局あの日、ミホはほとんどケーキを食べなかった。
「どうした? 具合でも悪いのか?」
帰りの車の中での俺の質問にも、「もういい。」と窓の外を見ていた。
あれから10日。連絡は全く無しである。
さすがにマズいかも知れない。
腕時計に目をやると、ラジオ局の入り時間までにはまだ余裕があった。幸いミホがバイトをしている「ポミエ」は通り道である。
「ちょっと寄り道をしますよ。差し入れを買って来ます。」
「寄り道なんかしないで、早く行けばいいじゃない!」
どうやらMANAは一刻も早くミズホに会いたいらしい。
「差し入れを持って行けば、ミズホも喜びますよ。」
「・・・じゃあ早くしてよね。」
なんとなく扱い方のコツがつかめたかも知れない。
店の近くのパーキングエリアに車を停めると俺はほとんど駆け込むようにして「ポミエ」のドアを開けた。
「いらっしゃいませ。」
低いカウベルの音に続いて、渋い男性の声が聞こえた。
店内にミホの姿はなく、代わりに店長が店舗の奥の工房から出て来た。
「あ、どうも・・・。」何となく気まずく頭を下げる。
店長は俺の顔を見ると、何かに気付いたように「ミホなら今日は休みだよ。試験前なんだそうだ。」と言った。
「いえ、今日は・・・ケーキを買いに来たんです。」
本当はミホに会いに来たのだが、さすがにそうは言えない。
俺はショーケースに残ってる中からいくつか選び、箱に詰めてもらった。
店長は元々この店を一人で切り盛りしていたのだそうで、実に手際が良かった。
「あの・・・。差し出がましい事を聞くようだが・・・。」
箱を差し出しながら、店長は低い声で俺に問いかけた。
「キミはミホの事をどう思っているんだ?」
「!!」直球過ぎるその言葉に、一瞬受け取る手が止まった。俺自身が一番気になっていた問題だ。
俺は一度手を引っ込めた。バカな考えかも知れないが、ちゃんと答えないとケーキを受け取れない気がした。
「ミホは・・・俺にとって一番大切な人です。俺と年が離れている事も、彼女に将来がある事も分かっています。でも・・・いや、だからこそ俺がミホを守ってやりたいと思っています。」
一時、店内に静寂が流れた。
店長はニッコリと相好を崩すと、改めてケーキをこちらに差し出した。
「そうか。いや、私がそんな事を聞く立場じゃないのは分かっているんだがね・・・。ココ最近ミホがなんとなく沈んでいる様だったから、どうかしたのかと思ってね。」
「はあ。」
俺は肩の力が抜けたような気がした。今まで俺に足りなかったあと一歩が分かったようにも思えた。
「あの娘は芯の強い娘だよ。でもだからと言って、何の支えも無しに生きていけるほど人間は強くない。ミホの事は・・・キミが支えてやってくれ。」
「・・・はい!」
店を出ると、初夏の風が心地良かった。
ミホに電話をかけようかとも思ったが、入り時間が迫っているのを思い出し、慌てて車に走った。
つづく