空に続く坂道

長崎在住の宗雲征吾(そううんしょうご)が
喰ったり呑んだり、好き勝手に語ります。
時々短編小説も書きます。コメント歓迎。

「こんな話。vol.8」③

2007-09-24 23:12:33 | 小説の日々
 ミホに最後に会ったのは10日前になる。

 ミホのバイト休みに合わせて時間が取れそうだったので、前日の夜電話を入れた。

「ドコに行くの?」

 久し振りのデートだったので、ミホの声も弾んでいた。

「ホテル! 丘の上のスカイパークホテルだ。」

「え?・・・う・・うん。迎えに来てくれるの待ってる。」

「?・・・ああ、迎えに行くよ。じゃあ明日。」

 後で知った話だが、ココのホテルは部屋から見える夜景が綺麗だと巷のカップルの間では有名であるらしい。・・・俺は知らなかったが。

 当日迎えに行くと、ミホはいつものデートの時よりめかし込んだ格好をしていた。だが俺はそんな事に気付かずミホをホテルのイベントホールに引っ張って行った。

「ケーキバイキング・・・?」ミホは少しうつろな声で言った。

「そう! 楽しみにしてたんだ~。時間制限は無いからさ、好きなだけ食べられるぜ。」

 小躍りしながらホールに入って行く俺はこの時ミホがどんな表情をしていたのか見ていない。



「信号。変わったわよ。」

 MANAの声にハッと我に返った。

 後ろの車からもクラクションを鳴らされ、俺は慌ててアクセルを踏んだ。

 結局あの日、ミホはほとんどケーキを食べなかった。

「どうした? 具合でも悪いのか?」

 帰りの車の中での俺の質問にも、「もういい。」と窓の外を見ていた。

 あれから10日。連絡は全く無しである。

 さすがにマズいかも知れない。

 腕時計に目をやると、ラジオ局の入り時間までにはまだ余裕があった。幸いミホがバイトをしている「ポミエ」は通り道である。

「ちょっと寄り道をしますよ。差し入れを買って来ます。」

「寄り道なんかしないで、早く行けばいいじゃない!」

 どうやらMANAは一刻も早くミズホに会いたいらしい。

「差し入れを持って行けば、ミズホも喜びますよ。」

「・・・じゃあ早くしてよね。」

 なんとなく扱い方のコツがつかめたかも知れない。



 店の近くのパーキングエリアに車を停めると俺はほとんど駆け込むようにして「ポミエ」のドアを開けた。

「いらっしゃいませ。」

 低いカウベルの音に続いて、渋い男性の声が聞こえた。

 店内にミホの姿はなく、代わりに店長が店舗の奥の工房から出て来た。

「あ、どうも・・・。」何となく気まずく頭を下げる。

 店長は俺の顔を見ると、何かに気付いたように「ミホなら今日は休みだよ。試験前なんだそうだ。」と言った。

「いえ、今日は・・・ケーキを買いに来たんです。」

 本当はミホに会いに来たのだが、さすがにそうは言えない。

 俺はショーケースに残ってる中からいくつか選び、箱に詰めてもらった。

 店長は元々この店を一人で切り盛りしていたのだそうで、実に手際が良かった。

「あの・・・。差し出がましい事を聞くようだが・・・。」

 箱を差し出しながら、店長は低い声で俺に問いかけた。

「キミはミホの事をどう思っているんだ?」

「!!」直球過ぎるその言葉に、一瞬受け取る手が止まった。俺自身が一番気になっていた問題だ。

 俺は一度手を引っ込めた。バカな考えかも知れないが、ちゃんと答えないとケーキを受け取れない気がした。

「ミホは・・・俺にとって一番大切な人です。俺と年が離れている事も、彼女に将来がある事も分かっています。でも・・・いや、だからこそ俺がミホを守ってやりたいと思っています。」

 一時、店内に静寂が流れた。

 店長はニッコリと相好を崩すと、改めてケーキをこちらに差し出した。

「そうか。いや、私がそんな事を聞く立場じゃないのは分かっているんだがね・・・。ココ最近ミホがなんとなく沈んでいる様だったから、どうかしたのかと思ってね。」

「はあ。」

 俺は肩の力が抜けたような気がした。今まで俺に足りなかったあと一歩が分かったようにも思えた。

「あの娘は芯の強い娘だよ。でもだからと言って、何の支えも無しに生きていけるほど人間は強くない。ミホの事は・・・キミが支えてやってくれ。」

「・・・はい!」

 店を出ると、初夏の風が心地良かった。

 ミホに電話をかけようかとも思ったが、入り時間が迫っているのを思い出し、慌てて車に走った。


     つづく

「こんな話。vol.8」②

2007-09-20 00:26:51 | 小説の日々
 それからの1週間は筆舌に尽くしがたい。

 取材からテレビ出演からモデルとしての仕事から、仕事自体が多いのに加え、移動ごとに日増しに増えるファンから隠れ、何を期待してるのか分からない写真週刊誌をやり過ごし、未だにあきらめの悪い(しつこいようだがこの業界では当然の事だ)大手プロダクションからの誘いを断り続けているのだ。

 さらに厄介な事には・・・。

「ちょっと! マネージャー!」

 コレである。

「どうしました?」

「どうしましたじゃないわよ! メイクの手配はどうなってんの?」

「メイクさんならここの出版社の専属の人がいるでしょう?」

「違う仕事のたびに別々の人にメイクされたんじゃ「MANA」のイメージが変わっちゃうわ。肌にだって良くないし!」

 ・・・コレなのである。

 仕事柄、ワガママな人間の相手をする事は多いが、ジブンの担当がそれであった経験があまりなかったので、いいように振り回されている。

 ジブンの価値を理解している17才の女のコほど手におえないものはない。



 それでもなんとか撮影を終え、移動の為にクルマに乗り込む。

 もちろん運転するのは俺である。MANAが専属の運転手を付けろと言い出さない事を祈るばかりだ。

「次はドコ?」

 お姫様はあまりご機嫌麗しくないようで、後部座席からけだるそうに聞いてきた。

「ラジオ局です。ウチの所属の「Nut's」がパーソナリティやってるラジオ番組に生放送でゲスト出演して頂きます。19時40分入りのリハ無しで20時オンエア。」

 海外で実績を積んでの日本再デビューとは言え、デビューしたばかりの新人がリハーサルにすら出なくて良いという優遇ぶり。調子に乗るのも当然だろう。

「Nut'sに会えるの?」

 MANAは後部座席から身を乗り出して聞いてきた。

「Nut'sを知ってるんですか?」

「知ってるわ。大ファンなの!」

 意外であった。

 Nut'sというのは俺が以前スカウトしてウチからデビューさせたバンドである。

 ヴォーカルのミズホ、ギターの槙、ドラムの志賀、ベースでリーダーのリンさんの4人組で、この半年で2枚のシングルをリリースしたものの売れ行きはパッとしない。

 実力はひいき目無しにあると思うのだが、決定的なパンチに欠けると言うか・・・事務所の宣伝力の無さも否めない。

 もっと大きな媒体で売り出せればと常々思ってるんだが・・・。

 おっと、脱線した。とにかくそんなバンドなのでアメリカから来て日が浅いMANAが知ってるとは思わなかったのだ。

「向こうで日本人のモデルのコから教えてもらったの。ミズホの声ってサイコー!」

 俺の考えを察してかMANAは補足して説明した。

「ああ・・・なるほど。」俺は納得した。

 ついでとばかりに1週間前の疑問もぶつける事にした。

「もしかして、Nut'sがいるからウチの事務所を選んだんですか?」

「まさか! それはただの偶然。プロダクションはあたしが選んだんじゃないわ。パパの命令。」

「命令?」

「日本で仕事するんなら「ケイ・オフィス」以外許さないって・・・。いつだって勝手に決めちゃうんだから・・・。」

 MANAは組んだ足の上で頬杖をつき、すねたように呟いた。

 そしてバックミラー越しの俺の視線に気付くと、「変な事聞かないでよ!」と俺を睨みつけた。

 一瞬だけMANAの素顔が見えたような気がした。


       つづく

大喜利姉弟。

2007-09-15 19:44:32 | 行動の日々
 ケンタッキーを買ってきたのだが多かったので、甥っ子におすそ分けを持って帰らせた。

 姉からメールが届く。

『ケンチキありがとう。ちなみにウチの晩ご飯唐揚げさね。胸身の唐揚げとももの照り焼き。さらにケンチキ。』

 返事を出す。

『ネコをかぶるでなくて、トリがかぶったワケやね。上手くも面白くも無いが。』

 さらに返信が来た。

『残さずチキンといただきます。ウマイね私。』


 ・・・何だろう、このバカ姉弟?

「こんな話。vol.8」①

2007-09-13 22:37:09 | 小説の日々
『マイ・フェア・スウィート・レディ』


 よくある話だが、ケーキを買った店で財布を忘れた。

 気付かず店を出た俺を店員の女の子が追いかけて来てくれたのだが、領収書を切った時に「宛名は上で。」言ってたのが良くなかった。

 彼女はこう叫びながら追いかけて来たのだ。

「上様~! 財布をお忘れですぅ~!」

 俺が買ったばかりのケーキを落っことさんばかりにコケそうになったのは言うまでもない。


 次にそのケーキ屋「ポミエ」に行った時、彼女は俺を覚えていた。

「あ! 上様。」

「じゃなくて。九条です。九条タカフミ。」

「ゴメンなさい。アタシはミホです。神田ミホ。」

 それから何度か店に通い、ある日俺は彼女をデートに誘った。

 彼女は快く返事してくれた。

「ここのバイトは月曜日がお休みだから、学校が終わってからならダイジョウブですよ。」

「学校? 大学?」

「ううん。高校。」

 その時俺は初めてミホが12歳年下の高校1年生だと知った。

 ちょっとだけ「ヤバかったかな?」後悔した事は今でもミホに秘密にしている。


 映画館とか水族館とか遊園地とか、何度か健全なデートを重ねるうちに次第にミホの事が分かってきた。

 母子家庭で小さい頃から母親と2人暮らしである事、将来ケーキ職人を目指して今のバイトをやっている事などだ。

 言い訳をするワケではないが、ミホが高校生だと思えないくらい大人びて見えたのは、精神的に自立しているその辺りに理由があるのであろう。

 あと、父親を知らないが故に俺のような年上のオトコに心惹かれるのかも知れないとも思った。

 俺の邪推かも知れないが。


 何だかんだ言って、俺はミホの明るさや優しさに魅力を感じているし、不思議な事に彼女も俺の事を気に入っているらしい。

 ケッコウいい感じで付き合っているんだと思う。

 ただ最近、俺のあと一歩踏み込めない意気地の無さが2人の間に壁を作っている・・・そんな気がしていたし、俺はそれを仕事の忙しさのせいにしていた。



「九条・・・ちょっと! 九条聞いてんの?」

 ヒステリックな声に、俺はハッと我に返った。

 どうやら考え事をしていたらしい。

「えっと、すいません。何でしたっけ?」

「アンタ仕事中に他の事考えるヒマがあるなんて随分余裕ね。」

 俺は「ケイ・オフィス」と言う芸能プロダクションで働いている。

 芸能プロダクションと言っても、社員と所属タレント合わせて20人に満たないごく小さな会社である。

 だがそれだけに社員1人1人の受け持ちは幅広く、責任は重い。

 中でも目の前のこの女社長から課される重責たるや尋常な物ではない。

 見た目こそ仕事の出来るキャリア美人だが、その毒舌と押しの強さは業界でも「泣く子も凍らせる」と評される程である。

「もう1回だけ言うわよ。MANAの担当アンタに決まったから。当面は雑誌とかの取材がメインだけど、近いうちにモデルや他の仕事も増やしていくからスケジュール管理は充分に気をつけてね。」

「えっ? MANAの移籍ってもうそこまで話が進んでたんですか?」

「九条アンタいつの話してんの? 先週からずーっとボーっとしてたんじゃないでしょうね?」

 MANAというのはアメリカでファッションモデルとして活躍している17才の女の子である。

 アメリカ人の父と日本人の母を持つMANAは持ち前のオリエンタルな風貌と年に似合わぬクールな表情がウケて人気が急上昇し、向こうでは老舗と言われるファッション誌の表紙を飾った事で日本でも有名になった。

 その才能はモデルのみならず、CDデビューこそまだだが、アマチュアバンドのヴォーカルとしてもかなりの人気であるらしい。

 そのMANAが活動の場を日本に移すと公式に発表したのがつい先月の事である。

 異例とも言える急な話に日本の大手のプロダクション達はこぞって自分の事務所に引き入れようとしたのだが、当のMANAはそれらを全て蹴って我が「ケイ・オフィス」に白羽の矢を立てた。

 それが先週の事である。

 面食らったのは我々「ケイ・オフィス」側である。

 あきらめの悪い(この業界では当然の事だ)大手側はあれやこれやとウチの社長に打診してきたようだが、どういう話になってたかは聞かされていない。

 俺自身の予想では、社長の事だから物凄い交換条件を付けて他所に引き渡すつもりだろうと思っていた。

 大きく売れる可能性のあるタレントは大きなスキャンダルを抱え込む可能性もある爆弾のような物だからだ。

 ウチのような小規模経営が手を出すところではない。

 だが社長はその爆弾を抱え込む事にしたらしい。

 俺も逆らわない事にしておいた。

「分かりました。で、本人はいつ日本に来るんです?」

「今日よ。取材の申し込みはもう何件か受けてあるから、空港に迎えに行ったらその足で行って来て頂戴。あとこれはMANAが今日から住むマンションのカギと地図。女性のスタッフも1人行かせるから、引越しの片付けもやってあげて。」

 社長は当たり前のように俺にカギと地図とすでに大量に付箋が挿まれたスケジュール帳を渡した。

「んなっ!?」

 そんな急に言われても。そう言おうとした俺を社長は「何?」と上目づかいに睨み付けた。

 大きく開いた胸元で形の良い胸の谷間が「反論無用!」と主張していた。


     つづく