sweet キャンディキャンディ

伝説のマンガ・アニメ「キャンディキャンディ」についてブログ主が満足するまで語りつくすためのブログ。海外二次小説の翻訳も。

水仙の咲く頃 第4章-2 |キャンディキャンディFinalStory二次小説

2011年07月26日 | 水仙の咲く頃
キャンディキャンディFinalStoryファンフィクション:水仙の咲く頃
By Josephine Hymes/ブログ主 訳


豪奢な黒塗りのロールスロイスはミシガン・アベニューからニア・ノースサイドへと走った。間もなく高層ビル群を抜け、パーマー・ハウス(訳者注*1871年創業のシカゴを象徴するホテル)の近くに立ち並ぶ、ゴールド・コーストの裕福な住宅街が景色の向こうに見えてくる。アードレー家の邸宅は、シカゴの街から離れたその住宅街の一番端に建っていた。邸宅を取り囲む広大な庭の向こうには、中西部の田舎の息をのむような金色の紅葉がずっと続いていた。

車がやっと邸宅の正面玄関の前に停まると、小さな男の子が弾丸のように家から飛び出してきて正面の階段を降り、キャンディのひざにぶつかってきた。キャンディは、おのずとその小さな甥を両腕で抱きしめた。

「キャンディおばちゃん! キャンディおばちゃん! なかくかかったね!」 キャンディが両腕で持ち上げると、その男の子はキャンディの顔を小さな両手で挟みながら言った。

「ながくかかった? 待たせちゃったのね、ステア?」 その子が丸い眼鏡をかけていることに驚いてキャンディは聞いた。「この眼鏡はどうしたの?」

「パパからのたんじょうびのプレゼント」 男の子は眼鏡の縁を触りながら説明した。「ぼくはもうおおきなこともだよ」

「おおきなこどもね?」 キャンディは訂正しながら言った。「とってもハンサムに見えるわよ!」

その子がごく自然に同意したので、キャンディは笑った。

「頭のいい男の人はみんな眼鏡をかけていることを知っているのね? ステアおじさんもいつも眼鏡をかけていたのよ」

キャンディが言ったことを理解しようとして、男の子は顔をしかめた。

「バートおじちゃんはこ本をよむときにするよ」 そしてあごに小さな人差し指を当てて考えた。「でもパパはめかねをしないよ」

「そうね、ステア……家族の中で頭がいいのはステアおじちゃんだったのよ」 キャンディはクスクス笑いながら言った。

「悪い娘が陰でぼくの悪口を言ってるな」 男性が言う声を聞いて顔を上げると、アーチーボルド・コーンウェルのハシバミ色の瞳と目が合った。

「陰で言ってないわよ。わたしはアーチーがスーツやタイの話をする時にはいつだって、ばかばかしいって言ってきたじゃない」 子どもを地面に降ろしながらそう言い返すと、いとこのアーチーをしっかりとハグした。「でもそんなアーチーが大好きだってことも知っているでしょ?」

アーチーはキャンディの頬にキスすると、手をとって自分の曲げた腕に回した。

「きみこそ、ハグさえすればどんな失礼な発言でもみんなが許してくれると思っている、おてんば娘のままじゃないか」 温かな笑顔を浮かべてアーチーも言い返した。

「みんなかどうかは分からないけど、わたしの親愛なるアーチーは、いとこのキャンディにいつまでもぶつぶつ言い続けられないことは知ってるわ」

「否定したいのはやまやまだけど、確かにそうだ」 アーチーが認めた。

「眼鏡は必要なの?」 男の子がアルバートさんの方へ走っていくのを見ながら、キャンディは声をひそめて聞いた。

「残念ながらそうなんだ。階段でつまずくし、ぬり絵で遊ぶのも難しい。あの子が兄きに似ているとキャンディが言っていたのも、あながち間違ってなかったみたいだよ」

「でも、眼鏡をかけたあの子はほんとに可愛らしいわ」 キャンディは、アルバートさんがその男の子を肩に乗せている様子を見ながら明るく言った。

「わたしも同感よ」 別の女性の声が会話に加わった。「会えてうれしいわ、キャンディ」

「まぁアニー!」 キャンディが叫んだ。姉妹のようなアニーに会うのはいつでもうれしい。「すごく会いたかった」

キャンディはアーチーの側を離れ、アーチーの時と同じような熱心さでアニーをハグした。

「旅はどうだった、キャンディ?」 アニーはキャンディを一心に見つめながら聞いた。

「ええっと、そうね、旅は大成功だったわよ。来年には子どもたちに素晴らしいことをしてあげられるわ。想像できる、アニー? 養子にもらわれなかった子どもたちが、もしそうしたければ大学に行けるようになるのよ!」

「それはすごいことだよ、キャンディ」 仲間に加わってアルバートさんが言った。「その話をみんなにも聞かせてくれないか」

「そのお話は昼食後までお預けよ」 アニーがキャンディの手をつかみ、男性たちに笑いかけながら口をはさんだ。「キャンディとわたしは話があるのよ。女同士の話よ。わかるでしょ」 何か言われる前にアニーはキャンディを連れて階段を上り、巨大な大広間を横切った。

二人は、光沢のある寄木細工床と白漆喰の花模様の天井、そして柔らかなミント色の壁で飾られた部屋に入った。そこはシカゴの邸宅のキャンディの部屋で、女中がすでにキャンディの洋服をウォークインクローゼットにかけているところだった。

「マリア、少し席を外してもらえるかしら?」 アニーが部屋付きの女中に声をかけると、キャンディが何か言う前に女中はお辞儀をして出て行った。

「ねぇ、アニーったら、最後までやらせてあげればよかったのに。でもまぁ、よく考えたら自分でできるわね……お願いだから後でマリアを煩わせないであげてね」

キャンディは帽子を脱いで白い化粧台の上に置き、コートをクローゼットにかけた。整理整頓するようにしつけられてきたので、他の洋服やコートもしまいながらアニーと会話をすることにした。アニーは大きなフランス窓の横にある縞模様の二人掛けの椅子に座り、しばらくの間キャンディがてきぱきと部屋の中を動き回る様子を観察した。

「アニーが聞きたいのはサットンご一家と、ご一家のボストンの新しいお屋敷のことでしょ?」 アニーが二人きりになりたかったのは、自分が旅行中に集めた最新のゴシップを知りたいからに違いないと考えて、キャンディは笑顔で聞いた。

「それは後でいいのよ」 アニーは両手をひざに乗せ、ためらった。「それよりもまず、他のことが聞きたいの。例えば……ピッツバーグでのテリィのお芝居はどうだった?」

その出し抜けな質問は、キャンディの顔から一瞬にして笑顔を消し去った。その代わり、これ以上ないと言うほど大きく目を見開き、口は開いたまま物が言えなくなっていた。

「キャンディス・ホワイト・アードレー、今度もわたしに嘘をつくつもり? あなたがピッツバーグで彼に会ったことは分かっているのよ!」 アニーは指を立てて警告した。

「ア、アニー? ど、どうしてわたしがテリィに会ったなんて思うの?」 キャンディはアニーの確信のある物言いにあ然とし、口ごもりながらやっとの思いで聞いた。

「アードレー嬢、あなたは確かにテリィに会ったし、それを今ここでぜんぶ白状しなければだめよ。それから、お願いだから今回は、旧友を温めあっているだけっていう話をわたしが信じるとは思わないでね。そんな話はもう一言も信じませんからね」

「アニー……何を話したらいいのか……」 アニーの隣に腰を下ろし、いつからアニーは透視能力を持つようになったのだろうと不思議に思いながら、キャンディはぼそぼそと言葉を発した。

なかなか話そうとしないキャンディの様子にもどかしくなり、アニーは立ち上がると化粧台の引き出しから新聞を取り出して、キャンディのひざの上に投げた。

「ここから説明を始めてみるのはどう?」 胸の前で腕を組んでアニーは言った。

ペンシルバニア駅でテリィが自分に口づけをしている写真を見て、キャンディの目は飛び出そうになった。このような騒動の一部になるとは夢にも思ったことがなく、顔面蒼白になった。

「あぁ神様!」 やっと言葉を発することができるようになるとキャンディは言った。「フラッシュライトにまったく気が付かなかったわ。カメラマンも見なかったし……」

「それはあなたが目をつぶっていたからじゃないかしら」 アニーはクスクス笑いながら憶測した。

「からかわないでよ、アニー。これからどうしたらいいの?エルロイ大おばさまはこのことをご存じ?」 明らかに不安げな顔でキャンディは聞いた。

「ねぇキャンディ。そんな大げさなことではないわ。わたし以外の誰も知らないことよ」 キャンディを落ち着かせようとアニーは言った。

「でも新聞に載っていたら誰でも見られるじゃない!どうしてアニーしか知らないことだなんて言えるの?」

「キャンディがテリィにすっかり夢中なのはわかったわ。新聞をちゃんと見てちょうだい。あなたの名前は明らかになっていないし、その写真では顔もわからないでしょう?」

キャンディがもう一度その記事を見ると、確かにアニーの言う通りだった。ピッツバーグのペンシルバニア駅で、テリュース・グレアムが正体不明の女性と口づけを交わしているのが目撃されたと書いてあった。後の記事は、その恋愛の真剣度に関する憶測や、秘密主義のテリュースが公衆の面前でこのような行動をとるのがいかに奇妙なことかなどの解説が続いていた。

写真についてもアニーの見立て通りだった。自分がかぶっていたクロッシェ帽子が顔を隠してくれていた。キャンディはアニーをいぶかしげに見た。

「わたしには簡単にキャンディだということがわかったわ」 アニーはキャンディの不思議そうな表情を読み取って説明した。「ブローチでわかったの。マグニフィセントマイルのお気に入りのお店でわたしがあなたに買ったものよ。そこでわたしはジョルジュにキャンディの旅行の日程を確認したら、テリィと同じ日にピッツバーグに居たことがわかったわ。それとこれをつなぎ合わせたら、あとの推測は簡単よ」 アニーはキャンディの化粧道具の中から問題のブローチを取り出しながら言った。それは赤いオーストリア製クリスタルの蝶の形をしたブローチで、写真でも確認できるほどの大きさだった。

「家族でこの写真を見た人は他に誰もいないの?」 キャンディはまだ不安が拭いきれずに聞いた。

「アーチーが見たけどキャンディだとはわからなかったわ。あなたとテリィが再び文通をしていることも一切知らないもの。だからこの写真を目の前にしても全く疑わなかったわ。キャンディも、このことはしばらく秘密にしておきたいだろうと思ったの。テリィのことを目の敵にしていたアーチーには特にね。そういう訳で、アーチーが気づかないようにブローチをつけて来ないでとお願いしたのよ。宝石やお洋服についてはアーチーの目は確かだもの。写真からは色までわからないけど、もし今朝キャンディがそれをしてきたら気づくかもしれないと思ったの」

「ありがとうアニー。とても機転が利いていたわ。今はまだアーチーには知らせないのが一番だと思うの。少なくとも、これからどうなるのかわたし自身がわかるまでは」

「さぁキャンディ、借りを返してもらうわよ。詳しく話してちょうだい。何から何まで詳しくよ。その代わり、もう一つびっくりするものを渡すわ。キャンディが絶対気にいるものよ」

他に選択肢がないことはわかっていたし、心の重荷を軽くしたかったこともあり、キャンディは出来ごとの一部始終を語った。常々ロマンチストな性格のアニーは、薄幸な恋人たちの再会の様子を想像し、感動のあまりめまいがしていた。心の奥底では、アニーはキャンディがテリィと別れると決心したことを理解できずに、二人の別離を受け入れられないでいたのだ。しかしながら、その賢明とは思えない別れが公式なものとなってしまった以上、キャンディがいつの日かテリィを忘れ、もう一度誰かを愛することができるようになることを、ただただ願ってきた。そして今、キャンディがテリィとの再会を思い出しながら輝いているのを見て、これまで自分が仕掛けたお見合いは、すべて失敗に終わったことを理解した。そのように深く根ざした抗しがたい愛の前には、運命さえも打ち負かされてしまうのだ。

「あぁキャンディ、最初からこうなるべきだったのよ」 アニーはキャンディの手をとって言った。「他の人と婚約していても、それでもテリィはずっとあなたを愛していたなんて、まるでロマンチックな小説みたいだわ」

「やめてよ、アニー。また結論を急ぎすぎてるわ。テリィはそんなことは一言も言っていないのよ。スザナに対する愛情は強いものではなかったと、そう説明しただけよ」 キャンディは反論した。

「手術室や基金集めではとってもできる人なのに、時どき鈍くなるのよね、キャンディは」 アニーは顔をしかめながら言った。「スコットランドでのテリィを見た人は誰だって、彼がキャンディにぞっこんなのはわかったわよ。フランス王の役でシカゴに来た日の夜のテリィを見せてあげたかったわ。キャンディがシカゴにいるとわかると、他のことには一切構わずに、ただあなたを見つけることだけしか彼の頭にはなくなっていたのよ。あんな味気ないスザナ・マーロウであなたを忘れることなんて、できなかったと思うわ」

「そんな風に言わないでよ、アニー。スザナは亡くなったのよ」

「わかってるわ、わかっているけどそれが真実よ。スザナはキャンディに太刀打ちなんかできなかったの。お願いだからスザナがどれほど美しくて良い人だったかなんて話をしないでちょうだいね。わたしには我慢ならないから。それでも今の話が信じられないと言うのなら、次に会った時にテリィに直接聞いたらいいわ。きっとすぐに会えるから」

「会えると思うの?」 キャンディは疑い深そうに聞いた。

アニーはにやりと笑うともう一度立ち上がり、先ほど新聞が入っていた同じ引き出しから大きな封筒を取り出した。アニーは振り返り、怪訝そうなキャンディの目を正面から見て、しばらく間を置いてから言った。

「あなたのテリィは油断ならない男ね。彼は先週ここに来たのよ」

「テリィがアードレー家に来たの!?」 再び顔面蒼白になりながらキャンディは聞いた。

「ちがうわよ、キャンディ。テリィだって、この家には自分を歓迎しない人間が最低一人はいることを知っているもの。この街のベーカー劇場で2日間公演をしに来たのよ。テリィのお芝居については明日のサンクスギビングのディナーの席でイライザがたっぷりと感想を聞かせてくれるはずよ。まぁそれはどうでもいいことね。テリィはヘイワードさんを使いに寄越したの。それも直々にわたしに会いに」 アニーは、表書きのない封のしてある封筒をキャンディに渡しながら言った。

「ヘイワードさんはテリィの名前を使用人には決して告げなかったの。わたしに直に手渡すよう言付けられた、キャンディからの荷物を持ってきたと説明したのよ。他に誰もいなくなったところで、実はそれはテリィからあなたへのメッセージなのだと説明してくれたの。テリィがあなたと連絡を取り合っていることを面白く思わない誰かに邪魔をされる危険を冒したくなかったのね。テリィは昔から洞察力が鋭かったから、どうやらわたしが彼の味方になるだろうと察したのね」

キャンディはもう一度そのマニラ封筒を見た。それは大きな封筒で、中には手紙以上のものが入っているのは明らかだった。

「それじゃあ、その大きなお手紙を読めるように一人にしてあげるわ。一時間後に昼食の予定よ。エルロイ大おばさまはラガン夫人とお買い物に出かけているからわたしたちだけよ。お食事をゆっくり楽しめるわ!」

キャンディからは何も返事がなかったが、テリィの手紙で上の空になっていることはわかっていたので、キャンディが一人になれるように内側から鍵をかけ、部屋を出て行った。

一人になると、キャンディは執筆机からペンナイフを取り出して、震える手でその封筒を開けた。その内容にキャンディは衝撃を受けたと言っても決して過言ではない。その封筒の中には、マット写真紙にきれいに印刷された、新聞記事と同じ写真が入っていた。そして写真にクリップで留められた紙にはこう書いてあった――

おれは自分のしたことを謝るつもりはない。でも、神に誓って言うが、おれはこのような形で公にするつもりはなかったんだ、ターザンそばかす。いくらきみの名前が明らかにされていないとは言え、こうして記事が出てしまった以上、おれたちのことは間もなく騒ぎになるだろう。きみは嫌だろうか?おれは一向に構わない。

それどころか、おれはこの写真が、ピッツバーグで二人が過ごした時間のいい思い出になると思った。新聞の編集者から写真のコピーを2枚手に入れてくれた、やり手のヘイワードに感謝しなければ。きみが今後どうするか決める間、この1枚を手元に持っていてくれ。おれの方では、次にきみに会う時のためにフェンシングマスクを準備しておくよ。もしかしたらおれの顔で平手打ちの練習をしたくなるかもしれないからな。

でもキャンディ、おれはきみに警告しておく。もし機会があれば、そこに記者がいようがいまいが、おれは同じシーンを何度でも繰り返すつもりだ。

信じられないとかぶりを振りながら、キャンディは片方の手で顔を隠した。頬が真っ赤になっていた。これはまさしくテリィだ。最もあり得ないような場面で、臆面もないことを言ってのける。この写真を記念として贈ってくるなんて、これまででも最も図々しいアイデアだ。それに加えて、記事に大きく掲載されたあの場面の再現をすると警告してくる厚かましさまであるとは。

――これは注意が必要だわ……。キャンディは猛烈に顔を赤らめながら自分に言い聞かせた。――テリィには当然平手打ちよ……でも、腹が立つ代わりにテリィが警告通りにしてくれることを望んでいるなんて……わたしはどうかしちゃっているわ……。



トペカ市のホテルの部屋はテリュースの気にいらなかった。ヘイワードの部屋と内扉でつながっていなかったのだ。アシスタントが部屋に入るたびに部屋のメインドアを開けなければならないという発想は、その貴族的な思考に合わなかった。ヘイワードが雇い主の要求に応えられる部屋を手配している間、テリュースはホテルのロビーでイライラとした時間を過ごしていた。

その俳優の苛立ちが限界にきている様子を見て、ホテルのマネージャーがお茶のサービスを持ってこさせ、その飲み物が気分をほぐした。テリュースは、心の奥底では最近の自分が長いこと嫌な気分でいられないことがわかっていた。新聞記事に掲載された心無い写真でさえ、自分をあまり悩ませなかった。

テリュースはそのニュースを最も予期せぬ形で知ることとなった。ピッツバーグの後に訪れたコロンバスでロバート・ハサウェイと朝食をとっていると、ハサウェイが不可解な表情で自分を見ていた。

「何か変わったことでも?団長」 不審そうにテリュースは聞いた。

「ここ最近、きみにいったい何が起きたのかと考えていたのだが……」 ハサウェイは新聞を手に持ったまま読書用の眼鏡越しにその弟子をしげしげと見ながら言った。「今やっとその理由がわかったよ。信じがたいことではあるがね」

「そうですか?それでその理由というのは……」

「二日前にきみがぼくに話してくれた通り……」 ハサウェイは勝ち誇ったような微笑を浮かべて答えた。「天使がきみに触れたのだ」

そう言いながら、ハサウェイはテリュースが写真を見られるように新聞をテーブルに投げた。テリュースは、その記事を目にして感情を抑える演技をしようと努力したが、同業者の目はごまかせなかった。こともあろうに、この国で最も大きな駅の一つで女性と親密にしているところを目撃されるなど、テリュースらしからぬことだった。実際に、テリュースがスザナ・マーロウと婚約していた長い年月の間、ハサウェイは一度もそのような場面を見たことがなかった。テリュースの守りをゆるめ、普通の人間のように行動させるとは、この新たな女性はよほど特別な存在に違いなかった。

「何か言うことはないのかね?」 ハサウェイは訊ねた。

テリュースは返事をするのに時間をかけた。しばらくの間、無表情を保ったままであごを軽くこすりながら考えをまとめた。記事の中でキャンディの名前が明らかになっていないことを確認すると、テリュースの一番の心配は消えた。もしキャンディがまだ自分への気持ちを決めかねているのなら、公共の目にさらしたくはなかった。その心配が取り除かれると、この状況全般におかしみを感じることができた。

「これはひどい写真ですね」 厳めしい顔は崩さずに、テリュースはようやく返事をした。「この問題の女性は、実物はもっと可愛いですから」

ハサウェイとの会話の後の一番の懸念は、キャンディがこの記事をどう感じるか、だった。自分自身はこのやっかいな騒動に落ち込んでいないことに驚いたことを、テリィは思い出していた。常から記者を嫌い避けてきたが、この記事にはむしろ満足していた。ピッツバーグを離れてから、起きたことは夢だったのではないかと疑い始めていたのだ。しかし幸運にもその写真が、起きたことは自分の妄想ではなかったという明白な証拠だった。キャンディも自分と同じように感じているだろうか?このような考えに駆り立てられ、テリィはわざわざ写真を入手し、最も安全な方法でキャンディに手紙を届ける案を練ったのだ。

テリィがこれらのことを思い出していると、必要な部屋の手配を終わらせてきたヘイワードがその回想を中断した。その数分後にはテリィは部屋に落ち着き、家政婦からの手紙とともに一人残された。

母親との取り決めで、旅先では余計な詮索を呼ばないよう、互いにテリィの家政婦の名前を使って手紙のやりとりをすることになっていた。だからその手紙の中に母親の優美な筆跡を見つけても、テリィは驚かなかった。しかし、手紙の中身に関してはまったく別の問題だった。まったく予期せぬ内容が、その手紙には書いてあった。

1924年11月18日 ロングビーチにて


親愛なるテリィ

トペカにいる間にこの便りが届くことを願っています。お母さんは今日の新聞に掲載された写真について、何も言及するつもりはないわ。お母さんもとても喜んでいることだけ伝えておきます。この手紙の目的はまったく別のことなのよ。お母さん自身、もう言葉を交わすことなど決してないと思っていたある方から手紙を受け取ったばかりなの。

あなたの父上からのお手紙です。そしてそれはあなたに関することよ。お願いよ、テリィ、かっとなってこの手紙を破り捨てたりしないでちょうだい。中身をよく読んで、それからどうしたいかを決めてほしいの。お手紙からは、父上の譲歩する姿勢がうかがえました。このような心のこもったあの方のお手紙は、これまで読んだことがありません。

年齢を重ね、人生の辛苦を経験したことが、あなたの父上の威信にも何らかの影響をもたらしたのでしょう。リチャードは、過去の多くの過ち、中でも特にあなたとのことを後悔しているとはっきり言っています。そして、来年の1月にアメリカに来るので、その時にあなたに会いたいのだそうよ。会う目的はただあなたと和解するためだと、きちんと約束してくれています。そしてわたくしに、あなたが父上に会うように説得してほしいと頼んできたの。

あなたが父上を受け入れられない気持ちはわかっています。喜んで迎えるには、あなたはとても傷つき恨みに思っていることも理解しているつもりです。でもお母さんからのお願いです。どうかよく考えて。このことを熟考するには多くの時間が必要になるだろうと思い、今この手紙を送ることにしました。

結論を下す前にこれだけは覚えておいてほしいの。リチャード・グランチェスターは、たくさんの欠点があるけれども、それでもあなたの父上なのよ。それはわたくしの過ちでもあるわね。どうか一度だけでも父上に機会を与えてあげて。最近ではあなたのとても大切な人が、許すということに関する教訓をあなたに教えてくれたはずよ。あなたが父上と仲直りをしたら、きっと彼女もあなたを誇りに思うはずです。

テリィ、お母さんが言ったことをよくよく考えて。あなたがどんな結論を下したとしても、お母さんはあなたを愛しています。

Love,
エレノア


目に見えて動揺した様子で、テリィは目の前のティーテーブルに手に持った手紙を落とした。父親が自分と連絡をとろうとしているなどという考え自体が言語道断ではあったが、母親がキャンディをその仲介に利用してきたということが我慢ならなかった。自分を知り尽くした母親のやり方が疎ましかった。

テリィは部屋の長椅子に寄りかかり、天井をぼんやりと見つめた。長年の間、自分の心は公爵のことなど少しも気にかけていないのだと自分を納得させてきたのだ。しかし、胸に突然感じた重みは自分が間違っていたことを証明していた。父親に対する混乱した感情に加え、テリィはキャンディがこのことを知った時のことを怖れた。

――キャンディ、きみがおれの人生に戻っていなければ、公爵とのことはもっと簡単だったろう。しかし今、きみとおれはこれから互いの気持ちを確かめ合えるだろうと考えると、物事がどう動くかわからなくなったよ……。テリィはこの皮肉な状況を笑った。――きみとの人生は、おれが何より願ってきたことだ。でもそれは同時に、きみがおれのあらゆる問題に鼻をつっこんで、おれの隠された部分を、しかも最も傷が深い部分を、すべて表に出してしまうことも意味するってことを忘れていたよ。でも今回は別だ、ターザンそばかす。きみがこのことについて知ることはないだろう……。




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2 コメント

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すてき! (hase)
2011-07-26 21:49:48
ああ!
泣き虫アニーも落ち着いた大人のレディに
なったのねですねぇ。
そしてテリィからは素敵なお手紙が届いて
わたしまで今夜は幸せです!

翻訳いつもありがとうございます。
返信する
hase様 (ブログ主)
2011-07-27 11:04:56
いつもコメントありがとうございます。
ほんとうに、このファンフィクションのアニーはいい感じですよね。テリィもどんどん大胆になってきてますし...
返信する

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