「バカ」

2008年11月26日 17時54分02秒 | Weblog

「パパは知っていたの? もう、ずっと前からママが若い男と数か月に一度、会っていたこと・・・?」

パパが亡くなる数日前、地面に叩きつける大粒の雨の音を暗闇で聴きながら、目を伏せたまま聞いてみたことがある。

35歳のママがハタチの男に会う― 何も知らずに ただ、純な青年のようにママだけを愛しているパパ。 パパの命は、そう長くは無いとお医者様から告げられた時、私はパパの残された時間を本人に告げることよりも、ママの密会を打ち明けるべきかどうか、ずっと考えていた。 このまま信じさせてあげた方がいいの? 知ったらパパは苦しい? でも、何も知らずに逝ってしまうパパを思うと・・・・今夜も許しがたい感情でいっぱいになる。雨は光線のように斜めから病室の窓をめがけて更に激しく降っていた。

パパは疲れたように、それでも残された力を振り絞って身を起こそうとする。私は慌ててパパの枕元へ駆け寄る。 無理しちゃ駄目よ、パパ。 あっ、ごめんなさい。私よね。パパの心を乱したのは・・・。 パパは顔を上げ、私に 「すまない」と、言ったまま、病室の天井を見あげた。 その目は目薬を差したあとのように、赤く滲んでいる。 娘の前で一滴も涙をこぼすまいと上を向いたまま必死に瞬きするパパ。 男にしては長いまつ毛が しんなりと濡れている。 私はパパに似たんだ・・・・。 この目も、まつ毛も・・・パパ似で良かった・・・・ママじゃなくて良かった・・・・。

「知っていた・・・よ。加奈が知っているのに、パパが気が付かないとでも、思ったのか?」

「・・・・・」

全身に電気が走る。パパを支える腕がぴくぴくっと動くたび、私の動揺が病床にあるパパに伝わってしまうんじゃないかと、不安が押し寄せる。でも、駄目だ、私。普通の表情って、どうやって作るんだった? どんな顔をすればいいんだっけ? 男の子をターゲットにして、これまでずっと鏡の前で特訓してきたのに。肝心なときに役に立たない・・・。

パパ! パパ! 大好きなパパ!! パパは知っていたんだ。 知っていて、知らんぷりしてきたんだね。 でも、どうして? ママはいつも、パパが出張の日に、若い男と会っていた。

「今夜は仕事でママも遅くなるから。 夕飯は、レンジで温めて一人で食べて頂戴。先に寝ていて」

小学生の私には何も気付かれてはいない。 ママは、そう信じて疑わなかったようだ。でも、大人が思うより、子供は勘が鋭いのよ。 職場の後輩ってごまかしても、特別な仲だって、会った瞬間に分かった。 ママは朝にならないと帰宅しなかったこともー。こんな嵐の真夜中に目が覚めて、空っぽのママのベットに潜り込んだことだってあるの・・・。

私が考えていることを見透かしたように、パパは口を開いた。

「パパだって分かるさ。 愛しているひとが誰を想い、見ているかくらい。ごめんな、加奈。 誰よりも加奈に寂しい思いをさせてしまった・・・・すまない」

すまない・・・すまない・・・・すまない・・・・。

本当に「すまない」ことをしたママは何故、一度も私達に謝らなかったの?

パパが逝ってしまう前に、どうして?

私は中学から寄宿舎に入った。時々会うと、ママはいつも私を褒めてくれる。

「ほら! あの外人さん、貴方を見ているわ。きっと加奈が日本人離れして目鼻立ちが整っているし、可愛いからよ! ママに似たのね。 あの人に似なくて良かったわ」

「・・・そう?」

私は すまして頷く。 そうかも・・・知れない。 私は確かに可愛い。時々、鏡を見て、自分の姿に惚れぼれするほどだ。 どの角度で笑うと、どの付近にエクボが出来るか、ちゃんと計算済みだ。実際、私に微笑みかけられて私を好きにならない男なんて・・・いない、と思う。 でもね、ママ。この長いまつ毛だけは・・・パパ譲りよ。貴方に似なくて良かった。すべて似なくて良かった・・・。 ほんとに・・・・良かった・・・・。

パパの死後、私が親元を離れ、中学で寄宿舎に入り、一年もしない頃、ママは再婚した。 

相手は あの若い男だ。

ママには、「パパと私」っていう家族がいることを知っていて、ママを誘惑した若い男!

大人は勝手だ。 想像力が著しく欠落している。 

ソウゾウリョク・・・・!

ケ・ツ・ラ・ク・・・・!!!

家族持ちのママをパパから奪って何が残るの? ママの子供はどうでもいいの? 私とパパが泣いても、苦しんでも平気なのね?

あの男が憎い。 ママが・・・誰よりも憎い。

私は、ママの再婚後、全く自宅には近付かなくなった。寄宿舎生活、大学の寮生活、そして都会での就職・・・・。ママにも男にも会わないまま、十数年という歳月が流れていた・・・・。

小学生だった私は やがて22歳になり、男は35歳の中年に差し掛かっていた。

あの男は覚えているだろうか? 私のママの旧姓を? いや、パパの苗字を__?

私は今もパパの苗字を名乗っている。旧姓に戻ったママの苗字ではなく・・・。

田中加奈。パパの娘・・・。

 

「加奈ちゃん! 仕事のことで何か困ったことがあったら、何でもオレに言ってくれよ。力になるから! オレにまかせて!」

「はーい!」

(ママにも、きっと、こんな風に、相談を持ちかけて欲しいって言ったんだ。彼を信用するように・・・・?)

「加奈ちゃん、今度、美味しいものでも食べに行こう。いつも頑張って仕事をしてくれる御礼だよ」

「う~ん・・・・。 じゃぁ・・・お言葉に甘えて!」

(ママのことも、きっと、こうやって誘ったのね?)

「加奈・・・オレは加奈を愛してる・・・」

「私も・・・よ」

(ママにも、こんなキスをしたんだろうか?)

「加奈・・・・・。 結婚しようか。 今の妻とは別れるから」

(今の妻って・・・ママのこと? 裏切るのね。 ママが私達を裏切ったように)

「いいわよ。 結婚しましょう。早速だけど、私のママに会ってくれる? 貴方の事、紹介したいの。もう何年も連絡とってないんだけど・・・・。貴方との結婚を機に、ママともう一度、仲良くなりたいのよ」

「そりゃ良かった。オレとの結婚で、絶縁状態だった母娘が再び仲良くなってくれたら・・・言う事 無いな!」

彼は上機嫌で笑う。

そうなの? 本当に言うこと、無いの? 何も?

「でも、貴方の奥様には何て言うの? ちゃんと別れられるの?」

「別れられるさ。妻はもう、50近い年齢なんだよ! オレだってまだ、35だ。男の35は現役だよ。しかも君は若くて綺麗だ。妻は引くべきなんだ。オレと君の幸せのために・・・ね!」

オレの幸せを願うなら、黙って別れてくれ! この一言で、片付くと本気で思っているらしい。

この男の欠点だ。

想像力が著しく欠けている!

この決定的な欠点は、あの頃と ちっとも変わってはいない。 哀しいほどに。

ママにパパを裏切らせ、私とパパを不幸にした男。 心底、憎い男。 この男に抱かれた私・・・。 ただ、復讐の為だけに・・・。

この不幸な男は、自分が一つの家族の平凡な幸せをすべて奪い取った結果、パパと私には何が残ったかなんて、これっぽっちも想像出来ないらしい。

私が分からせてあげる。

密会を黙殺してきたパパと私の辛さを今、分からせてあげる。

黙って死んでいったパパの苦しみと悲しみを・・・

分からせてあげる。

この日の為にだけ、生きてきた私の・・・・

憎しみを今こそ貴方に ぶつけてあげる・・・・

 

ママとは十数年ぶりに九州の叔母の家で落ち合うことになっていた。この近くまで来る用事があるから・・・・と。ギーッと軋む玄関の戸。赤茶けて、さび付いている。かみ締めるように石段を登る。網戸だわ。座敷の奥に人の気配がする。あの輪郭は・・・叔母じゃない。

「ただいま~! ママ、お久しぶりね。約束した彼を連れて来たわ。結婚するのよ、私達」

ママは・・・

エプロンを外しながら玄関口へ現れたママは、年齢にしては相変わらず美しかった。

娘の私でも、一瞬、息を呑むほどだ。

ママは懐かしさで いっぱいといったような、ほころんだ笑顔を見せた。

タクシーから降りてくる彼に気付くまでは・・・・!

 

「あっ・・・・」

 

どちらが先に声を上げたのだろう・・・?

私が一つの点となり、彼とママの中間に立っている。

三角関係・・・・不倫・・・・・世間では何とでも言うだろう。

ママ・・・・。

ずっとママに言いたかった。

たった一言。

貴方は 「バカ」だって。

男にも 言いたかった。

「バカ」 私は貴方なんか愛しちゃいない。

パパと私とママの関係をぶち壊した貴方に仕返しする為にだけ・・・

今日まで生きてきたのだから。

これから、どうする?

ママと不倫して結婚して。

あれから十年以上が経って・・・。

今度は私を誘惑して結婚するの?

 

ママに教えてあげる。

不倫して結婚しても、相手に再び不倫されるってこと。

知らなかったの?

いい年齢(トシ)して。

意外と幼いのね!

あなた達・・・二人共・・・・ほんとに 「バカ」なんだから!

 

おわり

 

 


お世話になりました・・・(- -;)

2008年11月25日 22時54分13秒 | Weblog

お店へ行くと、店長に呼ばれました。

「鈴木さん」

なにやら、深刻そうです。

何でしょう・・・・?

もしや・・・

ボジョレ ヌーボー(正しいワイン名前??)のことかしら・・・???

内心、どきどきです・・・。(汗)

 

「椎茸の しいたけさん・・・・つぶれたんよ」

つぶれた・・・とな?

つぶれたって・・・ぺちゃんこになったってことじゃなくて・・・

倒産したってこと

 

そっ・・・それで?

椎茸は・・・?

どうなるの!?

そんな急につぶれちゃって

 

今、花園バイヤーが必死で新しい取引先を探しているから」

 

久々の登場です!

花園バイヤー!!!

今日からクリスマスツリーもお店には飾られています。

余談でしたが。

 

「そういうわけで、発注しても、椎茸は入荷されないから」

「はい」

 

しいたけさん。

突然の倒産。

ショックです。

不況の波が、ここにも・・・と思うと・・・。

短い間でしたが、(私にとっては2年5ヶ月) 毎回、椎茸を運んで来て下さって、ありがとうございました。

年末にかけて、倒産だなんて、ショックも大きいですが、これまで大変お世話になり、

本当にありがとうございます。

どうか、お元気で・・・。

 

乾物担当者、すずより

 

 


二つの嬉しい「こんにちは^^」

2008年11月24日 22時30分06秒 | Weblog

仕事を終えて、勤務時間表を記入していると、誰かが元気よく、

「こんにちは!!」

と挨拶するのが聞こえました。

うちのスタッフなら緑のジャンパーを着ているので、(私の横をすっと通った男の人は黒い服を着ていたってことだけは、わかっていたのね)

(業者さんよね・・・)

と思っていた私。

なんとなく、後ろを振り返って 「こんにちは」

そこに立っていたのは・・・・・・・・

 

「南副店長!!!

 

思わず大声で、叫んでしまいましたよぉ。

何をそんなに驚いているの? って感じで、もう一人、顔を上げた矢木さんも、最初はビールの業者さんだと思ったそうです。

いつも、風のようにやってきて、風のように去っていく・・・というイメージなんだもん。

今回は、私に「こんにちは~」

と、言った後、その奥にいた矢木さんとカトくんにも、

「あ、カトくん、こんにちは!」

と、立ち止まったまま・・・・挨拶をした南副店長。

私服のようでしたが、お休みだったのかなぁ?

プラットホームから入ってきて、バックで ちょっとお喋りして、

同じくプラットホームから帰って行きましたから。

もし、ふらっと立ち寄ってくれたのだとしたら・・・

この上なく、嬉しいです^^

 

「副店長、痩せましたか?」

「あ、分かります? 嬉しいなぁ・・・」

「なんだか顔が細くなったみたい。 一度、ちょっと太って、痩せましたね」

出会った頃の体重に戻ったようですね。

 

「あ! 事務所、変わったんだ」

と、言いながら、誰も居ない店長室の中をちらっと外から見ていました。

配置換えされたんですよね。

店長の机の位置も違います。

あっ、この机は、将来、南副店長が使用することになるでしょう、その時は、

「南店長」って呼ぶんだわぁ・・・と、思ったけれど、言いませんでした。

 

「じゃ、頑張って下さい!」

南副店長に、こう言われ、はい、と最後に答えるだけで・・・

バックの奥にいた、カトくんにも 一言、

「カトくんも~!」

頑張って下さい・・・・って台詞は省略されていたけど、カトくん本人も、分かったよね!?

南副店長も、頑張って下さいって、言うべきだったのに・・・

いや、元気そうな顔を見て、安心しました。

私には素敵な副店長が二人も居て、

僕かぁ・・・・幸せだなぁ・・・・

全く違うタイプの副店長だから、いいのかもしれません。

それぞれに、いいので。

タイプは違うけれど、繊細な所は同じかも。

また、お会いしましょうね!

 

 

ここからは・・・余談です^^

・・・・・というか、全く話題が変わりますが。

 

今朝、出勤すると、松田聖子の曲が店内に流れていて、

巡り会えたね、待っていた運命の人・・・・・?」

そういえば、こんな曲もあったなぁ・・・、と思った、そのとき、

大切な あなた~

このフレーズを聴いて、ほんの数日前に、ブログに書いたことを思い出したゎ。

このタイミングで、聴くなんて・・・・ね。

聖子は恋愛を歌っているけど、私は、そうじゃないから。

今、一番、気に掛けている人に向けて書いたことは事実だけど。

でも―。

今朝、思ったことは、案外、本人は、そうとは気付かずに、すらっと読んで終わってるんだろうなぁ・・・と。

会いたくない、或いは見たくはない場面だ・・・とかって強く思っていると、

たとえ目には映っていても、見えていないのかなぁ。。。とか。ちょっと、考えちゃった。

そっと・・・しておいた方がいいんだろうか・・・・?

一人で悩んでいる中、一日の中で、少しだけ時間が経過した後で

再び会ったとき、「こんにちは」って優しい声で言ってくれて・・・

とても嬉しかったです。

勿論、今日、会ったのは、このときが初めてな訳はなくて・・・

実は5回目だったんだけど・・・。

ブログって、独り事を書いてもいいのだろ~か?

 

じゃ、明日も宜しく!

 

すず

 

 


初恋~彩

2008年11月23日 23時39分01秒 | Weblog

「おーい! クラス替えの掲示、もう見た? 俺たち、また、同じクラスだぜ~。まぁ・・・一年間、よろしく!」

2組の教室前で、大声で叫ぶ淳の声に、私はどうしても動悸を抑えられない。

どうしてあんなに声を張り上げて・・・みんなが見てるじゃない。恥ずかしいったら、無いんだから。

私と真紀は、5組からクラス替えの発表を見て回っていた。

大抵の子は、1組からチェックしている。混雑を避ける為だった。

淳が言った事は、本当だろうか? 本当なら、もう4組、3組とチェックする必要などない。このまま、2組の教室へ向かえばいいのだ。

(まぁ・・・一年間、よろしく!)

また、同じクラスなんだ・・・・。

淳のことは、嫌いじゃない。

嫌いではないが、淳がいると、落ち着いて過ごせそうに無い。

小学校の頃は良かった。自然に話せて。男子の中でも淳は、比較的、気軽に彩に話しかけてきて、話しやすい方だった、と思う。

だった・・・思う・・・というのは、今では、そうではないからだ。話しやすい相手だった事は、過去の話で、中学へ入ってからは、なるべくなら目を合わせたくは無い存在だった。

例えば、こんなこともあったっけ・・・。

「あっ!」

ある日、淳は、こともあろうか、私の描きかけの風景画のデッサンを取り上げたのだ。

「いいんじゃない? これって・・・もしかして、あの校庭?」

何するのよ! という言葉が スイとは出てこない。

ただ呆気に取られて淳を眺めているだけだった。

淳は隣の席に座っている男子に話しかける。

「彩はさ・・・自分の絵は見られても、人のは無理矢理、見ようとはしないやろ? そこが彩の魅力っちゃ」

何? 今、淳は何って言った?

そこが―?

彩の―?

みりょく???

 

うんうん、と頬の筋肉を緩めながら頷く男子と、満足げな笑みを浮かべる淳の顔を交互に眺める。

私の絵、返して! と言いたくて。

私としては言ったつもりでも、ちゃんと声にはなってはいないようだ。

二人の男子は相変わらず頷き合って、私の顔と絵を見比べていた。

「ほれ! そんなに真っ赤にならなくても・・・」

ようやく自分の机に戻された絵に視線を落とし、私は息を吸い込んだ。

呼吸を止めていたんだろうか?

危うく酸欠で倒れる所だったよ!

言いたいことの半分はおろか、十分の一も言葉に出来ずにいた。

何でも言い返せた小学校時代は 何処へ行ってしまったのだろう。

淳は相変わらず、からかってばかり。

なのに自分は何も言い返せない。こんな不公平なことがあるだろうか。

淳と一緒のクラスで、落ち着いて一年を過ごすなんて。

到底できないな・・・。

 

全身が心臓にでも化けてしまったかのような、硬直した状態で、3組の掲示板前に立ったままでいた。

(また・・・あんな騒々しい一年を過ごすんだ、淳くんと・・・あ~ぁ・・・私はがっかりしてる。そうよ! がっかりしてるんだからっ!)

「彩! 淳が言う通りだよ。私達、みんな2組だ。行こっか!」

真紀の声にハッとする。

「う・・・・うん」

教室へ入ると、窓際に立ち、校庭を見下ろしている淳の姿が目に飛び込んできた。

私の気配を一瞬で感じ取ったかのように、淳がゆっくりと振り返る。

古い映画のワンシーンのスローモーションのように・・・なんていったら、大袈裟かな。

窓から差し込む光を浴びて、微笑みかけた淳が、ほんの一瞬、カッコよく見えたから、不思議。

「よっ! 彩! 遂に観念して教室へ入って来たか」

窓の外を眺めていた淳の横顔は、何故か真剣だったのに、私に目を向けると、にやっと、いたずらっ子のように笑ってみせた。

(あれは、目の錯覚だ、うん)

でも・・・・。

からかわれても、今回は嫌な気がしなかった。

いつか、小学校の頃のように、緊張しないで普通に会話出来る日って、くる?

ねっ?

来ると思う?

淳くん・・・?

 

おわり