常識について思うこと

考えていることを書き連ねたブログ

「萌え」の本質と役割

2008年07月02日 | 社会

元来、アイドルとは偶像であり、理想の像です。1980年代にアイドルブームなるものがあり、多くの若者が熱狂したといいます。しかし今日、昔でいうところのアイドルは、ずいぶん減ってきたように思います。

代わって見られるのは、いわゆるアキバ系文化を中心とした「萌え」の要素を含んだキャラクターのように思うのです。「萌え」の定義には、いろいろあるようなので一概には言えませんが、少なくともアニメ、漫画、ゲームなどの世界のなかで、異性などについて、ある種の理想型を見出したときの感動や興奮を表しているように感じます。また、それらのキャラクターについては、生身の人間ではなく、PC画面や紙などの平面にだけ存在するということで、「2次元」という表現がされたりします。

しかし、こうした「2次元」への憧憬を抱くということは、生身の人間が住む現実世界である「3次元」からの逃避というかたちにも映るため、「萌え」や「2次元」の世界が病的であるというレッテルを貼られることも多いように思います。けれども私は、この一連の事象をそのようにだけ整理するのは、適当でないと考えます。

「萌え」の対象となるものは、その人にとってのある種の理想像であり、それは分かりやすい言葉で表現すれば、アイドルであると言えるでしょう。それが「3次元」の生身の人間であろうが、「2次元」のキャラクターであろうが、アイドルのなかに理想型を見出し、それを追い求めるという本質的な意味では、まったく違いが見当たりません。

「萌え」や「2次元」が病的であると断じられる背景には、その理想の世界だけが、自分にとっての唯一の世界であると錯覚をしてしまうことにあると思います。そういう意味で、「萌え」や「2次元」を楽しんでいる方々は、これらの世界を楽しむと同時に、きちんと「3次元」のなかでも真面目に生きていれば、まったく問題がないと言えるでしょう。

むしろ深刻な問題を抱えているのは、「萌え」や「2次元」を完全否定し、「3次元(現実世界)」こそが絶対であると信じている人々かもしれません。所詮、現実世界には理想型など存在しないと割り切ってしまい、理想を追い求めることを止めてしまっている人々は、「現実と理想にギャップなどあって当たり前」、「所詮そんなもの」で済ませてしまいます。その思考が異性に対して反映されれば、「所詮男なんて・・・」、「所詮女なんて・・・」という気持ちから、いい加減なお付き合いをするようなことにも繋がりかねません。そうした生き方を否定するわけではありませんが、少なくともそのようにして理想を諦めたような人々、あるいは「3次元」にドップリ浸っている人々が、「2次元」とはいえ理想を諦めず、それを追い求め続けている人に対して、病的だと嘲笑するような社会であってはならないと思うのです。

私自身、「萌え」や「2次元」といった世界のなかで、アイドルや理想像を追い求めるのは、大いに結構なことだと思います。そのことは、高い理想を求めるが故に、現実とのギャップを埋めようとする行為でもあると言えます。既に、理想を我が物にしている人は、それはそれで結構なことです。しかし、世の中には、そんなに人生がうまくいっていない人々もたくさんいるのであり、そういう人々が理想を追い求める結果として、「萌え」や「2次元」を楽しむことが、許されてもいいのではないかと思います。

また「萌え」や「2次元」を楽しんでいる方々に対しては、それはそれで大いに楽しむとして、そこだけに留まらず、「3次元」である現実世界のなかにおいても、夢や希望や理想像をけっして諦めることなく、ひたすらそれを追い求めていただきたいと思います。ときどき「萌え」や「2次元」を楽しんでいる方々のうち、「3次元」に対して、非常に攻撃的であったり、ネガティブな感情をさらけ出したりされる方々もいらっしゃいますが、そうした行為は、同じように「萌え」や「2次元」を楽しんでいる方々を、苦しい立場に追い込むことにもなることを認識する必要があります。

せっかく、「萌え」ることを通じて、理想型を見出しているのであれば、そのエネルギーを糧として、建設的に「3次元」の世界を変えていくことに注力した方がいいはずです。私は、そのように現実世界をポジティブに変えていくエネルギーを生み出すことこそが、「萌え」の本質的な意味であり、「3次元」たる現実世界において期待されるべき役割なのではないかと思います。

「萌え」ている諸君、今日も大いなる誇りを持って「萌え」てください。そして「3次元」をより良いものにしていきましょう。その磨いていくべき「3次元」とは現実社会であり、そこに存在する自分自身です。

そして私は、本記事を私の女神様、ベルダンディーに捧げます。m( _ _ )m

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« MMDに垣間見る可能性 | トップ | 「ゆとり教育」から学ぶこと »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

社会」カテゴリの最新記事