10th Avenue日記

一歩ずつ、一歩ずつ・・・・

3月29日

2017-03-29 | 日記

出張がない、お客さんがいない珍しい月3月が

およよ〜っとすぎて行こうとしています。

整頓を掲げてきましたが、

なかなか思ったようにはイケテナイのが非常にイタイです。

とはいえ、いろいろな疲れが出たのかなと思うことを通して

普段意外と自分が「頑張って」いるのかも・・・と思ったりもしています。

「頑張らない」っていうのが一応私のモットーでもあるんだけど

それでも、頑張ってる部分はいっぱいあるのかもな・・・と。

頑張らないというのは努力しないという意味ではなくて、

ゴム紐に例えると、伸びきるまで引っ張らないという意味です。

努力は結構好きなんだと思うんですよね・・・結局は努力って

積み上げるプロセスのことで、それ自体は楽しいものだと思うんです。

努力はどっちかっていうと、ゴム紐にさらに伸びる余裕がある感じかなと。

この「余裕」がキーだと思うんですね。

それがないと、主と出会って、憩って、楽しんでの場所が

なくなってしまう気がしてならないんです。

その余裕は降って湧いてくるわけではなくて、

死守するとかいう肩に力が入ったものでもなくて、

在り方かなと思うんですね。

ホームポジションをキープできるかっていうか・・・

スポーツをやってると、このホームポジジョンに戻ることを

たくさん練習するんです。

それができないと、余裕がなくなってしまうから

反応はできても、間に合わないし

力を十分出せないことが起きてくるわけです。

瞬時の決断とはいえ、余裕がある瞬時か、単に反応してるだけかで

返したボールの行き先が変わってくる。

瞬時の余裕は相手の動きを見据えることができるけど、

反応はただ返すだけで必死の状態ですよね。

頑張っている時は反応するだけで精一杯な気がするんです。

ゴム紐がぱっつんぱっつんに伸びてる状態みたいなもので。

頑張ってないのはだらしないとも違うと思うんですね。

あえて頑張らない

けど努力は楽しむ。

余白があるページみたいなそういう毎日がいいなと思うんです。

霊性の訓練と呼ばれるものはそういうものかなって思う。

しっかり味わいながら毎日を過ごしたいなと思います。

だって、神様が本当に心を配って造り出している今日だから。

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3月24日

2017-03-24 | 日記

低体温になるって話をしたら

みんながびっくりしてしまって・・・

何せ、34.6まで下がってたって話で・・・

そろそろ死ぬのか?とか真剣に考えたって言ったら

「考えてる間があったら医者に電話しろ」

ごもっともです・・・

って話をしているところに

医療関係者の友達参上!

実は・・・って話をしたら

「あんた、甲状腺とったじゃん!全摘?」

はい、全摘です・・・

「それだ!」

な〜んと、甲状腺ホルモンの関係で

そういうことが起きたりするんだそうです。

ついでに風邪をひいたりしたから尚更じゃないかってことで

専門医に電話をすることを勧められました。

こちら金曜なので月曜まで待たねばですが、

それまでの間、いつ体温がガクッと下がったか

記録をつけておくように言われました。

なるほど・・・

体温ががっくりと下がるのは全然良いことじゃないので、

なんとかした方がいいねって・・・そうですよね!

なんか、ちゃんと説明されたらちょっとほっとしました。

どっちにしてもちょっと頑張りすぎないようにって

釘を刺された今日この頃。

いや〜・・・低体温は怖いですね・・・

ってか、これ、水銀の体温計なら測れなかったんじゃないか・・・?

とか思うとさらに怖い(笑)

体の一部を取るってそういうことなんだよねって

医療関係者の友達がしみじみ言ってました。

だから体にまずは慣れること、

普通じゃないことがあったらすぐ記録して

お医者に連絡すること・・・

また、新しく学びました!

 

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3月23日

2017-03-23 | 日記

やっと復活して事務所で仕事をしました。

ちょっと気分がいい。

同時に昨日の夜から機織りを再開しました。

今週末にA Rochaという環境問題に取り組んでいる

クリスチャンの団体の農場に行くことになっていて、

行くと次の羊の毛の袋が家にやって来るので

そろそろ作品作りをしないと、原料ばかりが増えてしまうという(笑)

糸づくりと機織りと並行してやると多分ちょうどいいかなと思いつつ

糸を紡ごうと思ったら糸車の革ベルトが摩耗してダメになってしまいました(笑)

10年も使ってれば仕方ないんですけど、

この街には機織りも糸つむぎもそれ専門のお店がなかなかないんです。

あっても、めちゃめちゃ高い(笑)

お金もちの道楽みたいな値段になってて・・・手が出ません(笑)

そんなんで、ベルトは自分でなんとかするしかなく、

あちこち思いつくお店に相談に行ってみました。

最終的に手芸資材のあるところで代用になる革紐をゲット。

どうなることかと思いましたが、これが意外といけた!!

ホチキスとビニテで接合部分もなんとかなりました(笑)

一気に車が回りだして、30分でかなりの糸が紡げました。感謝!

あえてリノールを結構残して洗った羊毛なので、

スピンドルでは綺麗に紡げる代物ではなく、

紬車が動かないとお手上げになるところでした。

きっちり洗うと白いんですけど、

リノールをたくさん残すと強いクリーム色の糸になります。

目標は織り上げた布をコールドプレスにして仕上げる、です。

リノールが残っている方があたたくてついでに防水効果もあります。

洗うたびふわっとなっていくし、

そもそも薄手で暖かいものになります。

久しぶりに紬車を使ったのと原毛のリノールの高さもあって

最初はちょっとボコボコなところができたりしましたが

リズムに乗って来るとだんだん均一化していくのがちょっと残念。

ちょっとボコボコしてる方が織ったときいい感じになるんですけどね・・・

織り機も誰かが作ったものなんですけど、

ちょっと癖があるけど慣れてきたら意外とイケるやつで

これからの作品作りに大役をかってくれそうです。

私が頂いている原毛はめちゃめちゃオーガニックなので

手触りも最高なものができると思います。ああ、楽しみ!

 

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3月22日

2017-03-22 | 日記

珍しく風邪をひいて、いろんなことを学びました。

土曜に突然鼻水とくしゃみに襲われ(まさに襲われたんです)

日曜はだんだん前頭葉がボワーッとしてきて、

それでもその日の夜は夕礼拝で大きなイベントがあったので

ちょっと頑張って行ったんですね。

体的にはかなり頑張ったんだけど、

多分、それと月曜の夜頑張りで残りの2日間ノックダウンだったと思うんだけど、

でも、頑張らないといけない神様的理由があったんだなと思います。

一つは教会の主要メンバーとゆったり過ごす時間が今必要だったんだなってこと。

まだまだ若い彼らとしばらくの間ゆっくりと話す時間が持てなかったので、

大事だったんだなと思います。

そして、インターンをしてる私よりもっと年上のご夫婦の話も。

二つ目は事件が起きたこと。

ちょっと衝撃的なことがあって、でも、その対応をしたのが私だったこと。

別の場所で顔に見覚えのある人だったから、声をかけたことで

その人の内面と感情が吹き出る事件だったんですけど、

多分、その人は口に出して教会に対する怒りを表現しないといけなかったんだと思う。

初めての教会で初めてあった人にはそれは言えなかっただろうなって思うから。

色々思うところはあるんですが、今はみんなで彼女の安全を祈っています。

月曜の午後までノックダウンだったんですが、

夕方から頑張ってバイスタとかやったんですけど、

ここで学んだのは、いつものようにちょっと風邪だけどできるっていう

体じゃないんだなってこと。

このくらいの風邪なら、このぐらいの症状ならちょっと頑張ればできるじゃん

って思うんだけど、でも、多分、私の体はまだそういう対応はできないんだと思う。

潔く昨日、今日と外でする仕事は全部キャンセルして

スカイプの会議とか応対とかだけをして

ちょっと頭を使わないとできそうもないことはよっこしました。

本も読めなかった・・・

頭も痛かったし、とにかく力が無い感じで、

頑張って無理をすればできたのかもしれないけど、

この状態をしばらく続けることがしんどくて無理だったから

じゃあ、もうガッとやっつけちゃおうという

決断ができたのは良かったかなと思います。

異常な低体温にいつもヒヤヒヤしてるけど、

体温が上がると今度は体が動かない。

まだそういう意味で戻ってないんだなと再確認。

まあ、一気に戻ったら体に負担がかかりまくりで無理なんだろうし。

それでも、普段、運動が普通にできるようになってるのは感謝なんだって思う。

そう言えば、切ったところが異常に痛くなったりしたのもちょっとびっくりしました。

来週あたり専門医に伝えておこうかなと思っています。

少しずつ体温を上げるにはどうしたらいいのかなと思いながら、

やっぱり東洋医学かなぁとも思っています。

そもそもこんなことも

元気が出てきたから考えられる。

風邪ごときで寝込んだ自分にびっくりしつつ

また明日から頑張ります。

 

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Philomena

2017-03-21 | 日記

久しぶりに風邪をひいて

鼻水はすごいわ、くしゃみは出るわ・・・の週末を超えて

現在は鼻づまりからのどに行きそうな嫌〜な感じで

頭は痛いわ、ぼーっとするわ・・・

癌をやってからちょっと尋常じゃなくて低体温になってしまって

今や36度とかになるともうくらっくらでございます・・・参った!!

一仕事すると横になっての繰り返しで

非常に効率も悪いのですが、

そんな時だからこそ、見そびれていた映画を観て見ようと

思い立ったわけです。

こんな状態なので、ヒーローものとかは見れない(ドーンとかいう音で

さらに頭が痛くなってしまうし、意外と声のトーンが高いので

それも頭痛につながるため・・・)ので、

今日はこのPhilomenaを観ました。

これ、去年、映画館で観そびれた映画なんです。

予告の時からすごく気になってたけど、

出張の関係で観れなかったケースです。

ジュディ・ディンチのファンの私としては

とても嬉しい映画でした。

この映画は50年代のアイルランドがお話の始まりです。

主人公は10代で妊娠して修道院に入れられます。

そこで、何が起きたのか・・・が起点になります。

息子を奪われてから50年間息子を探し続けるのですが、

いろいろなことに阻まれて情報を得ることができないでいる・・・

そんな時にジャーナリストのSixsmithと出会います。

彼らが息子のアントニーの行方を捜すそのプロセスの中で、

以外な事実が次々と発覚していくわけです。

主人公は本当に辛いところを通っても

それでも神様を信じることを捨てないんですね。

あんなにひどいことを修道院でされたのに、

ひどい仕打ちばかりされるのに

それでもイエス様から離れない。

許すことってなんだ、

許されることってなんだ・・・

ストーリーラインの中でそんなことが露わになってきます。

彼女のあり方を通して少しずつ変わっていくSixsmithも

最後のopen endingもとってもよかった。

この映画は事実に基づいています。

50年代には10代で妊娠した子の子供が

アイルランドの修道院からアメリカに売られていくケースがあったんだそうです。

こういうことがやっぱりあったんだなって思うのと同時に

絶対自分のしたことを誤らない修道女に

またもや「正しくあること」vs「善いことを追い求めること」を

見た気がします。

「正義」vs」「愛」っていうのは実はナンセンスなわけですが

なぜかこういうinsititutionということがからむと

そういう構図ができたりする。

非常に興味深いなと思うんですね。

私たちの罪の本質は分裂に向かっていく。

つまりは正義という名の下にあるカオスが生まれるわけです。

でも、本来、神の愛と正義は表裏一体な訳ですから

どっちかだけで話すことはできないわけですよね。

つまり、神の世界では分裂ではなくて統合(unity)

カオスではなく秩序だと思うんです。

三位一体を考える時に、分裂の神ならそもそも無理じゃないですか〜。

カオスなら無理な訳ですよね。

神の世界の統合(unity)はみんな同じじゃないってことは

三位一体の神を考えると「そりゃそうだろう」って話になるわけです。

イエス様も「体の各器官」って話したわけですよね。

でも、なぜかこの人間の世界ではこれがよじれてしまう。

パワーゲームと相まって

誰の意見が正しいのか・・・に焦点が当たってきたりするわけです。

そして、自分の正しさを貫くためには嘘も厭わない。

そんな罪深さもしっかり描かれています。

神様はどんなかたなのか、

それをしっかり知り続けることの大切さを思う映画です。

罪は罪。だけど、イエス様は罪を許されるために

そしてそこから方向転換をする生き方ができるようにしてくださった。

最後の小さなイエス像をお墓に置くシーンでそのことを思いました。

私たちは罪深い。でも、その罪をconfessすること

そして、方向転換すること、許すこと、許されること・・・

 

ジュディ・ディンチってやっぱり品があって凛々しくて

素敵だなって思いました。

こういうおばあちゃんになりたいなぁ・・・

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3月15日

2017-03-15 | 日記

普段はそんなに何かにハマるタイプじゃないんですけど、

ここ数日は紙が良いみたいで、

特に静まりたいときになぜか紙で何かを作っています。

静まって祈るとき、なぜか黙々と折り紙で星を折ってたり

事務所でガーッと頭を使ったり

心を傾けないといけないことがあった後、

黙々と製本で必ず出る内側の本の中身のページで

袋を作ってたり・・・(内職してるおばさんかい!)

普段も私は静まりたいときや

祈るとき

考えをまとめるとき

何かを作るプロセスが必要なんですけど、

そのミディアムはその時によってマチマチなんです。

本を読んだりする時の編み物は定番なんですけど、

静まるとなるとその素材に呼ばれるっていうか・・・

今は紙なんですよね〜・・・なんでなんだろうって思うんだけど。

それも、ブックバインヂィングとかじゃなくて、

もっと手先を使ったがっつり紙に触るようなこと。

不思議です。

ある時はガーッとキャンバスに絵を描き続けるときもあるんです。

スケッチブックにスケッチをひたすら続けるとか・・・

そうかと思うと、ひたすら縫うとか・・・

自分でもよくわからないんですけど、

tactile(触知)だからかなと思ったり・・・でも、視覚や嗅覚のときもある・・・

う〜ん・・・

素材の質感っていうのはすごく私の中で大事なことの一つで

触覚で質を味わう部分は多大にあるかなと思うんですね。

色とか匂いとかも私にとっては質感に関わる時が多い。

静まりたい時はすごく感覚的に敏感になっているのか

もしくは、すごく感覚的な部分がレセプションになってるのかもしれません。

多分しばらくはこの「紙」の質感に惹かれるのかなぁと思いつつ・・・

神様って本当に人を複雑につくるもんだなぁと感心したり。

 

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3月11日

2017-03-11 | 日記

3月11日なのに6年前のことを書かないのは

なんだか人として間違っているような気もするのですが、

私にとってはそう簡単に思い出してパパッと書けるような

距離のあるものではなくて・・・

昨日の夜、ちょうど6年前と同じくらいの時間にツイッターを見てて

まるで今何かが起きたかのように見えてきました。

そして、NHKのライブで追悼式を見ながら

すごくあの6年前が近かった・・・というところでやめておきます。

なんかこれ以上書くと、なんか安っぽくなっちゃいそうだから。

 

私の団体は、sabbathとday offを別々に考える立ち位置です。

だから、原則2日仕事をしない日がないといけないわけです。

現実的かどうかより、そうしてくださいという立ち位置で

すごく恵まれているなと思います。

仕事のポジションの名前はあったんですが、

仕事の内容を明記しないまま1年が過ぎたので、

「ボス」が仕事内容を名文化しています。

そのドラフトを見たんですが、いや〜・・・

私のしていることを最大限に網羅して、

休みを死守できるようにという配慮に満ちていました・・・

すごいなぁ・・・

そんな中で、頼まれていた翻訳のお手伝いを1本仕上げて

頼まれ先に送りました。

翻訳って私にとって糸紡ぎと似てるなぁと

今回特に思ったんですね。

するする〜っていう糸車の音と私の頭の回転が

シンクロするっていうか・・・

感覚的に紡いでいく手先の感じとか

言葉を紡いでいく作業とリンクするんですね〜・・・

そしてペーパーを書くというのは

織りに似てる。

織るという作業はそれまで膨大な作業があって

初めてできるんです。

糸を織り機にかけるまで、本当にたくさんの作業を経るんですね。

そして、どれもスキップできない。

スキップすると糸が絡まったり、

どこかで不都合が生まれちゃうんです。

だから、糸を通したり引き抜いたり、

数えたり、しながら、通す、引き抜く、そして通すんですね。

そのプロセスがあるから、縦糸が絡まないし

最後までまっすぐになっているから、横糸を通せる。

このプロセスが実は本当に気が遠くなるんですけど(笑)

これがきっちりできてて初めて「織る」ことが可能になる。

イギリスの工房にいるときはよくこの

糸をかける作業を頼まれたんです。

目と手先の器用さと根気を問われる作業なんですけど、

やっぱり歳を重ねると目が疲れるので、

まだ20代だった私にいつも白羽の矢が立つんです(笑)

その頃は大きな織り機を使ってたから、

織り機の間に入ったり潜ったりしながら作業をしたものです。

この作業が作品の基礎を作ると言っても過言でない。

だから、めちゃめちゃめんどくさいんだけど

丁寧に、均等な力量でやらないといけない。

これがあるから横糸を入れていく作業はリズムに乗って

楽しくできるわけです。

私にとって何かを書く作業はそれと非常に似てるわけです。

今年は作品作りを今までより少しきっちりとやりたいと思っています。

やっと織りに必要な物が揃いそうなので、現実化です。

大学の工学部の教授がなんと木工が趣味で

私のためにグッズを一つづつこの家でも使える形で

作ってくださることになったんです・・・感謝!

なんだか頭の中にあった構想が現実化していくプロセスは

神様の創造の指先を見てるようで

ワクワクします。

 

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The Shack

2017-03-07 | 日記

この本を読んだのはもう10年くらい前かな・・・

出版してしばらくしてベストセラーになった頃

リージェントにウイリアム・ヤングがきてこの本について話してくれたんです。

彼がこの本をそもそも書いた理由、

そしてそれが売れていった経緯、

本当に感動したので本を買って読んだんですよね〜・・・

私にとってはとっても良い本で、

何度か読み返したんです。

だから、映画になると聞いてとっても楽しみにしてました。

映画は、映画としてとってもよかった。

原作が非常にグラフィックなので、

実際にそれを形にするのは大変だっただろうなと思いつつ

とっても美しい映画に仕上がっていました。

ストーリーラインも原作から離れることなく、

大切なエッセンスをしっかり伝えてくれてたなと思います。

私の記憶では話が前後する部分があるんだけど、

それがあったからこそパパが女性の意味が垣間見られる。

この映画は神様の優しさを隅々まで味わえると思うんです。

そして、たくさん、聖書とか神とか出てくるけど、

何より俗にいう「クリスチャン映画」ではない映画になってるのが

凄いなと思います。

この映画はどんな人が観てもどこかで自分を観るんじゃないかな。

本もそうだったけど、ちゃんと映画もそういう物語になってるのがまたよかった。

たくさん引用したい言葉がいっぱいあって

何回見ても泣ける気がするんですよね〜・・・絶対ハンカチいりますよ・・・

「人は愛されるために作られた

だから、愛がないなら

翼を切られた鳥のようだ。

だから、愛されることの回復は

鳥が飛ぶ練習をするようなものかもね・・・」

It's time for you to fly= It's time for you to be loved

ってすごくありません?

なんかただガツガツ神は誰か、クリスチャにティって何かというのを描くというより

もっと冷静に知的に、でも、とても暖かく描かれていた・・・

全く押し付けがましさがないし

Self-righteousな部分が全く感じられない映画でした。

普通人が抱く神への疑問を臆することなく発言することも

人のself-righteousnessもとても丁寧にでもきっちり描かれてたと思う。

でも、全くoffensiveじゃないのが凄いなと思うところですかね〜・・・

本当に全体的に暖かさに満ちているけど

めっちゃ冷静に描かれてるんですよね・・・

神とは・・・という映画のように見えて

実は、人とは・・・というテーマなのかもしれませんね。

そして、人と神との関係の回復から

人と人との関係の回復も生まれる。

何回も見たい映画だな〜と思います。

去年、学生が亡くなったとき、

その亡くなった学生と親しかった子に

この本をあげたのですが、

買い直してもう1度読み返したいなと思います。

本をあげた学生も

映画を観るのを楽しみにしています。

彼はこの映画から何を受け取るのか・・・

とっても楽しみにしています。

 

ヤングってカナダ人だったんですね(笑)今更気づいた。

そして、この映画の林の部分、 この辺りで撮影されてますね〜!!

映画の途中で、「なーんかこの景色、めちゃめちゃ見覚えが・・・」って

気になって気になって仕方なかった・・・(笑)

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3月6日

2017-03-06 | 日記

今日はSpritula Direction だったのですが、

先月の「人生ももうどうでもなれ」状態から随分持ち直した(?)

私を見てDirectorは安心と同時にpercisitenceな私を確信したようです(笑)

その中で、目線の話になったんですね。

過去の神様のしてくださったことを思い出すことが大事な人もいるけど、

私の場合はそうじゃなくて、新しいことを発見することが

モヤモヤとか格闘からの脱出のキーのようです。

私のバックグラウンド的に、

どんなに過去に素晴らしいことがあっても、

それが覆されるときに「ほーらやっぱりね!」となるから

あまりそれが神様に近づける最初の踏み切り台になりずらいんです。

でも、何か新しいことを見つけたときにそれが踏み切り台になって

跳び箱を飛び越えることができるタイプ。

そして飛び越えた後で、

あ〜・・・って過去のあれもこれも・・・となるやつです。

directorは今日、すごくそれに納得したようです。

relactantとpersistenceという相反するものを同時に持っているのも

そういう目線じゃないかなというんですね。

だから、「楽しい」が重要なキーになるんじゃないかなと。

For the Joy of the Lord is my strengthってそのものだよねって

前にボスから言われたことがあるんですが、多分、それなんでしょうね。

このjoyって奴が私をpersistenceにするんだと思うんです。

リージェントのクラスメイトにピリピの手紙を読むと君を思い出すと

言われたことがあって、そういうイメージなのか・・・と笑ったのですが、

joyに捉えられちゃっているっていうんでしょうか・・・

よくフーストン博士には「君にとってjoyは武器なんだ」って笑われるけど、

実際そうなのかもしれない。

「神様に前に前に進むように、未来を見据えるように造られたんじゃ無いかな」と

今日言われて、ああ、そうなのかもと思いました。

地平線や水平線を見るときのあのドキドキワクワク感とか

ものすごく生きてる気持ちになるとか

ふっと自由になった気持ちになるとか

そういう見えない向こうに確実にある何かを思うことから

生まれる感覚で、

私はそれが好きでたまらないんだと思う。

神様は私にはわからないっていうのが一番の魅力だと思ってるし

わからないから、予測つかないから、超大好きなんだと思う。

私の理解を超えてるからこそ一生発見し続けることができる。

神様を発見し続けることこそがJoyじゃ無いかなと思うんです。

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3月4日

2017-03-04 | 日記

普段はSabbathを結構きっちり守ってる方なんだけど、

ロスの出張から帰ってきてすぐファンドレイズコンサートがあって

出張後のなんやかんやとかで

今日までday offすら取れなかったのでした。

とはいえ、ロスでは仕事もいっぱいあったけど、

今回はすごく気持ち的にもリラックスしてたし

結構リフレッシュして帰ってきたんですけどね。

どうも体がめちゃめちゃ疲れてたみたいで、お昼まで寝てた自分にびっくり(笑)

今年のレントは「整頓」を掲げて(?)いる私ですが、

それも含めて今日はゆっくり、丁寧に・・・な1日になりました。

不思議とSabbathは別に決めているわけじゃないんだけど、

食事がデトックスみたいなものになりがちなんです(笑)

そういうものを食べたくなるっていうか、

そういうのを作りたくなるっていうか・・・

普段、食事を通してのミニストリーが多いこともあって、

自分が食べたいものを食べられないことが多いんですね。

だから、「特に」なのかもしれません。

別にそういう「取り決め」をしたわけじゃないんですが、

教会の事務をしてるジェニーとは

お互いにSabbathを取っているか、

ちゃんと休んでるかを不思議とお互いにお互いを

チェックしてて、アカウンタビリティーになってるんですね。

スモールグループのメンバーも

いつもそのことを心がけてくれています。

そういう人たちに囲まれているのは

本当に恵まれているなと思うんですね。

私は何かを生み出す機械ではないわけです。

そして私から出てくるひとつ一つのものは

私がどうか・・・ということが問題になるわけです。

なぜなら、私を通して生まれるものだから。

セルフケアは大事だけど、

セルフケア教になるのも困るわけです。

セルフケアを守るために他者を非難するのはもっと困る。

セルフケアは「守る」ものでも

「勝ち取る」ものでもないからです。

「独身は周りにいいように使われる」と

いつもやたらに周りに否定的な言葉を聞くと

とても悲しくなるし、

その他者を裁くために、自分の正義を表現するために

セルフケアを使うのは本末転倒だと思うわけです。

そうじゃなくて、セルフケアは共同体の中で

お互いを愛するためにある。

他者から受け取るものだと思うんです。

そうじゃないと、感謝がなくなっちゃうし・・・

Sabbathは私たちが主張する権利ではなくて、

神様からもらったものじゃないですか。

だから、権利としてセルフケアが話されると

本当に悲しくなるんだなと思います。

セルフケアは大事。

だからこそ、感謝の中で

神様が神としてあるべき場所であるべきものな気がします。

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3月4日

2017-03-04 | 日記

普段はSabbathを結構きっちり守ってる方なんだけど、

ロスの出張から帰ってきてすぐファンドレイズコンサートがあって

出張後のなんやかんやとかで

今日までday offすら取れなかったのでした。

とはいえ、ロスでは仕事もいっぱいあったけど、

今回はすごく気持ち的にもリラックスしてたし

結構リフレッシュして帰ってきたんですけどね。

どうも体がめちゃめちゃ疲れてたみたいで、お昼まで寝てた自分にびっくり(笑)

今年のレントは「整頓」を掲げて(?)いる私ですが、

それも含めて今日はゆっくり、丁寧に・・・な1日になりました。

不思議とSabbathは別に決めているわけじゃないんだけど、

食事がデトックスみたいなものになりがちなんです(笑)

そういうものを食べたくなるっていうか、

そういうのを作りたくなるっていうか・・・

普段、食事を通してのミニストリーが多いこともあって、

自分が食べたいものを食べられないことが多いんですね。

だから、「特に」なのかもしれません。

別にそういう「取り決め」をしたわけじゃないんですが、

教会の事務をしてるジェニーとは

お互いにSabbathを取っているか、

ちゃんと休んでるかを不思議とお互いにお互いを

チェックしてて、アカウンタビリティーになってるんですね。

スモールグループのメンバーも

いつもそのことを心がけてくれています。

そういう人たちに囲まれているのは

本当に恵まれているなと思うんですね。

私は何かを生み出す機械ではないわけです。

そして私から出てくるひとつ一つのものは

私がどうか・・・ということが問題になるわけです。

なぜなら、私を通して生まれるものだから。

セルフケアは大事だけど、

セルフケア教になるのも困るわけです。

セルフケアを守るために他者を非難するのはもっと困る。

セルフケアは「守る」ものでも

「勝ち取る」ものでもないからです。

「独身は周りにいいように使われる」と

いつもやたらに周りに否定的な言葉を聞くと

とても悲しくなるし、

その他者を裁くために、自分の正義を表現するために

セルフケアを使うのは本末転倒だと思うわけです。

そうじゃなくて、セルフケアは共同体の中で

お互いを愛するためにある。

他者から受け取るものだと思うんです。

そうじゃないと、感謝がなくなっちゃうし・・・

Sabbathは私たちが主張する権利ではなくて、

神様からもらったものじゃないですか。

だから、権利としてセルフケアが話されると

本当に悲しくなるんだなと思います。

セルフケアは大事。

だからこそ、感謝の中で

神様が神としてあるべき場所であるべきものな気がします。

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3月2日

2017-03-02 | 日記

昨日はAsh Wednesdayでした。

私の教会は毎年とってもよいレント(受難節)用のデボーションガイドを作っています。

リンクをみていただけるとわかるんですが、

一日三回、神様との時間を持つんですね。

そしてその方法も様々。

霊的に整えられたいと思われている方、ぜひご利用ください。

 

さて、レントになると何をGive upするかという話題になります。

私の友達はレントの間、ビーガン(ベジタリアンの中でも、動物性のものは何も取らない派)

をやるって決めた家族がいます。新しい!

チョコレートとかコーヒーとかが一般的ですが、

これは何かをgive upすることが目的じゃなくて、

神様に近づく、神様と出会う場所を広げるというのが目的なんです。

で、私が決めたのは

「整頓をする」です。

つまり、煩雑な生活をgive upするってことです(笑)

結構自分では斬新!とか思ってたんですけど、

昨日、ランチタイムに教会のスタッフとその話をしてたら

デボーションガイドにそういうのが入ってるらしく・・・

牧師に先を越されてました(笑)

ちなみに、彼は炭水化物をgive upしております。

煩雑な生活空間をgive upしようと思ったら

整頓する時間が必要なわけです。

それを作り出すためには

別のことをgive upしないといけない・・・

整頓とかシンプルに生きるっていうのは

霊の訓練の一つでもあります。

四十日後には一体私の生活空間はどうなっているのか・・・

データ整理とかをしないといけないものもたくさんあるし

振り返るにはとってもよいかもしれません。

そして新しい風を吹かせたい。

そんな風に思っています。

神様と出会う場所、

そして、他者が家に来て、くつろげる場所、

そこで主に出会える場所・・・

アーティストとしてもこの空間じゃあダメって思うし、

このプロセスを通して、また新しい作品が生まれる空間もできるかなと・・・

なんだか楽しみ・・・

 

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Peterson

2017-02-28 | 日記

やっと外付けハードディスクをゲットしたので、

「宿題」のDAMAHフィルムフェスティバルのDVDを

少しづつ観てるのですが、ショートフィルムって

すごく詩的なものが多いんですよね・・・

という日常の中で、Petersonを観たのはすごくよかったなと思います。

この映画、本当に本当に淡々としてるんですよ(笑)

後ろに座ってたおっちゃんがいびきかきながら寝ちゃうくらい(笑)

めちゃめちゃおばあちゃんたちがきてたんですけど、

終わった後、「な〜んてつまんない人生の話だろう」って・・・(笑)

一緒に行った学生は文学部の学生で

二人でおばあちゃんたちの大声の感想に大笑いしてしまったのでした。

パターソンという町にいるパターソンという名前のバスの運ちゃんの

話なんですけど、このバスの運ちゃんがアダム・ドライバー(笑)

なんか彼、普段ちょっと振り切れてる感な役が多い気がするから、

こういうなんか、ちょっとさえない感じで

なんかはっきりしない、優柔不断な優しい感じの

普通の日常に「こういう人いる〜」って思うような役をしてるのが

すごく新鮮でした。

この映画は映像で見せてる部分が多いかなと思うんです。

パターソンが詩人っていう設定なので、

ずーっとポエムが出てくる。

画面にも彼が書ポエムが出てくるんです。

その自体とかもめっちゃおしゃれ。

もう、どこを切っても小洒落てて

でも、クスッと笑えるシーンがいっぱいあって、

静かで優しい時間が流れていく映画です。

奥さんはなぜか白黒が大好きなインド人で(笑)

無邪気で無茶苦茶な人なんだけど、

彼は大好きで仕方ないっていうのが溢れているんですね。

いろのトーンは抑えてるけど、普通に沢山の色がある中で

白黒にこだわる部分にモノクロな毎日っていうのを表現したかったかなと

思いつつ観てました。

ガーディアンエンジェルみたいな役で永瀬正敏が出てるのもミソだったかなと。

日本人の間を読む世界と詩の世界はマッチするんじゃないかと思うし。

アートな映画に彼はしっくりきますよね!

白紙のノートを渡すときに

「このページの間に無限の可能性があるんだ」って言うんです。

これなんだよな〜、この映画で言いたいことってって思ったんですね。

私たちはこの毎日の当たり前のその一つ一つの「間」に

無限の可能性があるんじゃないかなって。

詩の可能性はその行間にあるんじゃないかなと・・・

つまらない、普通の中にある可能性って

無限かなと私も思う。

この映画はとことん、毎日同じペースで

同じように過ぎていくことを観せていくんですけど

それをするからこそ、毎日どれだけ違うかを

観せることができてると思います。

確実に毎日違う。小さいことなんだけど、でも違う。

それは思いっきり決まったルーティーンの中にいるからこそ

わかる事実なわけですよね。

毎日同じだなんて絶対言えないってことを

淡々とルーティーンを観せる中で

表現していくからインパクトがあるわけです。

「無限の可能性」を見るってそういうことかなって思うんですよね。

詩人はそういう感性を持ってるから

詩が書けるわけで。

私たちはどれだけ、それに気づいているのかなって思いました。

神様の恵ってそういうことなんだと思うから。

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The Vessel その2

2017-02-24 | 日記

今日、友達とこの映画について話してたところ

ふとすごいことに気づいたので、ここに書いておきますね!

この映画もまた「沈黙」が描かれているってことなんです。

Silenceは迫害によってでしたが、

こちらは災害と心の痛み。

すごく共通するものがあるなと思ったんですね〜・・・

沈黙の中で喪に伏している人々の話な訳です。

そして、この映画では直接神の声が聞こえる訳じゃないんだけど、

でも、確実に神様が働かれてるのがストーリーラインで見えてきます。

そして、それは意外な方法だったりする。

神父がすごく頑張ってるんだけど、

なかなか思い通りにならないまま、

彼がとうとう出て行こうとした時に

物事が動きだす。

じぶんの方法でどうにもならなかった時に

動くっていうのは、ある意味  Silenceの神の声が聞こえるシーンと

シンクロするんじゃないかな。

自分の力で戦うのを諦めた時

神様の「声」が見えるのかもしれません。

神は沈黙の中で何を語ってるのか、

神様の目線は、

表情はどんなんなのか・・・

そんなことを再考させられています。

やっぱりもう一回観たい!

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2月23日

2017-02-23 | 日記

おとといの夜ロスから帰ってきて次の日の早朝からミーティング三昧

そして、「これ、マジ間に合わないかも」的事柄に直面しつつ

事務所のネットの遅さに仰け反りつつ今日も生きています(笑)

ロスでは全体的にアートでした。今回のRJC (Reaching Japanese for Christ)

インターナショナルカンファレンスのテーマが「アートとポップカルチャー」だったのもあって

色々なアーティストの皆さんと出会うこともできました。

その中の一人、プロデューサーのマーク・ジョセフさんとの出会いは衝撃的でした。

日本語が・・・日本人だ!ってか、全然普通に巨人の星の話で大笑いしてた相手が

実は・・・って感じで・・・

私はやっぱり有名人ぶらない人に共感できるんだなと再確認。

有名な人じゃなくて、普通に人だった(笑)これ、実は私にとって非常に大事なファクターなんです。

今までも、いろんな有名な人にあったけど、

有名な人であることにアイデンティティがある人はちょっとやっぱり苦手だと思うんです。

今回も「うちの夫はもちろんご存知でしょうから」って名前も言わずにいきなり言われて

クリスチャンなら全員あなたのご主人を知ってないとダメってことですか・・・と

驚いてしまって・・・でも、聞き返す間もなく一方的にガーッと話されたので、

私が知ってるか知らないかという事を提示せずに済んでよかったなと思いました事件もありました。

実はその方が牧会している教会の名前も聞いたことがないし、

一体どこにあるのかも知らないんですわ・・・

そもそも、そこがポイントなのかは私にはよく分からない大人の世界でした(笑)

「私のことはご存知ですよね?」からの入りで

「どうでしょうか・・・お会いした記憶がないんですが・・・」と

正直に言ってしまって相手の気分を害してしまったこともあります。

私の周りには世界的な第一人者が一杯いるわけです。

それこそ、この名前聞いたことなかったらやばいだろ・・・って人とか。

でも、私は有名人だから彼らと付き合いがあるわけじゃないし、

パーソナルな友人としての関係は全くそういう風に成り立ってないんです。

そもそも誰かわかってなくて始まった会話が多いし・・・

ってか、そんなに有名な人を知ってないと人としてダメなのかなと最近思ったり・・・

道で有名人にあっても、全然気づかないんですよね、普段も。

私自身はその人の人柄に共感するかどうかから始まるのかもしれません。

社会的ステータスより人柄かなぁ・・・

有名だから尊敬できるとは限らないわけで。

というより、尊敬できる人がたまたま有名だったっていうケースが多いかも。

私が尊敬できると思った人が尊敬する人なわけです。

そして尊敬できない人と友達になるのは難しい。

そして、尊敬できない人と何かを一緒にするっていのは本当に難しい。

同じ目線で一緒に考えるっていうのが楽しいし

違いに学び合えるっていうのが面白いし

それがどんな社会のステータスであれ必要なんじゃないのかなと思うんです。

私たちはそれぞれ違うように造られたから

見える方向が違ったりするから面白いわけですよね。

今回、サドルバックのJesus Otakuというミニストリーのお二人が来てくださったんですが、

いや〜・・・感動しました。

深いんですよ、彼らのいうことも考えていることも。

私は「有名な先生云々」よりこっちに共感しましたね〜・・・

そして、講師もお二人もそうだったようで・・・(笑)

今回の講師は河野先生とフジムラ・マコトさんだったんですけど、

私はどちらとの時間もとっても楽しかった。

いっぱい学ばせてもらいました。

そしていっぱい共感しました。

河野先生の新しい本も日本よりお先にゲットできたのも嬉しかった(笑)

読んだらここに書こうと思っています!

マコさんの本もちゃんとやらないといけないし!

日本語の「沈黙と美」は日本用に内容を手直ししてるんだそうです。

そっちも楽しみ!

そして、culture careも同じように手直しして出すそうです。

マーク・ジョセフさんとの出会いも新しい何かの始まりになりそうで

超ワクワクしています。ちなみに、The Vesselはマークさんの映画です!

私がマークさんの映画を観せていただくとき

「な〜んかオフで楽しいことしてるぜって感じ」って言ったら

「何言ってるの? これも神様の仕事ですよ!」って言われたのが

すごく印象的だった・・・

私、そういう立ち位置で映画を今までずーっと観てきたんだったのに

どうして急にそんなこと言ったんだろう・・・って思ったり、

神様の仕事って基本めちゃめちゃ楽しいってことを再確認したり・・・

あ、楽しくても仕事でいいんだったって

私、楽しいことしかしないんだったって

そんなところで自分の立ち位置を再確認しました(笑)マークさん、ありがとう!

私にとってどれも霊的な部分でエンゲージしているものだしね。

ものづくりも然り。

 

これから神様がどんな風に導かれるのか、超楽しみ!

 

そうそう、バンクーバーの手仕事を応援してくださっている方に

先日インタビューを受けたものが

記事になりました。

こちらがリンクです。

とっても素敵に書いてくださったので、ぜひご覧ください。

 

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