13th Avenue日記

一歩ずつ、一歩ずつ・・・・

Blackkkklansman 追記

2018-08-29 | 映画

昨日観た映画は、アメリカの踏み絵を観たっていう感じの映画で、

私はアメリカに住んでないし、偉そうに何か言える立場じゃないけど、

パワー!っていうところでぶつかる感じは

私がイメージするアメリカとすごくマッチする気がしたんですね。

どっちが沢山パワーがあるか・・・そこが勝負の分かれ目的な。

その在り方って実はすごく単純で感情的だと思うんですね。

感情は悪いものじゃないけど、

それで走り出すとしたら、ぶつかるだけじゃないかなと。

対話と相互理解は感情だけでは無理だし、

そこからより沢山のパワーで打ちまかそうとするなら、

そこには搾取はあってもエンパワーはないわけです。

そこがすごく違和感なのかもしれない。

日本も然りですけど、

かくあるべき、という形にどのくらい瞬発力を蓄えるか

といことにすごくこだわっている気がするんです。

つまり、可動域がものすごく狭い。

何かが一つになって行くプロセスには

近道なんかないわけで。

排他的立ち位置は1になるための超最短距離を図る近道を選ぶことに

他ならない気がしています。

一番になりたいって叫ぶときは

一番じゃないからだし、

本当に自分に自信があるなら、

そもそも叫ぶ必要性が無いと思うんですね。

どこから来て、なに人かが

常に話題になるって

私には違和感なんです。

と、同時に、同じじゃ無いといけないという圧力の中で

違うものを弾き出してしまうのも間違っていると思うし。

聖書でいう、体の各器官という表現は

まさに真の1を示すものだとつくづく思っています。

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Blackkkklansman

2018-08-28 | 映画

スパイク・リーの映画なんで、期待して行きましたけど、

いやいや、観てよかった!の一言ですね。

丁度、NHKの「西郷どん」の薩長同盟を観た後で、

なんだか、それも重なったり・・・

主人公のロンはコロラドスプリングで

初めての黒人警部になるわけですけど、

実は私、ナッシュビルで初めての黒人警部になった人を

知っていて、なんだか、その話と重なったんですよね・・・

白人社会では黒人と言われていじめられ、

黒人社会でもいじめられ・・という話を聞いてたので、

なんだか、それも妙に臨場感でした。

私も、ここで、アメリカからきたアジア系の皆さんに

「日本人なだけじゃなくて、あんた自身がバナナだ。

アジア人として恥ずかしい」ってことを

何度も言われたり、

「アジア人としての心得」を何度も「教えてあげる」と言われたり、

このどっちにもフィットしない感はリアルに感じることが

何度もあったから、この同じ肌の色の人は同じように考えないといけない

という微妙な圧力は少なからず分かる気もするんです。

だから、ロンの立ち位置に私は共感できたのかもしれません。

別に、白人の皆さんと友達だからバナナになるわけじゃなと思うしね(笑)

アイデンティティの問題にもしっかり触れてるなぁと思います。

肌の色で自分のアイデンティティを決めるのか、

そうじゃない選択はあるのか。

アダム・ライダーがまた良い味を出してるんですけど、

KKKは反ユダヤの中で、潜入捜査で入って行くときに、

ユダヤ人疑惑を何度もかけられます。

実際、彼の役はユダヤ系アメリカ人なんですが、

あるとき、「自分はユダヤ人だということを考えたことがなかった。

別に文化的な何かをしてきた訳じゃないし。

でも、だんだん自分がユダヤ人であることを思わされている」というんです。

すごく印象的だった・・・

自分がどこからきたのか、誰なのか・・・それって何かきっかけがないと

考えないことなのかもしれません。

ロンが配属された情報課(インテリジェンス)の仲間がまた、

すごく良いなと思います。お互いに対するリスペクトもそうだし、

仲間として、肌の違いや文化の違いを超えてる感じがすごくホッとしました。

単純に肌の色とか文化とかでいがみ合わなければいけない訳じゃない。

薩長同盟のシーンもそうだったけど、

違っても、もっと大事なことに向かって一緒に働くなかで

同士になっていくっていうんですかね。

私は単純に1という世界はないんだと思っています。

最後のクレジットでもしっかり見せてもらいましたが、

何か、外側のもので1として主張するのはナンセンスだと思っています。

肌の色とか大まかな文化で単純に1を主張するのはそもそも無理があると思うんです。

どんな人も自分の文化を持っている。だから、どんなに同じ国に生まれて、

隣同士で育ったとしても、同じじゃない。だから1とは言えない訳です。

でも、2が1になる努力をすることはできる。

このロンが配属された情報課、そして、ロンとフィリプ、そして他の仲間たち

そんな風にみんな違うけど、仲間になって行くことは可能だと思うんです。

だって、憎み合っていた薩長だって同盟を組める訳ですから(笑)

最後のクレジットでバージニアであったUnite the Right rallyが出ます。

キング牧師の行進もそうでしたが、違う肌の色の人たちが1つになって歩くんです。

これが本来のの1の立ち位置なんじゃないかなと・・・

 

いろんなことを考えさせられる映画です。

福音を捻じ曲げることへの気持ち悪さも含めて。

楽しくて深い良い映画でした。

爽快なんだけど、爽快じゃないっていうのが良いなと。

70年代の色使いもとっても私は好きだった。

ふと気づいたことは、アダム・ライダーとアラン・リックマン

どちらも大好きな俳優ですが、どちらもなんか

モワッとした話し声の人だなと・・・

意外とそういう声が好きなのか?私・・・と自問自答しております(笑)

 

 

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Crazy Rich Asians

2018-08-21 | 映画

超楽しみにしてたこの映画、早速観に行きました!

いや〜・・・リアルだった(笑)

留学生の働きをする中で、

私の毎日は結構こういう話が日常にある分、

この映画があってよかったなと思います。

海外にいる時と自分の国に帰った時の

ギャップがある人っているんですよね〜・・・

これは結婚っていう設定で話が進むので、

かなりエグい感じで描かれていますが、

友達同士でもびっくりすることあるんです。

この映画のレイチェルの大学時代の友達、ゴウみたいに(笑)

私もスペイン人の友達のところにちょっと泊めてもらったら、

両親が弁護士で、お手伝いさん2人いつもいましたね〜・・・(笑)

もう、自分が寝たベットを直したりしたら

お手伝いさんに「仕事を取らないで!」って怒られたり(笑)

もちろん、ご飯も、コーヒーも自分で・・なんてご法度で(笑)

こりゃあ、イギリスでこの人大変だったんだろうなと。

そんなことをめちゃめちゃ思い出しました。

自分はお手伝いさんになって働いても、

お手伝いさんを持つような生活はありえないなぁと思った

あの気持ちがふつふつと・・・(笑)

この映画、「アジア映画」では決してないと思うんです。

アウカフィアも言ってましたが

「よくある話をアジアという枠組みで作った映画」だと思います。

海外で住んでいて、そこで、自分の文化を持っている人、

移民1世、2世、

自国で生きてきた人、

そして、世代の違い・・・

本当に、どの国の枠組みで考えてもありえる話なわけです。

そして、アジア、そしてシンガポールの華僑の立ち位置と文化・・・

非常にリアルでした。

私の周りにも、中華系シンガポール人の皆さんがいて、

この映画のキャラに似てる人たちもたくさん(笑)

そして、同じ中華系でも、自国だけで育っていなければ、

うまくフィットできない感じ、

そして、自国だけで生きてきた人にとって、

それは「バナナ」以上に「外国人」でしかないこと・・・

私もそんな人の一人だから、

この主人公、レイチェルの気持ちもシンクロするわけです。

この、自分と同じルーツの人に「外人」って言われる気持ち、

痛いほどわかる・・・

そして、「あなたは不十分だ」と言われる気持ちも痛いほどわかる・・・

笑えるけど、泣ける映画でした。

「ふさわしい」とか「ふさわしくない」とか

一体誰が決めるんだろう・・・

一体何がものさしなんだろう・・・と

思うわけです。

最後は超ハッピーエンドなので、

薄っぺらく思われちゃったらもったいない映画だなと思います。

 

 

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8月18日ー長崎祈りの音色

2018-08-18 | 日記

今日はまさしとりょうが逝ってしまった日。

この間、聞かせてもらった「長崎祈りの音色」で話されていた事と

なんだか相まって、仕事は沢山あったけど、

なんだか心がついていかない感じがして、一日、そっと過ごしました。

この番組はとってもあたたかい番組だと思うんです。

聖書の世界とクリスチャンの思いやあり方に対して

とても優しい目線だと思います。

この対話を聴きながら、まさしとりょうとの会話を思います。

目をキラキラさせて、「すごい〜」「もっと知りたい〜」って

いつもいつも言ってたっけな・・・

ふじむらまことさん(マコトフジムラさんと書くのが一般的に正しいのだと思うけど、

私にとっては彼は平仮名なので、平仮名で書かせてもらいます)が出演しているのですが、

彼の柔らかい声で言われた「平仮名のキリスト教」という一言が心をぎゅっと掴みました。

柔らかい声だったからこそ深く心に沈んだのかなと思うんですが、

ああ、これなんだと思いました。

ユニバーサルな神の愛はそれぞれの文化の中で色々な色の花を咲かせる。

日本で花が咲き、豊かな実を結ぶ福音のカタチは

平仮名なんだな・・・と。

中国ルーツの耶蘇でもなく、西洋ルーツのキリスト教でもなく、平仮名の福音って

まさに、内村や新渡戸が言った2つのJって

この平仮名化のプロセスの一つなんじゃなないかなって思ったんですね。

道民クリスチャンとして、この2つのJが

なかなか正しく理解されていないことに

心を痛めている一人として、

この「キリスト教が平仮名の宗教になったら・・・」という一言に

心を拾ってもらった気持ちで一杯になったわけです。

ああ、これだ、私たちが言いたかったこと・・・

私がずっと思ってきたことはこれだ・・・と、

ふっと手の中に着地した気持ちでした。

まさしやりょうが生きているときにこの言葉を聴いてたら、

彼らはどれだけ嬉しかっただろう・・・

最近、信仰告白をした学生と今、洗礼に向けての学びを一緒にしているのですが、

この話をしたんですね。

海外で救われた人にとって、このカタカナなのか、平仮名なのかは

とても大切な問題で、平仮名化することで、彼らの信仰は根付くんじゃないかと

本当に思うし、この平仮名化するプロセスが「定着」であり、「成熟」なのかなと

思うからです。

彼女にこのまことさんの一言を伝えたとき、

「あ〜、そういうことか!!」と目をキラキラさせていました。

誰かになるのではなくて、本来の自分を取り戻す、

そのクリスチャンライフの入り口で彼女にとって、

とてもしっくりくる言葉だったようです。

私にとっても、この言葉を聞いたとき、

根本的に自分の存在を肯定された気がしたんですね。

こんな素敵な言葉を今まで知らなかったことが残念でならない。

一気に目の前が開けた気持ちでした。

私はこれからもずっと、この「平仮名になる」ということに

向かい合い、取り組んでいくんだと思います。

あ、このために私は去年死ななかったのかもしれないと思ったんです。

私は道民であり、日本人であり、人生の約半分を海外の3つの国で過ごしてきて、

3つの言語にアクセスがあり・・・混沌とした文化を自分の中に持っているからこそ

この平仮名であることの意味を考えるんだと思います。

日本人の霊性の成熟はこの平仮名になっていくプロセスの中にあるんだろうと思うし、

私たちが神様から託されているのは、

平仮名化する成熟のプロセスの中で、どういう文化を紡いでいくのかかなと思います。

神様が作った日本人だからこそ紡げる文化がある。

神様の素晴らしさを、美しさを、

平仮名だから表現できる文化があると思うのです。

今までも模索してきたことだけど、

今、新しい「ことば」をもらった分、

もっと模索していきたいなと、心から思います。

キリストの体の一部として、

私たちがそこから発信、貢献するものがある。

神様から託されているものがあるんじゃないかなって思うから。

私は文化構築や文化耕作をこれからもずっと続けていくし

それが神様が人に与えた「はたらき」だと思う。

カタカナと平仮名が混沌としている道民として、平仮名の人のクリスチャンとして

私は何をつくる事を今神様に呼ばれているのか、

そんな事を思わされています。

もっともっと、この「キリスト教が平仮名の宗教になったら・・・」が

一体どんな事なのか、まことさんにも聞いてみたいし、

これから多くの先生やクリスチャンの皆さんと

たくさんたくさん考えていけたらと思います。

これからどんな会話になっていくのか、

私たちは何をこれからつくっていくのか

それが楽しみで仕方がありません。

神様の指趾を辿りたい、

そして神様がすでに置いてくださっている

その隠れたキラキラを一緒に見つけていきたいと

心から願うのです。

 

 

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Christopher Robbin

2018-08-07 | 映画

ちょうど、水曜に、うちの社長(インターン)と

シャボン玉の話をしていた時、

「僕、そういう子供みたいに楽しめる心を

どこかに落として来たと思うんです」と

言いました。

そもそもは、一人でシャボン玉をするかしないかという

話だったんですけど(あ、私はする派です)

びっくりするくらい、みんな一人でふとシャボン玉とか

しないらしいんです・・・

ご飯会にしてもなんにしても、

くだらないアソビをいっぱいするんですけど、

なんか、思いつかない・・・と

そもそも、日常生活で「やってみよう!」とか思わないと言うんです。

「泉さんのその「これやったら絶対おもろい」って言うのを

思いつかないし、多分思いついても実際やろうと思えない」と。

なんでだろうねぇ・・・と言う話をしたばかりで

この映画を観たと言うわけです。

いや〜・・・なんか、先週の会話の答えがここにあったなと

思う映画でしたね〜・・・

クリストファー・ロビンが30代になっていると言う設定です。

戦争にも行って、家族を持って、

すっかり、大人になったクリストファー・ロビン。

なんか、よくある大人なんですよ。

教育ママではなく、教育パパで、

なんかユーモアをすっかり忘れちゃっているって言うか、

毎日の「生活」に追われて、

責任とかいうやつに翻弄され・・・

子供の気持ちがイマイチ掴めず、

でも、仕事頑張らないと、会社の危機だし・・・と

大人の大変さの真っ只中で、

プーさんが帰ってくるんです!!

クリストファー・ロビンがあのプーさん達を

大人になってすっかり忘れちゃっているから、

みんな消えてしまっている・・・そして

100エーカーの森は毎日雨そして霧です。

ああ、クリストファーの心そのままですよ・・・

娘のマディが子供の頃描いたプーの絵を見つけることから

クリストファーはプーを思い出す・・・から

プーだけ100エーカーの森で目を覚まします。

もうこれ以上書くと単なるネタバレになっちゃうので、

詳しくは書きませんが、

いや〜〜〜〜

本当にいい映画だったんです。

私は3回くらい泣きました(笑)

なんか星の王子さまの「大人」っていうのを

思い出しましたね〜・・・

オトナになるって子供の頃の想いから

大人の心に入れ替わることじゃないと私は思うんですよね。

本当のオトナになるって

ちゃんと積み重ねることだと思うんです。

全部抱きしめられることじゃないかなって。

子供の頃にしたことは

オトナになったら、選択肢の一つになると思うんです。

忘れちゃったら、そもそも選べない。

オトナ=成人だと私は思うんです。

人に成っていくことがオトナになること。

だから、子供の頃の「タノシイ」も

オトナの責任もどっちも持てるはず。

大人になっちゃったら

単に大きな人になるだけじゃないですか!!

重ねるんじゃなくて、ただ薄めたカルピスみたいになっちゃう。

そんなのつまんないんじゃないかなって思うんです。

学生の頃、佐野元春が流行ってて、

「アンジェリーナ」っていう曲を

よくみんなでコピーしたりしてたんですね。

その歌詞の中に「つまらない大人にはなりたくない」って

いうのがあるんですけど、

私の仲間の間ではある意味、

これがスローガンなのかもしれないなと思うんです。

幾つになっても、

バカだね〜ってことをわざわざしたりするわけですよ。

あの、taggのおっちゃん達みたいに。

忘れちゃいけないことがあるんです。

楽しくていいんです。

オトナになるって結構悪くないんです。

そんな自分を取り戻す大人の話でした。

この映画の最初の部分は、

アーネスト・シェパードの挿絵風に進んで行きます。

それがまた私のツボでした。

ユアン・マクレガーのクリストファー・ロビン、

めちゃめちゃ良かった・・・

この人本当にすごなって思います。

トレインスポッティングかと思えばオビワンだし・・・

クリストファー・ロビンもめちゃめちゃクリストファー・ロビンでした。

すごいな〜・・・

本当に、いい映画だった・・・

絶対また観たい映画です!

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Mamma Mia! Here we go again

2018-07-24 | 映画

昨日、イミグレーションの件でかなりシンドイメールが来て、

明日は弁護士に呼ばれているのですが、

これが、意外とボディーブローだったようで、

弱っている感満載。

な訳で、ちょっとパーッとせんとならん!と

この映画を観てきました。

この映画は前回主人公だったドナが亡くなって

娘がホテルを開く話なのですが、

ドナがなぜこの場所にたどり着いたのか、

何でお父さんが3人になっちゃったのか・・・

その過去のストーリーと

今のストーリーと織り交ぜながらの映画です。

もちろん、前回通りABBAの音楽全開で、

いっぱい笑えるんです。

役者の皆さんも超楽しそうで、

(いや、実際、これやったら楽しいと思うし)

こっちも一緒に歌って踊りたくなるのは前回の映画と一緒。

でも、今自分がしんどいからか、

彼らのしんどさもしっかり伝わっちゃって、

めっちゃ笑ったんだけど、

なぜか私はハンカチを使うくらい涙が出てしまって・・・

ドナの生き方が切なくてね〜・・・

いっぱい笑ってるから、

その分切ないなって思ったんです。

そして友達っていいなって思った。

生きてくのがしんどいなって時に

観るのは意外といい映画かもしれません。

自分がやってることとか

やってきたこととか

全く意味をなさない気持ちになる時

この映画を観るのは意外といいのかも・・・

悲しくて泣く映画じゃなくて、

切ないけど、精一杯笑顔で生きてる姿に

涙が出るのは悪いことじゃないのかなと思います。

自分の人生は無駄だったのか・・・と真剣に思う時、

この映画は笑いと涙をちょうど良い割合でくれるのかもしれません。

 

振り返ったって仕方ない。

あとは神様に委ねて進むしかないんだよね。

さあ、ひょうたん島はどこへ行く?

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7月16日 The four Gospel

2018-07-16 | 日記

昨日気づいたこと。

夜の礼拝に使っている聖書は

単に大きいだけじゃなくて、

とても美しい聖書だということ。

毎週その美しい聖書の一節を朗読するのを

私は聞いていたんだってこと。

なんだか心も魂も幸せでいっぱいになった気がした。

その美しい聖書には

生きるってことが詰まっている。

そして、一番苦しいストーリーも

この聖書から読まれると美しいのだ。

かなしいほど美しいのだ。

美しいってことは愛なんだってことを

神様の大きな愛なんだってことを

この聖書は教えてくれるのだ。

この聖書の中には

私をとても幸せにしてくれる絵がある。

いつもこの絵を見ると

なんだか少し強くなれる気がするのだ。

少し凛として美しさを受け取ることができる気がするのだ。

なんだか魂が元気になる気がするのだ。

そしてちょっと笑顔になれる気がするのだ。

どんな時にも

どんな中にも

美しい何かがいつか生まれるんじゃないかっていう

希望が心に灯る気がするのだ。

そんな絵が入っている美しい聖書から

毎週私は御言葉を聞いていたのだ。

 

「わたしに何をして欲しいのですか。」するとその人は答えた。

「主よ、目が見えるようにしてください。」

イエスは彼に言われた

「見えるようになれ。あなたの信仰があなたを救いました。」

その人は直ちに見えるようになり、

神をあがめながらイエスについて行った。

これを見て、民はみな神を賛美した。

ルカの福音書18:41−43

 

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Ant-Man and The Waspを観たんだけれど

2018-07-12 | 映画

観たんです。楽しみにしていたAnt-Man and The Wasp.

一作目がとにかく楽しくて、ゲラゲラ笑った思い出が

あまりにも鮮やかで、今回も笑わせてもらおう!と張り切って

上映開始からすぐ観にいきました。

面白かったんですよ、笑えたんです。

でも、哀しくなった。

映画自体はとっても面白いし、

今回は、仲間とか家族とかそういう部分が

すごく強調されていて、愛が溢れてるなっていう映画でした。

是非観てください。

私が哀しくなった理由は映画じゃなかった・・・

スターウォーズを観に行った時も同じ。

笑えたんだけど、良かったんだけど、哀しかった。

それは、りょうとまさしを思い出したから。

スターウォーズはりょうと観に行った映画。

だから、続きを一人で観に行ったのが寂しかったのだ。

実は普段映画を観に行く時、ちょっとだけ切ないのは

まさしが居ないから。

そして、アントマンはまさしと観に行って

一緒にゲラゲラ笑って、何回も思い出して笑った映画の一つ。

だから、一緒じゃないから哀しかった。

「居ない」という現実が鮮やかすぎて、

笑ってるんだけど、泣きたい。

そんな気持ちになってしまう。

大好きな夏なのに心がいつもちょっとだけ苦しいのは

もう居ないから。

一緒にずーっと過ごした夏の思い出が楽しすぎるから。

突然逝ってしまったから

まだ私の心は前に進めていないんだなって気づくことが多い。

突然逝ってしまった。

さよならもいうことなく

何の準備もないまま、突然逝ってしまった。

あと何年大好きなのに涙が出てくる夏を過ごすのかな・・・

映画館で映画を観るということは

いつもまさしが居ないことと向かい合わないといけないのだ。

映画を観た後、その話がもう二度と出来ないのだ。

その度、私の心はぎゅーっと掴まれたような気がするのだ。

みんなで楽しみにしてたこの映画を私は一人で行った。

隣で笑い声が聞こえる気がした。

まさし、この映画、一緒に観たかった〜・・・本当に一緒に観たかった。

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2018-07-11 | 映画

Tagって鬼ごっこのことなんです(笑)

この映画、大の大人が鬼ごっこをガチでするという話で、

それも事実に基づいた話なんです!!!

映画の中では幼馴染の5人組なんですが、

実際は十数人の幼馴染が、

毎年5月に鬼ごっこをするというイカしたおじさんたちの話です。

何がイケているって、手加減しないこと(笑)

そして、彼ら、全米に散っているのに、

5月になると鬼ごっこをいまだにし続けているということ(笑)

いや〜、なんか、自分たちの話みたいで笑えるけど、気持ちよかった(笑)

くだらないことをあえて真剣にずっと続けるって

素敵だと思うんですよね。

この映画の中で、ジェレミー・ラナーが一度も捕まったことがない

ジェリーの役をやってるのがまた笑えるんですよ・・・

やっぱりジェレミー・ラナーはホークアイだったか・・・(笑)

その中で、ジェリーが「みんなは仲間だけど、自分だけなんか遠い存在になってる気がしてて」

っていうシーンがあるんです。

捕まらない記録を伸ばすべく、彼は周到に一年頑張ってるわけです。

そして残りのメンバーは彼を捕まえるのを目標にしている(笑)

そんなジェリーが「自分だけ距離がある・・・」と。

それに残りのメンバーはこう答えるんです。

「鬼ごっこをする目的は相手から逃げるためじゃなく

相手を捕まえるためにやるんだよ」

そして彼は捕まることを良しとするんです。

散々笑ったけど、深いなって思いました。

勝つためにじゃなくて、ある意味、負けるためにやってるっていうか・・・

それが楽しいわけですよね。

捕まえるのも捕まるのも楽しい。

それは真剣に逃げてるからだし

真剣に捕まえようとしているから。

彼らは鬼ごっこを続けることを通して

一緒に大人になったと言います。

そして、彼らは鬼ごっこを毎年することで

友情をずーっと保っている。

確かに妙ちきりんな気もするんですけど、

私はすごくわかる気がしたんですね・・・

ってか、私、毎日しているなぁって(笑)

みんなでしょうもないことを真剣にするって

大人になると倍楽しいと思うんです。

子供の頃はそれしかチョイスがないけど、

大人になると、他にもチョイスがあるのに、

あえて、くだらないことをするわけですから(笑)

ちゃんと大人じゃないとこれ、楽しくないわけです。

それを今日も私はいろんな人としてる気がする。

そして、これからもずーっとし続けたいなってこの映画を見て思いました。

めちゃめちゃ笑えて、ちょっと切なくて、

なんだか元気になる映画です。

 

PS お葬式のシーンとか結婚式のシーンとか本当らしいですよ(爆笑)

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沈黙ーサイレンス その④ 異文化理解

2018-07-10 | 映画

またまた観たんです、沈黙。

今回はリージェントでのクラスで観たんですけど、

毎回、観るたび心に触れる「場所」が違うなと思います。

今回、すごく感じたことは「異文化交流」と「互いに愛し合う」とは?

映画の中でとても有名なモキチとロドリゲスの有名なシーンです。

最初にモキチがロドリゲスの十字架を見たときの目。

羨ましさを強く感じたんですけど、

ロドリゲスは物質的な部分でこの十字架を欲しいと

モキチが思ったんだと思うんですね。

このロドリゲスの十字架は非常にシンプルな

ある意味、直線的、機械的な美しさのある空の十字架です。

この、空の十字架はイエスの勝利を表している栄光の十字架。

つまり、復活の十字架なわけです。

その復活の十字架をモキチは受け取ります。

あの有名な雨の別れのシーンでモキチはロドリゲスに

彼の手彫りの十字架を渡します。

モキチの十字架は真ん中に人が彫られている十字架。

その十字架はゴツゴツしていて、

掘った一つ一つの刀の目がはっきりとついている

いびつな十字架。

イエスが真ん中にある十字架は痛みの十字架。

イエス様の十字架の苦しみを思う十字架です。

これをモキチはロドリゲスに渡すんです。

そして、それをロドリゲスは受け取る。

お互いのそのときの立ち位置の十字架を受け取りあう中で、

彼らの人生はその受け取った十字架のようになっていくわけです。

だから、モキチの最後の賛美は圧倒的なんだと思うんですね。

復活の十字架を受け取ることから生まれる強い信仰じゃないかなと。

十字架の苦しみを知っているものが受け取ったのは、

復活の勝利の約束だったんだろうなと。

同時に、ロドリゲスは十字架の苦しみを味わうことになる。

十字架の苦しみなしに復活の勝利は存在しない。

そして、どっちが正しいとかじゃなくて、

どっちもないといけないってことなんだって思うんです。

私たちは頭の中でそれをわかっているふりをするけれど、

じゃあ、本当にそれを体験するならどうなるか・・・

日本のTheology of suffereing(苦しみの神学)と

西洋の勝利の神学。

それはどちらも必要なわけです。

それを真剣に心に受け取りあうことから、

沈黙の中の信仰の継承が起きるんじゃないのかなと。

この互いの十字架を受け取ることは互いに愛し合うことなんだと思うし、

深い異文化交流なんじゃないかと思うわけです。

教えるんじゃなくて、

批判するのでもなくて、

傾倒するのでもなく、

涙を持って受け取りあうこと。

そこから本来の対話と成熟が生まれるんじゃないかと

強く思いました。

理解しあうことの入り口は受け止めあうことだと思うんですよね。

受け止めあうとは、単に傾倒してしまうことでもなく、

単にそれを褒めることでもなく、

受け止めたらしっかりと考えて、応答していくことだと思うんです。

アイヌ語の「チャランケ」とちょっと似てるかな。

 

 

私は普段、異文化の真っ只中にいるわけです。

そして、常に、地球上のどこにいても異文化交流をしている。

例えば、ロドリゲスが、モキチの十字架を見て、

「これは違う」と彼の持ち合わせる文化の正しさを持って

他者を諌めることもできるし、

「素晴らしい、これが最高!」と言って

やたらに傾倒することもできるわけです。

私はどっちも本来の異文化交流や異文化理解ではないと

思っているんですね。

本来の「理解」はとことん取り組むことだと思うんです。

シャロームに届くまで取り組むこと。

とことん理解に届くまで対話をし続けることだと思うんです。

違うものは違う。違うことを違わないと言うのはおかしいと思うし、

違うからいいといえる場所まで行きたい。

そこまでいけたら、「違う」と「違う」が新しい「同じ」に

たどり着くんじゃないかと思うから。

つまりはチャランケが必要だと思うんです。

淘汰も傾倒もしない決断は簡単じゃない。

けれど、あえてそう言う決断をしてとことん新しい「同じ」まで

歩いてみる。

神の統治の中にあるからこそ、

イエスの十字架と復活があるからこそ

その新しい「同じ」にたどり着くことが可能なんだと思うんです。

それが、新しい文化が生まれる場所だと思うし、

それに私たち人間は呼ばれていると思う。

私自身は文化の開拓者としてのあり方を絶対離したくないと毎日思うんです。

私の存在なんてちっぽけだし、

何か力や名声があるわけじゃない。

でも、文化の開拓はトップダウンで起きることじゃない。

文化の開拓と耕すというムーブメントは川の中の動かない小石から始まると

私は真剣に思っているんです。

だから、私は動かない小石になりたいし、

そういう生き方を周りの人と分かち合っていきたい。

それが、本来の文化開拓であり、文化耕作であると思うから。

そういうムーブメントを一緒に起こし続けてくれる仲間が

周りにいることを心から感謝しつつ、

そういう人が私の周りに増えていることにも感謝しています。

 

 

 

 

 

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Bao + Incredible 2

2018-07-10 | 映画

観たんです、Incredible2。

やってくれました!期待に答えてくれました!

なんと、この映画、前回の映画の最後から繋がっているんですが、

相変わらず、ティーンはティーンらしくっていう

この笑えるポイント!うまいです!

今回は、また別の角度でアイデンティティの問題に触れていきます。

今度は、どっちかっていうと、両親のアイデンティティ。

そして、更に突っ込んでですが、女性のアイデンティティ。

個人的に、女性がちょっと卑屈になっちゃった感じのアイデンティティクライシスは

ちょっと苦手なんですが、その苦手な感じのキャラががっつり出るんですわ(笑)

そして、何より、大好きなエドナが今回もきっちりやってくれます。

良い感じで気持ちよく笑える流石の映画です。

 

 

安定のIncredibles の前にBaoという素敵なショートフィルムが観れます。

これが、素晴らしい作品で・・・

トロントの中華系2世が作ったアニメーションなんですが、

本当に核をついてるっていうか・・・

移民家族のあるあるを笑える感じで暖かく描いています。

そして、何より素敵なのは、「見た目では判断できない」ということを

さりげなく描いているところです。

そして、1世と2世って意外と彼ら自身が異文化だったりするっていう

部分もよく書けています。

すごく、私たちには身近な題材で、

わかる、わかるって心で何度も言ってしまう映画でした!

是非観てもらいたいです。私たちがどんな世界にいきているのか、

知ってもらえたらって思います。

 

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舟を編む

2018-06-13 | 映画

多分、今後もこの映画の話をする機会がたくさんあるんだろうなと思う。

とんでもなく良い映画を観たという一言でしか表現できないっていうか・・・

日本出張中にNetflixでたまたま観たら良すぎて2回も観ちゃって、

まだ足りなくて、なんとかこっちで観ようと試みています(笑)

何がそんなによかったのか・・・

それは、「言葉」ってなんなんだろうっていう根本的なことを

言葉を持って静かにでも熱く描いている物語だったから。

ヨハネの福音書の最初の部分が引用されて、「言葉」ってなんなんだという

話を編集長がされるんですが、ぎゅっと心を掴まれたな〜と思います。

言葉はわかり合いたいっていう思いが詰まっているんだってこと、

そして、言葉が人となるってどういうことなのかってことを

もう一度考えさせられたんですね。

人は何かを表現する存在として造られているんだってこと。

それは、言語を持つという時点で証明されているんじゃないか・・・

神は私たちを「耕す」存在として呼ばれたなら、

私たちはそれをどう「耕して」いるのか・・・

相手に伝えたいことってなんなんだ・・・

そういう根本的なことを考えさせらる

とっても豊かな映画でした。

言葉に焦点を当てているせいか、

言葉遣いがとっても美しくて

暖かいのも特徴かな。

役者さん一人一人の纏っている空気感っていうか

それがもっとこの映画の言葉になっている気がしました。

やっぱり松田龍平ってすごいなって思ったし。

そして、今回の日本出張で、長年の疑問だった

邦画で使われる色使いの意味が少し分かった気がしました。

この映画もそうだけど、影率が高いし、

ちょっと緑がかった色だと思うんです。

この緑のフィルターがかかっている感じ、

いつも不思議におもっていたんです。(濱マイクとかもそうでしたよね)

今回、5月の日本を味わって、この湿気感かもって

思ったんですよね〜・・・

なんだか、緑のフィルターがかかっているように思えるんですよ、

暖かい湿気に慣れていない私には。

あの空気感が成せることなんだなと思いましたね〜・・・

そして、私が惹かれる映画に出てくる人たちって

自立しているんだってことも発見でした。

自分の世界を持っているっていうか、

ちゃんと自分の足で立っているっていうか・・・

野心家とかじゃなくて、どっちかっていうと

自分の世界を紡いでいる人たちっていうんでしょうかね〜・・・

アオイホノオを持っている人たちっていうか。

同志っていうのにも実は弱いんですよね〜(笑)

そんなんで、この映画にはそういう私の心に響くことが詰まっている

映画だったんですね。

表現者としての自分も励まされました。

 

多分しばらくこの映画の話をしてると思うんで、

よろしくお願いします(笑)

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Isle of Dog

2018-06-06 | 映画

気がつけば、1ヶ月以上ブログを更新してなかったと驚いています。

なんか、思い出の映画的な感じになっちゃいますけど、

忘れてはならないことをしばらく続けて残そうと思っています。

ちなみに、私はまあまあ元気です。

日本、オンタリオと出張がほぼback to backであって、

脳震盪の症状が出ていて、そういう意味ではあまり良くないんですが、

それでも1年前に比べたら全然良くなってると確信を持って言えます。

来週末からまた1週間、アルバータ出張がありますが、それが終わったら

上半期の出張は終了。

今後は、小さい出張はいくつかありますが、10月の香港まではバンクーバーです。

家で作品作りや普通のことをする恵みを味わうのを楽しみにしています。

 

****

ちょっと前にウェス・アンダーソンのIsle of Dogを観ました。

ウェス・アンダーソンといえば、fantastic Mr. Foxとかホテル・ブタペストが有名かなと

思いますが、今回のこの映画、超斬新!!の一言です(笑)

舞台は日本と犬ヶ島です(笑)多分、生類憐みの令からヒントを受けたんだろうなぁと

思われるストーリーラインが続くんですが、主人公のアタル少年と

犬ヶ島に連れて行かれた犬たちの物語です。

アタルは自分の愛犬、スポッツを探しに行くんですが、

いかんせん「犬語(英語)」が話せません。

で、犬がわも人間語(日本語)がわからない(笑)

もう、この時点で、私的には私たちの日常を見ているようで

笑うしかないって感じで・・・

それもなんと、この映画、ほぼ字幕は出ないんです!!

もう斬新すぎる!!

私は両方の言葉がわかるから、全体像が見えるし、

お互いの言い分がわかるけど、

どっちかしかわからない人は本当にこの

「どっちか」の立ち位置でこの映画を観ることになるんですね。

超斬新じゃないですか!!

今回は、プラスチックとストップモーションと両方使ってると思うんですが、

アートとしても素晴らしいんです。

プラスチックならではの光の通りかたとかもうたまらない!

アート作品としてもまた絶対観たい映画ですね〜!

どのシーンも額に入れたいくらいいい。

かなりシュールなんで嫌な人もいるかもだけど、

でも、いやらしくないっていうか、

おどろおどろしくないんで、

私はこういうシュール感は好きです。

で、この話の中でアタルが探しているスポッツも登場するんですが、

もう意外すぎて(笑)。いい意味でストーリーラインが読めなくて最高でした!

チーフという犬がアタルと一緒にスポッツを探すんですが、

このチーフの口癖がI bite(俺は噛み付く)なんです。

側に寄るなよ、俺は噛み付くから・・・と他者を側に寄せない

一匹オオカミのチーフ。

でも、アタルにひょんな事から洗ってもらい、

実は黒犬ではなく、斑点のある白犬だってことがわかるんです!

(そこで私たちは「もしやチーフはスポッツだったのか?」と思うわけですよ。

でも、ちがーう!)

この「洗われる」という体験を通してチーフは

I don't bite (俺はもう噛みつかない)と言うんです。

そしてアタルにハグをされることを良しとするんです。

わかります?この感じ!

まあ、最後はいい感じのハッピーエンドなんですが、

この映画のすごいところは、多分、アニメとこのシュールな絵だから

重たくない感じで、超大事なことを伝えちゃうところだと思うんですね。

内容はすごく真っ当である意味「重い」。

でも、技法がこれだから、マイナーコードだったりウエットだったり

必要以上におおごとにせずさらっと、とっても大事なことを伝えられるのが

この人の映画の魅了だと思うんですね。

この映画には「回復」ということがたくさん散りばめられています。

そして、「理解し合う」と言うのがどう言うことなのか・・・

物事が進んで行く中で、私たちが見えていることなんて

本当に氷山の一角だと思うんですね。それがこの映画を観るときによくわかる。

ちなみに、日本語が全然わからない友達の映画の感想は

「犬の気持ちがめちゃめちゃわかった」でした(笑)

紙芝居を見ているような気持ちになるこの映画、超おすすめです。

 

 

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4月11日

2018-04-11 | 日記

なんだか次から次へと色々な「事件」が起きて、

でも、来週から日本出張で・・・

その準備が何も終わってない、何もできてないという

非常な焦りもその上あるためか、

何をやっても凹む事件も勃発中。

そうなると、頭痛も視界の問題も一緒に出て来てしまう。

お医者さんの友達が見かねてくれたメールにも心が対応できず

電話で話した時には珍しく号泣・・・

「辛い」と口に出すことが必要だったのかもしれないと思う。

この2年間、休みなく大ごとが起きてるんだから・・・と言われた。

癌になり、事故にあい、引越しをして、

脇腹を痛め、他人にアタックされ、咳喘息になり・・・と

それだけを並べただけでも次から次から大ごとなのに

親も癌になったり、緑内障が悪くなったり、手術をして

そしてミニストリーでも次から次へと難題の対処をし、

そうかと思えば、ありえない金額の支払いを立て続けにしなければならなくて

ファンドがついていかない等々

長〜いリストを作るように一つ一つ彼女はあげていきました。

これだけのことがいっぺんに次々起きるなんて異常なんだってことわかってる?

実際、リストにしていくとしんどくなるから、

後ろを見ずに今日生きることだけに集中して来たので、

異常もへったくれも考えてなかったというのが正直な答えでした。

霊の戦い(Spritual Attack)がここまでひどいって

それだけ標的になることをしてるってことなんだよ。

爆弾を抱えて飛んでない戦闘機は狙われない。

でも、攻撃するための爆弾を積んだ戦闘機は狙われるんだよ。

問題が起きることをしたから起きてるわけじゃない。

このリストの中の1つ起きただけでも軽鬱になっておかしくないのに

これだけのこと次々あって超元気ならおかしいから。

そんな風に人の体は作られてないんだよ。

そんな一言にまた泣けた。

私はワンダーウーマンじゃない。ただの人なんだってこと。

誰かがわかっててくれたからホッとしたのかもしれない。

4月になってもJBSには新しい人がどんどん増えていく。

帰国する直前になっても聖書を読みたくてくる人が起こされる。

それが今の現状。

今になって2箇所のJBSは記録破りの人数が毎回来るわけです。

神様は何かをされようとしてるんだと思う。

日本出張中にも沢山の繋がりたい学生たちと

これから来る学生たちと出会うチャンスや

一緒に作戦を練ってくれる方々との時間が待っている。

楽しみで仕方がないのに、連絡が遅すぎて

沢山のチャンスを指の間から落としてしまった気持ちもいっぱいある。

色々な邪魔が降りかかって来て、

とにかく追いつけてない気持ちでいっぱいだけど、

でも、それでも、今おかれている場所で今の誠意いっぱいの誠実を尽くしたい。

忠実さと丁寧さで生きていたい。

そう思うからこそ、泣けて来る時だってあるってことなのかもしれない。

今、平安とワクワクを持ってできていることは

日本出張中のメッセージの準備と

今週末の2回のプレゼンの準備。

今日も、久しぶりにろくろを回して、

中心にしっかりとよることの大切さを

体感し、また、神様の憐みもろくろを通して体感して来た。

心はまだぽこんと戻って来てないけれど、

ここを通り過ぎるとまた新しい何かを見せてもらえる気がするから。

 

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Ready prayer one

2018-04-10 | 映画

お久しぶりです。映画は定期的に観てるんですが、

なかなか書く時間がなく、まだ書いていない4本の映画を

パタパタっと書いていこうかなと思っています。

時系列的には、なぜか最近見たのから古い方へ行こうかなと(笑)

 

この映画、なかなか面白かったんですよ。

2時間20分って長いし、

バーチャルリアリティとゲームだし・・・ティーンがいっぱいの映画だし・・・

これ観るって言ったら「え?」という反応も多かったんですが、

よーく考えてください。この映画、スピルバーグですから!

トレイラーを観た時から音楽にもやられたし(笑)

未来の話なんだけど、過去っていう設定も魅力だったし。

観て正解!って感じでした。

長いって感じは全くなかったし、

すごく楽しかった・・・

音楽がね〜・・・ネフリに来たら絶対一緒に歌うと思う(笑)

娯楽でしたね〜・・・でも、とっても教育的な映画で。

これ、子供の話だと思ったら大間違いです。

ある意味、日常の中の出来事を大げさにしているだけで、

ある意味、私たちこのくらいバーチャルな世界と現実の

行ったり来たりをしてると思うんですよ。

そして気持ちの上でのバーチャルと現実の境界線の危うさっていうか・・・

じゃあ、バーチャルリアリティーの世界を悪く言ってるのかっていうと

そうじゃ無いのがこの映画の良いところだと思うんですね。

バーチャルリアリティに逃げたくなる人、そして逃げる人、

じゃあ、現実とどう向き合うのか・・・

バーチャルな世界でできた仲間が

現実世界でも同じ強さの絆で仲間になる。

それってあると思うんですね。

自分じゃ無いアバターになって

「理想」の自分を作って他者とか関わるとか

FBもツイッターも匿名性があったり、

自己プロモーションができるツールって

結構そういうものじゃ無いかなって思うんですね。

そして、オアシス(バーチャルリアリティー)の中では

自分の本名を言ってはいけない。

でも、本当に他者を知りたいと思ったら

そこを言っちゃうんですよね、きっと。

その辺りもよく描かれていました。

私は Reality is the only the real thing(現実こそが本物)

っていうセリフが

なんかすべてを言い尽くしてるかなって思ったんですね。

何がリアリティなのか・・・

After all, reality is not a bad thing as 

real good food is in relaity.

(結局は、現実は悪いことじゃ無いんだ。

だって、本当に美味しいものって現実にしか存在しないだろ?)

掴み所のない作り上げた世界と現実。

どっちかじゃなくてどっちもなら

じゃあどういう可能性があるんだろう・・・

実際において、私たちはそういう生活をしてるわけで、

とってもリアルな話だと思うんですよね。

今まではバーチャルに対して否定的なメッセージのものが

意外と多かったかなと思うんですが、

これは「共存」とどちらも楽しむっていうところに

着地点があるのが私はとってもよかったし、

むしろバランスのとれた健康的な立ち位置かなって思うんですね。

バーチャルな世界観ってそもそも今に始まったことじゃないと思うし。

「どっちも」っていうのがあって良いっていう立ち位置大事かなって。

でも、この場合、本当に健康的な意味での「どっちも」ですけど。

個人的にはダイドーがガンダムを選んだのが非常に感動的でした(笑)

超懐かしかった、一番最初のガンダム!

ポップカルチャーの良さもいっぱい味わったと思います。

笑いのツボも満載です!!うわ〜、そうきたか!!っていうの続々です(笑)

着地点は現実に生きることの大切さです。

そこから逃げないことの大事さをしっかり描いてくれています!

逃げない生き方ですね、きっと。

そしてやっぱりコミュニティーって大事なんだと思う。

そこもしっかり描かれていました。

ハイファイブは非常に国際的なグループなのも良いなって思います。

そして、年齢もまちまち(笑)

そして、それをウェイドは my clanと呼ぶ。

家族とか部族とかそういう意味なんですけど、それも素敵だった。

そして、一人ですべてを持つんじゃなくて、

全員で共有する決断をする。

なんかそういうの聖書で読んだことありますよね(笑)

いろんな意味で楽しめる映画でした!

 

 

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