Soulful Bigover

「自由」と「ロマン」を求めて、creativeなアウトドアライフをめざす。

鈴鹿「三池岳~釈迦ケ岳」

2007年04月23日 | Mountain spring
   三池岳から見た八風谷と北鈴鹿の山々

連休前の休みを、カミさんと鈴鹿の山で過ごした。
八風谷を辿るコースで、三池岳と釈迦が岳の二つのピークを踏んだ。
この八風街道コースは、標高差こそないが往復8時間歩くタフな行程となる。
GWに計画している、白馬岳山行のいいトレーニングとなった。

情報で、この八風谷は道が荒れていて判りにくいとあった。
現に登山口もわかりにくく、キャンプ場を越えたあたりで強引に沢に降りて登山道に入った。
でもその後はやや薮があるものの、概ね良好な登山道が八風峠まで続く。
八風谷本流を外さぬように行けば迷うような事も無いと思う。
峠からは整備された狭い主稜線を辿る。
今思うと狭いピークの釈迦ケ岳より、大きな景観が広がる三池岳の方が印象に残る山行だった。

もっと踏まれてもいいコースだと思う。

 
きれいな河床の八風谷、水量も豊富で気持ちがいい

 
明るい八風街道の様子、ビニールひもの目印に従って峠を目指す

 
峠付近からの俯瞰した霧中の八風谷、広くてきれいな谷だ

 
満開のドウダンツツジ、ショウジョウバカマやイチリンソウも稜線で随所に見られた

 
主稜線の花崗岩の大きな岩、東側に開けた尾根を登ったり降りたり

 
八風峠の「八風大明神」、ここの芝上で最後の大休止

 
下降の道も街道を行く。落ち葉がいいクッションとなる

 
倒壊した小屋跡から沢を渡って林道に戻ると立派な道標があった。

記録
 山行   鈴鹿 釈迦ケ岳/三池岳
 日程   2007年4月21日(土)曇り一時雨
 メンバー カミさんと二人
 行程   八風谷橋~八風谷~三池岳~釈迦ケ岳 往復 
       高低差 約600m 距離 約12km  所要時間 約8時間
       6:00 自宅発
       7:00 永源寺町八風谷橋前(路肩駐車)
       7:20 入山
           ・八風谷(旧八風街道)から峠を目指す
           ・右岸を道標(ビニールひも)に導かれて登る
       9:50 三池岳971m登頂
           ・三池岳より北鈴鹿が望めた、垰やかな景観だ
           ・釈迦ケ岳に向かって主稜線をいく
           ・雲が晴れず展望は今ひとつ
      11:10 赤坂谷源頭のコル
           ・登山道沿いにイチリンソウが咲く。イワカガミはまだ葉が赤い
      11:50 釈迦ケ岳1092m登頂
           ・山頂で3パーティに会う
      13:40 八風峠
           ・峠手前の「八風大明神」で休憩
           ・八風谷まで戻り八風街道を下降
      15:15 下山
            ・小屋跡から沢を渡り林道に出る、林道に道標有り
      15:40 八風谷橋前→17:00帰宅



週末は芹谷三昧

2007年04月16日 | climb
週末は、春の芹谷を満喫する2日間となった。

土曜日は、MAさんとかみさんの三人で屏風岩にクライミングへ。
前夜に雨が降った為みんな敬遠したのか、この日はほぼ我々の貸し切り状態だった。
岩からのしみ出しもなく、札幌から来たという方と合わせて計4人だけの芹谷で、快適なクライミングを行った。

僕は、バイタルポイントにトライ。
のっけから、ルート下部のどこにあるか判りにくい、細かいホールドに悪戦苦闘、四苦八苦。
逆に、苦労するかと思っていたハングから上部は、意外にもすんなりムーブが解決出来た。
2回目は狙っていったが、やっぱりストレニアスな下部で跳ね返されてしまった。
これで指の皮もパワーもなくなり、3回目はTOPロープで試登、この日は終わりとした。



次の日は、カミさんと芹川権現谷のさらに奥の白谷に化石採集に行く。
この辺りは古生代の化石が結構出る。
沢に入って右岸側の斜面からの転石を一つ一つ拾いめくって、化石がないか調べていく。
化石が出るザレ場とそうでないとこがあって、ピンポイントでそのエリアを見つけるのが難しい。
地味な遊びだが、三葉虫やアンモナイトなんかも出るかもしれないと思うと内心わくわくする。
この日はウミユリのいいのが見つかって、化石ファンのカミさんもご機嫌だった。



日溜まりの河原でのんびり昼飯食った後、車で白谷林道をとことん詰めてみる。
本来通行止め区間なんで、何かあっても自己責任、慎重に車を進める。
山肌を切り開いたぼろぼろの岩壁帯もあって、結構緊張する。
やがて、霊仙山の西南尾根の山腹を通る道に入ると景色が一変する。
この山特有のカルスト地形のカレンフェルトが林道沿いに延々と露岩する。
石灰岩の奇岩の青白い色と、路面に芽吹きだした下草の緑色とのコントラストが鮮烈。
まるで異空間に迷い込んだような、ちょっと不思議な感覚に陥る。
加えて鈴鹿の雄大な眺望が大きく眼下に広がり、僕らを圧倒する。
景色の良さに見とれ、写真撮るの忘れてしまった。
きっと、新緑や紅葉の頃はもっとすばらしい景観になるんだろう。
また来よう。

白谷林道末端

帰りの白谷で、気になっていたケイブボルダーを偵察。
河原に降りて傾斜やホールドを確認。
掃除は必要だが高さはなく、腰痛でハイボルダー出来ない僕にとってはお手頃な感じだ。
清流もあり、暑くなった頃に開拓するのもいいだろう。

この日は朝十時に家を出て、なんだかんだして帰宅が五時となる。
芹谷三昧の2日間だった。

記録
 日時       4/14(土)晴れ
 場所       芹谷(多賀町屏風)
 メンバー     MAさんとカミさんの計三人
 ルート(★はbigoverのきまぐれ評価)         
         〇 ラ・バンバ       5.11a  RP×1 ★
         〇 バイタルポイント    5.11cd  T×3 ★★
                           計 4本



18.「富士の山」

2007年04月12日 | Liquor collection
酒名    甲斐の開運 天下山麓「富士の山」
容量/価格  720ml 価格不明
入手    2007.3.22 母の旅行土産
醸造元   井出醸造店 山梨県南都留郡富士河口湖町船津3837
評価    ★(★はbigoverのきまぐれ評価)
        色/無色透明、香り/小さい 口当たり/まろやか、
        のどごし/さわやか 味/無難な甘み有り
      癖がなく、安心して飲める。個性のなさが個性になっている。
メモ    少し温かになって冷やが欲しい時に、ぴったりと言うタイミングで入手した。
      あっさりしているので、肉や揚げ物のつまみによく合ういい酒だった。

願い事

2007年04月09日 | essay
毎年四月の二週目の土/日曜日は、高宮神社のお祭りである。
祭りは、各町字がそれぞれ大きな太鼓や鉦を神社に奉納する、結構大掛かりなものである。
僕は町の祭り当番でもあったので、この2日間太鼓の準備から最後のお渡りまで参加した。

 台棒の括り付け

本日にはお祭りという事で親元でごちそうも出て、お酒も含めたくさんおよばれである。
のぼりや提灯などそこら中に掲げられ、華やかな雰囲気が町全体に演出さる。
桜の花と春の陽気も合わさって、自然と皆の気持ちも上気していく。

 準備を終え出番を待つ鉦と太鼓

とはいってもこの大きな太鼓、担ぐとなると結構なプレッシャーとなる。
台棒を取付けて組上げると重量は1t以上とも言われ、一人あたまでもかなり重たい。
加えて最近は担ぐ人手も少なく、危険だし体にもかなりこたえる。

 
勇壮に担ぎ上げられ奉納される太鼓

 
祭りの終焉「お渡り」の様子

無事太鼓の奉納を終えて夕方のお渡りの頃には、皆さんグッタリと言った感じだ。
毎年の事だが、数日間は体中の筋肉痛でつらい日々を送る事となる。
それでも、だれからも「来年はやめよう」という声は出てこない。

祭りはこの地域で長い時間をかけて育まれ、ここに住む人々に土着しているのだ。
そんな祭りを自分たちで守っていこうとする心意気が、新参者の僕にもヒシヒシと伝わってくる。

この日には、事情で地域を離れた方も遠方から帰郷して祭りに関わる。
女衆も子供達も一年に一度の大祭を、それぞれの立場で満喫する。
桜咲く春の陽気に誘われて、そして祭りの華やかさの中で家族や地域の人々が集う。



祭りはやっぱり「めでたい」のである。
いいお祭りである。
こんな地場に根付いたいい風習文化が世代を超えて継承され、「めでたい」春の行事としていつまでも続く事を願うのである。

失ったことの後に・・・

2007年04月03日 | essay
月が変わって桜も咲き始め、いよいよ新年度がスタートした。
いい事ばかりが始まればいいのだが、逆に無念にも終わってしまう事もある。

6年間続いてきた「びわ湖こどもの国」のクライミング教室が、
管理者の方針変更で昨年度でおしまいとなった。
僕はここの講師して、一般の方々に及ばずながらクライミングの指導をしてきた。
クライミングは非日常的な行為であり、またそれ故に底知れぬ魅力が秘められている。
しかし、イベントや体験などでクライミングの面白さに触れた人が、
その後もっとやってみたいという思いを受け入れてくれる場が意外に少ない。
そんな受け皿になればと、小規模ながらこれまで指導を行ってきた。

参加者の中には、6年間継続してこの教室に通って頂いた方も何人かおられる。
きっとこの教室を通してクライミングの本質に触れ、そしてその魅力に取り付かれての事だろう。
ここでは子供達を含め多くの老若男女に、クライミングするという「きっかけ」を与える事が出来ていたと思う。

そんな場が、教室関係者にまったく説明がないまま打ち切りになった。
このことは、いろんな意味で無念である。

まずクライミングの本質的な魅力を伝える場が、今回の事で一つなくなった事。
これはクライミングの損失であり後退でもある。
またここの立派な施設が、安易な体験クライミングやイベント開催のみの使用となる事も惜しまれてならない。

加えて、僕自身ここの指導者として生徒の方々に対し、
中途半端な状態で突然終わってしまった事を大変申し訳なく思っている。
これまで僕のつたない指導に耐えて毎月通って頂いた方々に、せめて謝意を述べたかった。
そんな場ももたれる事なく、とても心残りである。
今は長年積み上げた物をすくい崩されたようなそんな気分であり、施設管理者に対して強い憤りを感じる。

しかし、なくなってしまった事をとやかく言っても仕方ない。
山やクライミングで僕が得た人生観や多くのすばらしい体験を、少しでも多くの人と共有出来るよう、
これからも人との繋がりを大切にして行きたい。

方法や形にとらわれる事なく、何かしら行動を起こそう。
また少し遠回りになるかもしれないが、そうして行く事がきっと自分にもプラスになるはず。

今までがそうであったように・・・、自分を信じて。