びわ湖・勝手気ままな日々!

温故知新!大切ですね、次代に生きる方々の知恵と活力となります。令和時代を健康で楽しみましょう。

私に鞭打って下さった先輩の方々ー11・12・13

2019年05月06日 | 1歩前へ踏み出す!

=恩師に学ぶ(先輩教師からの叱咤激励)=

① 今井良春先生・東山卓球監督の指導については
5月3日(木・憲法記念日)に既に ー3 としてアップしております。

② 立道修先生の指導
私の大学卒業年、昭和43年は教員採用数がほとんど無しと言う不運な時代でありました。私の1つ先輩にあたる立道 修氏も京都の私学女子高校に奉職されていました。その立道氏は事情があって、ソフトテニスの顧問をされていたのです。先生にとっては専門外の競技であるにも拘わらず。京都府高校のソフトテニス界で幾度と無く生徒達を優勝に導かれておられたのです。それも、型破りと言うか、実に創意工夫された練習方法を取り入れておられる。と言うことで、後輩として、私の勉強も兼ねて、府立東宇治高校の陸上競技部女子を引きつれて、見学、武者修行に出掛けさせて頂きました。その折りに学んだ衝撃的な幾つかを紹介したいと思います。立道氏と言う先輩は、実に個性豊かと言うか、強烈な思いを持っておられるので、学生時代には立道先輩は中・長距離部門と私は短距離・障碍部門と日常的に親しかった訳ではなく、高校生を引っぱる指導者仲間として、急接近したのだと思います。私も幸運にも私学男子校の東山高校陸上部を指導すると言う立場で、先にも、記した様に偉大な指導者の後を受けて生徒と一緒に走り回っていて、棚からぼた餅よろしく、近畿高校選手権団体優勝やその年は、4×400㍍リレーで全国高校ランキング1位と言うおまけまで付いた事などや、7年間の大卒から教員見習い期間を東山高校でお世話になり感謝の気持ち大きく、その後に大変影響をもたらした修行の時期から、縁あって転職後の新設2年目の府立東宇治高校においても、4×400㍍リレーで全国大会へ並みいる京都はもとより近畿の強豪に混じり勝ち進んだ事などが重なり、強力な指導力をお持ちの先生方から注目(マーク)されるようになった様です。
 立道氏指導の原動力は果たしてなんだろう。ソフトテニスの練習風景を引率した生徒達と見学していた中で、首に赤ん坊がしている「よだれ掛け」をつけたまま練習している選手が数人、私たちは、意味が理解出来ないので質問、1人の「よだれ掛け」をしている選手が駈け寄って来て、立道先生が、お前は何故「よだれ掛け」をしてるのか、その訳を言いなさい。はい!私は1人前の高校生として、ソフトテニスの選手としては、未熟であり、人として、選手として、なるほどと言われる様に、頼もしい判断力や実戦力を発揮するまでには、成長、鍛錬が不十分であります。一日も早く勉強と練習を積んで、クラスメートやチームメイトから1人前であると晴れて認めてもらえるまで懸命に努力しているのです。と答えたのです。超具体的何ですね!結果が出せる人、勝てる選手になるために、やってるんだと言い切る。この事に驚きを隠せませんでした。
 さて、その夜に、非常識な事が目の前で繰り広げられました。それは夜半過ぎに寝ている生徒を起こしておきながら、その生徒達に向かって、何故寝ているのに起きてきて、東宇治高校の先生の前で、何をどの様にもてなすのか、と問いただされる。眠く、目をこすりながら、私たちの練習や生活振りを見て頂いている訳ですから、私たちの競技にかける思いの一端を理解して、わかってもらえるように、今から、全員で思いを歌に乗せて歌いますので、どうか聞いて頂けますでしょうか、と主将が元気に言うのです。こちらは、何が何だか分からないままに、練習で疲れて眠っているところを無理矢理起こして、・・私の辞書(常識)ではあり得ない事件が勃発した感じである。私には出来ない指導であると単に驚いた経験であった。でも、深く考えると、まんざら無駄ではない、教訓にはなる。そこまでして、自分が持つ潜在力を出しきる準備をする集団(チーム)があることがわかっただけでも貴重な体験であった。私には出来ない方法でありましたが、感謝をしております。
 ※【ここで自己分析だが、私は何でも良く感心するし、感激するタイプだと、つくづく思います。物事をストレートに受ける感受性というか、共感する事に影響を受けやすいと思う。だからといって他の影響で流される訳でもない。私の特徴であり、個性でもありそうだ、この性格でプラスの効果がとても大きいと振り返って思います。】

③ 南元昭治校長先生の指導
 立道先輩が勤める京都の女子高校の校長として、また、女子バレーボール部の監督として、全国大会に京都代表として何度も勝ち進んだ栄光を持つ名門校である。中でも、昭和55年(1980)には全国大会高校三冠を果たす偉業を成し遂げたのです。
立道先生からのきっかけで、何回となく女子高校を訪れる機会に恵まれ、その際に、南元監督に紹介して頂き、バレーボールの夜間練習を見学させて頂いた経験があります。立道氏から過分な言葉で南元校長先生に、陸上競技の指導者として日夜早さを求めていると言うことで(スピード持久)紹介されのです。バレー部レギラー選手の1人を呼ばれ、私にスピードと言うか敏捷性向上の練習メニューを処方してもらいたいとその場で申し出でされまして、私は「その選手に、例えばこんな動きをしてみてくださいと」通りいっぺんの動きを説明しました。その選手の情報は他に何もなく、ただその場の成り行きで、こちらも精一杯の対応をしただけなのです。私の指示は、この小刻み走を十秒間を休憩を挟んで十セットを先ずやってみることですね、それと、もう一つ、太股上げ(トロッティング)を同じく十秒を十セット位を試しにやってみてくださいと、言いました。その後、館内でバレーボールの練習振りをかれこれ小1時間見せて頂いたと思います。体育館からおいとましょうと出ますと、玄関足ふきマットのところで、約1時間前に私が敏捷性(スピード)が課題の選手が、何と汗一杯で、【小刻み走、腿上げ走】を延々とやり続けている彼女がいるのです。私は、多くても十セット程と言ったのですが、私の指示の後、南元校長監督から私が止めよと言うまでやりなさい。と言う指示を出された様で、呆れかえる監督と選手の関係に、私は驚きと同時にこの絶対服従の信頼関係に、恐さを感じたわけであります。尋常でない日頃の鍛錬を成し続けているチームと闘って勝利するには、この現実を乗り越える【何か偉大な強さ】力を備え持たなければ成らないと感じ入ったのであります。

④ 藤田信之氏の指導
河野信子(ユニチカ)真木泉(ワコール)野口みずき(シメックス)等を指導した監督として著名である。彼が京都陸協組織の一員として加わる事を承知してくれたことは 画期的な出来事であると言っても過言ではない。京都の陸上選手強化対策に、故原田明正氏が責任者として就任されたことで、藤田氏はこころが動いたと察するのは、ほぼ当たってると思われる。彼、藤田氏は強烈な個性の持ち主で組織活動には、向いてないと大方の見方であった。彼のコーチング振りは当時、注目を浴びていたが、簡単に誰彼構わず披露するというものでは無かった。
彼の嫌う実が伴わず組織の力を借りて、机上論や絵に描いた餅の話を、あたかも、手を汚さずに自分が成し遂げたと吹聴する輩が、最も嫌い敵対する相手なのである。
殊に、元ユニチカの上司S氏に対しては、最も嫌悪感を強く持ち、ところ構わず食って掛かった。私の理解では、【競技の厳しさ、純粋さ、単純性など】現場での一喜一憂を理解しようとせずに、実に無神経に、自らの手柄とするなど、藤田氏からしたら許し難い傲慢さ、金に汚い言動等が受け入れられないのでは無かったかと、思うのであります。さて、彼の指導現場で私が学ばせて頂いた事、普通では理解しがたい事柄が次々と展開するのです。西京極サブトラックでの練習風景、選手一団となりジョギング中、突如!1人の選手を指名(愛称)して呼びつける・・大声で叱りつける!選手は頭を下げ謝る。元の集団に合流する。しばらくして、他の選手を呼びつける!近くへ寄って聞き耳を立てて盗み聞き取ると、こうだ! お前は今何を考えてジョッグしてるのか!他のことに気を取られているのと違うか! 走ってる意味無いから練習止め!すいませんでした。気持ちを入れ替えるので、練習させてください。否、止めた方が自分のためになるから止めよ!と、こんなやりとりです。トラックを無言で何回もジョッグしているのです。選手の表情、姿勢、身体の動きをじっと眺めるだけで、わずか十分位の間にそんな指導をするのです。これまで、師弟関係を数々見てきた私は、先の東山卓球の生徒が自ら指導者のもとへ走れ来て!自らを分析して報告と謝り、体罰を依頼する師弟関係、1:50人(高校生)と、藤田氏の1:15人(女性)での練習風景から、自らの指導のあり方を見直すのに余りある学びを頂き深く反省し感銘したのであります。

 

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