ディカプリオお味噌味

主に短編の小説を書く決意(ちょっとずつ)
あと映画の感想とかも書いてみる(たまに)

悲しみの傘⑩

2016-10-20 20:42:29 | 小説
 夜、二人は裕次郎が予約したこじんまりとしたペンションで夕飯をとっていた。人手も灯りも少ない場所にあるペンションだが、内装はエスニック風で小洒落ていてこだわりを感じるつくりとなっており、鍋でぐつぐつ煮られているかにの紅緋色の甲羅がオレンジの照明に照らされている。
「うまいよ、越前ガニ」
 伸久はかにのエキスを吸った鍋に舌鼓を打った。
「これで明日の朝飯もついて八千円は破格だろ」
 裕次郎も満足した表情でかにの足にかぶりつく。他にもかに飯、かにの刺身、かに味噌がのったから揚げなど、かに三昧を楽しんだ。
「あっという間だったな。明日金沢寄るのやめて、帰ろうか」
 裕次郎がそういったのは、飯を食べ終え、風呂に入り、部屋で二人飲んでいるときだった。
 伸久は一本目で顔を赤らめている裕次郎を見て、「俺は別に構わないよ。運転するわけじゃないし」というしかなかった。
「久しぶりの運転で、しかも一日中運転したから疲れちまったよ。明日金沢をまわる気にはならねえ。行きたかったか?」
「莫迦、俺はただついてきてるだけの人間だぞ。ついでにおばさま方に変な質問ばっかされてよ」
「よし決まりだ。カニも十分食ったし、満足だ」
 裕次郎は二本目のチューハイの缶を開けた。
「なあ、どうして俺なんか呼んだんだよ」
 伸久はずっと聞きたかったことを聞いた。
「別に大した理由なんてないよ。俺も運転は慣れてないから、誰かいてくれたほうが安心だったんだ」
「嘘だね」
「嘘じゃねえよ」
「いや、嘘だ。裕次郎は昔から嘘をつくとき目を合わせないし、歯切れが悪くなる。真面目な性格なやつほどわかりやすいんだよ」
 裕次郎は憮然としてつまみを口に放り込み、それを開けたばかりのチューハイで勢いよく流し込んだ。
「別にいいたくなきゃいわなくていいよ」
 伸久は一本目のビールを飲み干し、ベッドの上に横になって天井を見上げた。
 しばし沈黙が二人を包み込んだ。その沈黙の上で寝そべりながら、伸久は何もない天井をただ見ていた。