鹿児島の自然と食

鹿児島の豊かな自然(風景、植物等)、食べ物、史跡を紹介します。

熊本旅行(5)佐敷宿と佐敷城跡

2017-06-24 | 

芦北町の佐敷宿と佐敷城跡を訪ねました。

 

薩摩街道の佐敷宿。古い家並みが残っています。

 

交流会館の枡屋です。駐車場やパンフレットがあり、ここを拠点にして散策しました。

 

古い家並み。 道路に対して斜めに建った、のこぎり家並みというのが見られます。

 

恵比寿さん。

 

豊臣秀吉も佐敷宿に泊まったそうです。

 

武徳殿。武道を行う建物として昭和12年に建てられました。

 

日本一の大瓦モニュメント。佐敷城発掘で出土した文字瓦の20倍の大きさで、天下泰平国土安穏と書かれています。

 

佐敷城跡に行きました。

 

坂道を登っていきます。

 

山頂の城跡の石垣。天空の城となっています。築城は1588年頃です。

 

前の写真の階段を正面から見たものです。

 

本丸跡に向かってさらに階段を登ります。

 

本丸跡。さえぎるものがなく、360度見渡せます。

 

本丸跡からの眺め。川は佐敷川です。

 

反対には八代海が少し見えます。

熊本旅行を一休みします。

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熊本旅行(4)津奈木太郎峠

2017-06-22 | 

芦北地方に三太郎峠といわれる峠があります。旧道の赤松太郎峠、佐敷太郎峠、津奈木太郎峠の3つで、薩摩街道の難所でした。

このうち、津奈木太郎峠を訪ねました。

 

津奈木町の国道3号から左の旧道に入り、峠まで来ると、津奈木太郎峠に津奈木隧道があります。

 

津奈木隧道の津奈木方坑口です。隧道は延長212mで、明治34年完成です。

国道3号の津奈木トンネルは昭和40年に完成したので、それまでこの隧道が使われました。

 

向かって左にある排水路。

 

文化庁の登録有形文化財になっています。

 

レンガアーチの隧道内部。これだけ大量のレンガを積むのは、大変な作業だったことでしょう。

 

隧道内部から外を見たものです。

 

反対側の芦北方坑口です。

 

近景。

 

内部。熊本地震でも、破損した様子は見られません。明治時代の技術は大したものだったと思います。

 

旧道は車がやっと離合できる幅です。峠を越える間、他の車に1台も出会いませんでした。

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都市農業センターのハスとスイレン

2017-06-20 | 植物

鹿児島市犬迫町の都市農業センターは、定期的に訪れます。今回はハスやスイレンなどを観に行きました。

 

ヒマワリ畑。夏は一面黄色の花畑になります。

 

食の森のヤマモモの木。

 

ヤマモモの実。まだ青い実が多かったです。熟れたら、収穫体験があります。

 

谷へ下りていくと、水生植物園があります。

 

アジサイの向こうの水生植物園。

 

古代ハスの大賀ハスです。散策する人や写真を撮る人がいました。

 

ちょうど見ごろでした。

 

大賀ハスの花。

 

花托になりかけの花。

 

隣はスイレン池です。

 

スイレンも見ごろでした。

 

ハナショウブ園です。

 

様々な色のハナショウブが咲いていました。

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熊本旅行(3)旧赤崎小学校

2017-06-18 | 

津奈木町の旧赤崎小学校に行きました。日本で唯一の海上小学校として知られています。

 

近くの道路から見た旧赤崎小学校。沖に小島があります。

 

正面。ここは普通の小学校です。

 

小学校から沖の小島を望む。

 

海岸に下りました。ちょうど干潮で、潮が引いていました。

 

海側から見た学校です。丸窓は船の窓を思わせます。

満潮時は基礎の下部が海の中で、まるで海上に浮かぶ学校のようでしょう(満潮時だと、ここからの写真は撮れなかったわけですが)。 

 

大きな基礎です。

 

別の面を見たものです。基礎の下の黒い部分が、海水に浸かるところでしょう。

 

「ありがとう 赤崎小」の文字があります。

この校舎は1976年に建設され、2010年に閉校となりました。子供たちは、船に乗っている気分だったのではないでしょうか。

 

沖を望む。漁をする人がいました。

校舎は利用されている様子はありませんでしたが、この特殊な環境を何かに利用できないものかと思いました。

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熊本旅行(2)重盤岩

2017-06-16 | 

津奈木町の重盤岩(ちょうはんがん)という岩に行きました。

 

中央の岩が、津奈木町のシンボル重盤岩です。右の建物がつなぎ美術館で、ここからモノレールで行くことができます。

 

モノレール乗り場から見た重盤岩。日本の奇岩百景に選ばれています。

 

モノレール。これに乗って行きます(往復300円)。

 

モノレールから、左に阿蘇神社が見えます。

 

最大傾斜35度の斜面を進みます。

 

振り返って、つなぎ美術館を見たものです。

 

5分でモノレールの終点に着きます。そこから見た重盤岩です。

 

モノレール終点に、展望台と彫刻があります。

 

展望台からの眺め。

 

モノレール終点から、さらに遊歩道を登っていきます。空中に張り出しており、高所恐怖症の人は足がすくみます。

 

遊歩道の終点から見た重盤岩。国旗は、天皇陛下(平成天皇)の誕生を記念して、昭和9年に建てられました。

 

同じところから、モノレール終点を見たものです。

 

津奈木の町と八代海が見えます。

重盤岩の近くには舞鶴城公園があり、車で行くことができます。

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熊本旅行(1)湯の児温泉

2017-06-14 | 

熊本県の水俣・津奈木・芦北へ旅行に行きました。

 

水俣市の湯の児温泉にある湯の児島です。左に小島が二つあり、中央の島まで行けます。

 

湯の児島。砂州でつながっています。

 

湯の児吊橋。砂州の所は、海水浴場になっています。

 

吊橋を渡って湯の児島へ行きました。

 

吊橋から湯の児温泉を望む。

 

島の頂上に湯の児神社があります。

 

島の展望台から山海館を望む。中央の木造建物は磯館です。山海館、磯館は廃業になっています。

 

湯の児島の隣にある二の島です。橋があり、渡ることができます。

 

二の島に渡る橋の隣に、願掛け亀があります。

 

隣にある三の島です。

 

山海館の磯館まで行きました。木造5階の建物で、昭和27年の施工です。

 

磯館の玄関。

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久留味川渓谷とレンガアーチ橋

2017-06-12 | 石橋

天降川支流の久留味川渓谷を歩きました。目的は、JR線のレンガアーチ橋を見ることでした。

国道223号を隼人から牧園に向かうと、右に塩浸発電所があり、ここから左の道へ入って天降川右岸の道路を上流へ行きます。

 

 

途中から支流の久留味川になるので、さらに上流へ行くと、右に奥新川第1水源地があり、ここに入ります。

 

水源地の脇を通り、久留味川右岸を上流へ歩くと、杉林の中にロープやはしごがあり、ここを河床に下ります。

河床には火砕流堆積物(溶結凝灰岩)が露出しており、ここから河床を上流へ歩きます。雨の後などの増水期は避けたほうがいいです。

 

所々、早瀬になっています。せせらぎの音を聞きながら、河床を歩きます。

左岸に、エコツアーのものと思われる小屋があり、この横を上流へ行きます。

 

右岸に洞窟がありました。ここを右岸へ渡ります。

 

右岸の土手を上流へ歩くと、橋が置いてあったので、お借りして左岸(写真右)へ渡りました。

 

河床には、様々な形の甌穴があります。

 

右岸に、ロープが張ってあったので、これを伝って行きます。

 

右岸に、人工的なものと思われる縦長の穴がありました。取水用のトンネルにしては幅が狭く、何のためのものかわかりません。

この上流には用途のわからない石積みもあり、謎の構造物が見られます。

 

JR肥薩線のレンガアーチ橋が見えました。

 

右岸から近づきます。

 

正面より見る。

 

美しいレンガアーチです。

 

内部を見たものです。

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嘉例川駅とはやとの風

2017-06-10 | 史跡

霧島市隼人町の嘉例川駅を訪れました。

 

JR肥薩線の嘉例川駅。左はカイヅカイブキの大木です。

 

明治36年営業開始で、当時からの木造駅舎です。大隅横川駅と並んで、県内最古の駅舎です。

 

レトロな雰囲気の内部。

 

無人駅で、改札口は自由に出入りできます。

 

嘉例川観光大使の猫のにゃん太郎が住み着いていますが、このときはお休みで、いませんでした。

 

ホームです。

 

特急のはやとの風が停車していました。吉松~鹿児島中央駅間を運行しています。

全国でも珍しい、特急が止まる無人駅です。

 

しばらく停車して、乗客は駅舎の外に出て写真を撮ることができます。最初の写真がそうです。

 

車内。まだ乗ったことがありませんが、一度乗ってみたいものです。

 

鹿児島中央駅に向かって発車していきました。

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真米甌穴群

2017-06-08 | 水辺の風景

前回紹介した霧島市牧園町の馬込の貫の近くに、真米甌穴(おうけつ)群があるので紹介します。

牧園小学校前の県道を西へ行くと、左に真米甌穴群の看板があるので、これに従って馬込集落まで行きます。

 

馬込集落の道路脇に案内板があるので、ここから左へ下ります。

なお、集落名は馬込ですが、甌穴群の名は真米になっています。

 

小さな橋があります。

 

橋から上流を望む。

 

さらに進むと溶結凝灰岩が露出した広い河床があり、甌穴がたくさんあります。

甌穴は、転石が河床のくぼみに入り、水流で回転して穴になったものです。

 

甌穴が連続して、溝状になったものです。

 

ハートの形の甌穴。

 

空を写した甌穴。

 

下流へ歩いていきます。

 

まん丸い手水鉢のような甌穴。

 

深い淵がありました。

 

左岸側に、前回紹介した馬込の貫(水路)の下流から落ちる滝があります。

 

近景。

ここは、馬込の貫と甌穴が両方見られます。

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馬込の貫

2017-06-06 | 史跡

新聞に、霧島市牧園町にある馬込の貫(まごめのぬき)が載っていたので訪ねました。

 

 

牧園小学校の南西に馬込集落があり、天降川が大きく蛇行しています。馬込の貫は、そのくびれの所に造られた水路です。

 

牧園小学校前の県道を西へ行くと、左に「真米甌穴群」と書いた看板があるので、これを左へ行きます。

天降川にぶつかったら下流へ行くと、塩浸発電所の取水ダムがあります。

 

ダムから下流側へ進むと右下へ行く道があり、正面に水槽があります。この手前から右下へ下ります。

 

斜面を下りていくと天降川があり、これを下流へ行きます。

 

河床には岩盤が広がっており、水深は浅いです。長靴で歩いていくことができますが、すべりやすいので杖が必要です。

 

さらに進んだところから、上流を見たものです。

 

川の左岸に馬込の貫が見えてきました。水路入口に流木がありました。

 

入口から見た馬込の貫。高さ十数mの狭い水路になっています。横川町郷土誌に、牧園を訪れた西郷隆盛について次のような記述があるそうです。

「近くの岩山を掘り抜いて天降川の水路を変え、ぐっと曲がっている川床を拓いたら、十余町の田地ができる」と切望され、三千両を出して、長い月日と労力をかけ、ついにトンネルの開鑿を成し遂げた。

 

下部は広がっており、幅3mくらいです。

この水路を造ったのは、江戸時代末期の頃と思われます。目的は、天降川の流路を付け替え、蛇行したところの河床を水田にすることだったのです。しかし、水路が狭かったため、流路を変えることができず、事業は失敗しました。

 

水路の延長は60mくらいです。水量が少ない時は、水路を下流に行けるようですが、この時は水深が深く、あきらめました。

 

水路の上部は、地上まで開削されています。

 

水路入口のすぐ下流には堰があります。コンクリート部は後年に造られたものでしょう。

仮に、天降川の流路を付け替えることができたとしても、岩盤が露出する河床を水田に変えるのは大変だったと思われます。

 

最初の地図の、馬込の貫と道路が交差するところです。ここは開削されておらず、トンネルになっています。

 

前の写真の左の斜面中腹から見たものです。

向こう側はトンネルになっており、手前(下流側)が開削されています。つまり、水路の上下流側が開削されており、中央部がトンネルという構造です。

 

 

上から見た馬込の貫です。

 

斜面の上から、水路の下流側を見たものです。天降川本流に落ちています。

 

天降川本流から、馬込の貫の下流側を見たもので、滝になって落ちています。

ここは以前、天降川源流を訪ねた時に見たことがあります。当時は、馬込の貫のことは知らなかったので、支流から落ちる滝と思っていましたが、水路だったのです。

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