「詩客」俳句時評

隔週で俳句の時評を掲載します。

俳句評 俳句について 小峰 慎也

2017年06月20日 | 日記
 この俳句についての連載、「ない」と思っていた3シーズン目に入ってしまった。
 俳句入門書を試す→句集を読む、と来て、次は俳句論を読むかと思わないでもないが、そこまでに興味がいたらない。
 先日、たまたま読んでいた『現代俳人文庫 4 阿部完市句集』に収録されていた「あべかんの難解俳句入門」という「俳論」が、とてもつまらなかったというのもあるかもしれない。いくら面白い俳句を作っていても、面白い考えで作っているわけではない、ということはわかったのだが。
 俳句という短いものに関して、ものをいいすぎると、いわなくてもいいことにまで踏み込んでしまうのだろうか、ぼんやりした神秘主義(自覚しているようだけど)になってしまっている。中国詩の韻律との比較検討に関しても、誰かがいったことを持ってきてもっともらしく仕立て上げているが、説明が不足していて、これもまたそうであるともそうでないともいえるような感じ。総じて、だらだら長く、ほとんど「一部の人」しか読んでない意識から来る甘さで書いているとしか思えない(と、自分自身の文章に関していっている気がしてきた)。
 が、同じ本に収録されている高野ムツオの解説を読んでいたら、阿部完市の評論活動の活発さに触れて、「気分」「共幻覚」「言葉の自然」「精神の季節」だとか、「現瞬間」「観念感覚」「断念」「定型感情」「自己律」といったふうに、キーワードとして「あべかん語」をくくりだしていたので、おやっと思った。続く飯島晴子も〈もっと孤を〉〈もっと個を〉〈主体へ向かう主体〉〈自己律〉〈精神の季節〉といった「テーマ」をキーワードとしてあげている。阿部完市の評論が、たしかめようもないことに、何かいろいろなものがあるようにいいはるだけのものとしたら、興味はないのだが、これらのキーワードが、「書くこと」や「読むこと」にきっかけを与えるようなものだとすれば、一応、確認だけはしておいたほうがいいと思えてきた。
 阿部完市は、「イメージ」について書いた、「わが《イメージ》論」(初出『俳句研究』1970年10月。『俳句幻形』(1975)所収。引用は単行本から)の中で、いちまいの葉を例に挙げ、まず、視覚よって得られる〈知覚〉と、葉を思ったときあらわれる〈表象〉とを対比する。「表象は、模像的で、不定の輪郭をもって、細部は部分的にしか分明でない。表象は、浮動し、溶け去り、たえず新たに産出されねばならない。意志に左右され、任意に生ぜしめられ、変化せしめ得る。そして、能動性の感を与え、結局は、知覚のごとく完全ではなく、不完全である。」。そして、〈イメージ〉を、「表象に、むしろ、ひどく近く位置し、「感覚のあとにのこされるもの」であり、それは知的心理操作ではなく、情動作業のひとつに近いと考えるべきものである。」とする。なぜ、「表象」と「イメージ」をことばとして分けているのだろうか。  
「〈イメージ〉は、言葉の微光である。イメージとは、言葉と言葉との衝撃の発火である。だから、それは、かっきりしていることなく、明瞭でなく、完結するものではない。ひとつの思いに近くて、ひとつのかたちに、その色と動きと、それに人間の情動、気分とを加えた一定のニュアンスであり、ゆらめきである。」と続く。「言葉の微光」などということになってくると、たしかめようのない比喩に踏み込んだな、と思えるが、とりあえず置いておいて、「ひとつの思いに近くて」の「近くて」がまた気になるわけだ。近いとわざわざいうからには、それと同じようだが、微妙に違うということをいいたいのだろう。それとはちょっと違うんだけど、というとき、そうではない、いわれていることにぴったりくるわけではない、という感じが本人にあることは間違いないのだろうけど、と思ったが、これは一般論になりすぎるか。ただ、ここでも、なぜイコールで結んでしまわないのか、よくわからない余地を生んでいるだけではないのかと思ったりもするのである。
 さて、続く部分で、俳句につながる。「そして、このニュモンス〔ママ〕を、ゆらめきを、その不完全性を書き、本来的にある人間の精神作業の不安定さ――不安――を定着させる作業。これが一句を作(な)す、創る、ということになる。/イメージとは、存在のひらめきであり、気分であり、はぐらかしであり、だまくらかしであって、それを書き切ること、その不穏と微動とを書き切ったときに生成される一種のたしからしさ――リアリティ――、それを書き切ること、それが一句を書き、完成させるということである。」というわけだ。これは、ある程度、わかること、書く上でまあ一応感じとれるようなことを書いていると思えるが、「存在の」といわれると、また「向こう側」に入られた気がして、境界で行きつ戻りつしているのかなあと思えてしまう。理屈としての甘さが出てきてしまっているだけなのか判断に迷いもするが、理屈でわりきれないことをいおうとした結果なのだということも、続けて読めばわかるのだけど。
風を見るきれいな合図ぶらさげて」という自句に関して、こう書く。

 「風を見る」と書き、つぎに、なにを書くか、今、目の前にゆれ動いているものよりも確かなもの、私にとってより私の心のものとしての確定的なもの、を探す。探すために書く、言葉として、私の在り方の隙間から洩れ出てくる言葉を書く、いろいろ書く。風、吹く、見える、風立つ、きれいに吹く、淋しく吹く、林が動く、信州、野分、風が曲る、道を吹く。見る、ふらりと立って見入る。手にもって見る、ぶらさげてみる。風を見る、ぶらさげてみる。「風を見る、ぶらさげて見る」、このとき、ひとつの質感、なにかの影が私に見える。イメージがちらりと形を見せ、残りたい、在りたい、と言う。私は、その言葉を信用する。つづいて書く、ぶらさげる、紐、人間の絆、悪心、嘔気など、ぶらさげる、きれいにぶらさげる。もの、命名されることのないないかが手にある。なにか、風のなにからしい。信号だ、風への知らせだ、風からの知らせだ。風の合図だ、私の合図だ、きれいな合図だ。そして、私が、ここに在るようだ。在ることができる。ふしぎに在る。きれいな、合図をぶらさげて、風を見ている。それが、いま、私が在るということだ。風の中に在る、私、だ。

 頭がおかしい人のつぶやきのようだ。書かれていることは、そのとおりなのだろう。普通そこに立ちどまって、そこを「厳密に」書かないだけだ。だいたいの人が、ここを書いても無駄だと思う、その場所で書いている。すごいとは思わない。思わないが、ただの無駄ではない、なんだかいろいろに思わせる手がかりにはなっている。
 阿部完市は、「イメージ」を、「在る」ということのからみで書くのだが、その「在る」ということが、よくわからないのだ。「在る」ということ自体は、定義できるものではなく、俳句を作ることによって、「本来的にある人間の精神作業の不安定さ――不安――を定着させ」たときに、「在る」ということが少し見えるかたちになる。というようなことなのだろうけど、「在る」とか「存在」とかいう必要があるのかどうか。それをいうから、不必要に話がわからなくなっている気がするし、そここそ、どうとでもいえる、たしかめようのない部分なのではないか。
 常識感覚から素朴につっこめば、こんな程度で話が終わってしまい、それこそ指摘する必要もないとことにも思える。ただ阿部には、「在る」というしかない、いらだちがある。不安としてあらわれている人間の不安定さを定着させる、ということに、そういっただけではおさまらない、その行為をしているときの、定着に至る前のいらだちが、だから、とかとにかく、とかいいたくなる気持ちを残存させ、「在る」という「調子だけが高まっている場所」を設置させたのだということかもしれない。

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俳句時評 第86回 ここは「不思議な町」。ー関悦史句集『花咲く機械上独身者たちの活造り』を読む日々ー 岡村 知昭

2017年05月27日 | 日記
 〇月×日
 関悦史氏の第2句集『花咲く機械上独身者たちの活造り』(港の人)の読み直しは、ようやくⅧ章「BL」までたどり着いた。今日は職場から家に帰る途中にマクドナルドに寄ってアイスコーヒーを飲みつつ読み進めようしたのだが、店内にたむろする中学生、高校生たちが騒がしすぎてすぐに店を出た。家で句集に再び取り掛かり、読み進めているうちに時刻は、日付が変わる手前である。
 
 「あいつ綺麗な顔して何食つたらあんな巨根に」風光る

 Ⅷ章に収められているのは、さまざまな場面設定での「BL」の数々である。最初に作品を読んだときには、2人の性愛的な絡みがはっきりと打ち出されている別の作品のほうに目が向いていたせいで、この句への印象は薄かったのだが、読み直しているうちにだんだん気になってしまった、そんな1句である。
「あいつ~」の句から考えてみる。「綺麗な顔」と「巨根」との組み合わせのインパクトが抜群でそちらに目が向いてしまいがちになる。だが1句を成り立たたせているのは、上5中7をはみだしすぎている破調、「あいつ~なに食つたら~」との会話調、そして会話調に付けられたカギカッコ。この3点によるところが大きい、と見ていい。ここで一句のモチーフを確認し直すと、「綺麗な顔のあいつ」が「巨根」であるとの事実を目の当たりにした衝撃から押し寄せてくる、憧れ、嫉妬、苛立ち、そして「巨根」の「あいつ」を性的対象として見てしまっている(らしい)自分への戸惑いといった複雑の感情のありようだ。ここで、このモチーフを一句へと導くとき、あくまで定型に添って進めようとした可能性は十分にあったはずなのだ。もしそのような整理が施されていたなら、

何食つたらあんな巨根に風光る(以下改作例)
綺麗な顔してるが巨根風光る
あいつ綺麗な顔して巨根風光る

といった作品になっていたかもしれない。破調は最低限にとどめられ、会話調は使われたかもしれないが、カギカッコは付いていなかっただろう。だが選ばれたのは「あいつ綺麗な顔して何食つたらあんな巨根に」との破調と会話調とカギカッコだった。この3点を使ったことで、上5中7は相手の「巨根」に対して誰かが発した言葉を書きとめた、との意味合いも濃くなり、自分が相手の「巨根」に対して抱く感情、という側面は薄くなる。もちろんカギカッコを付けられた上5中7は「風光る」との取り合わせによって、「綺麗な顔のあいつの巨根」への自分の複雑な感情を際立たせてしまってもいるのだが。
ここまで考えを進めてきて、日付が変わってだいぶ経っているのに気付いた。今日はここまで。句集を読み進めていくしかない。それにしても、マクドナルドの中高生たちの、騒がしかったことときたら。

マクドナルド夜は腹白き飛蝗の窓
女児同士ほとに頭突きや花の中
自転車(チャリ)二台「空腹!」「俺も!」「じゃーね」と別れ夏の暮


5月20日
 共謀罪の成立が不可避となってしまった夜、共謀罪反対を訴える国会前でのデモの様子が、関氏のツイッターを通じて流れてきている。この第2句集とほぼ同時に刊行された関氏の初の散文集『俳句という他界』(邑書林)に収められた渡辺白泉の「銃後といふ不思議な町を丘で見た」についての文章を読み返す(「渡辺白泉の『不思議な町』」)。特定秘密保護法の施行直前に書かれたもの。締めくくりは次の通りである、「『不思議な町』は今眼前にある。」
 
 六十路の子の涎をふきに官邸へ
 万の主権者と警官隊に夜涼のヘリ
 法治国家の忌の涼風が群衆に


 「巨根」の句について考えをめぐらせていた夜からだいぶ間が空いてしまったのだが、その間に青木亮人氏の『その眼、俳人につき』(邑書林)に収められた関氏の第一句集『六十億本の回転する曲がった棒』(邑書林)を論じた文章(「空爆と雑煮、既にそこにあった『平成』の道標」)を読めたのはよかった。この文章では関氏の作品の特徴について「実際には『私』の欲動に貫かれた句群」「関はこれらが『私』に感応した事象であることを優先し、而も大づかみに捉えて淡々と詠むため(中略)陰影の中にもユーモアが漂う(以下略)」と的確に指摘しているのだが、その指摘を元に「巨根」の句を考えてみると、あのような形になったのは、「あいつの巨根への欲動」を「淡々と詠む」ことに徹したからなのか、とようやく深く納得できたのだった。
 関氏の俳句における「欲動への感応」と「大づかみに淡々」との両立は、この第2句集においても十二分に発揮され、全1402句が収められているこの一冊を貫く大きな軸となっている、と見ていいだろう。多種多彩なモチーフに向かい合い、「欲動への感応」と「大づかみに淡々」を両立させながら発動させ、一句として成りたたせる。この過程を記しているかのような一節が、関氏自身も参加した、俳人たちによる東日本大震災の被災地、福島県いわき市へのツアーについて書かれた文章に記されている。

 写生は余計な言説を排することができ、土地褒めにもつながる。内観は、よそ者として被災地の衝撃を受け止めざるを得なかったことにもよるが、もう一つ、現場を見ても、その日の様子と恐怖は想像するしかなかったことにもよる。(中略)現地での句作は、俳句形式の寡黙さをもって、どれだけその土地の「話が聴ける」かが問われたように思う。(「被災地で句を詠む-寡黙さを持って聞く」前掲『俳句という他界』所収)

 津波跡すこし離れて焼秋刀魚
 残りし壁に「イヤ」と大書やいはきの秋
 津波語る小林幸子の団扇手に
 とめどなき汚染の海やサーファーゐる
 「プラチナ買います」てふ店舗被曝の雨に冷ゆ


 津波の被災地を訪れ、現場と向き合うときに「余分な言説を排し」ながら、土地の「話を聴こう」とするために「想像するしかなかった」という一見したところ相反するように見えるふたつの方法を取らざるを得なかった俳人たち。しかし、このふたつの方法は「欲望への感応」と「大づかみで淡々」を両立させながら一句を成り立たせるという、関氏の作品の特徴と確実につながっている。いわき市および帰還困難区域を詠んだ作品と、「あいつ綺麗な顔して何食つたらあんな巨根に」と詠まれた一句とが、同じ1冊の句集に収められているのは、さらにはラブドールが、原発が、国会前のデモが、侵食世界が、BLが、1冊のなかに、余分を徹底的に排された、ありのままの存在としてうごめいているのは、関氏の俳句の特徴がもたらす、必然というべきものかもしれない。

 火事のニュースの珍なる子の名皆眺む
 模造裸婦らの見目良き乳房大・中・小
 取り出さるる燃料棒へ賀状書く
  デモ参加には東京への交通費が要る
 デモの後冬三日ほぼ食はずをり
 脳内少女が「どうせまた残暑なんでしょ」と
 夏の雲バケツプリンに映りたがる
 藻類である女性士官 東北地方の南部に位置
 「ところてんと! あんみつは! 冷やせ!」部下の若者「ハイ!」

 
 夜が明けた。土曜日・日曜日ともによく晴れた、初夏の行楽日和の週末となりそうだ。街には着飾った人たちが多く出向いてくるのだろう。白泉は丘から見据えていた「不思議な町」の様子を書けなかった。銃後とはかくも、であろうか。あまりにも近づいているのかもしれないけれど、いまだ銃後ではないようなので、せっかくの休日、関氏の句集を持って街へ出てみようか、と思っていたりする。そして街へ出て、句集をめくって、こうつぶやいてみたいのだ、「『不思議な町』は、いまここにある」と。じゃあ、どんな街ですかって?それはこの句集『花咲く~』に、ぜんぶ書いてあるのでは、ないでしょうか。
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俳句評 松山市を歩くこと、句集を読むこと 久真 八志

2017年04月23日 | 日記
 昨年の夏、妻と二人で愛媛県松山市を訪れた。別の目的地に向かう経由地として立ち寄ったのだが、時間があったので市内をぶらつくことにした。松山駅前から中心地を目指して路面電車に乗ると、車内に俳句が掲示してあった。どうやら「観光俳句ポスト」という、市内各所に置かれたポストに投句できる公募企画の入選句らしい。その入選作品は覚えていないのだが、横に掲示してある正岡子規の俳句よりはいいなと思ったので、妻に「子規はパイオニアだけどあまり面白くない。短歌と同じだ」と軽口を言ったことは覚えている。このあたりで松山市は俳句を観光資源としてアピールしている街だったことを思い出した。

 それからも美術館など公共の施設に立ち寄るたび、どこかしらに投稿俳句の掲示を見つけることができた。特に思い出深いのが大街通商店街だ。松山城にほど近いアーケード街で、地方中核都市の中心部だけあって、道幅も広く、人通りも多かった。見上げると、俳句をプリントした大きなポスターが、通路の両側の柱に数メートル間隔でぶらさがっていた。これもまた市民の俳句の掲示らしいが、「せみのぬけがら」とか「みずでっぽう」とか、雰囲気がどうも大人のものとは思われない。おそらく地元の小学生の作品なのだろうと推測した。僕の地元の商店街にも、小学生の習字作品がよく掲示されていたからだ。もっとも松山大街通商店街での掲示の規模は比較にならないほど大きい。歩いても歩いても俳句が途切れない。くわえて重複もない。商店街のWebサイトによるとアーケードの長さは483メートルもあるとのことだ。一枚の吊るし看板には裏表に異なる作品が貼ってあるので、三百句はゆうに超える計算になる。一冊の句集並である。入選句でこの数だから、実際はそれ以上の数の子どもたちが俳句に取り組んでいるのだろう。

 いつしか僕も妻も、顔をずっと上げて、店の並びではなく俳句ばかり見るようになっていた。そしてしばらく歩くうちに次の一句が目に飛び込んできた。

ソーダ水とてもきれいな字のノート

見た瞬間にこれは凄いと思い、ポスターを指さした。妻に教えるためだったが、妻も既にその作品に目が釘付けになっていた。それから二人であれはいい、そうだ、と頷きあった。すっかり覚えてしまったその句を東京に帰ってから調べてみると、作者は羽柴由依さんといい、入選当時で小学3年生、またこの作品は第50回子規顕彰小中高校生俳句大会で特選を拝したものだということがわかった。



 松山市では街のあちこちに、特に僕のような観光客が訪れるような施設には、必ずと言っていいほど俳句の掲示がある。行く先々で俳句を見かけるたび、次はどこで俳句に出くわすだろうかと考えるでもなく考えるようになる。最初は頼んでもいないのに見せられているように感じ、若干わずらわしかった。しかし量が量なので、僕が面白いと思う句もちらほら見つかるようになり、そうすると新しい俳句を読むのが楽しみになってくる。ついには、まるで宝探しのように、風景のなかに俳句を探しはじめる。最初は視界に入ってくる俳句を眺めていただけだったのに、いつのまにか積極的に俳句を探して読もうとしている自分に気づく。

 ここで句集や句誌を読んでいるときの心境について考えてみる。これらの本を読むときは、俳句を読もうと思って読み始めるものだ。しかしページをめくってもめくっても俳句が途切れない状況が続くと、次第に疲れてくる。だから大量の俳句を読むときは小まめに休憩を挟み、気分を変える必要がある。もしタイミングを逃し続ければ、ベルトコンベアーで運ばれてきた俳句がつぎつぎ胃に流し込まれているような感覚に陥ってしまう。読みたくて俳句を読んでいたはずが、いつのまにかむりやり読まされているかのように感じてしまうのだ。これは歌集を読むときでもあまり変わらないので、句集に特有の現象ではない。

 松山市内を歩くことと句集を読むこと、どちらもまとまった数の俳句を読む点は同じだが、次の俳句を読むモチベーションの推移は逆の変化をたどるのである。

 この違いには、実際に体を動かすことによって得られる五感への刺激も影響しているだろう。重たい荷物を抱えて歩き、山がちで空の高い街の風景を見て、学生たちの訛りのある言葉を直に聞いていると、肉体がここに確かにあるという感じが強烈に迫ってくる。そんなときに読む俳句は、言葉が再現する体感を鮮明にしやすいようだ。例えば「ソーダ水~」の句に惹かれたのには、当日の猛暑が一役買ったかもしれない。日なたには数秒といられない暑さの下、その時まで飲み物を買っては飲み買っては飲みしていた汗だくの僕にとって、「ソーダ水」という言葉は清涼感の単なるイメージ以上のものだった。入力された言葉、とりわけ身体感覚に関する言葉への反応の強弱は、流れる時間のなかで一定ではないのだ。その日の気候や体調や気分によって、言葉にふれたときに記憶が再現する感覚の精度は大きく左右される。僕がもっと涼しい日に訪れていたとしたら、松山市内を歩くことは別の言葉への反応を高めていただろう。あの数百という歌のなかの、また別の一句に惹かれていただろう。その時々で僕に最適な一句があるのだろう。

 対して僕が句集を読むときは、座って体をほとんど動かさず、顔も俯いたままであることが多い。ずっとその体勢でいると、どんどん自分の体が透明になっていくようで、体感描写の上辺しか感じとることができなくなっていく。これはあらゆる言葉に対する反応のレベルが同様に低く抑えられているということである。ある意味ではそのときの状況に左右されず一句一句をフェアに読んでいるとも言えるから、比較検討しながら作品を評するには望ましい状態かもしれない。しかし度を越すと全ての句が代わり映えなく無味乾燥に思えてきてしまうものだ(だから、やはり、そうなる前に休憩を挟むべきである)。

 街を挙げて日常の風景に俳句を浸透させるという取り組みは、街のいたるところに配された俳句を見つけて採取するというゲーム性のある楽しみを提供する。また、ある読者がある俳句と出会うその瞬間に有している文脈を利用し、実際に身体を動かすことが言葉に対する反応を高める効果を利用する。それによって俳句を求めて読むという能動性と感受性は高められ、さらにどちらも高い状態で維持される。街が俳句を楽しむ気持ちをうまく整えてくれる。万全の状態で出会った一句は非常に深く心に残るし、僕は長く記憶し続けるだろう。このような鑑賞体験は、俳人の記念館や句に読まれた名所旧跡といった俳句スポットを、そうと知りつつ訪れたときには得難いかもしれない。また市民参加型の同様の取り組みであっても、規模が小さくては効果も小さそうだ。松山市の提供する鑑賞体験は、その規模によってとてもユニークで魅力のあるものとなっている。


///久真 八志(くま やつし)///
1983年生まれ。
短歌同人誌「かばん」所属。
2013年「相聞の社会性―結婚を接点として」で第31回現代短歌評論賞。
2015年「鯖を買う/妻が好き」で短歌研究新人賞候補作。
短歌評論を中心に短歌、川柳、エッセイその他で活動中。
Twitter&Facebook ID : okirakunakuma
SlideShare:https://www.slideshare.net/YatsushiKuma
Blog:https://blogs.yahoo.co.jp/okirakunakuma
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俳句評 句集を読む4 小峰慎也

2017年02月25日 | 日記
 石田波郷の句集『雨覆』を読んでいる。
 前回、「ニコライの鐘の愉しき落葉かな」という句を読んだ。のだが、6句目、「風雲の少しく遊ぶ冬至かな」を読んだら、「」という字が気になりだした。
 「風雲の少しく遊ぶ冬至かな」といったときの、これは、俳句ではよく見かける気のする、いい感じの「」だが、この「」、どう説明されるのが一般的なのだろうか。文法的な説明というか、ここでのはたらきというか。遊んでいるのが、風雲だとして、「風雲」を主格としてあらわしながら、「風雲の少しく遊ぶ」が「冬至」にもかかるという場合の、俳句でなくてもよく使われる、「が」→「の」の変化ということか。例)「本が積んである」→「本の積んである部屋」といった場合の(文法的には、主語述語を含む文が、別の名詞の修飾になるとき、「の」に変わる、というような説明でいいのか)。ただ、この句で、ほんとうにまともに「風雲の少しく遊ぶ」が「冬至」にかかっているととらえていいのかどうか、「遊ぶ」でいったん切れているとした場合、「」を選ぶ理由はなんだろう。これが、「が」であったときを想定してみると、まるで印象が違うように思える。「風雲が少しく遊ぶ冬至かな」であった場合、叙述という面が強く出てしまい、「風雲が少しく遊ぶ」も「冬至かな」もただそれだけで、二つが関係して何かになっている状態ではない。それに対して、「風雲の少しく遊ぶ冬至かな」には、「風雲」が「冬至」のほうにまるめこんでいくようなやわらかい遊びの調子が感じられる。
 そこで、「ニコライの鐘の愉しき落葉かな」を見なおしてみると、前回書いた、「ニコライの鐘の愉しき」「落葉かな」というふうに切れているとした場合、「鐘の」の「」は、「が」→「の」というパターンの、「」と思っていいのだろうか。もしこれが「が」だとしたら、「愉しき」と「落葉かな」の間で切れるのがよりはっきりし、前回、切れてない場合の可能性をあれこれ想定してみたが、その想定はほぼ無用になる。まあ、切れているととらえることが当たり前のことかもしれないのだが、「の」になっていることで、慣れない読者に「可能性」を与えてしまっている、しまっているといったら、悪いことのようにきこえるが。慣れない読者といったが、ただ、ぼくが頭が悪いだけかもしれない。頭の悪い人間に、「ニコライの鐘の愉しき落葉かな」は、なんだか違うもののように、はがゆい可能性として「ある」という感じがするのだ。それが、気持ちいいとも思える。
 まるめこんでいく、といういいかたをしたが、この「の」には、主格でありながら所有格であるような、後の語にもぐりこんで消滅したい欲求、といったら、変だろうか。切れ、かつつながっているということなのかもしれない。ただ、少し気になるのは、もし、このような「の」を使うことが、常態化していたとしたらどうなのか、ということ。たしかに、この場合、(もし「が」の可能性があるとして)「の」のほうがあきらかに面白いとは思う。しかし、常にそのことがよしとされるようなことであれば、ちょっとなあとも思う。そうではなくて、俳句は短い、というようなことが呼びよせる書き癖のようなものなのかもしれないけど。

 7句目に。
 「餓師走花八つ手などちつてなし」。「餓師走」というのは、「うえしわす」という読みかたでいいのだろうか。この語はひとつの語? それとも、「」「師走」、二つくっつけてしまったものか、または、一般的に季語としてあるものなのか。こんなやりかたあるのだな、という感じである。これも、さっきの「俳句は短い」ということに関連して出てくる、産物、ある意味での「無理の成立」だ。これがもっとことば数の多いフィールドに出たら、もちろん書くことはかまわないのだが、それを成立させるのはむずかしいのでは、と想像される。俳句の制限が、自然なかたちで無理を成立させているのだ。「餓師走」、無理やりに押し込めた、そこで屈折が出て、句の中の力点が作られる。
 「餓師走」で、時期、状況などを端的に示したあと、切れて、「花八つ手などちつてなし」と見えているもの、景色のほうに視点が切りかえられる。しかも、というのも変なつなぎだが、実際に見ている目を想定した場合、「花八つ手など」のない植物(?)を見ていることが想像されるが、いまそこで起こっているわけではないが当然そうであるところの、「ちつて」という動きを含ませている。余計な動きをさせているのだ。これは、動きでもあるし、「」るということばの含み、あるいは、いま見えているものに過去を与えることにもなっている。
 さらにいえば、「」「師走」「花八つ手など」とつながる、名詞列挙の気持ちよさは何なのだろう。それぞれに、同じくくりにできない、ことなるはたらきをする語であるが、かけはなれすぎてもいない。そして、「など」がきいている。「など」は「花八つ手」にかかって、ほかの植物を含む広がりを与えているのはそうとしても、「」「師走」「花八つ手」という連続にかかる「など」としてもはたらいている、と錯覚するようなききっぷりである。
 なにか、石田波郷という人、よく知らないが、ことばのどこで力を置いて、どこで動きをつければいいのか、いちいち、やってくれる、という感じだ。

 8句目。
 「桑括る女をみる目ながしけり」。
 これは途中で切れていないのだろうか。切れている切れてないを確定させることに執着するというのも違う気がしてきたが、意識しないというのもやはり違う気がする。この句の場合、「みる目」を「ながしけり」だととらえるとした場合、まあ普通につながっているとしていいのだろうか。流し目ということばがあるが、それを「目(を)ながす」というふうにいいかえているということか。こういいかえてみると、なにか変な感じ、「流し目」とは別の感じをあたえてくる。「流し目」といういいかただと、一つの動作を慣用的・静止的にとらえている感があるのに対し、「みる目ながしけり」では、みている目を「動かしている」、それも、普通に動作主が目を動かしているというよりは、「みる目」を一度「もの」にした上で動かしている、と感じられる。
 と、しても。これは、どうも、ことばいじりの小ざかしさも感じさせている。これ、普通のいいかたをしたら、「桑を括る女を流し目で見た」ということになるだろうか(まあそもそも解釈が間違っていて、流したのは全然違うものなのかもしれず、また、俳句の習慣で、目を流すとかいういいかたが普通にあるのかもしれないのだが)。こういうある程度普通にいった場合を想定してみると、そうとうテクニカルにやって、俳句化しているなという感じである。それ自体は別に悪いことでもないだろう。「流し目で見た」ということを「みる目を流した」として普通でない感触をつくったことに感心しもする。ただ、「みる目ながしけり」といういいかたには、ある材料を組み替えているだけ感、組み替えてこうなったからすごいだろう感、のようなものが感じられ、少し鼻につくような気がしてしまっているのだ。さっき勝手に想定した「桑を括る女を流し目で見た」というような散文的ないいかたからすると、「を」の省略(助詞の省略)がたくみであることも手伝っているかもしれない。ようするに、正解に向かいすぎている面があるということである。

 次の9句目、「冬の日を飛越す鷺の薔薇色に」も、「」が気になる句だ。
 俳句を読みなれていない人にとっては、いろいろな可能性が思い浮かぶ。普通に意味を考えたら、どういうことなんだろう。全体が、散文的につながっているとすれば、冬の日を飛び越した鷺の色が薔薇色ということになり、冬の日を「飛越す」ということをやった鷺の色「」どうしたという部分が省略されている、ということになる。が、たぶん、これは不正解なのだろう(わからないのだが)。
 それでは、やっぱり「鷺の」の「」を主格を示すものと考え、その主格が冬の日を飛び越している、「冬の日を飛越す」と「鷺の」が倒置関係になっていて、鷺が冬の日を飛び越している、それを薔薇色と表現してみた、というのはどうだろう。この場合、「」は、「飛越す」にかかる、ここの部分も変則的に倒置関係だ。しかし、これもなんとなく釈然としない。「」っていうのをなんでわざわざこう使うのか、「俳句のステージに上げるための行為」と邪推したくなる。
 もう倒置とかどこにかかっているとかほとんど考えない、読み取ろうとする力を低下させて読むことを指示されている、のだろうか。読解力を低下させたまま読めば、任意のところで、あいまいに、切れているように、思うことができる。「冬の日を飛び越す」で切ってしまえば、これは別に、鷺にかぎらない、何ものかが冬の日を飛び越した、ということが思われてくる。そうした場合、「鷺の薔薇色に」とつなげて考えることがかなりむずかしくなる。「鷺の薔薇色に」「冬の日を飛び越す」というような文として意味をとろうとするのは、文法的な説明はよくわからないが、「飛び越す」ということばにとって、なになに「」というものは組み合わせられず、組み合わせてもいいが、そのときには、文が、感じられなくなる段階にまで踏み出すことになる。このようなところまで踏み出したなら、文はほとんど生きていないといっていいが、ものすごくはがゆい気持ちを持つことができる。
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俳句評 最終回/季語どうすんねん/一行VS全行 橘上

2017年02月01日 | 日記
最終回だ、ワッショイ! ワッショイ!
最終回だ、ワッショイ! ワッショイ!

 しかし、今になって書いてないトピックがわんさか出てくる。
 いつもは書くことがなくて締め切り間際に原稿をデッチあげてたのに。
 どーして最終回になって出てくるかねぇ。
と、最終回を書いたものにしかわからない「最終回あるある」が登場したところで話を進める。
 書きたいトピックがあるんならすべて書いちゃえばいいじゃん。
 だってここはインターネット、紙幅が尽きるなんてことはない。
(やっぱメディアの特性を生かさなくちゃね)

 つーわけで章ごとのテーマを以下に羅列しますんで好きなところから読め(下さい)

Ⅰ..季語どうすんねん
Ⅱ.一行VS全行




Ⅰ.季語どうすんねん

   スプリング・イズ・デッド

「今年ってさ、春って十日ぐらいしかなかったよね」
 
 これは2016年の6月に僕が発した言葉である。
 今年の春は寒かった。ほとんど冬。いうなれば残冬。そしていきなり暑くなる。
 そして秋は暑かった。ほとんど秋。いうなれば残夏。そしていきなり寒くなる。

つーかずっと寒い。春は。ここ十年。もっと前からか?
つーかずっと暑い。秋は。ここ十年。もっと前からか?

 何が言いたいかっていうと、日本の四季ってのはここ十年で崩壊してないか?

 僕の肌感覚で、日本の季節を12月から言うと、  
 冬→真冬→晩冬→残冬→(春。飛び飛びで十日)→初夏→夏→真夏→晩夏→残夏→(秋。飛び飛びで15日ぐらい)→初冬→冬…

といった感じで一年のほとんどは夏か冬で、春と秋はあわせて一か月ぐらいしかないんじゃないのか?
 「日本の四季」はフィクションになりつつある。
 そんななかで今まで通り季語を使うと、現実と乖離した句が生まれないか? ということ。

 例えば、まだ寒さの残るというか、冬と同じぐらい寒い4月の頭に、ダウンジャケットを着て鼻水たらしながら花見をしたのに、できた俳句は春の季語を使った春の句。
 寒いとはいえ、桜が咲いてるんだから「春」だとも言えるが、季語の春があらわすものと現実の春はズレが生じてくるではないか?

 僕はお気に入りのスプリングコートを持っているのだが、年間で二十日も来ていないし、そのうちのほとんどはインナーダウンを中に着ている。
 「四季崩壊前」の時代のスプリングコートは、春を快適に過ごすためのものだったが、「四季崩壊後」の時代のスプリングコートは、「春」を演出するためのものになりつつある。

 同様に、
「四季崩壊前」の時代の春の季語は、目の前の春を「写生」するためのものだったが、「四季崩壊後」の時代の春の季語は、「春」を「演出」するためのものになりつつあるのではないか。
 
 そしてそれは、LPレコードの世代でもないのに、LPがあまり流通していない2017年現在、LPという物体やそれに取り巻くカルチャーへの憧れから、CDとは別にLPレコードを発売する若手ミュージシャンの姿に似ている。
 リアリティを追及する人というよりは、「憧れ」をキーワードに文化継承をする人/あるいはヴィンテージ志向の粋の人といった感じだ。
 
 あっ別にコレ批判とかじゃないですよ。すべての芸術がリアリティを追及しなきゃいけないわけじゃないし。古き良きヴィンテージの継承素晴らしいじゃないですか。
 僕のバンド「うるせぇよ。」が今年の一月にCDを出したんですが、「LPも出してやるよ」って言われたら出しますもんね。2017年の音楽ですけど。
もちろんまだ四季はなくなったわけじゃないし、今後気候も変容して「四季復活!」ってこともありえるんですが、「季語のヴィンテージ化」は今後のトピックになるんじゃないかと。

 え? タチバナお前はウソを言ってる。キレイゴトじゃなくて本音で語れって?
 そんなに俺が疑わしいんなら、アンタの持ってるヴィンテージ時計くれよ。
 喜んでもらってやるからさ。
 別にヴィンテージのワインでもいいぞ。 


   四季を知らない子供たち

で四季が崩壊しつつある現状で作られるであろう俳句のパターンを幾つか考えてみた。
 現状は知らない。

 橘上の未来予想図

A.俳句をあくまで「暦の上でのリアリティ」と捉え、春が冬と同じぐらい寒くても気にしない「ヴィンテージ季語俳句」

B.季節感の変容そのもの/季語の意味づけの再設定をテーマに句を作る「メタ季語俳句」

C.従来の季節感と乖離していない日(年に数えるほどしかない「春らしい春」の日・「秋らしい秋」の日)にフォーカスをあてることで季語と現実の乖離を起こさせない「ズレるなら合うまで待とう季語俳句」

D.無季俳句派

E.それ以外

F.A~E全部やる 


 「つーかそんなに季語を実際の季節と照らし合わせて使ってるのって、ホトトギスの人たちぐらいじゃない?」
 「季語が実際の季節にそぐわないってのはとっくの前からみんな、わかってるよ」
 「そうなの? だったらゴメンね」
 「分類して終わりだったら面白くない」
 「じゃあどうすれば?」
 「これから先の展望も書けよ」
 「でも俳句そんなに詳しくないし…」
 「妄想でもいいぞ」
 「じゃあやります」


A.ヴィンテージ季語俳句派
 これについては特にいうことがない。要するに気にしない人ってこと。その人の句はこれまでもこれからも変わらない。でもそれはそれでいいんじゃん?
 また「わかりやすい俳句っぽさ」を求める他ジャンルの「粋な人たち」からありがたがられる存在。 

B.メタ季語俳句派
 この人たちは、「春なのに寒い」とか「秋なんてほとんどない」とかをテーマに作句する。
 手法としては「桜」と「ダウンジャケット」が一句のなかに並ぶ、春の季語と冬の季語の季重なりとかも積極的に多用する。
キャッチフレーズは「俳句で季節を再定義」。
 「季重なり」とか「あまりよろしくない」とされてきた行為を「あえて」ではなく「普通」に「スタンダード」な行為として捉える。
当初は①の一部の人からの激しい批判にさらされていたが、「俳句甲子園」通らなかったオルタネイティヴ十代・二十代から支持を集め2030年代以降の俳句シーンを塗り替える。
 しかし「四季を知らない子供たち」があまりに「自らの感覚」に重きを置きすぎたために「歳時記」の継承は危機的な状況に。トランプ大統領以降顕在化した「ポピュリズムの台頭による文化破壊」と歩みを共にし始めたことにより、「メタ季語俳句派」内の議論が活発化、後に過激化し、ともすれば内ゲバも起こりうる危機的状況の中、紀貫之の子孫の友人のまたいとこと同じ町内に住む中村草田男と一字違いのデイトレーダーで俳人の中村草男が「新約歳時記」を書き下ろし事態は沈静化。
以後の俳人は歳時記の「旧約」か「新約」のどちらかを選択、あるいは両方とも学ぶ、あるいは全て無視するかのどれかに分かれていく。


 「いきなり2030年の話しするなよ。なんだよ『新約歳時記』って」
 「妄想でもいいって言ったじゃないか」
 「ならば続けなさい」


C.ズレるなら合うまで待とう季語俳句派
 賢い生き方。
 Aのヴィンテージ季語俳句派ともBのメタ季語俳句派とも仲良くできる。
 現実のリアリティと従来の俳句作法が矛盾なく同居できるため、読むものを選ばない。
 しかし、従来の季節感と乖離していない、春らしい春の日や秋らしい秋の日は少ないので、その日が来るまで待ち続け、その日が来たら是が非でも吟行をせねばならない厳しさがある。一方で夏と冬の句は作りやすい状況にいる。
 「待つのが俳人の仕事だよ」と映画俳優のようなことを言う。
 この派に分類される人たちは、Bのメタ季語俳句派とは違い、自分がこの派に入ることに無自覚であることが多い。そのため、周りからこの派に分類されることを嫌う人もチラホラ。

D.無季俳句派
 根本的にこの人たちのやることは変わらないが、「季節感の変革」に伴い俳句界でのこの人たちの存在感や発言力が増していく。この派の人口も増えていくだろう。
 「同じことをやっていたのになぜか急に脚光を浴びる」という「2007年以降のサンドウィッチマン」のような状況になる。
 主に彼らが影響を与えるのはBのメタ季語俳句派で、彼らの実践を再評価することで、季語の再解釈の一助となる。


 「妄想にもいい妄想と悪い妄想があることはご存知かな?」
 「これはどっちかな?」
 「時間がいつか審判を下すのさ」


E.その他
 いつの時代でも好事家たちの予想を裏切る独創的な才能に期待したいものですね。

F.A~E全てやる人
 ヤツは正しい。
 「ヴィンテージ季語俳句」の歴史性、「メタ季語俳句」の革新/現在性、「ズレるなら合うまで待とう季語俳句」の持久力と集中力、「無季俳句」の表現の幅、「その他」の独創性全てに理解を示し、良し悪しを吟味したうえで、その時の状況、自身のテンションに応じた作句をする。
 「オリジナリティ至上主義」にも「歴史をわかった上でちょこっとアップデート主義」にも陥らない柔軟性がある。
 視野が広く現状をよく把握しているのに、「節操がない」などと揶揄されがち。
 だが、何でも手を出すヤツを批判するのなら、そのスタンスではなく、仕事一つ一つの成果やクオリティで批判すべきだろう。失敗した句があってもヤツならそれを糧にすることができる。
 さらにネット社会の到来後、世界は加速度的にジャンル/コミュニティ/クラスタ/派閥の細分化が進み、匿名では過剰に感情的な誹謗中傷合戦、記名では無難な意見が飛び交う昨今、複数のコミュニティを又にかけるヤツの行為それ自体が批評的かつ根本的である。
 どこにも属さないからどこにでもいけるのだ。
 で、ヤツって誰だよ。
知らねぇよ。俺はヤツなど待ってない。
 けれどヤツは必ず現れる。
 
 「こんだけ好き勝手言って、予想外れたらどうするんだ?」
 「プロ野球の順位予想が外れた野球解説者が謝罪しますか?」

 なんかこの章、占いみたいな文体になったね。
 なんでだろね。
 じゃあ占いみたいになったついでに、この章をよんでくれた皆さんを占ってあげますね。

 この章を読んでくれた皆さんのラッキー俳句は、

 自動車の止まりしところ冬の山(高野素十)

です
          (第一部「季語どうすんねん」完)



 こっからは評でもなく、論でもなく、妄想でもなく、
 思ったことをただ書きますね。
 いいんですかね?
 いーんじゃない、最終回だし。
 最終回特需ですね。
 そんな言葉あるの?
 さあ。
 そう。
 

  Ⅱ.全行VS一行
 

 確か「どうして書くの?―穂村弘対談集」(筑摩書房)だったと思う。
 そこで、長島有と穂村弘が奥田民生の曲「イージュー★ライダー」について語る。
 話の要旨は、
 「『イージュー★ライダー』の歌詞は、「僕らは自由を」「僕らは青春を」といった青春を無条件に肯定するような言葉の後に「うまくやりぬく賢さを」といったハッとさせるような言葉が続く」
といった内容だった。うろ覚えの記憶なんで細かいところは違うかも知れない。
(『イージュー★ライダー』は何かのCMのタイアップとして使われたが、そこで使われたのは、「僕らは自由を」「僕らは青春を」の部分だったと思う)

 これに似たようなことをかつて谷川俊太郎が新聞のインタビューで言っていた。
 「私はクライアントの依頼を受けて書くことが数多くありますが、そんな作品の中にも一行は、自分のリアリティーを持った言葉を入れています」
といった内容だったと思う。

 うろ覚えだし、「自分のリアリティー」の部分はもっと違う言葉だった気がする。
 とにかく、奥田も谷川も「能天気な、ともすればコマーシャリズム的な言葉の中に、作家性の強い言葉を混ぜる」ということをやっていて、自らの言葉を幅広い人に届けている。
 そしてそれは、当初はカルト芸人だったタモリやビートたけしが自らの猛毒を「小出し」にすることによってポピュラリティーを獲得した経緯にも通ずる。
 その流れは深夜番組や単独ライヴでは自らの作家性を純粋に突き詰めた作品を発表しながらも、クイズ番組や情報番組では作家性を薄めたコメントをする一部の芸人にも伝わっている。

「状況に合わせつつも作家性の強い一行を残す」という仕事を「一行の仕事」、
「自らの作家性を徹頭徹尾追及する」仕事を「全行の仕事」と仮に名付けた時
前述した人々はその両方を実践している。
(作家性という言葉が気になるんなら、「自分がやりたいこと」「自分がやるべきこと」という言葉に変えてもいい)
そのスタンスは現代詩を書く人にも見習うべきところが多いと思う。

 何度も言って申し訳ないが、今はポピュリズムの台頭とコミュニティの細分化の時代である。
こんな時代に自分の作家性のみを追求し、「わかる人にはわかる」と言って「わかってくれるコミュニティ」にのみ安住するのは、自らの作品を回覧板化することにもなり得る。
 だってどこにもかしこにも小さなコミュニティは乱立してるわけで、「先鋭」の名のもとに新たなコミュニティーを作ってもそれは先鋭と言えるのだろうか?
 小さなコミュニティという意味では「茅ヶ崎ゴルフ同好会」も「先鋭現代詩の会」もハタから見れば同じなのだ。

そもそも自分と全く同じ人間は存在しないので、「わかる人にはわかる」を突き進めれば「誰にもわからない」になるはずで、「わかる人にはわかる」コミュニティーに安住する人は、「わかる人にはわかる」をそれほど深めていないのではないか

「わかる人にはわかるよ」といった相手に届ける気がない態度がトランプ大統領を生んでしまったのではないだろうか?
 しかし毒にも薬にもならない言葉を吐きつ続けても意味はない。
 トランプ大統領の登場は、リベラルと言われる人々の言葉が多くの人に届いてないことを明らかにした。

 「わかる人にはわかるよ」をよくわからない人にも届ける「一行」の努力と「わかる人にはわかる」を深め孤立化していく「全行」の実験を、二つ同時に突き進め、その二つの裂け目に自分を置くことでしか、トランプ以降の現実に対抗することはできないのではないだろうか?
 それこそが「うまくやりぬく賢さ」なのではないだろうか。

 で、ここから俳句につなげます。
 
 詩や小説やコマーシャルや映像作品は「一行にのみ作家性を込める」か「全行に作家性を込める」かの選択ができる。
 しかし短歌と俳句は「一行=全行」のメディアである。
 であれば、作家性の追求はできても、クライアントの以降に寄せるということはできないのだろうか
 クライアントに寄せつつも作家性を小出しにするという作品は作られたことはないのだろうか?
 散文の中に俳句や短歌を挿入するという文章はよく見かけるので、
 散文を大衆的なわかりやすい文章にして、短歌や俳句でエッジを利かすということになるんだろうか?
 それとも僕の知らないやり方があるのだろうか?

 自分なりの結論も妄想も追いつかない疑問を置いて
 先の見えない2017年2月の現状を自分なりに示して
 この時評を絞めようと思う

 「つーか」
 「最終回なのになんでこんな投げかけるようなことばかり言うんだよ」
 「実は俳句のシンポジウムに誘われていてね」
 「続きはシンポジウムで」
 「教えるというより教わるつもりなんでよろしくどうぞ」
 「詳細は下記」


船団フォーラム
日時:2017年4月29日(土) 14:00~
会場:神楽坂・日本出版クラブ
第一部シンポジウム「口語の可能性」
 秋月祐一、神野紗希、橘上、久留島元(司会)

第二部 対談 池田澄子×坪内稔典

その他詳細は後日船団のHP
(http://sendan.kaisya.co.jp/)
にて告知される予定

「こんな終わり方『パ★テ★オ』以来だ!」


      橘上の俳句時評~完~
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