わたしの好きな詩人

毎月原則として第4土曜日に歌人、俳人の「私の好きな詩人」を1作掲載します。

ことば、ことば、ことば。第24回 猫2 相沢正一郎

2015-02-24 18:31:52 | 詩客

 文学で「猫」というと、《吾輩は猫である。名前はまだ無い》の夏目漱石『吾輩は猫である』をまっ先に思い浮かべます。むかし読んだ作品なのでハッキリ覚えているわけではないのですが、はじめて中学生でふれたときには「注」と本文の両方を行ったり来たり。それにしても飼猫に名前を付けないなんて。眉間の皺がゆるんで、口もとに笑いがうかんだのは高校の終わりごろに再読したとき。この猫の名前のない無名性は、社会に帰属しない「高等遊民」。またその自由さは、どこにでも忍び込める撮影カメラの透明な存在。この視線は、犬でも鳥でも虫でもなく、やはり猫の目でなくては。
 ところで、ヒトの名前の方は、というとずいぶんいい加減――迷亭、水島寒月、越智東風、多々良三平、八木独仙……。主人の珍野苦沙弥の娘が、とん子、すん子、坊ば(自分の子どもに、そんな名前をつけるか?)。そんな出鱈目な名前のなか、主人の妻にも名前が出てこない。思うに、猫も妻も「主人」の分身――影なのでは。猫同様この処女小説に登場するハキハキものを言う妻は、その後の漱石の作品の女性とはずいぶん違うし、明治時代の従順な女性とも違います。また、ほかの猫たちも(名前こそ付けてもらっているものの)飼い主の分身のような気がします。
  さて、そんな風に『吾輩は猫である』を読んでいましたが、実際に漱石は、 (私がはじめに感じたように)あまり猫が好きではなかった――ということを、漱石の次男、夏目伸六のエッセイ「猫の墓」で知り(確認し)ました。猫の出てくる小説や詩、絵やマンガに触れたとき、本当に猫に関心があるかどうか、猫好きには匂いでわかるものです。やまだ紫、長谷川潾二郎、藤田嗣治、猪熊弦一郎などの捉えた――猫の日向で眠るふにゃとした表情、後ろ足で耳のうしろを掻くしぐさ、顔中を口にして生あたたかい息を吐く欠伸、フゥーッと毛をさかだてる怒りの激しさ……これは本物です。
 もっとも、好き嫌いは作品の評価とは関係がないのかもしれません――あまり好きだと距離の取り方がわからなくなることもありますから。『小さな貴婦人』など猫が登場するたくさんの小説、エッセイがある吉行理恵だからというので、詩集を探してみると、見つけたのは「悲劇の主役ですから」と 「猫の一日」のふたつ。詩にあまり登場しないのは、猫が散文向きだと思っていたからでしょうか。
  《眼をさます と/ミルクを飲んだ/う、めえ…… と鳴いて/もう 眠ってしまった》(「猫の一日」全文)。『吾輩は猫である』同様、ユーモアとナンセンスな味わいは猫によく似合います。漱石の風刺の重さはなく、透明な風みたい。 (そういえば、ルイス・キャロル『ふしぎの国のアリス』にチェシャ猫がいたな)。猫好きで、エッセイや絵本だけでなく、詩にも猫がよく登場させている詩人といったら小長谷清美――『東京、あっちこち』の「20」章から。
 《ネコのいない町なんか/歩きたくないね、そういう意見を持ったひとと/佃大橋を渡った//道のつき当ったところに/神社があって/ふとったネコが首傾けて/水の声を聞いていた//佃小橋を渡り/そのあと合計九匹のネコをシュートし/わたしたちは/また 佃大橋を渡った//うららかな、/インディアンの夏の午後!》。 この詩を読んでいたら武田花の写真を思い出しました。どこか懐かしくてちょっと怪しい風景――片隅に居心地よさそうに猫がそっといる、まるで絵画のサインのように。そうだよな、ネコのいない町なんてヒトもまた住みにくい。(なお、武田花、「猫1」に登場した武田泰淳と武田百合子の一人娘)。
 田村隆一が猫に似合う、と思ったのは、ソファで猫を抱いて眠っている写真を見てから。田村はどちらかというと鳥、それも猛禽類とか鸚鵡を連想させる立派な顔なのですが、妙に猫と合う。悦子夫人の家に田村が鳥籠をもってやってきたのは1982年の大晦日。尾長のタケと悦子のチィはなぜか仲良くなり、隆一もすっかり猫好きになった、という話を読んだことがあります。さっそく田村隆一の詩集を調べてみましたが、猫の詩は少ない。
 『新年の手紙』に猫の詩がありました。吉行理恵のように、猫が風のような透明感とミステリアスな雰囲気に抽象化されています。《凶器はありふれた剃刀だったけれど/ぼくも村の床屋まで行ってみる/秋のはげしい夕焼けのなかで燃えているもの/凶器の剃刀のようにただ冷く光っているものが見たいばかりにさ/床屋には牛も坐っていそうもないしスマートな殺人もないだろうが//この村には新しい関係も相反する関係もないことがよく分った/真夜中 浴室のあたりで/まるで霊魂がもどってきたような音がした/それからゆっくりと/どこからか帰ってきた不定形の猫が/ぼくのベッドにもぐりこむ

(「不定形の猫」)。

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