正林寺法華講員手引書

『折伏・家庭訪問・教化育成・法統相続・教学研鑚・邪義破折・支部組織の充実強化に活用』 法華講正林寺支部 正林編集部

正法時代とは

2005-11-21 | 手引書⑤

 釈尊滅後の正法時代について日蓮大聖人は『新池御書』に、
 「仏教は仏滅度後、正法一千年が間は天竺(てんじく)にとゞ(留)まりて余国にわたらず」(御書1364)
と仰せであり、中国や日本には仏教は伝わらず、天竺であるインドにおいて正法の千年間、仏様である釈尊が説かれた純粋な仏法が止まったという時代です。それが「正法時代」です。『撰時抄』に、
 「夫(それ)仏の滅後二月十六日よりは正法の始めなり」(御書839)
と御指南のように、釈尊がお亡くなりになられた翌日の二月十六日からが、正法時代のはじまりであると仰せです。インドでは釈尊が説かれた仏教が正しく伝わり、修行も正しく実践されたのであります。
 『衆生心身御書』に、
 「仏の御入滅の次の日より一千年をば正法と申す。この正法一千年を二つにわ(分)かつ。前の五百年が間は小乗経ひろまらせ給ふ。ひろめし人々は迦葉・阿難等なり。後の五百年は馬鳴・竜樹・無著・天親等、権大乗経を弘通せさせ給ふ。法華経をばかたはし(片端)計りかける論師もあり、又つやつや申しい(出)ださぬ人もあり。正法一千年より後の論師の中には、少分は仏説にに(似)たれども、多分をあやま(誤)りあり。あやまりなくして而もたら(足)ざるは迦葉・阿難・馬鳴・竜樹・無著・天親等なり」(御書1213)
と御教示であります。正法一千年でも二つに分かれ、はじめの五百年を解脱堅固(げだつけんご)といい、智慧を得て悟りを開く者が多い時代です。小乗経がひろまり迦葉(かしょう)や阿難(あなん)がひろめました。小乗経は自分だけの修行で、他人のことは一切考えない修行です。現在でもインドや日本にも小乗経はあり、修行している人がいますが時代錯誤です。小乗経を修行する時はこの正法時代のはじめ五百年間だけであります。それが過ぎてしまえば違う経典を用いて修行をしなければ御利益がありません。つまり、今現在で小乗経を修行しても御利益はなく、かえって身心を害する結果になります。
 小乗経とは、戒律を守ったり食事を抜く断食や乞食行、動物や虫を殺さないという殺生をしないこと。肉を食べてはいけないという厳しい制限があります。今現在では釈尊も説かれるように無意味です。しかし世間で僧侶の修行は、未だに小乗経を行っていると思い込んでいる人が大変多いです。如何に世間では、仏教に対する間違った認識がなされているかを物語っています。
 次の五百年を禅定堅固(ぜんじょうけんご)といい、禅定の修行が広く行なわれる時代です。権大乗経がひろめられ馬鳴(めみょう)・竜樹(りゅうじゅ)・無著(むじゃく)・天親(てんじん)等がひろめました。この時代は、小乗経より一つ進んだ経典を用いて修行する時代です。小乗経は自分個人のことだけを考えるのに対し、大乗経は周りの人のことも考えながら、多くの人を救い修行する教えです。それが権大乗経で実大乗経となる法華経に対する言葉です。
 権大乗経は阿弥陀経や大日経などであり、日本にも存在する浄土宗や浄土真宗、真言宗や禅宗などが依経とする経典を修行する時代です。つまり今現在でも修行しいる宗派がありますが、この五百年間にしか御利益のない経典です。今末法時代では、当然御利益はありません。実大乗経の法華経の文底下種仏法である南無妙法蓮華経でなければ御利益はありません。
 正法時代は、釈尊が説かれた教えが正しく伝えられ、更に実践修行も正しく行われた時代であります。