お話

日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

続々々 診療所日記

2020年11月28日 | 怪談
○月×日

 女ののっぺらぼうがやってきた。浴衣を着て団扇で顔を隠しながら佇んでいるその姿は美しくて涼しそうだ。
 つるんとしたその顔には目も鼻も口も眉も何も無かったが、袂から絹のハンカチを取り出して、目と思しき所にあてがって肩を震わせている。
「おや、泣いているのですね」私は言った。「何か哀しい事でもあるのですか?」
「ええ……」のっぺらぼうは顔を上げて私に顔を向ける。「昔は、良くこの顔に落書きをされて難儀しました……」
「そうでしたね。私も落書き落としを何度かさせてもらいました。……でも、今日は綺麗ですよ?」
「ええ…… 最近では、このゆで卵のように白くてつるんとした肌が評判になりまして、手入れの方法とか、化粧品は何を使っているのかとか、五月蝿く聞かれるようになってしまって…… 最近ではぺしぺしと叩いて感触を確かめる輩も出て参りました……」
「新たな美のカリスマじゃありませんか」
「ええ…… でもね、先生……」のっぺらぼうは泣き出した。「わたくしはお化けなのです。なのに、誰も怖がってくれません…… それが悔しいやら、情けないやらで……」


○月×日

 一つ目小僧がやってきた。つるつる頭で寺の小僧さんの格好をして、顔の真ん中の大きな一つ目をぱちくりさせている。
「先生…… 困りましたよ……」
「どうされました?」
 私は食卓の目玉焼きを大あわてで平らげた。
「わたしはこう見えましてもね、もうかなりの歳なんですよ」
「そうなんですか? 永遠の美少年かと思っていましたよ」
「ははは、先生はご冗談が上手いですなぁ……」
「それで、お困り事とは?」
「実はね、寄る年波には勝てず、身体のあちこちにガタがきているんですよ。特に、最近じゃ目が良くありません。この前も人間を驚かしてやろうと思って、ばっと目の前に出たけど驚かない。良く見たら田んぼの案山子でしたよ」
「それはお気の毒ですね。それに、目はトレードマークじゃありませんか」
「そうなんですけどね…… で、眼鏡を作ろうと思ったんですがね、この大きな一つ目用となると、ちと値が張るそうでしてね。……でもね、お化けはお金を持っていませんからね、手に入れられなくてねぇ……」
「お幾ら位で?」
 一つ目小僧は私に金額を耳打ちしてきた。通常のメガネの金額の桁ではなかった。
「そんなにするんですか!」
「ええ、特殊なものになるので、その価格とかで……」
 私も協力したいのだが、この金額では無理だ。
 私達は顔を見合わせて溜め息をついた。 


○月×日

 座敷童がひょっこりとやってきた。着物を着た子供姿が何とも可愛らしい。しかし、その表情は暗かった。痛々しい感じがする。
「おや、幸せをもたらす座敷童さんが、そんな顔をしていてはいけませんね」
 私が言うと、無理やりな笑顔を作ってみせた。それはそれで痛々しい。
「先生……」座敷童はついに泣き出した。「もうどうしていいのやら、分かりません!」
「まあ、話を聞かせて下さい」
 私はソファを薦めた。ソファに座ると、座敷童はすんすんと鼻を鳴らしながら話し始めた。
「……元々古民家や年季の入った宿屋なんかに住まうあたくしですが、最近じゃ、廃屋や廃墟が多くなってしまって、人が住んでいないんですよ。誰もいなきゃ、幸せには出来ゃしません……」
「では、人の多い都会へ出てみてはいかがですか?」
「それも考えたんですよ。ですけど、狭い家やマンションが多くて、隠れる場所がありません。すぐに見つかってしまいます…… これじゃ。あたくしの価値ってものが下がってしまう……」
「そう言うものですか……」私は考えた。「じゃあ、思い切って大きな家はどうですか?」
「大きな家は、お金持ちだったり有名人だったりで、すでに幸せです。あたくしの出る幕なんかありません……」
 座敷童はそう言うと、また泣き出した。

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