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コーイチ物語 3 「秘密の物差し」 195

2020年11月27日 | コーイチ物語 3(全222話完結)
「あわわわわわわ……」
 コーイチは立ち上がると、そうつぶやきながら部屋の中をうろうろし始めた。腰元二人は逆に畳の上に正座し、うろうろしているコーイチを眺めている。
「コーイチさん……」松がため息をつく。「先程までの御覚悟、いずこへおやりになったのでございます?」
「そうそう」竹もため息をつく。「コーイチさんの最期はしかと見届けるとお約束いたしましたわ」
 コーイチは立ち止まって、二人をにらむ。しかし、元々迫力の無いコーイチににらまれても、痛くもかゆくもない。現に腰元の二人は、コーイチを見ながらにやにやしている。
「コーイチ!」外から再び殿様の声がする。「出て参れと申しておろうが! 出て来ないのであれば、こちらから乗り込むぞ!」
「……ほら、このままでは殿が入って参りますわ」松が言う。「ここは、やはり御覚悟を御決めになって下さいまし……」
「そうですわ」竹が言う。「このままでは、殿のみならず、御一緒の方々も参られますわ。そうなると、ここは修羅場となりましょう」
「いえいえ、城中なればそれは慎まねばなりますまいね……」
 腰元二人はそう言うと、じっとコーイチを見る。コーイチはふうっと深く息を吐いた。
「……分かりました……」コーイチは決然と巣た表情をする。「『蒔いたタコは買い取る』と言いますからね。ここは腹を括ります! 腹を括って…… 逃げます!」
 そう言うと、コーイチは、殿様たちがいるであろうとは反対側に向かって、部屋から飛び出そうとした。しかし、腰元とはいえ、松も竹も武家の出だ。二人は素早く動いてコーイチを難なく押さえ込んでしまった。
 畳の上でうつ伏せになったコーイチの背中に松と竹は尻を乗せて座っている。コーイチはじたばたしているが、二人はびくともせず、平気な顔をしている。
「コーイチさん」松がコーイチの後頭部を見ながら言う。「ここは武士らしくなさいませな」
「ボクは武士じゃないですよう……」
「でも、男ですわね?」竹はばたつくコーイチの足を見ながら言う。「男でしたら、ここ一番で男気を見せて頂きませぬと」
「たしかに男ですけど……」
「では、ここは殿と方々とにお会い頂きましょう」
「いや、それは……」
「ほう…… お会いにならないとおっしゃいますのか?」竹はそう言うと目が妖しく光った。「それはそれは…… どう致しましょうか、松さん?」
「ほほほ……」松の目も妖しく光る。「そうですわねぇ…… そんな事をおっしゃるようではねぇ……」
「な、何を考えているんです?」
 背中の二人の異様な気配を察してコーイチは振り返ろうとするが、松も竹もさらに体重をかけてくる。じたばたするコーイチの感触を楽しむように、松と竹は顔を見合わせて妖しく笑う。
「何をするのかですって、竹さん……」
「コーイチさん、こうするのですよ……」
 竹が言うと、二人は「そうれ!」と掛け声を合わせて、コーイチの脇腹を、松は右側を、竹は左側を、それぞれくすぐり始めた。
「うわあああ! 止めてぇぇぇ!」コーイチは叫ぶ。「止めて、止めて、止めてぇぇぇぇ!」
「いいえ、止めませんわ」松は手を止めない。「ほうら、ここが一番くすぐっとうございましょう? おほほほほ……」
「ひええええええっ!」
「コーイチさん」竹も手を止めない。「こんな楽しい事、止められませぬわ。うふふふふ……」
「どわああああああっ!」
 コーイチの悲鳴に松と竹の妖しい笑い声が混じる。
「わ、分かりましたあ! 殿様に会います! 会わせて頂きますぅぅ!」
「あら、竹さん、今何か聞こえましたかしら?」
「聞こえたのは、外で鳴く鳥でございましょう」
 二人は白々しく言うと、さらにコーイチの脇腹をくすぐる。じたばたしていたコーイチが次第に動かなくなった。ぎゃあぎゃあわめいた声も弱くなり、ひいひいと喉の鳴る音に変わった。
「……あら、やり過ぎてしまったのでしょうかね、竹さん」
「ついつい楽しくて、気が付きませんでしたわ、松さん」
 二人はコーイチの上から降りた。コーイチはひくひくしている。
「さあ、コーイチさん!」松がコーイチを仰向かせ、上半身を起き上らせる。「しっかりなさりまし。お約束通り、殿様にお会い下さりましな」
「左様でございますわ」竹がコーイチの腕を引いて立ち上がらせる。「ここからがコーイチさんの男の見せどころでございますわ」
 何とか立ち上がったコーイチの着物の乱れを、二人して整える。
「さあ、行ってらっしゃいませ」
 松が言って、コーイチの背をぽんと叩いた。コーイチはふわふわした足取りで出て行った。
「……わたしたち、いけない事を覚えてしまいましたわね……」
 そう言う竹に松は深くうなずく。


つづく

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