どうぶつのこころ

動物の心について。サルとか類人猿とかにかたよる。個人的にフサオマキザルびいき。

飼育アマゾンタンスイエイの道具使用

2009-12-22 06:38:43 | 思考・問題解決
A54 Kuba, M. J., Byrne, R. A., & Burghardt, G. M. (2009).
A new method for studying problem solving and tool use in stingrays.
Animal Cognition. (DOI:10.1007/s10071-009-0301-5)

エイ(Potamotrygon castexi)における問題解決と道具使用を研究するための新方法
軟骨魚類の認知能力をテストすることは、高次脊椎動物の認知機能の進化的起源を理解するうえで、重要である。われわれは、アマゾンタンスイエイ(Potamotrygon castexi)を5個体用いて、学習課題と問題解決課題をおこなわせた。管テスト装置を開発して、単純だが洗練された手続きを用いることで、水生動物のもつ認知能力をテストした。5個体ともすべて、水を道具として使用することでテスト装置から食物をとりだすことを、迅速に学習した。〔そのあと、管テスト装置に適用した〕実験プロトコルでは、動物が誤った視覚手がかり決定を修正できるようにしてあり、5個体の被験体のうち4個体は、最初に正しい選択をおこなえなかったが、錯誤を修正できた。5個体の被験体のうち1個体は、この視覚弁別課題で、100%の正解試行を達成した。水を仲介物として用いることでテスト装置から食物をとりだす能力は、エイ類の道具使用を示した最初のものである。新奇のテスト装置から食物を回収する道具課題で一定の遂行を示し、そのあとでおこなった弁別/錯誤修正課題でも迅速に学習したことから、脊椎動物の系統において認知機能の起源を研究するのに、軟骨魚類が有用でありうることがわかる。
キーワード:道具使用(Tool use)・問題解決(Problem solving)・認知(Cognition)・学習(Learning)・魚類(Fish)・エイ(Stingray)・Potamotrygon castexi


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前回の記事はタコの道具使用(tool use)。これはエイの道具使用。もうどんな動物が道具を使用しても驚かないような気がする。

著者は、マイケル・J・キューバ(Michael J. Kuba)(イェルサレム・ヘブライ大学 Hebrew University of Jerusalem)、ルース・A・バーン(Ruth A. Byrne)(ウィーン医科大学 Medizinische Universität Wien)、ゴードン・M・バーガート(Gordon M. Burghardt)(テネシー大学 University of Tennessee)。キューバとバーンは、タコの研究で活躍している。バーガートは、ヘビなどの爬虫類の研究をおこなっている。バーガートさんは、ヘビが大好きな方で、たまたま巳年生まれであるのだが、ご自身でそれを知っておられた。ヘビマニアすぎる。

魚類の認知については、2006年にまとまった本が出ている。
Brown, C., Laland, K., & Krause, J. (2006). Fish cognition and behavior. Oxford: Blackwell Publishing.
ISBN1405134291

サメやエイの属する板鰓類(軟骨魚類の一部)は、脊椎動物のなかでも比較的古い系統であるが、比較認知的な観点から研究されることは少ない。先行研究によると、板鰓類でアロメトリ分析をおこなったところ、体重にたいする脳重の比は、分類群によっては、鳥類や哺乳類のいくつかを超えていた。エイは、その比が板鰓類のなかでも最大である。

魚類の道具使用は、議論が多いところだが、テッポウウオの水鉄砲使用が有名である。サメやエイも、噴流を使用することで知られていて、それによって水底の砂に隠れた獲物を見つけることができる。今回の被験体のエイも、この行動をおこなう。しかし、後述のように、この研究で被験体は別の戦略をとった。

被験体は、飼育アマゾンタンスイエイ(Potamotrygon castexi)。実験を経験したことのない亜成体で、オス3個体、メス2個体である。

訓練段階。実験装置は、まっすぐで不透明な管であり、中央にイカ片やイトミミズを置いた。全個体が自由に装置を使うことができた。全個体が1日分の食物をとったらその日は終了である。全個体とも、2日で学習できた。食物を獲得する戦略は、ひれで水流を起こしたり(undulating fin movements)、円盤状の身体を吸盤のように動かしたり(suction)することで、自分のほうに引き寄せた。噴流を起こして押しだすものはいなかった。

問題解決課題。実験装置の管の両端にジョイントをつけた。ジョイントも両端が空いているので、それだけだとただ長くなっただけだ。しかし、片方のジョイントには、鉄網が張ってあり、水流と匂いは通すが、食物をそこからとりだすことはできない。そのじゃまな網のある側には黒いテープが、反対の何もない側には白いテープが巻いてあり、正解の出口は視覚的に弁別できる。1試行は3分で、最初から正しいほうに行くか、錯誤を修正するかすることで、食物を獲得すれば、成功とされた。1セッションは、5回成功するまで続けられた。8セッションおこなったところ、全個体とも失敗試行が減少していき、学習がみられた。このうち、黒白の視覚手がかりを用いたのは1個体(オス3)のみで、残りの4個体は試行錯誤学習によって錯誤を正しい方向に修正していた。そのときに使用した戦略は、訓練段階と同じく、undulating fin movementsとsuctionだった。1個体(オス3)だけは、噴流を管のなかに流しこむこともした。

視覚手がかりを使うことができるのもすばらしいのだが、錯誤を修正することもエイにとっては特筆すべきことであるようだ。というのも、このエイたちは食物を手に入れるときに、自分のほうに寄せる戦略をとっているからだ。このとき、匂いも自分のところに流れてくるため、この認識を抑制して反対方向に向かう必要がある。これはエイにとって非常に要求水準の高いと考えられるそうだ。著者は、エイの認知能力が真骨類(一般的な魚類のことで、硬骨魚類の一部)だけでなく、両生類、鳥類、哺乳類に比肩すると述べている。

思ったのは、これが道具使用に相当するかどうかである。著者らも引用しているが、前回述べたとおり、動物の道具使用の研究では、道具使用は、「環境にある遊離物を体外で利用することで、ほかの物体や生物、使用者自身の形態や位置、状態を、利用しないときよりも効率よく変化させることで、そのとき使用者は使用中ないし使用直前に道具を保持または運搬するのであり、道具を適切で効果的な向きに直す責任をもっている」(tool use is the external employment of an unattached environmental object to alter more efficiently the form, position, or condition of another object, another organism, or the user itself when the user holds or carries the tool during or just prior to use and is responsible for the proper and effective orientation of the tool)と定義されている(ベンジャミン・B・ベック Benjamin B. Beck)(1980)。ここで重要なのは、道具が遊離物(unatteched object)であるということである。反対に、遊離しておらず、環境において不動のものとみなされているものは、基盤(substrate)と呼ばれ、陸上動物にとっての地面、樹上動物にとっての樹木、海生動物にとっての海などである。クロスジオマキザル(Cebus libidinosus)が堅い実を石(遊離物)で叩き割ることは道具使用であるが、直接実を手にもち、それを地面(基盤)に叩きつけて割ることは、道具使用ではなく、基盤使用(substrate use)として区別される。その定義は、「ひとつの物体を(ひとつまたはふたつの操作器官で)操作し、固定された基盤ないし媒体に関係づけること。たとえば、物体を地面にこすりつける、物体を水のなかで洗う、物体を表面に叩きつける、物体を表面に投げつける」(manipulation of one object (with one or two manipulators relative to a fixed substrate or medium, e.g. rubbing an object on the ground, or washing an object in water, or banging an object on a surface, or throwing an object onto a surface)である(Parker & Gibson 1977)。スー・テイラー・パーカー(Sue Taylor Parker)とキャスリーン・R・ギブソン(Kathlenn R. Gibson)は、物体-基盤操作(object-substrate manipulation)と呼んでいた。水のなかで生きるエイにとって水は基盤であるが、今回の行動は道具使用なのか基盤使用なのか。
Beck, B. B. (1980). Animal tool behavior: The use and manufacture of tools by animals. New York, & London: Garland STPM Press.
ISBN0824071689

テッポウウオの噴流使用であれば、道具使用である。それを拡張するなら、サメやエイが水中で砂のなかの獲物を見つけるために噴流を使用するのも、道具使用である。今回の個体のなかには、噴流を使用したものもいたが、たいていは、ひれで水流を起こしたり、円盤状の身体を吸盤のように動かしたりすることで、自分のほうに引き寄せていた。ここまでくると、基盤使用に近いのではないかと思えるかもしれない。

しかし、上で述べた基盤使用の例では、操作しているのは、実(目標物)であり、地面(基盤)ではない。他方、今回エイが操作しているのは、食物(目標物)ではなく水である。これは、目標物以外のものを操作して目標物を回収する道具使用であるといえる。つまり、このエイの行動で、水は、基盤としてあるだけでなく、手段(道具)となるように積極的にエイからはたらきを受けているということである。明確に道具としての水が基盤としての水から遊離していないだけで、これは道具使用である。

と書いたものの、噴流はともかく、ひれや身体全体を動かして水流をつくるのは、道具使用というよりは、複雑な運動の学習というほうがふさわしい気もする。道具使用も複雑な運動の学習の1種であるけれども。

軟骨魚類の知性の論文を読んだことはなかったので、とにかく新鮮でおもしろかったです。

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野生メジロダコの道具使用

2009-12-22 06:37:43 | 思考・問題解決
A53 Finn, J. K., Tregenza, T., & Norman, M. D. (2009).
Defensive tool use in a coconut-carrying octopus.
Current Biology, 19, R1069-R1070. (DOI:10.1016/j.cub.2009.10.052)

メジロダコにおける防具使用


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National Geographic News日本語版)などでニュースが出ていた研究。著者の所属しているヴィクトリア博物館のウェブサイトにも、ニュースが出ている。『カレント・バイオロジー』(Current Biology)のCorrespondenceとして掲載された。

著者は、ジュリアン・K・フィン(Julian K. Finn)(ヴィクトリア博物館 Museum Victoria、ラ・トローブ大学 La Trobe University)、トム・トレゲンザ(Tom Tregenza)(エクセター大学 University of Exeter)、マーク・D・ノーマン(Mark D. Norman)(ヴィクトリア博物館)。彼らは、ミナミハンドウイルカ(Tursiops aduncus)がオーストラリアコウイカ(Sepia apama)を手順に沿って処理して食べるという報告と同じ著者(Finn, et al. 2009)。

調査個体は、野生メジロダコ(veined octopus, Amphioctopus marginatus)20個体以上。インドネシアの北部スラウェシ島とバリ島の海岸あたりで、水深18 mの下干潮帯にある未固結基盤の上を、1998-2008年にかけて500時間以上潜水した。

メジロダコは、殻の貝殻や、捨てられたココナツの殻、その他の廃棄物に隠れた。4事例では、ココナツの殻を身体の下に抱えて、最大で20 m移動した。2個体のタコは、水流で泥を飛ばすことで、埋まっているココナツの殻を拾いだした。

殻をもって移動するときは、ココナツの半球状の殻の凹面側を上にして、それに覆いかぶさって腕で挟んだ。著者らはこれを「竹馬歩行」(stilt walking)と呼んでいる。この歩行の際は、殻は身体の下にあるため、そのままでは常時防具としての役割を果たしているということにはならない。将来その都度使用するために運搬しているということになる。

おそらくこの話を聞いた人のほとんどが、ヤドカリなどの貝殻使用とどうちがうのかという疑問をもつだろう。そう思うのは、「道具」(tool)が自然カテゴリではないからである。したがって、「道具使用」(tool use)も自然カテゴリではない。動物研究における道具使用の定義としてもっとも有名なのは、ベンジャミン・B・ベック(Benjamin B. Beck)(1980)によるもので、「環境にある遊離物を体外で利用することで、ほかの物体や生物、使用者自身の形態や位置、状態を、利用しないときよりも効率よく変化させることで、そのとき使用者は使用中ないし使用直前に道具を保持または運搬するのであり、道具を適切で効果的な向きに直す責任をもっている」(tool use is the external employment of an unattached environmental object to alter more efficiently the form, position, or condition of another object, another organism, or the user itself when the user holds or carries the tool during or just prior to use and is responsible for the proper and effective orientation of the tool)である。
Beck, B. B. (1980). Animal tool behavior: The use and manufacture of tools by animals. New York, & London: Garland STPM Press.
ISBN0824071689

ハキリアリが葉を集めてキノコ栽培の肥料にするといったような行動は、単なる刺激にたいする反応として、こういった道具使用行動からは除外されている。また、ヤドカリの殻のように、つねに効果をもつものも、単純な行動として、一般に除外されている。道具というのは、特定の目的のために使用されるまでは効力をもたない。タコがいかに柔軟な行動を披露するのかを研究するためには、こういった切りわけが重要になるのかもしれない。しかし、もっと実証的な証拠(たとえば、実験室の心理学的研究)がないと、恣意的な切りわけと思われてしまうかもしれない。タコの道具使用をヤドカリの貝殻使用から切りわけるのは、霊長類の道具使用を昆虫などの物体利用から切りわけることよりも、ずっと難しいように思う。

タコの道具使用の研究があってびっくりして、もう何の動物の道具使用研究があっても驚かないと決心したのだが、すぐにそれは破られることになった。続く

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