どうぶつのこころ

動物の心について。サルとか類人猿とかにかたよる。個人的にフサオマキザルびいき。

ワタボウシタマリンが示す文法の前駆

2009-07-12 00:46:29 | 言語・コミュニケーション
A47 Endress, A. D., Cahill, D., Block, S., Watumull, J., & Hauser, M. D. (2009).
Evidence of an evolutionary precursor to human language affixation in a non-human primate.
Biology Letters, online, DOI:10.1098/rsbl.2009.0445

ヒト以外の霊長類にヒトの言語の接辞化の進化的前駆があるという証拠
ヒトの言語、とくに文法能力は、まるごとほかの動物にはみられない一式の計算操作に依存している。そのような独自性があっても、われわれ〔ヒト〕の言語能力の構成要素が、非言語的な機能のために進化していて、ほかの動物と共有されているという可能性は残っている。ここでわれわれは比較論的な観点からこの問題を探索し、ワタボウシタマリン(Saguinus oedipus)が自発的に接辞化規則(affixation rule)を獲得できるのかを問うた。ここで用いた接辞化規則は、われわれ〔ヒト〕の屈折形態論(inflectional morphology)(例。過去時制をつくるとき、walkwalkedに変形するように、-edを付加するという規則)と重要な特性を共有している。録音再生実験を用いてわれわれが示しているのは、タマリンが、特定の「接頭辞(prefix)」音節ではじまる2音節の項目と、それと同じ音節を「接尾辞(suffix)」にして終わっている2音節の項目を弁別しているということである。これらの結果から示唆されるように、さまざまな言語のなかで接辞化に役だっている計算メカニズムのいくつかは、ほかの動物と共有されていて、非言語的な機能のために進化した基本的な原始的知覚ないし記憶に依存しているのだろう。〔太字、斜体は原文の斜体〕
キーワード:動物認知(Animal cognition);言語の進化(evolution of language);形態論(morphology);言語獲得(language acquisition)


人気ブログランキングへ

数日前にニュースになっていた論文(Discovery News, New Scientist, National Geographic News, ナショナルジオグラフィックニュース)。著者は、ハーヴァード大学心理学部門(Department of Psychology, Harvard University)のアンスガル・D・エンドレス(Ansgar D. Endress)、ドナル・ケイヒル(Donal Cahill)、ステファニー・ブロック(Stefanie Block)、ジェフリー・ワトゥマル(Jeffrey Watumull)、マーク・D・ハウザー(Marc D. Hauser)。所属は心理学部門であるが、National Geographic Newsにはエンドレスが言語学者であると書いてあった。アンスガルは北ゲルマン系の男性名だが、エンドレスのウェブサイトにあるCVをみると、ドイツ出身のようだ。論文にドイツ語の過去分詞のつくり方が引きあいに出されていたのは、エンドレスの母語がドイツ語だからだったようだ。大学院時代の指導教員がジャック・メレール(Jacques Mehler)なので、経歴的には心理言語学者といえるだろう。以前から、言語獲得における知覚や記憶の制約がテーマだったとのこと。

実験参加者はワタボウシタマリン(Saguinus oedipus)14個体。2個体を除き、2条件ともテストされている。

手続きは、次のとおり、まず2条件に分かれる。
1) 接頭辞化条件。shoy-bi, shoy-ka, shoy-na, ... に熟知化させる。
2) 接尾辞化条件。bi-shoy, ka-shoy, na-shoy, ... に熟知化させる。
およそ30分間。テストはこの熟知化の翌日である。

テストでは、どちらの条件についても、shoy-brain, shoy-wasp, brain-shoy, wasp-shoy, ... を聞かせる。すると、次の結果が得られた。指標は、刺激(音声)の聞こえてきた方向を向くという行動である。
1) 接頭辞化条件。規則どおりのshoy-brain, ... よりも、規則に違反しているbrain-shoy, .... のときに、よく刺激のほうを向いた。
2) 接尾辞化条件。規則どおりのbrain-shoy, ... よりも、規則に違反しているshoy-brain, ... のときに、よく刺激のほうを向いた。
ただし、項目型(規則どおりか規則に違反しているか)と条件(接頭辞化か接尾辞化か)についての被験者内要因の分散分析により、項目型の主効果は統計的に有意だったが、条件の主効果と交互作用は統計的に有意でなかったため、項目型間の統計的な差異をみるときに、両条件をまとめたうえで検定をおこなっている。

ヒトの言語の形態論の基礎となる構成要素として、音声から接辞化規則を引きだすことは、屈折(語形変化)にとって重要である。この実験からいえるのは、この接辞化規則の計算が、ヒト以外の霊長類にも共有されている可能性があるということである。

人工的な言語を使ってヒト以外の霊長類でテストをおこなうことに、どういう意味があるのか疑問に思う人がいるかもしれない。実際の言語がもっている屈折は、かなり複雑である。実際のヒトの言語については、詳しく構成素を分析することで形態素が得られるが、今回は乱暴に人工的な「形態素」をもちこんでいる。一方で、タマリンはただ今まで聞いたのと異なるパタンに反応しただけであるのに、それにどういう意味があるのかと思う人もいるかもしれない。

比較となるのは、成人の言語使用というよりは、子どもの言語獲得である。たとえば、過去形をつくる屈折形態素-edを獲得するには、聞いた音声から-edを抽出しなければならない。このように、特定の音声からではなく、任意の音声からのパタン抽出が、言語を使うヒトにおいてその言語に特有なのか(領域固有的)、それともほかの動物にもひろくみられる知覚能力にもとづいているのか(領域一般的)、実際にヒト以外の動物を調べるまではわからない。それで、実際にタマリンを調べてみて、肯定的な結果を得たというわけである。

領域固有性や領域一般性といったことは、ハウザーが以前より取り組んできたことである。

調べていたら、このような本が出版されると知った。著者アンドリュー・カーステアズ=マカーシー(Andrew Carstairs-McCarthy)は言語学者で、言語進化に興味をもつ屈折形態論の専門家であるようだ。
Carstairs-McCarthy, A. (2010). The Evolution of Morphology. Oxford, England: Oxford University Press.
ISBN0199299781 [paperback]

人気ブログランキングへ


2009-07-15追記。
下コメント欄の蒼龍さんの助言で訂正。ありがとうございました。

最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
ちょっと気になったので (蒼龍)
2009-07-13 23:39:18
領域固有性は言語にとって固有の能力ってことですよね。シャクスさんの書き方だと「ヒトに固有」に聞こえてしまいます。同様に、領域一般性も言語能力と知覚能力とに共通する能力としての一般性ですよね。系統発生の話と領域固有性の話とが混ざっていてちょっと頭がごっちゃになりそうです。
返信する
領域固有とヒトに特有 (シャクス)
2009-07-15 21:41:29
そうですね。おっしゃるとおりです。領域固有性の話と種比較の話が混在しているので、言語だけにある(domain-specific)とヒトだけにある(uniquely human)とを、ちゃんと分けて書かないとわかりづらいですね。「言語を使うヒトに特有」と書くと、uniquely humanの意味になってしまいます。「言語を使うヒトにおいてその言語に特有」というように記事を訂正することにします。ありがとうございました。
返信する