雪月花 季節を感じて

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書初めは『般若心経』

2008年01月17日 | くらしの和
 
 まもなく大寒の候。厳しい寒さのつづく東京に、昨夜初雪が舞いました。はかないもので、今朝はもう雪のあとなど微塵もないのですけど、今日のような雪もよいの日は冬ごもりときめて、午前のうちに家の片づけを済ませ、午後は温かなお茶をいれて読みかけの本を開いたりしながらすごします。


 昨年の奈良旅行では、奈良筆と奈良墨のお店をのぞくのが楽しみでした。筆もお墨も足りていて購入しなかったのですが、奈良らしくどのお店にも写経用紙が置かれていたのが気になって、帰京後に取り寄せました。書初めに『般若心経』を写経して、九州旅行の折に太宰府天満宮に納経するつもりでお願いごとをひとつ書き添えました。ただし、写経はその行為に対する結果を期待するもの(因果律)ではなく、写経そのものが功徳(因果一如)ですから、写経をさせていただくという感謝の気持ちと、経典の文字や意味にふれながら書写する行為そのものを楽しむこと(遊戯 ゆげ)が大事なのですね。

 写経の前に、塗香(ずこう)で身を浄めます。(写真左の塗香は、京都にお住まいのささ舟さんからいただいたものです。塗香がない場合は、好きなお香をくゆらせれば、清々しい気持ちで写経に向かえます) 直径5cmほどの桜材の塗香入れは金襴の袋に入れて携帯し、寺社をおとなう際にも用います。お数珠(これは婚前に母がくれたもの)を両手に掛けて合掌し、左手首に掛けます。筆をとり、無理のない自然な姿勢で写経を始めます‥


 釈迦の死後五百年ごろに大乗仏教が興り、出家者だけでなく在家の人々にも仏の教えを弘通するため、写経はさかんに行われました。この国では奈良時代に国家事業として始まりますが、印刷技術の発達後は庶民の信仰や趣味の対象となって普及し、現代まで続いています。
 『般若心経』では、観自在菩薩が弟子の舎利子に仏の智慧を説きます。「舎利子よ。存在とは空であり、空は存在にほかならない。存在すなわち空であり、空すなわち存在である。感じたり、知識を得たり、欲したり、判断するこころのはたらきもまた空である」と。大乗仏教の根本である「空」の思想を説いた経典『大般若経』はなんと六百巻、約500万字にのぼる長い経典ですが、その真髄をわずか262字に凝縮したのが『般若心経』です。すべての事物は「空」であると照見することによって、いっさいの苦厄から救われるといいます。『般若心経』が「空」と「無」の教えであるといわれる由縁です。実際に数えてみましたところ、262字のうち「空」の字が7つ、「無(无)」が21ありまして、このふたつの文字が全文の一割以上を占めるのですね。
 ここで思い出すのは、かつて達磨大師が、こころの悩みを取り去りたいと願う高弟の慧可(えか)に「それでは、お前のこころを見せてみよ」と言い、慧可が「どこにもありません」と答えたところ、大師が「お前の悩みを取り去った」と言ったと伝わるお話。無を知れば迷いは消える、ということでしょうか。このエピソードにも、「空」の思想が表れているような気がします。


 み仏の智慧とは、尊くて、凡人のわたしにはあまりに遠いものです。でも、筆先に意識を傾けて写経をしながら、こころが安まってゆくのは有難いことです。これは、もしかすると坐禅をすることと同じなのではないかしら。
 祖母が生前毎朝欠かさず仏前に正座し、お数珠を手に掛け、目を閉じて誦経していた姿を思い出します。「掲諦掲諦 波羅掲諦 波羅僧掲諦 菩提薩婆呵 般若心経(ぎゃてい ぎゃてい はらぎゃてい はらそうぎゃてい ぼうじそわか はんにゃしんぎょう)」。み仏の智慧の真言をこころの中で唱えながら、写経をつづけます。敷き写しに慣れたら、臨書(お手本を脇に置いて見ながら書く方法)に切り替えるつもりです。

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