夕焼け金魚 

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蛙が

2017-05-17 | 創作
掃除の場所に一軒だけ田圃の真ん中にあるアパートがあります。
どういうわけか街の取り残された空間のように、その一画だけに田圃が残りその真ん中に一軒のアパートがあります。
田圃の真ん中なので遮るものがなくて、今頃だと黄砂で階段も窓も砂だらけで大変なのです。
しかも日差しが強くなる時期ですから汗まみれになって、担当者泣かせと言われているアパートです。
ほとんどが学生さんなのですが、一軒だけ若い夫婦の方が入っておられました。
春子という可愛い女の子がひとりいて、私が行くとその子がいつも話し相手になってくれます。
頼んだわけじゃないし、こちらとして砂まみれのアパートを綺麗にしなければならないので大変なのですけど、
春子ちゃんが笑って近づいてくると、話さないわけには行きません。
この話というのが、実は蛙の話なのです。
田圃の真ん中のアパートですから、まわりは蛙だらけなわけです。
近所に同じくらいの子もいないので、自然と蛙に興味がわいたようです。
別に飼っているわけでも無いのに、手を叩くとよってくる蛙がいるのです。
「これは薫ちゃん、向こうのは次郎君なの」というのです。
蛙の顔を見分けることができますか、私はどれを見ても同じ蛙にしか見えませんけど春子ちゃんにはちゃんと区別できるのです。
面倒なことばかりのアパートに思えますが、実は凄い特典があるのです。
それは夏でもクーラーがいらないのです。日差しは強いのですがその日差しさえ遮れば、風は寒いほどなのです。
田圃の上を通ってくる間に十分に冷えて、夏は夜だと窓を開けていられないほど寒くなるのだそうです。
春子ちゃんはいつも田圃のあぜ道に座って、蛙とお話ししていたのです。
その日は梅雨の走りの小雨が朝から降っていて、霧がかかっているようになっていたと言います。
普段は滅多に車も入ってこない田圃道にその日、その時に限って車が入ってきたというのです。
運転手の女の方は田圃で見通しがよかったので、子供がいるとは思わなかったと言います。
しゃがんでいた春子ちゃんが立ち上がったとき、車がほんの少し横にずれて、本当にほんの少しです。
でも、小さな春子ちゃんには衝撃だったのでしょう。5メートルも飛ばされたと言います。
周りが全部田圃なのに、どうして春子ちゃんはあぜ道に、ほんの1メートルも無いあぜ道に飛ばされてしまったのか。
運転していた人が慌てて春子ちゃんに声をかけたのですが、もうその時には意識が無かったと言います。
偶然が重なって、どうして、どうしてという事ばかりが重なって、春子ちゃんは二度と目を開かなかったのです。
春子ちゃんのことを聞いて、私もお葬式に行ってきました。
小さな小さな棺の中で、春子ちゃんは眠っていました。
綺麗な顔でどこにも傷一つ無いのに、もう二度と目を開かないのです。
お通夜の帰りにアパートの方によってみると、春子ちゃんの部屋に蛙が一杯張り付いていました。
窓にも壁にも、アパートの天井に隙間無くビッシリと蛙が張り付いていたのです。

梅雨が来ると、春子ちゃんのことを思い出します。
蛙の大合唱を聞くと「はるちゃん、遊ぼうと」蛙が春子ちゃんを呼んでいるように聞こえます。
梅雨時です。車の運転は注意して、注意してお願いします。
田圃道でも、子供が座っているかもしれません。

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