skydust

ローリー

ローリー 2016年 ライヴスケジュール

2030-10-22 | 日記


 
 
 
 

■2016年7月30日 (土)  沖縄市 MUSIC BAR F

Vo&Gt.ローリー

Start21:00   ¥2000

問090-8916-4009  

沖縄市胡屋1-4-1


 





■2016年8月5日(金) 那覇市 Sound M’s

Vo&Gt.ローリー
 
Start20:30 ¥2000
 
問090-1067-8055
 
那覇市久茂地3-29-68久茂地産業ビル3F

 
 
 





■2016年8月12日 (金)  沖縄市  Kaze

Vo&Gt.ローリー

Start20:30   ¥2000

問 09O-3794-9424

沖縄市泡瀬3-18-10 ウィンザービル2F









■2016年8月16日(火) 浦添Groove

ナカビ〜TOO-TOO-MAY LIVE‼️

ROLLY ROLL BAND

Vo&Gt.ローリー  Dr.城間和弘
Bass.上地一也   Key.護得久朝NOW

 Start20:30   ¥2500
問098-879-4977
沖縄県浦添市勢理客2-18-10 地下1階









■2016年8月27日 (土)  沖縄市 MUSIC BAR F

Vo&Gt.ローリー

Start21:00   ¥2000

問090-8916-4009  

沖縄市胡屋1-4-1


 

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久し振りのRollyRyo

2016-07-30 | 日記

 



久し振りのRollyRyo。

爆音RollyRyo(僕的にはちっとも爆音じゃあないけどね(^.^)

元気でちょっぴり淋しいロックンロール。

最高な時間、そして贅沢な時間。

もう語るのも面倒くさいわけで、

いつかまた遊びに来てくださいな。

The waltzを始めた80年代から90年代ぐらいまではね、

結構踊るお客さん多かったんだ。

けど加齢と共に席を立って踊る人はいなくなった。

当然だ。

が、

昨夜のRollyRyoは、仲宗根ファミリーを筆頭にみんな踊ってましたね。

何だかひどく懐かしく感じてしまいました。

あのKOZA B-1の頃思い出しちゃったとです。

やっぱ踊るってのがええやね

ロックンロールがええやね。

コザ訛りがええやね。



なので久し振りにソングリストを。。。

RollyRyo  2016.7.28  沖縄市 Music Bar Leyla


ー1stー

①Happy Guitar

最後の奇跡

③僕のピアス

④悪い噂

⑤Blue

⑥ベースマン・ブルース

永遠の高校球児

⑧I Love You Koza


ー2ndー

①舵のない船

②無言の石

③500マイル

Bomboo Bump

BadBoy Blues

⑥僕の左手

⑦うそつきジェリー

二日酔いのホリデー


ーEncoreー

①Please MR.Postman




僕の愛器fender twinReverb「RollyRoll」と、fender telecasterの「サスケ」!

愛し合ってます‼️☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆

 

今回サスケを張り切って、思い切って(笑)ヴォリュームのコントロールノブを

マディ・ウォーターズ仕様にしてみました!

ジャァァァーン‼️


はは、ミーハー丸出しじゃん!

なんて成長しない奴!(^.^)

ターチー、かっちゃん、亮くん、楽しかった‼️

ROLLY ROLL BANDは月1で演ってるんだよ〜

だから最低、年に4〜5回は演りたいね〜RollyRyo。

みんな猿と遊んだり、公園で寝たり(笑)色々忙しい人達ですが、

どうかひとつ!ヨロシコね。


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黄昏のビギン

2016-07-24 | 日記

 

 黄昏のビギン-水原弘



永六輔さんの曲続きですが、

永さんの曲でも、特に僕が大好きな曲「黄昏のビギン」。

最初の吹き込みは1959年の水原弘さんなのですが、

僕はちあきなおみさんのバージョンが大好きで、

女性が歌うと、またグッと歌詞の深みが増す感じです。



  【最後の出演】ちあきなおみ/黄昏のビギン

 

ちあきなおみさんというシンガーは、ほんと今でも人気が高く、

復活を望んでいる人が多いんだよね。

うちのお袋もすごくちあきなおみさんの歌が好きで、

こないだも一緒にこの映像観てたら、

「今度カラオケで歌うから歌詞教えて」なんて頼まれてしまいました(笑)

最近僕もカバーさせて分かったのですが、

中村八大さんの曲ってほんとにモダンで、エレガントなんだよね。

最近のJ–POPは高度な作曲法でヒットしてる曲もありますが、

なんて言うんだろう?

根底にある歌の生命力が違う気がしますね。

後世に残る曲って、そういうものなのかもしれないですよね。
 
んで、意外なこの女の子もこの曲をカバーしてます。
 
 

Sumire - 黄昏のビギン


 僕のアホアホな替え歌ソング「ウクレレ・ゴーゴー」にも登場する、


かの石田純一さんの愛娘すみれさんのバージョン!

これまたベルベットな妖艶な声で、見事に歌いきっております。

僕は意外と女性シンガーの曲のカバーが多いんだけど、

この曲はやっぱり女性の声が1番です。

なので、あなたも是非この「黄昏のビギン」をカラオケのレパートリーに入れてみてはどうでしょう?

ちょっと違う昭和の風が、心地好く吹いて来ること請け合いです。

 


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昭和の達人

2016-07-22 | 日記

 

 

永六輔さんに続いて大橋巨泉さんもお亡くなりになりました。

手塚治虫さんや美空ひばりさんが亡くなった時もそうでしたが、

またひとつの昭和が終わりを告げた、という言葉が聞こえてきます。

でもほんとそうですよね、

開拓とか斬新性という点でいうと、昭和の方が断然スリリングで面白かった。

最近のバラエティーというのは焼き直し、

もしくは無難な数字狙いに終始し、表現としての場が許されてない。

最近の行き過ぎななモラルという攻撃に伴い、

なかなか自由に表現出来ない立場を強いられてる。

これではますますテレビ離れが増えてゆくでしょうね。

大橋巨泉さんは僕ら世代はやはり11PMでしょうか。

テレビに堂々とジャズとエロティシズムを融合させてて、

子供ながらに見てはいけない番組を見てしまった!

みたいな感じでですね、親の手前寝たふりしながら、

薄目でチラチラ観た記憶があります。はは、なんて平和な時代。

永六輔さんと大橋巨泉さんに共通してるのは、

やはり平和への強い想いです。

巨泉さんなんかは沖縄に対して罪悪感がずっとあったようで、

沖縄の地へは決して足を踏み入れないと、最後まで貫き通したそうです。

二人共に戦争経験者なので、僕も雑誌やラジオでの二人の言葉には、

いつも真剣に耳を傾けていました。




永六輔さんはね、実は僕が幼い頃から頻繁にオキナワに来てて、

僕も何度かお話したことあるんだ。

何と言ってもあの一度聞いたら忘れられないあの声ですからね。

僕の子供の頃はほんとまだ豊かな時代で、

復帰前後の時代でしたが、

若者と大人達が喧嘩しながらも、文化を切磋琢磨して育てていった豊かな時代でした。

音楽や文学、絵画に舞台演劇、

ヒッピーのお兄ちゃん、学生運動のお姉さん、

僕の周りにはそういうアーティストがたくさんいて、

そういうユニークな人達に囲まれ、特別な時間を一緒に過ごしました。

僕が若い頃から一回り以上の大人達と仲が良かったのは、

幼い頃のそんな経験があったからこそなのだと、今になっては思います。

当時の永さんはもちろん大人の部類に入りましたが、

とにかく物腰が柔らかく、変な大人風を吹かす事なく、

当時の若者にも耳を傾け、真摯にお付き合いされてたのを覚えています。

そして偉大な作詞家としても有名です。

彼のことを作詞家として知らない方でも、

彼の作詞した歌を知らない人はいないはずです。

「こんにちは赤ちゃん」「上を向いて歩こう」「見上げてごらん夜の星を」

などなど名作だらけなのです。

こないだのRRBでも歌わせていただきました。

永さんの作った中でも好きな「見上げてごらん夜の星を」、

「黄昏のビギン」、そしてアメリカのビルボードで日本人前人未到の

ナンバーワンに輝いた「上を向いて歩こう」。

永さんの書く歌詞というのはすごくシンプルですが、実に奥深い。

特に「上を向いて歩こう」の“涙が溢れないように上を向いて歩く“という感性、

そして“幸せは雲の上に 幸せは空の上に“

“悲しみは星の影に 悲しみは月の影に“という、

目に見えない、けして触れる事の出来ない場所に想いを馳せるという、

素晴らしい表現なんですよね。

そこには戦後歯を食いしばり、生き抜いて来た日本人の誰にでも共通する

想いが重なると思うんですね。

音楽というのはこんなにも強いものなんだと、

僕に教えてくれた作品なのです。

これからもこういう素晴らしい作品を歌える喜びというのは、

ホントに日本の誇りだと思います。

さて、ここからお得意のローリーモードの世界へ(笑)

これまた大好きな細野晴臣さんがこう言ってました。

「新しい音楽というものはないんじゃないかな?

どこかで伝承されてる」ような事を。

それは僕も常日頃感じてる事で、

ロックンロールのみならず、僕は古い沖縄民謡の中にも

アフリカの民族音楽との繋がりを感じたりするのですね。

まだ、三線も楽器もない時代、

どこか似ている、素っ裸の人間達の声がそこから聴こえたりするのです。

永六輔作品の中にも、後の歌謡曲への繋がり(伝承)があって、

あくまでも個人的見解なのですが、

この3曲に類似性を感じたりするのです。

ではでは、お楽しみ下され!


 

 黄昏のビギン-水原弘

 

 

 いつでも夢を 橋幸夫・吉永小百合 Hashi Yukio・Yoshinaga Sayuri



夢先案内人 山口百恵 夜のヒットスタジオ (1977, 4 , 18 放送 )

 


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it´s a beautiful day

2016-07-21 | 日記

ローリークック 結婚式場NBCグループCM

 

ひと昔前まで、このyou tubeなんてものが現れるなんて、

一体誰が想像したでしょうか。。

ほんと凄いですよね〜

好きなアーティストの信じられない映像を見つけた日にゃ〜

「お!マジ?ヤバイーーー」なんて狂喜乱舞するのですが、

いざ自分の映像なんぞ見つけると、

「誰だよ〜勝手にアップしてんのはよぉ〜」と気力を失くすわたしだ。

でもね、you tubeが登場してショックな事もあるんですね。

例えば、ずっと昔手に入れ興奮したキャロル・キングの70年初頭のライヴ映像。

もちろんVHSで手に入れたのですが、youtubeで見つけた時のショックったらなかった!

なんとカラー映像だったとです!

僕の手に入れたVHSの方は白黒だったんですね。

うわっ!キャロルの服ピンクだぁぁーつーて(笑)

あっ、あれもあった!

モータウンの影の功労者、ファンク・ブラザースに焦点をあてた映画

「永遠のモータウン」の時も。

この映画の宣伝で

「あの伝説のベーシスト、ジェームス・ジェマーソンの動く姿が!!!」

みたいな事言われたら、もうDVD買うしかないじゃないっスか!

んで、ワクワクしながらジェマーソンの姿を待ってたら、

マーヴィン・ゲイの「What's Going on」で出て来たのはいいのですが、

途中で関係者のインタビューが挟まれてて全然見れないんですよ〜

泣きました。。わたし。。

で後にですね、youtube見たらですよ、

なんとフル映像でジェマーソンが見れたとですよ・・・

なんなんでしょうか・・これは。

かなりショックでしたね。

なんかそれからは、amazonのカスタマレビューをチェックするようになりました(笑)



さてこのit´s a beautiful dayの映像ですが、

結婚式場NBCグループのCMに使われた時のやつです。

確かワンクールも流れてなくて、1ヶ月もなかったかな?

正直、え?もうCM変わっちゃうの?

NBCめぇ〜!なんて冗談ですが、

実は以前からNBCの社長さんに「ローリー、結婚式に合う曲ない?」

なんて言われてたんですね。

なのでこの曲が出来た時に、支配人のYさんにお願いして使ってもらったんです。

まぁー大人の事情と申しましょうか(笑)

色々CMと式場との関連性とかもあるんでしょうね。早々に終了したとです。

あまり「CM流れてますね」なんて声を聞いたことないので、

もしかしたら殆んどの方が知らないのかもしれませんね。

そういえばこの曲、ブロードウェイでも活躍されてる高良結香さんがアルバムで

カバーしてて、カラオケにも入ってます。

こないだKちゃんが歌ってたので確認済みです(笑)

こんな不運な(得意ぃ〜笑)この曲ですが、

アルバムもちゃんとリリースしたので、ここで初めて聴いた方、

気に入ったら買ってちょー!

まだまだ在庫ありますからね。ニン 

 

 


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とと姉ちゃんとゆうりきやー

2016-07-20 | 日記



ぼくローリー、そっ、君の友達だ。

突然ですが、僕の1日はとと姉ちゃんで始まるんだ。

NHKの朝ドラってほんと素晴らしくて、

今の日本の奇妙な在り方を見直すヒントみたいなのが、

たくさん、それもシンプルに詰まってる気がします。

憲法改正やオリンピック開催、原発再稼働問題にしても

各局もまるで何者かに脅されてるみたいに口を噤んでいますが、

この「とと姉ちゃん」らの朝ドラで、唯一抵抗さえしてる気がするのです。

BSやWOWOWでも戦争や環境問題の特番が組まれ、

良識な人達が奮闘してるのが見えますが、

答えは国会になんかなく、文化の中にあるんだなと強く再確認してます。

無力とは言え、

それを無関心な人々に早く気づいてもらいたいのです。

僕らは歳取って行くだけ、未来は子供達のものなんですから。

あとね、言うけど、

総理大臣だろうが、官僚だろうが、

僕ら国民に雇われた人達なんですね。

なのでけして僕らにエラソーにしたり、隠し事をしてはいけないんだ。

みんな覚えててね〜( ^ ^ )/■


 

 

とと姉ちゃんの次に目の前に現れたのが「ゆうりきやー」。

もう二人も長いですよね、この世界。

実は二人はデビュー期からよく知っています。

特に裕司くんとは一時期よく会ったりして、遊んでた。

彼の好きなオモチャの話ししたり、

一緒に音楽聴きながら、滑稽なレコジャケ見つけてはゲラゲラ笑ったりね(笑)

いつだったかゆうりきやーとイベントで一緒だった時、

エンディングを終えて二人がバックステージに帰って来た。

そこにダーっと女子中学生の子達が大勢なだれ込んで来て、

「おじー!おばぁー!」と握手攻めでね、もちろん二人は見事におじーおばぁーを

演じ、「ハイハイハイ、ありがとーねー」とお相手してたね。

その時ある女の子が、おばぁーに扮したりきやーに

「えーおばぁーヤバイ!マジ神ぃ!」ってエライ興奮しててね、

あれは最高なワンシーンでしたね。

こんな話もありました。

僕がよく沖縄テレビに通ってる時期がありまして、

よく特番の音楽を担当してたんです。

で、とある特番の仕事がありまして、ディレクターさんの方から

「エンディングのテーマソングもローリーさんでお願いします」と言われたんです。

その時僕が選んだ曲が、書いたばっかりの「誰もいない海」でした。

実はこの曲、 僕の数多いユーバンタ・シリーズ?の第1作目の作品なんですよ。

誰に頼まれたわけでもないのに、

なぜかたくさん生まれた僕のユーバンタ・シリーズ(笑)

その創作の理由はいつか見つかるとして、とにかくこの曲を選んだんです。

で、ディレクターさんやスタッフさんにもこの曲聴いてもらって、

気に入ってもらい、「この歌で行きましょう!」と。

この歌は僕の作品では珍しいのですが、

シンガーが二人、つまりでデュオ形式の作品として生まれたんですね。

もちろん作ってる時はそんなこと考えてもないのですが、

歌うにつれ、なぜか自然とそういう風に変わっていったのです。

分かりやすく言えば、エヴァリー・ブラザーズとかサイモン&ガーファンクル?

まっ、とにかくそんな感じになったんですね。

しかしそれを、この僕の声だけで二役やるってのは、

何だかうるさいなぁ〜・・・ウザイなぁ〜と思ったわけなんです。

それで僕はある名案が浮かんだのです。閃いたとです。

よし、この曲をゆうりきやーに歌わそうと!

たぶん、一回ぐらいはゆうりきやー呼んでリハーサルしたんじゃなかったかな?

もう二人ビビってね(笑)

お笑いポーポーでふざけて歌うことはあっても、

マジなラブソングなんか電波で歌ったことないはずだから。

僕はマジで二人に「大丈夫!二人だったら絶対キマるから!」と念を押したんです。

がしかし、ノリノリな僕に反し、番組のスタッフさん等から

「何を言ってるのですか?歌はローリーさんでお願いします!」と。

内心僕は「おいおい、もうちょっと遊び心を持てよ」と思ってましたが、

制作側は制作側なりの明確なイメージが出来上がってたのかもしれませんね。

という事で、ゆうりきやーの初のレコードデビューは幻となったとです。

あの時もし、ゆうりきやーが「僕らに歌わせて下さい!」なんて強気でいたら、

僕もきっとスタッフさんに強く要望したと思うんだ。

でも基本ゆうりきやーは二人ともシャイで、

引っ込み思案ですからね〜そのまま流れてしまったわけです。

なのでこの歌は、僕もあまり歌っていません。

なんたってデュオ作品なのですから。

あっ、呑まんBarのK、ノーズのマスト、亮くんとは何度か歌ったことありますね。

珍しい僕のデュオ作品「誰もいない海」。

今度歌うのはいつ?

 


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コーチャン

2016-07-10 | 日記



久し振りのピースフル楽しかったな。

そうそう、とにかく暑くてね、あの感じ、思い出しましたよ。

そして今回のピースフルは、闘牛場でやる最後のピースフル、

そしてみんながコーチャンを想い、弔ったピースフルでした。

 

 


 

コーチャンへ

コーチャンへの想いを、Facebook等でみんなが伝えてるよ。

まっ、オレはオレらしくね、地味にここで伝えるね。

今回のピースフルでも、少し君の話をしようかとも思ったけど、

やっぱり音楽で繋がっていたかったから、

「週末はA&Wで」で君の名前を呼ばせてもらったよ。

しかし思うに、会う度に喧嘩してたような気が(笑)

はは、まぁーオレがガキで生意気ってのももちろんあったけど、

コーチャンの場合「それじゃダメさ〜アホかぁ〜」がイントロですからね(笑)

まぁー大概の僕の友達はみんなコーチャンとやり合ったと思うけどさ、

でもコーチャンのこと悪く言う人はいなかった。

オレも何度コーチャンとやり合っても、

時たま見せる「頑張れよ!オレも頑張るから!」って言う言葉と、

クシャとした笑顔にやられちゃったんだろうな。

後輩からのダメ出しや突っ込みにも「お前ふざけろよ〜」なんて言いつつも、

いつも楽しそうだったしさ。喧嘩も含め、

不器用にもそれがコーチャンのコミュニケーションの取り方だったと、

今では思います。

最後に話したのがアルテコザのパーティー。

こともあろうか、その時オレドラム叩いてたんだよね(笑)

くわえタバコで入って来た君は、煙たそうに僕を見た。

「あ〜また何か言われるぞこりゃ〜」と思ったが、

近づくなり握手を求めて来て「お前がんばれよ〜」と。

いい感じで酔っててすごく楽しそうだったね。

コーチャンと言えばドラム。

昔のロック少年達は教科書なんかないから、みんな直接ライヴハウスに足を運び、

目で見、耳を研ぎ澄ませ、技やフィーリングを盗むのに躍起だった。

その少年達の先生のひとりがあなたでしたね。

翌日の少年達の練習場では「コーチャンこう叩いてたよな?」、

「いや違う、こうだよ」みたいな言葉が飛び交ってたのを、

昨日のことのように思い出されます。

惚れ惚れするタバコ芸!yeah〜

とにかく僕はあなたの歌心いっぱいのシンバルワークが好きでした。

薄暗いライブハウス、酒と煙草の臭い。

アメリカ兵とロックがまだ繋がりがあった時代、

センター通りにあったCannonで君を観た。

その声とオーラに僕は圧倒された。

今すぐにでもその閃光が甦り、身体を駆け抜ける

君が歌ったピンクフロイドの「The Great Gig in the Sky 」。

僕のオキナワロックのマスターピースの一曲だよ。

その後僕が何度リクエストしても、けしてこのうた歌わなかったよね?

歌うのはいつも「アンチェインド・メロディー」。

きっと僕なんかより女の子ウケ狙ってたんだよね?

はは、実にあなたらしかったです。

コーチャンお疲れ様、そしてありがと。

さよならは言わないよ。

ゲート通り辺りうろつけば、いつでも会えそうだから。 


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ピースフル2016

2016-07-09 | 日記

 

 

明日は久し振りにピースフルにTHE WALTZで出演します。

何年振りの出演か思い出せないぐらいですが(笑)

上の写真は91年のポスターなんだけど、当時ゲートで歌ってたウイリーと

僕が写ってるやつ。ピンキー弾いてた頃の貴重な1枚です。

話では、取り壊しとかでこの闘牛場でのピースフルは最後だそうです。

個人的には色々思い出の詰まった場所でもありますが、

明日は感謝の気持ちを込めて力一杯演奏させて頂きます。

演奏時間は30分と短めで、サイズ的に6曲なのですが、

MCなし、ノンストップで7曲行かせてもらいます。

選曲は公表しませんが、最後は沖縄ロックンロールでしめたいと思います。

ピースフルはこの曲から始まったから。

てか、明日雨大丈夫かな。。

 


 それと選挙があります。

余りにも特殊な環境の中での沖縄の選挙。

ほんと複雑ですよね。

それでも冷静に個人個人が投票しないといけないわけで。。

投票前に何ですが、新聞や報道番組は変な小細工などせず、

国民に隠さず、全てを公平に伝えて貰いたいですね。

平和でユーモアたっぷりな島を作りましょう。



少し愛して 長く愛して/ROLLY MUSIC

誰か知らないのに 誰か選ぶなんて  

それで何が変わるというの?

それより君が髪型を変えたその訳を

知りたい僕なのさ


 

無責任で、大人失格のような歌詞ですが、

こういう歌が歌えるのも、平和の証です。


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ディアマンテス25周年

2016-07-04 | 日記

 



土曜日ディアマンテスの25周年ライヴに参加して来ました。

ゲスト陣も豪華で盛り沢山の素晴らしい祭でした。

そうだよね、ディアマンも25年にはなるよね。おめでとうこざいます。

アルベルトやトムの姿見ると、

過去にピースフルだったりオリオンビアフェスだったり、

あっちこっちの現場で一緒だったのを思い出します。

もちろんアルベルトはディアマン結成以前から知っててね、

まだ歌謡曲を歌って頃かな。

ヒューマンステージでよく会った記憶もありますね。

でもね、個人的にはね、やっぱ忘れられないターボ。

出会いはターボがOKINAWAというバンドを「Cannon」でやってた頃でしょうか。

ちょくちょく通うになって、話するようになったんだ。

ターボは僕よりお兄ちゃんなんだけど、

やんちゃ盛りの僕にすごく優しくてね、

いつだってあの物腰の柔らかい感じで僕に接してくれました。

「ローリーいいね」とか「最高さ」とか、

口数少ない中にも優しさが溢れてるよう人でした。

後に色々話して、サンタナが好きとか知るのですが、

OKINAWAの頃のターボのレスポールサウンドも大好きで、

やっぱ人柄がギターに表れるというか、

すごく丁寧でサウンドに馴染むギタースタイルでした。

そんなある日、JunkBoxだっけかな?

珍しくターボが酔っぱらっててね。

で二人で呑んでると、ターボが

「ローリーオレ自分のバンド作ったよ!」って言ったんだ。

ベロベロなターボも初めてだったのですが、

あんな嬉しそうな彼を見たのも初めてで、今でもあの笑顔が焼き付いています。

そう、それがディアマンテスだったんだ。

そうそう、ターボの彼女のSさんにもすごく良くしてもらいました。

こんな生意気な僕を。

「もうあんたはしょうがないわね〜」みたいな感じで(笑)

生意気ながらも、いつもにこやかなこの二人に挟まれてる時が楽しかった。

最後に話したのが電話だったんだけど、レスポールを購入する際に相談したのね。

「え〜ローリーレスポール弾くの?」みたいな会話から、

色々細かい楽器の特色や選び方をレクチャーしてもらったんだ。

25周年のこの日も、やっぱりターボのギター僕にはしっかりと聴こえたよ。

あの大きなコザ・ビブラートがはっきりと聴こえたよ。

ターボのギターはやっぱ青い空と青い海、

そしてディアマンテスのサウンドに1番美しく染まるのです。

出会った頃のOkinawaのステージでは、

ピンクフロイドやカンサスなんかの曲を演奏してたんだけど、

ハードで重い曲が続く中、ターボが一曲だけヴォーカルを取る曲があったんだ。

それがビートルズの「ALL MY LOVING」。

最高だった。

もちろん自分が好きな曲ってのもあるんだけど、

あの薄暗い中で突如歌われた「ALL MY LOVING」はターボそのものだった。

「ターボニクイね〜」って伝えたら、

やっぱり「ハハハ」と照れ臭そうに笑ってたけどね。

ターボ、ディアマンテス25周年だって。

凄いね、ターボが始めた夢のバンドはまだまだ続いていくよ。

ディアマンテスが続く限り、

ターボのギターにいつだって僕は触れることが出来るし、

この日もやっぱり僕は、ステージを見ながら君を探してたよ。

パンフレットにターボの写真いっぱいあって嬉しかった。

ほんとみんなに愛されてますね。じゃ、またね〜( ^ ^ )/■


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1966.6.30

2016-06-30 | 日記

 

 



今から50年前の今日、1966年6月30日日本の音楽シーンが大きく変わった。

THE BEATLESの来日公演。

音楽そのものがそうだったように、そのファッション性や商品性、

自作自演という形態、などなど。。

とにかくその爆発力は、全てにおいて破格なのでした。

この日は兎にも角にも全てが初めてんだったわけで、

初めて神聖な武道館でロックコンサートを行うということで、

沢山の警察が動員されるし、右翼団体の抗議活動はあるわ、

全国から家を飛び出した少年少女が武道館やホテルを囲むは、

空前絶後の光景だったのです。

きっと当時の大人達にとってビートルズは、驚異に感じただろうし、

毒以外のなにものでもなかったに違いない。

今のコンサートやイベントから考えると想像出来ないと思うけど、

確かに昔は不良だのと、コンサートには健全なイメージはなかった。

武道館でビートルズを聴いた大人達は口を揃えて、

「騒音で何歌ってるのか聴こえない」と言うのに対し、

若者達は「はっきりと聴こえた」と言う。

当時のPA機材に問題があったとしても、やっぱり冷やかし半分の大人達と、

ラジオやレコードを通して熱狂した、

若者達との集中力の違いは歴然としてたのです。

今ならアーティスト側とオーディエンス側の間に垣根もないし、

一緒に歌ったり踊ったり、連体感というのが当たり前のようにある。

しかし当時、あの武道館に集まった少年少女達にはそういう前例がなく、

厳重な警備の中、その目の前に確かにいる、

ビートルズにどう触れていいのか分からなかった。

だから、ただただ、手を伸ばし、絶叫する他なかった。

髪を掻きむしり、唇を噛み締めるしかなかった。



この映像を今の若者達が観ると「え?そこまで〜」なんて笑っちゃうかもしんない。

でも、それぐらいビートルズは凄かったんです。

社会も音楽も前例がないほどにね。

当時の若者達は今60代後半ぐらいでしょうか。

武道館のチケットを額に飾ってる人、武道館の空気を瓶に詰め、

死ぬ直前にそれを開けその空気を吸うという人、

ビートルズと同じくミュージシャンになった人。

人の感じ方はそれぞれですが、

そういう諸々な困難な中から生み出された表現って、

確かに豊かな時代の証です。

 

 


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美しさは歪

2016-06-27 | 日記

 

 

 

音楽というのは完璧なのが素晴らしいのかといえば、

またそれだけではないとこもあって、

そのダメダメ感に惹かれたりするから、また面白い。

最近観たライチャス・ブラザーズの1983年ライヴは

なんかそんな感じのライヴだ

200人~300人クラスの会場でしょうか?その1983年という時代性、

けしてタイムリーでない古いロックンロールショー。

サウンドやアレンジに時代性を一切表さず、

当時のヒット曲をひたすら歌うライチャスの二人。

なんかこうなると余計に自信がみなぎって見えたりして、

とても胸が熱くなるのです。

その想いはバックバンドの人達からもすごく伝わって来て、

正に全員一丸という光景なんだ。

やたらアレンジをコネくり回して、

奇をてらうアーティストもいますが・・すまん。。私だ

逆にライチャスのような姿こそが美しかったりするものなんです。

会場にはなんとバリー・マンとシンシア・ウェルの姿もあって、

「Brown Eyed Woman」を歌う前にライチャスが二人を紹介するんだ。

「ずっとみんなに紹介したかった、バリー&シンシアです!

感謝と愛情を贈りたい」ってね。

会場は割れんばかりの拍手でね、

なんかアメリカってこういうのあるからいいよね。

ライターに敬意を表する感じ。

名曲の素晴らしさってのは、変に時代に媚びを売らずとも、

その存在の強さのみが立ちはだかってる感じでいいですよね。

名曲は時代に全く動じないんだ。

強い曲、時代に動じない曲。

いつかそんな曲書けたらいいな。

美しいってのは、きっとどこか歪だし、

どこか悲しさが同居しているとも思う。

ジョンのイマジンは誰が聴いたって、最高傑作な愛と平和の歌だけど、

そんな歌が流れる中、ジョンは嫉妬に狂ったり、

酒に溺れて迷子のように彷徨ってた

だからジョンは真実なんだな。

その歪ささえ隠さないから。

ブライアン・ウィルソンにも同じ匂いを感じます。

真のアーティストってそういうものだと思う。


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ぼくのお兄ちゃん

2016-06-25 | 日記


 

突如生まれた(生まされた?)「ぼくのお兄ちゃん」。
和むわぁ。。。


♩ぼくのお兄ちゃん 〜Rolly Music〜♩


ぼくのお兄ちゃんは ギターが好きさ  

あまり弾きはしないけど ギターが好きさ

オーイオイッ!ローリー! ぼくのモーリスを

見たいかい?弾きたいかい?と家に取りに帰ったのさ

ぼくのお兄ちゃんは ギターが好きさ

あまり弾きはしないけど ギターが好きさ


ぼくのお兄ちゃんの モーリスギターは

ネットで買ったのさ たったの5万で

だけど修理で 10万掛かったのさ

オーイオイッ!お兄ちゃん!

アンシーネー15万ヌーギター コーイシ マシアランタンナ?

ぼくのお兄ちゃんは ギターが好きさ

あまり弾きはしないけど ギターが好きさ

今夜もお兄ちゃん 誰かに弾かせては

ビールを片手に ニコニコしてる 自慢している


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夏のCanvas

2016-06-23 | 日記

 




慰霊の日。

この日が来る度に聴こえてくる曲。

ジョンの描いたBecause。

空が青いから。。僕は悲しくなる。。空が青いから。。

 

うちのおばぁのように、沖縄中を彷徨い、願い、

石コロを拾ってうちへ持ち帰った人達は多い。

何度でも問います、

この未来は、あなたと引きかえの未来でしょうか?

 

 

夏のCanvas

 

夏のCanvasに キミを描いてみた  

戸惑うキミ 守るように  賑やかな蝉の声

来年もきっと  二人で来ようよ

沈む夕陽  流れる星  溢れ出す願い事

子供達もいつかきっと  知るだろう

隠し通した  夏の鏡

道ジュネー  エイサー  消えたあの日

言えない夜の  胸の痛み

夏のCanvasに  キミはもういないけど

初めての恋  最後の恋を ずっと  信じてた

 

夏のCanvasに キミを乗せてみた  

やっと買った  僕のバイク  果てしなく続く空

どこまでも行けるさ  キミと二人なら

走り抜けた海中道路  キミと過ごした浜比嘉

子供達もいつかきっと  見るだろう

隠し通した  夏の鏡

道ジュネー  エイサー  消えたあの日

言えない夜の  胸の痛み

夏のCanvasに  キミはもういないけど

初めての恋  最後の恋を ずっと  信じてた

初めての恋  最後の恋を ずっと 見つめてた

 


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共感と排除

2016-06-20 | 日記

 

 

 

こないだのblogを書いたからかなのか、

あっちこっちから色々と反響がありました。

その中に「共感」というキーワードがあって、僕はある種の警戒をするわけです。

僕は常日頃がすごく敏感に接している、その「共感」。

どの世界でも、どの国でも、この共感(洗脳)という言葉ほど危険なものはないわけで、

先の戦争の頃の日本がそうでしたよね。

国が右へ向かうと。だから右へ向かわない人間は全員排除(拘束)すると。

俗に言う非国民というやつです。

つまりですね、共感という言葉の裏にはいつだって排除という言葉が潜んでいるんだ。

今の沖縄のが正しくそうで、右と左の間には様々な人達が、

それこそ複雑に絡んでいるにも拘らず、

どこが正義だと脅しをかけているわけなんですね。

恐ろしいですよ、

みんなが共感を武器に突っ走った時の、スピードの速さと異常さは。

戦時中の日本、アメリカ、ドイツ、現在の北朝鮮、

今世界中のあっちこっちで起こっているテロも、

理由はどうあれ、全て理想郷という共感の中から生まれているんだ。

共感?なんだろ。なんだよ共感。 

小学生の頃、先生がホームルームかなんかで「それでは多数決を取ります」

なんて言ってましたが、僕なんか「多数決ってどういうことなんだろ?」

といつも疑いの眼差しを向けていました。

選挙もそうですが、もう、とにかく決めたら右へ向かうしか選択肢がないわけです。

今でこそ教育現場も緩くなってきてますが、

あの頃は運動中、水飲んだら平気で根性なしと言われてたし、

給食残すと完食するまで、先生監視付きの居残りでしたからね。

なので廊下に貼り付けられた「個性を伸ばそう」「自主性を育てよう」という

言葉にも、どこか胡散くさい臭いを感じてたわけなんです。

だから非常に残念で、非県民な僕ですが、

「イチャリバチョーデー」という言葉をやたら連呼する人達とも、

馴染めないでいます(笑)しにゴメン。

従う以外道がないわけです。

もちろんそういう事を大人や親達は教えてくれません。

だから僕は子供達に書物や漫画を勧めたいんだ。

その中にいっぱい生きて行くヒントがありますからね。

本当はね、あの国会中継も子供達が観れる時間帯、

もしくは授業の一環として、学校でも観せて欲しいと思っています。

で、政治家の人達にもですね、難しい言葉ではなくて、

小学生が理解出来る範囲の、優しい言葉で話して欲しいのです。

いま国はこうなってて、政治家はこういう事を考えてるということを、

きちんと伝える教育が今1番必要だと思いますね。

だって未来は政治家のものではなく、子供達のものなのですから。

 

 

 

僕ら音楽の世界でもそういうことはあって、 

若い頃ですが、そういうある種の共感性みたいなものに

抵抗があったことも、事実ありました。

みんな同じ気持ち、みんな同じ動き、みんな同じ表情。。。

ステージ上がんのなんかヤだなぁ。。みたいなね。

今に思えば、それこそ人それぞれですから、楽しみ方は色々あっていいわけです。

共感がとても素晴らしい方向へ向かう事を、僕は心から望んでいます。

ネットも中では上手く活用されてて、仕事だったり支援だったり、

世の中の人の為に役立ってる人達も大勢いますが、

誹謗中傷や◯◯叩きなど、悪用してる人達も少なくないようです。

つまるところ、共感は毒にも薬にもなるわけなんですね。

子育てや人間関係もそうですが、様々な人、そして個性があります。

共感出来ない奴は排除するでは、そこからは何も生まれません。

親が子を殺め、子が親を殺めるという図式にも、

根本に共感出来ないという事があるかもしれませんが、

泣き止まない子を手にかけるというのは、共感以前の問題。

僕が30年続けて来たTHE WALTZというバンドもそうです。

最初から共感出来たわけじゃないし、

それこそ少しずつ共感を積み重ねて来ただけなんですね。

メンバーが抜けて行ったことはあっても、排除したことはありません。

どうしてわかってくれないの?という想いは、

確かに若い頃は強いんですね。若さ故の情熱とも言いますね。

でも、共感ってのはそういうものじゃないんです。

想いを伝えることや、理解してもらう事なんかより、

良い演奏、そして僕の場合だったら良い曲を書けばいいわけなんです。

すごくシンプルで説得力ありますよね。その方が。

僕は政治家でも活動家でもないし、

単なるバンドマン、昭和で言うならギターを持った渡り鳥? 

 でもね、そういう共感性の持つ脅威が、

文化や言葉を奪った歴史を僕は知っているんだ。

あの対戦中、ドイツも日本も自国からジャズ音楽を奪われたんだよ。

敵国の音楽だからね。

が、それでも彼らは地下室や洞窟に潜んで、大好きなジャズを聴いたり、

演奏したりしたんだよ。

そういう過酷な現状でも、国はけして彼らから音楽だけは奪えなかったんだ。

ブルースや沖縄民謡も然り、

国がどうあれ人種がどうあれ、歌だけは絶対奪えなかった。

 


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肉体を通してないものには魂は宿らない

2016-06-15 | 日記



今日は平和を祈りつつ、真剣なお話しますね。

そしてひとりひとりが意識を持って本質を見極めて欲しいのです。

生活というのは声高に何かを叫ぶことではありません。

しかし、現在の沖縄では、そうせざる得ない現実が目の前にある事も事実なんです。

先の戦争でここ沖縄は、唯一の激しい地上戦を強いられてきました。

その体験者を通して僕らは幼い頃から、そう遠くもなかった戦争を身体に覚えてきました。

僕はご承知の通り音楽を生業としてるわけですが、

どんな職種だろうが、哲学だろうが文学だろうが、

肉体を通してないものには魂は宿らない、と僕は思っています。

僕が影響を受けた人達もみんなそうでした。

手塚治虫さん、岡本太郎さん、瀬長亀次郎さん、

ブルース・リー、スナフキン、ジョン・レノン

沖縄のおじぃーやおばぁー達もそうですよね。

僕のおじぃーは戦死してしまいましたが、

この辺で最後見かけたという噂を聞きつけ、カメおばぁーが小さい石コロを拾って来て、

今は静かにその石コロがお墓の中で眠っています。

もちろん石コロなので何も喋りません。

それでもその魂は、永遠にカメおばぁーの中に息づいていました。

沖縄も、僕も今揺れています。

そしてその揺れで多くの人達が分裂しています。

右派だの左派だの全く興味のない僕ですが、

人の弱みを見つけては、これ見よがしに暴言を浴びせかけたりする輩は見てられません。

明らかに本質を見失ってるんだ。

彼らには想像することや、他者に寄り添うことが欠如しています。

まるで国会中継でも見てるかのようです。

何度でも言います。

肉体を通してないものには魂は宿らない。

声高に叫ぶことだけではないです、静かに耳を傾ける事も大事なんです。

今回はすごく長い長文になっちゃいますが、僕の友人、そして知人からシェアさせてもらった、

沖縄でお医者さんをされてる本土の方の言葉を聞いて欲しいのです。

ギャーギャーとうるさい人達の声は、全然僕には響きませんが、

彼らの声は響くのです。

もちろんそれは、肉体を通している彼らの言葉だからです。

ほんと耳を傾けてもらいたいのです。

 



ー友人Kよりー


ゴメンね。シラフでドクはきます。
Facebook投稿もお休みします。
オキナワの悲しい事件

数字のウソ
"とうけい"では、米兵のはんざいはすくなくなってます。とうけいではオキナワケンミンのはんざいがおおいです。とうけいではザイニチ○○じんのはんざいがおおいです。
こんなことばにウンザリする。

まるで他人事
まるで物知り顔

ケーサツが、わがくにの"せーふ"が把握した数字が全て"現実"ですか? 

想像してほしい

決して人にいえないような恐怖と凄まじい陵辱を受けても、誰にも言えず相談もできず…泣き寝入りしながら墓場まで深い悲しみを持っていった女性たち

悲しみや憎悪をひたすらに隠し通した親と兄弟たちの胸をかきむしるような辛さが

統計に出るんですか?

数字のウソ

身近なお年寄りや、おじさんおばさん達に聞いてごらん

オキナワでは、拾い上げられないほど多くの悲しすぎる事を、見たり聞いたりしてるよ

あの悲しい事件も、数日で過去のニュースになるんだ。
みんな頭の隅にあっても…
おびただしい情報に流されて薄れていくんだ

おれは過去アメリカの軍人のナイスな奴らとたくさん友だちになった。 

ホントにいい奴らだったから、一部のゲス以下の犯罪者のせいで本気でココロを痛めていた海兵隊員も知ってるんだ。

「米兵の全てが悪者じゃない」ということば…

あたりまえだろ?
知ってますよ、バックネットで騒いでる人達よりもさ

数字のウソ

第三者の通報があったり
勇気ある被害届が出されたり
十分な証拠あって正式に起訴された事案が確認された犯罪の数字は、その条件において一握りの"統計上の事実"でしょうが

未確認の非業非道行為…
目撃者もなく証人もなく

被害者の心を一方的に破壊し、尊厳を踏みにじり、親から貰った大切な身体をもてあそび、平気で傷つけ、被害者の一生を狂わす冷酷残忍な体験を強いられた人たちの心の叫びは…

"とうけい"には表れない
決して数字に表れない 
絶対数字には表れない

その人にとって一生消えない"真実"なんだ

オキナワの人たちは長年の経験で知ってるんだ 

もうDNAレベルで刻み込まれてしまってるんだ

ミンナワルイヒトジャナイ

そう考えないと暮らせないんだよ

悲しすぎるだろ?

ナカニハイイヒトモイル

そうだよ、それもまた事実なんだ。

性根は愛に満ちたムリンコー(海兵隊員)をたくさん知ってるんだ。
彼らは無慈悲な任務にも絶対従うように徹底的に教育されてるんだ。

一方卑怯でズル賢いオキナワ人もたくさん知ってるんだ。
彼らは自分の損得だけ考え平気で嘘をついて他人を傷つけるんだ。

人種や国籍の問題ではないよ

でもね…
女性の存在価値や生きる喜びまで無残に引き裂かれた
被害者本人が、おぞましいその体験を誰にいえるかい?

言えば親が悲しむ…
あの人も悲しむ…
さいばんになったら…
もしも報復にあったら…

言えば自分も生きて行けない

死ぬほどの恥辱や恐怖を公けに告白できる女性が何人いるかい?

"とうけい"でオモテにでたのは一握りなんだと…
みんな知ってるんだよ

だから底知れぬ怒りがこみ上げるんだ

"とうけいでは…"
"数字のうえでは…"

そんな数字のウソのカラクリに
みんな辟易してるんだよ

もう一度いうよ
想像してほしい

あなたの妻が
あなたの娘が
あなたの妹が
あなたの最愛の人たちが

そんな目にあって

その本人にいえるのかい?

世界情勢がなんたら?
日米安保がなんたら?
歴史がなんたら?
基地問題がなんたら?
国益がなんたら?
タイミングがなんたら?

あぁ…
ココロに入らないね
ひびかないね…

「人が悲しいから
自分も悲しい」

「人が嬉しいから
自分も嬉しい」

ささやかなんだけど
そんな世の中にあこがれる

 
Kosho Ihaihaさんの写真
 
 

沖縄も僕も、みんなも揺れてます。

右派と左派の罵り合いとかよくわかんないけど、高山義浩さんの言葉にはうたがあります。

小さな地域に寄り添ってみませんか?マチヤーの復活です。

マチヤーは影の交番なんです。

エラソーな公共施設なんかより、ずっとずっと未来に必要だと僕は思います

では高山さんの言葉です。

 
 
高山義浩さんの写真
 · 
 

沖縄に住んでいることを告げると、「基地問題が大変ですね」とか、「やっぱり皆さん怒ってるんですか」とか、おそらく共感でも、同情でもない、何というか探るような質問を受けることが増えてきました。

たしかに私は沖縄県に住んでるんですが、ヤマトンチュ(本土出身者)ということもあって、米軍基地について判断を差し挟むような発言をしないようにしています。私なりの想いはあるのですが、たぶん、ウチナンチュ(沖縄の人)とはズレがあるはず。いや、だいたいウチナンチュが何を考えているか、よく分からなくなるときもあるのです。

たとえば、先月、売り場面積が県内最大(九州で2番目)のショッピングモール「沖縄ライカム」がオープンしました。赤瓦を基調にした沖縄らしいリゾート感覚で、地上5階建てに220ものテナントが入居した壮大なアーケードに、多くの沖縄県民が連日集い、楽しげに歩いています。ところで、この「ライカム」というネーミングですが、かつて北中城村にあった琉球米軍司令部("Ry"ukyu "Com"mand headquarters)の略に由来しています。これだけ基地問題に敏感な時期にライカムという名をショッピングモールにつけ、とくに疑念もなさそうにウチナンチュが集まっていることが、どうにもヤマトンチュには理解できません(私に知識と経験がないだけ ^^;)。

まあ、とっても複雑なんですよ。きっと・・・ だから、沖縄に住むヤマトンチュは誤解を招かないようにした方がいい。

ただし、本土で「沖縄の人は怒ってんですか?」と聞かれたときは、私は(福岡出身であることを断ったうえで)「いや、ほとんどの人は怒ってるというより、この状況を悲しんでいるように見えます」と答えています。その方が、私にはしっくりくるからです。

ここで話は、新型インフルエンザが流行した2009年に遡ります。

当時、私は、厚生労働省の新型インフルエンザ対策推進本部で全国の疫学情報を分析し、必要な対策について検討する仕事をしていました。そして、7月下旬頃より、全国に先駆けて沖縄県において急速にインフルエンザ患者が発生していることを憂慮していました。さらに、沖縄県の状況をいろいろな側面から検討するなかで、ある仮説が有力となってきました。それは、子どもたちのエイサーの練習です。

沖縄県では、8月の旧盆前後に、各地で催されるエイサー祭りに向けて、子どもたちがエイサーという踊りの練習をしていました。ヒトへの適応の過渡期にある新型インフルエンザは、(トリやブタの平熱に近い)高体温で効率的に感染すると言われています。このため、5月から7月の小流行においても、子どもたちが高体温になって接触するスポーツ大会での流行が目立っていたものです。

エイサーの練習はかなり怪しい・・・、流行を抑止するためにはエイサー祭りを中止させるべきではないだろうか・・・? そんな疑念をもった私は、沖縄県で感染対策の陣頭指揮をとっていたE先生に電話をかけてみました。

「エイサーまずいんじゃないですか? 中止した方がよくないですか?」と私は言いました。
「高山先生・・・、それは言っちゃだめだよ。国は言わない方がいい」とE先生。
「どうしてですか?」

「沖縄の人がね。悲しむからさ・・・」

この言葉には、ドキリとさせられました。自らの無神経さを指摘されたような気がしたからかもしれません。それ以上の説明がないまま、しばらく、電話口では沈黙が続いていました。

ついに、私は「わかりました」と言いました。「エイサーのことは沖縄にお任せしたいと思います。もし、やっぱり中止すべき状況になって、そのとき県で決定するより、国から要請した方がよいという場合には連絡ください。こちらで泥をかぶります」

「ありがとう。そのときはよろしく」とE先生は言って、電話が切られました。

実は、このあと相談した他の人からも、「悲しむ」という言葉が聞かれました。あのときは、よく分からなかったんですが、いま沖縄で暮らすようになって、何となく理解できるようなってきました。どうにもならない不条理、矛盾・・・ こうしたことに腹を立てる沖縄の人たちもいます。でも、どうすれば良いかわからず、悲しんでいる沖縄の人たちが大勢いるのです。

沖縄に暮らすヤマトンチュとして、そして医師として、これ以上、沖縄の人たちを悲しませないでほしいと思っています。沖縄の人たちの多くが、どうすれば良いかわからずにいます。それは、沖縄の責任ではありません。沖縄が解決すべき問題でもないはずです。

なかには、「沖縄は日本の安全保障を軽視している」とか、「日本を裏切って中国にすり寄ろうとしている」とか、ひどい言葉を平気で発する本土の人たちがいます。でもですね、大田中将の「沖縄県民斯ク戦ヘリ 県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」を引用するまでもなく、沖縄ほど日本の安全保障のために住民と土地を犠牲にしてきた県はないのですよ。また、その後のアメリカ占領下においても、日本人であろうとする想いを沖縄の人々は貫き通してくれました。どこの県民よりも、沖縄県民ほど、日本人であろうと努力した人々はいないのです。そんな真の愛国者に投げつけられる、あまりにも無知で軽率な言葉の数々に、ヤマトンチュの私ですら深い悲しみを覚えずにはいられません。

行政の役割とは、住民に泥をかけることではないと思っています。不条理とか、矛盾とか、そういう困難に直面している住民たちの前で、泥をかぶってみせるのが行政の役割じゃないでしょうか。せめて、沖縄の人たちの声に耳を傾けてください。それは、基地の前でシュプレヒコールをあげている人ばかりではありません。飛び交う砲弾と裂け散る閃光のなかを生き抜き、同胞のいのちを奪った軍隊に占領され、依存して生きるように求められ、それでも日本人のひとりとして繁栄の時代を築いて、そして静かに年老いている沖縄の人。そんな人たちに向かい合うことができずに、いったいどんな政治があるのかなと・・・ そう感じています。

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僕はこの高山さんの、静かだけど真摯な言葉には胸打たれました。
 
僕は30年ずっとマチヤーの復活を望んできました。

小ちゃなことからなんです。何気ない生活の中で大事なものを、

失ったものをまた育むこと。

年中日夜開け続け、いつでも食できる便利なコンビニもいいでしょう、

でも健康健康と騒ぎ立てている昨今、医学が進歩してるわりには増え続ける患者を見るにつけ、

なんか物凄い世の中の矛盾を感じたりします。

とあるおばぁーが、コンビニの前でたむろする若者に言いました。

「お茶はお家に帰ってゆっくり飲むものだよ〜」ってね。

みなさん、たくさんの言葉を聞いてくれてありがとう。

最後にこの映像観てもらいたい。

虚像と実像。本質を見極めなければ、いつまでも世界はこのままだ。

根源を立つ。それ以外の平和はありえないのです。

 

空席の国会演説 バーニー・サンダース 1991年 (日本語字幕)

 

 
 
 
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