【涼宮ハルヒの憂鬱】佐々木ss保管庫

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佐々木スレ8-878 「流星に何を願う」 (1)

2007-05-18 | その他佐々木×キョン

153 :※続かない:2007/05/16(水) 18:27:13 ID:WzlIUUPg
 サンタクロースをいつまで信じていたかなんてことは、旬を過ぎたアイドルの他愛も
無い熱愛報道以上にどうでもいい話だけど、それでも俺がいつまでサンタなんていう想
像上の赤服爺さんを信じていたかと言えば、これは確信を持って言えるけど最初から信
じてなんていなかった。
 幼稚園のクリスマスイベントに現れたサンタはニセサンタだって理解してたし、母さ
んがサンタとキスをしてるところを目撃したわけでもないのに、他人の嗜好をリサーチ
した挙句家宅侵入するストーカーじじいの存在を疑っていた賢しい俺なのだが、はてさ
て、宇宙人や未来人や超能力者や、魔法少女や白馬の王子様や恋の成就するおまじない
なんかがこの世に存在しないっていう事に気付いたのは相当後になってからだった。
 随分少女趣味だって?
 余計なお世話だ。こんな言葉遣いだけど、俺は一応女なんだぜ。
 ああ、悪いけど、こんな言葉遣いでも実は部屋はファンシーな壁紙で、大小のぬいぐ
るみが溢れてるのを周囲には隠してるんだろ? ってのを期待してるんだとしたらキッ
パリ言っておくけどそれも無いな。殺風景なもんさ。そんなわかりやすい萌え要素も、
宇宙人以下略同様にレアな存在だってことにも最近気付いた。
 まあ、本当は気付いていたんだろう。ただ気付きたくなかっただけなんだ。
 俺は自分の周りに、そういう漫画チックな事件が起こることを期待してたのさ。
 ある日突然、自分はジャンヌダルクの生まれ変わりだと告げられるとか、あるいは、
光の園の住人が空から降って来て、それまであまり親しくもなかったクラスメイトとふ
たりで戦わなきゃいけなくなるとか、もうちょっと現実的なセンでは、一人暮らしを始
めるつもりが悪徳不動産に騙されて、学校一の美少年と同棲するハメになるのもいい。
 しかし、現実ってのは意外と厳しい。
 せめて曲がり角で転校生と激突するくらいならあってもいいじゃないかと思いつつ、
当然ながらそのどれもが起こらなかった。
 中学生活も残すところあと一年になって、そろそろ 進路の事も考え始めないといけな
い折、俺の成績に不安を持った母さんが、無理矢理学習塾に叩き込んでくれた。実は今
はそこに向かってるとこなんだ。
 自転車を停め、乱れたポニーテールを手で適当に撫で付ける。
 このポニーテールは、昔好きだったいとこのお兄さんが、一番似合うって言ってくれ
たもの。そのお兄さんは、ろくでもない女と駆け落ちしちまったけど。
 そうやって俺は大して行きたくも無い学習塾に行き――。
 佐々木と、出会った。


878 :流星に何を願う(上巻):2007/05/21(月) 13:26:46 ID:wtWaTu/X
プロローグ>>153


『流星に何を願う』





 教室に入って一番最初に思ったのは、当然のことだけど、学校の教室とは随分違うなっ
てことだった。
 まず狭かった――そりゃあ、俺の部屋と較べたら広いけどさ。黒板じゃなくてホワイト
ボードだし(こっちのほうが絶対良い。黒板消しの掃除で咳き込むこともないし――あの
粉絶対体に悪いぜ――チョークで手が汚れることも無い)、机も学校にあるものと違って
長机を並べてあって、椅子はパイプ椅子だった。
 なんとなく、熱意も無いのに最前列に座るのも気が引けたから、前から三列目の席に座
ることにした。
 その俺の右斜め前に、見覚えのある後姿が見えた。
(あれは確か――)
 声を掛けようかと思ったけど、その時ドアから先生が入ってきたので掛けられなかった。
「じゃあ始めるぞ」先生が言った。
(チャイムも無いんだな……)
 そんなどうでもいいことを俺は考えて、正直に白状すると、そのまま授業が終わるまで
俺はずっとどうでもいいことばっかり考えていた。時々、俺の右斜め前に座り、俺とは違
って熱心にノートに鉛筆を走らせる小柄な男子生徒のことも。
 授業が終わった後、俺は帰り支度をしているその男子に声を掛けることができた。
「やあ、学校でクラス一緒だよね? 確か、佐々木くん」
 三年生に上がったばかり、まだ春先で、ようやく女子の名前もなんとか全員覚えたあた
りのことで、男子――特に小柄で目立たないこの男子の名前が果たして合っているのかど
うか、正直なところ自信は無かった。でも、どうやら正解だったらしい。と言うのは、こ
の男子が訂正をしなかったからだ。
「やあ、君は確か、えっと……」
 佐々木は頑張って思い出そうとしてたけど、じれったかったので自分から自己紹介して
しまった。
「呼びにくかったらキョンでいいよ。みんなそう呼んでるから」
「ああ、そうだ、キョンさん! 面白い渾名だなって思っていたんだ」
 本名を名乗っても首を傾げたままだった奴が、渾名を聞いた途端にピンときやがった。
複雑な気分だったけど、実際教室では友達はみんな俺のことをキョンて呼ぶし――って言
うより、キョンとしか呼ばないっていうほうが正確な言い回しだが――今まで言葉を交わ
したことの無い男子のクラスメイトが俺のことを『キョン』で認識していたのは致し方無
いことだと思う。
「あはは、渾名に『さん』は付けなくていいよ」
「そうかい? 最低限の礼儀だと思うのだけど」
 礼儀を語るんだったら本名で呼んでくれよ、と思わないことは無かったけど、渾名を名
乗った後で本名で呼ばれるのもなんだかしっくり来ないし、それは口には出さずにおいた。
「佐々木くんは友達から何て呼ばれてるの?」
「別に普通に苗字でだよ。キョンさんのようなユニークな渾名は無いな」
「じゃあさ、俺も『佐々木』って呼んでいい?」
「別に構わないよ。好きなように呼んでくれ」


879 :流星に何を願う(上巻):2007/05/21(月) 13:28:28 ID:wtWaTu/X
 しばらく話しているうちにわかったことだけど、佐々木はちょっと変わった奴だった。
 まるで、学術書みたいに堅苦しい喋り方をする。それに難解な比喩表現や、哲学的と言
うか、やたら大袈裟な思考を好む。と言っても、ほぼ初対面であるこの時の会話から、そ
のことを読み取ったわけじゃない。この時は、まだその片鱗程度しか見せてはいなかった。
 とりあえずこの時思ったのは、地味なイメージが先行して目立たないが、実はまるで少
女のように繊細で整った顔立ちをしていること(実際『男っぽい女の子』と言えば通じて
しまうような気さえした)、それと、顔に負けず劣らず綺麗な声をしていることだった。
 クラスの友達のことやなんかの会話を二、三程度交わしながら、建物から出て俺の自転
車が停めてある場所まで行き、そこで佐々木はこう言った。
「じゃあ、僕はバスだからここで失礼するよ。明日また学校で会おう」
「家ってどこらへんなの?」
 佐々木は自宅の住所を告げた。
「えっ? ここから俺んちに行く途中じゃないか」
「キョンさんの家はどこなんだい?」
 今度は俺の家の住所を佐々木に教えた。
「そんな遠くから通ってるのかい? 自転車で?」
「バス代なんて払う金無いからさ。っていうか、別にそんなに遠くないよ。お前が軟弱な
だけなんじゃないか?」
 佐々木は苦笑いをした。
「じゃあさ、後ろ乗りなよ」俺は提案した。
「え?」
「どうせ同じ方向なんだし、そっちのが合理的だろ。それとも何かい? 女に扱がせて、
男が後ろに乗るのは嫌か?」
「あ、いや……。それじゃあ、お言葉に甘えようかな」
「決まり! さ、乗って!」
 佐々木が荷台に乗ったのを確認して、自転車を扱ぎだす。
「重くないかい?」佐々木が心配そうな声を出した。
「全然。さあ飛ばすよ。しっかり掴まってな」
「わわっ、ちょっと、速いよ」
 ちょっとだけ強がってみせた。普段より力を入れて扱いだ。さすがに少しばかり呼吸が
荒くなる。
「凄い体力だね」
「もっとちゃんと掴まっとけよ。振り落とされても責任持てないぜ」
 その時まで佐々木は俺の肩に軽く手を添えているだけだった。
「ほら!」
「え、でも……」
「いいから!」
 佐々木の腕が俺の胴に回された。さっきまでより重心が安定して運転しやすくなった。
 そこから佐々木の家に着くまで、俺達の間に会話は無かった。でもなんでだろう、何故
だかわからないけど、無性にそれが楽しかった。自然と笑みがこぼれた。後ろの佐々木は
どんな表情をしているだろう? まさか振り向いて確認することなんてできなかった。


880 :流星に何を願う(上巻):2007/05/21(月) 13:29:28 ID:wtWaTu/X

「今日はありがとう。助かったよ」
 佐々木の家に着いて、自転車から降りると佐々木はそう言った。
「本当に大丈夫なのかい? 疲れただろう?」
「舐めんなよ。お前じゃないぜ」
 ぶっきらぼうにそう言ったのは、実際疲れていたからだった。
 でも、俺の乱暴な言葉に、佐々木は邪気の無い笑顔で応えただけだった。
「それじゃあおやすみ。帰り道は気を付けたまえ。特に君のような女性には、色々と危険
が付き纏うものだから。また明日、学校でね」
「うん。じゃあね」
 俺は家に向かって自転車を扱いだ。
(佐々木……か……)
 一人分の体重が減った自転車のペダルが、妙に軽く感じた。


881 :流星に何を願う(上巻):2007/05/21(月) 13:30:17 ID:wtWaTu/X





 翌朝。
 俺の毎朝は、小さな怪獣の襲来によって始まる。
「こらぁ! ねぼすけキョン! 朝だぞ! 起きろぉっ!」
 怪獣のけたたましい雄叫びが寝起きの耳を劈く。地球防衛軍ならぬ俺防衛軍は、怪獣の
攻撃に備えて布団バリアーを展開し防御体制に入った。
「てえい!」
 掛け声と共に胴体に衝撃が走る。全体重をかけた乗っかり攻撃だ。
「遅刻するぞー!」
 またしても怪獣が雄叫びをあげる。頭から布団を被っていなければ鼓膜を破壊されてい
ることだろう。
「わかった、わかったよもう。起きるから降りてってば」
 体にかかっていた負荷が消えるのを確認して、俺はのそのそと布団から這い出す。
 なんだか足がだるい。
 ああ、そうか。昨日佐々木を乗せて扱いだせいかな。でも、佐々木は小柄でそんなに体
重は重くないのに。
 筋肉痛までは行ってない、でも確実に乳酸が溜まってる感触。
 ところで、小さな怪獣こと小学四年生九歳の俺の弟は、体内にどんな高性能なエネルギ
ー機関を備えているのか知らないが、このようにいつも朝から元気で――血が繋がってい
るのだったら俺にも同じ性能が備わっていて良い筈じゃないか?――、頼んでもいないの
に俺の目覚まし役を買って出ている。
 昔はそれでもまだかわいいもんだったから許せたけど、最近はちょっとずつ体がでかく
なってきやがって、その破壊力も容認できないものになりつつあった。
 このままじゃあ、弟が起こしに来たおかげで永眠、なんてことになりかねない。
 まあ、いくらでかくなったって言ったって、「前へ習え」では常に手を腰に当てるポジ
ションで不動であることは注釈しておく。たまに家に連れてくる友達と比較するに、三年
くらいは発育が遅れてるんじゃないかと思ってるけど、逆に言えば、そうじゃなかったら
俺はとっくに死んでいる。
 俺は洗面所で顔を洗ってから、呆けた顔で朝食を口に放り込み続ける弟に言った。
「お前さあ、姉ちゃんだって年頃の女なんだから、部屋に入るのに少しは気ぃ使おうとか
思わない?」
「げえー! キョンが年頃の女だって」
 弟はくくく、とわざとらしく笑い、芝居じみた仕草で手を口に当てた。
 だめだ、こいつには婉曲な言い回しは通用しない。
「あんな起こし方してたら姉ちゃん死ぬよ? お前もう重いんだから。金輪際やめて」
「だってお母さんに起こしてこいって言われてんだもん」
「えー? 母さん、それ本当?」
 母さんは台所で俺のぶんの朝食を用意しながら返事をした。
「おかげで遅刻しないで済んでるでしょ?」
「母さんはこいつがどんな起こし方してるか知らないからそんなこと言えるんだよ」
「文句は一人で起きられるようになってから言いなさい。目覚ましを知らないうちに止め
ちゃわないでね」
「ちぇーっ」
 母さんが運んできた朝食を掻っ込んだ後、制服に着替えて、ポニーテールを纏めて家を
出た。


882 :流星に何を願う(上巻):2007/05/21(月) 13:32:42 ID:wtWaTu/X

 学校に着いたのは始業のチャイムが鳴る一分前だった。と言っても遅れたわけじゃない
ぜ。二年間の経験から導き出された、遅刻しないぎりぎりのライン。見事なまでにブレの
無い完璧なシークエンス。褒めてくれてもいいくらいだぜ。
 一方、真面目少年である佐々木はとっくに席に着いていて、あまつさえ昨日の宿題の見
直しまでやっていた。
「おっす、佐々木」
「やあ、おはようキョンさん。昨日はありがとう」
 やっぱり渾名にさん付けで呼ばれるのは可笑しくて、つい吹き出してしまった。
「クス。『さん』は要らない」
「そうかな、馴れ馴れし過ぎないかい?」
「俺は他人行儀なほうが嫌だな」
「そういうもんかな」
「そういうもんだよ」
 佐々木は声変わりをしないのだろうか? それとも既にして、なおこの声なのか。男か
女かと言われれば、確かに男の声だ。でも、高くて細いその声は、まるで極上のフルート
の調べのように心地いい。
 佐々木と話していると、遠くからクラスメイトの女子が呼ぶ声が聞こえた。
「キョーン!」
「何?」
「あんた、今日日直でしょ。職員室に日誌取りに行ったの?」
「嘘!? マジ!?」
 黒板の隅の〈日直〉の文字の下には、確かに俺の名前が書いてあった。
「今から行ってくる――」と言ったのと、始業のチャイムが鳴ったのが同時だった。慌て
て教室を飛び出す。
「ダッシュで行ってきなー!」背後からクラスメイトが茶化すのが聞こえた。
 クラスメイトに笑われるのは別になんとも思わなかった。だけど、佐々木までが笑った
のは、なんだかわからないけど気に食わなかった。
 ちぇっ、格好付かないなあ、もう。


                                  「流星に何を願う」(2)に続く