【涼宮ハルヒの憂鬱】佐々木ss保管庫

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佐々木スレ8-878 「流星に何を願う」 (2)

2007-05-18 | その他佐々木×キョン

883 :流星に何を願う(上巻):2007/05/21(月) 13:33:49 ID:wtWaTu/X





「お待たせ」
「やあ、キョン。いつもすまないね」
「さ、乗って」
 塾へ通う際、途中で佐々木宅へ寄って後ろに佐々木を乗せるのが習慣になった。もちろ
ん、帰り道も乗せて帰るのは初日以来ずっと続いている。
 学校では、お互い女子と男子の友達が居る。その分、塾ではよく話した。
「キョンっていう渾名は誰が最初に呼び始めたんだい?」
「学校では国木田かな」
「国木田さん――あの髪の短い、飄々とした女の子だね。彼女か。くっくっ、なんだかわ
かる気がするよ」
「国木田とは一年の時も同じクラスでさ。その前はうちの弟。国木田が俺の家に遊びに来
た時、弟が俺のことをそう呼ぶのを聞いて、その日の内に国木田も俺をキョンって呼ぶよ
うになりやがった。あとはあれよあれよと広まっちまって、ご覧の有様」
「弟さんは何故?」
「親戚のおばさんだよ。まだ俺が小学校ん時。久し振りに会ったと思ったら何の前フリも
無く『あら~キョンちゃん大きくなって』って。何が可笑しかったのか知らないけど、そ
れっきり弟もずっとキョン」
 佐々木は笑い出すのを必死に堪えるように、喉を鳴らした。
「『お姉ちゃん』と呼ばれる方が嬉しいかい?」
「いいや、別に。俺はこんな性格だしさ、弟とは友達みたいな感じで仲良くやってるよ。
ま、せめて朝はもうちょっとまともな起こし方をしてくれればね」
「そうだね。君はこの渾名が気に入っているようだし。いや、別に気に入ってはいないの
かな? 呼ばれ慣れているだけかも知れないが」
「なんでそう思うの?」
「反応速度が違うのさ。親しい友人はみんな君のことをキョンと呼ぶだろう? 反対に先
生や、あまり親しくない男子などからは苗字で呼ばれる。そうすると、本名で呼ばれる機
会が少ないせいか、自分のことだと認識するのに時間がかかるのかわからないが、反応す
るまでに若干の遅れが出るのさ。と言っても、コンマ二秒程度に過ぎないがね。遅延とは
言えない程度の遅延だ」
「コンマ二秒?」
「情報が脳に伝わって、処理をして反応するまでに最低かかる時間がそれくらいだよ。苗
字で呼ばれた場合、キョンと呼ばれた場合の反応速度に、プラスそれくらいの時間がかか
っている」
 開いた口が塞がらなかった。
 コンマ二秒のラグ? そんなものを感じ取るなんて、どんな優れた観察眼を持っている
んだ、こいつは。
 いや、そうじゃない。
 ――佐々木は、それほど俺のことを見てるんだ……。
 俺の中に感情が湧き上がる。複雑な感情。なんと形容すればいいのかわからない。うま
く言語化できない。
 でも一つ佐々木が間違ってると思うことがある。俺は別にこの間抜けな渾名を気に入っ
てなんかいないぜ。だからって嫌いってわけでもないけど、多分ただ単に呼ばれ慣れてい
る、そっちのほうが正解だろうな。


884 :流星に何を願う(上巻):2007/05/21(月) 13:34:53 ID:wtWaTu/X
「どうしたんだい? キョン」
 その言葉で我に返った。佐々木が顔を覗き込んでる。よほど呆けていたらしい。
 いまの反応速度はどれくらいだったのかな? くだらない思考が頭を駆け巡る。
「まあ、僕もキョンっていうほうが好きかな。なんと言っても口に出した響きがいい。そ
れに可愛らしくて、かと言って女性的に寄り過ぎないところが君に似合ってる。うん、い
い渾名だと思うよ」
 こんな台詞が、きざったらしくなく言えるのが佐々木の凄いところだな、と俺は無駄に
感心した。
 会話はそこで終了した。先生が入ってきて、授業が開始されたから。

 塾が終わると、雨が降っていた。
「参ったな……これじゃ二人乗りは無理だな。どうする佐々木、バスで帰る?」
「そうしたいところだけどね、実は君が僕を送り迎えしてくれるようになってから、バス
の定期を更新していなくて、期限が切れてしまったんだ。生憎と今は持ち合わせも無い。
それに――」
 それに?
「こんな暗い夜道に女性を一人で行かせるほど僕は不心得者ではないよ」
 そう言って佐々木は笑った。少し含みのある笑い、冗談を言っている時の笑いだ。
「歩いて帰ろう」佐々木は語を次いだ。「しかし、僕の家のほうが先に着いてしまうがね」
「あはは。じゃあ、そこまで守ってくれるかな。小さなナイト」
 俺達二人は声を出して笑った。
「佐々木、傘持ってる?」
「持っていないね。迂闊だった。天気予報をよく見るべきだったね」
「ちょっと待って」
 俺は鞄の開けて、奥底を手で探った。
「あー、あったあった。折り畳み傘。ずーっと前に入れといたんだけどさ、なかなか使う
時が無くって」
「君らしい」
 折り畳み傘を開いて佐々木に渡す。
「一本あれば、じゅうぶんだろ?」
 佐々木は、短い溜息のような音を出して微笑んだ。
「君のほうが背が高い。君が持ってくれないか。自転車は僕が押そう」
「よし、それで行こう」
 俺達は歩き出した。
 実際、俺と佐々木の身長差は結構なものだった。俺はクラスの女子の中では、一番じゃ
いけれど、背が高いほうに分類される。対して佐々木は、クラス全体で一、二を争うく
らい背が低かった。その小柄で華奢な体格が、佐々木の中性的な容姿を一層引き立ててい
たのだけど。
 雨の音。
 濡れたアスファルトに映る車のライトが、妙に綺麗に見えたのを覚えてる。
 自転車で通う道。徒歩で行くには、確かに少し長かった。だから佐々木の家の前に着い
たのは、いつもよりもだいぶ夜遅くなってからだった。


885 :流星に何を願う(上巻):2007/05/21(月) 13:35:52 ID:wtWaTu/X
「ありがとう、助かったよ。全く、君には世話になりっぱなしだね」
「いいって。それじゃあ、また明日」
「また明日。気をつけてね」
「ああ」
 佐々木は門から玄関までの僅かな距離を、雨に濡れないように駆けて行って、玄関に入
っていった。
 その後姿を見送った後、俺はサドルに跨って自転車を扱ぎ出した。
 傘が空気の抵抗を受けて、自転車のペダルは重かった。


886 :流星に何を願う(上巻):2007/05/21(月) 13:37:02 ID:wtWaTu/X





 夏休み。
 一人でやるよりは二人でやったほうが効率的だろう(主に俺が)ということで、夏休み
の宿題は二人で共同で行うことに決めた。それに、一人だとついつい先延ばしにしてしま
うけど、佐々木が一緒だとなったら否が応にもやらざるを得ない。そういう意味でも効果
的だった。この分なら、七月中に終わらせることだってできる。最短記録を大幅更新だ。
 その日は、弟は友達とプールに行ってくるそうで、母さんもなんだか知らないがお出か
け、父さんは仕事で、ようするに朝から留守だった。
 そんなわけで、やかましい奴がいないおかげで今日はゆっくり寝てられるだろうと思っ
てたのに、クーラーの無い俺の部屋は窓から燦々と降りそそぐ日光にオーブンのように熱
せられ、扇風機など文字通りの焼け石に水で熱風を運ぶばかり。網で焼かれる烏賊の物真
似をしばらくベッドの上で演じた後、結局居られなくなって起き上がることにした。熱せ
られて粘度が増した空気が体に纏わりつく。
 パジャマのままで食パンにジャムと牛乳で質素な朝食を摂りながら、テレビを点けてチ
ャンネルをでたらめに回す。面白そうな番組はやってなかったのですぐ消した。
 新聞を見つけたので手に取ってみる。
 とは言っても一面の大見出しとテレビ欄と四コマ漫画くらいしか見ないんだから、これ
じゃあろくな時間潰しにもならない。
 壁に掛かっている時計を見る。佐々木の家に行くと約束した時間まではまだ間がある。
 勉強会はいつも佐々木の家でやっていた。虚弱体質の佐々木をこの炎天下の中、俺の家
まで足を運ばせるのは気が引けたし、佐々木の部屋は一丁前にクーラーが付いていやがっ
たので、俺としてもそっちのほうが有難かった。
 しょうがない、顔でも洗って――待てよ? いいことを思い付いた。
 どうせ洗うんだったら顔だけに留まることは無い。シャワーを浴びよう。冷たいのを。
母さんからは朝風呂は水道代が勿体無いからやめろって言われてるけど、生憎今この家に
は俺しか居ないもんね。鬼の居ぬ間だ。やっちまえ。
 風呂場に行き、パジャマを脱ぎ捨てて裸になる。そしてシャワーを自分に向けて構え、
水のほうの蛇口を思い切って捻った。
「うわっ! 冷てっ!」
 慌ててシャワーを反対に向ける。いくら暑いからって、さすがに水100パーセントで
は冷た過ぎたか。
 お湯の方の蛇口も気持ちだけ捻り、手で温度を確かめながら調節する。やがて、冷た過
ぎず温過ぎずの絶好のポイントを発見したので、今度こそ思い切って全身に水を掛けた。
「あはっ! 気持ちいい!」
 声に出したのは、そうすることで気持ちよさが倍増すると思ったからだ。
 熱気に晒されて火照った体が冷えていく。体を覆った熱という名の膜が洗い流されてい
くとでも表現したらいいだろうか。
 首の周り、脇の下、肘の裏、ささやかだけど確かにある胸の膨らみの下――汗の溜まり
やすい部分を徹底的に洗い流していく。
(気持ちいい……)
 今度の言葉は、声では無く溜息という形で口から漏れた。
 しばらく水浴びをしていると、玄関の方から来客を告げるベルの音が聞こえてきた。


890 :流星に何を願う(上巻):2007/05/21(月) 14:01:00 ID:wtWaTu/X
 一度――少し間隔を空けて、二度目。
(留守ですよー)
 セールスや宗教の勧誘だったら二度で帰る。でも、さすがに三度目が鳴ったら無視する
わけにいかなかった。
「はあーい、ちょっと待って!」
 叫んだけど、風呂場からじゃ聞こえたとは思えない。急ごう。
 体を拭くことも程々に、急いでショーツとTシャツだけを身に着けて――四度目のベル
が鳴った。ああ、もう、だから待ってってば!――濡れた髪にタオルを乗せて来客を出迎
えた。
 玄関を開け、そこに居た人物を目にして俺は虚を突かれた。
 佐々木がそこに居た。
 男のくせに生意気にも日傘を差し、肩からはショルダーバッグを提げ、タンクトップに
ハーフパンツというラフな出で立ちで立っていた。自転車が見当たらないところを見ると、
近くまでバスで来て、そこから歩いて来たのだろう。
「佐々木!?」
「やあキョン。入浴中だったのかい? それは悪いところにお邪魔してしまったね」
「どっ、どうして!? なんでここにいるの!?」
 慌てふためく俺をよそに、佐々木はあっけらかんと答えた。
「一度、君の部屋を見てみたいと思って。君が何時に家を出るのかわからなかったからね、
すれ違うといけないと思って、少し早めに足を運ばせてもらったよ」
 俺は呆れ返った。時々佐々木はこういうことをする。妙に博学で賢いものの考え方をす
るかと思えば、一方でこういう常識外れたことを平気でやってのけるんだ。
 いや、これもまた佐々木の無邪気さの表れなのかも知れない。佐々木は俺の家に来てみ
たいと思った。だから来た。たったそれだけなんだ。その間に他の思考は一切挟まない。
「ちょっと待ってて、すぐ着替えてくる! 上がってていいから!」
「そうかい? それじゃあお邪魔するよ」
 佐々木にリビングの場所だけ教え、慌てて二階の自分の部屋へ駆けて行き、まっとうな
服装に着替えた。
 ドライヤーで髪を乾かし、ポニーテールを纏めてリビングに戻ると佐々木が言った。
「家の人はみんな留守なのかい?」
「うん」
「残念だね。たびたび君の話に出てくる、愉快な弟さんを一度拝んでみたいと思っていた
んだが」
「会わなくって正解だよ。佐々木の体力じゃ、あいつの相手はできない」
「やはりその髪型が見慣れた感じがするね。さっきのほどいた髪型も新鮮だったが――」
「何か飲む?」
 冷蔵庫からオレンジジュースの紙パックを取り出しながら言った。質問形にはしたけど、
黙ってたって佐々木のぶんも注ぐつもりだった。
 佐々木は返事をせずにさっきの言葉を続けた。
「他の髪型にはしないのかい?」
 一瞬動きを止める。すぐに我に返って、二つのグラスに氷を落とし、オレンジジュース
を注いだ。
「佐々木は――」佐々木の目の前にオレンジジュースを置く。「どんな髪型が好き?」
「そうだね」佐々木は前髪を指で弄びながら答えた。「特別に好みの髪型というのは無い
けれど、ただ、君のそのせっかくの長い髪を、切ってしまうとしたら少し惜しいかな?」
 佐々木が話す間、俺はグラスの中の氷を回しながら聞いていた。佐々木が話し終えると、
グラスを傾けて一口で半分を飲んだ。
 俺はグラスを持ったまま立ち上がって言った。
「さ、宿題やるよ。部屋に行こう」


891 :流星に何を願う(上巻):2007/05/21(月) 14:02:23 ID:wtWaTu/X

 窓とドアを開け放しておいたから、少しは熱が逃げることを期待してたけど、今日は外
がほぼ完全な無風で、熱せられた空気は室内の停滞したままだった。家の中のあらゆる部
屋の中で、俺の部屋だけが飛び抜けて暑く感じるのは気のせいではないだろう。
 せっかく朝に冷たいシャワーで汗を洗い流したというのに、完全に元の木阿弥だ。くそ
っ、佐々木の部屋に行けばクーラーがあったんだ。余計なことしてくれやがって。
 その当の佐々木はと言えば、この簡易サウナと化した室内の気温をものともせず、涼し
い表情で黙々と宿題を続けていた。しかし、さすがに生理現象だけは無視するわけにはい
かないようで、全身から汗が噴き出していた。
 俺のほうは完全に熱で脳が溶けちまって、せいぜい広げたプリント類に汗の雫を垂らさ
ないように気を付けながら、しっとりと濡れて光る佐々木の真白い剥き出しの肩と鎖骨を
何とは無しにただぼーっと眺めていた。
 グラスの中味はとっくに空で、氷が融けた水さえも飲み干してしまったあとだった。
「佐々木、ジュース汲んでこようか? っていうか俺が飲みたい」
「そうだね、頼むよ」
 一階に下りてオレンジジュースを注いで戻ってくる。
 あれ? どっちが俺のグラスでどっちが佐々木のだったかな? まあいいや。適当に選
んで佐々木に渡す。
「こんなに暑いんじゃ頭働かないよ」
「そうだね。そもそも、なんで暑いと思考能力が低下するのかと言えば、それは脳の――」
「聞きたくない」
 グラスをくいっと傾ける。乾いたスポンジに水が染み込むように、全身に染み渡る感じ
がした。
 地球の重力に負けそうになって徐々に垂れ下がっていた上体を、おもむろに引き起こし
てこう言った。
「そうだ、なんか変だと思ったらさ、昼めし食べてないんだよ!」
 佐々木が目をしばたいてこちらを見た。
「佐々木も腹減っただろ? 今日はもう宿題終わり! めし食いに行こうよ。帰りはその
まま送るから」
 宿題のプリントと問題集を片付けさせ、家の外に連れ出した。
 自転車の前籠に佐々木の鞄を乗せ、佐々木本人はいつも通り荷台に座り、日傘を広げて
頭上に掲げた。
「それじゃあ行くよ」
 焼け付く午後の日差しに運動も加わって、大量の汗が全身に筋を描いて流れ落ちた。
 でも、空気のこもった部屋の中でじっとしているより、動いているほうが気持ちいい。
 自転車のペダルの重さに、佐々木の存在を確かに感じていた。



                                「流星に何を願う」(3)に続く