時のうねりのはざまにて

歴史小説もどきを書いてみます。作品と解説の二部構成で行こうと思います。

蒲殿春秋(二十九)

2006-06-11 14:10:33 | 蒲殿春秋
部屋に戻ると例の佳人がうなだれて座っていた。
「やはりあの子は、私を許してくれないのね・・・」
と、小さくつぶやく。
そんな彼女の背中を姉がやさしくさする。
「いいえ、時がたてば、もうすこしあの子も大人になれば
あなたの立場も、あの時のあなたの苦しさも理解してくれるようになりますわ。
落ち着いて。 いま白湯を持ってきてもらいますから」
そういうと、姉は範頼をこっそりと別室に連れていった。

「姉上、あの女人は?」
事情が飲み込めない範頼は姉に疑問をぶつける。
「常盤殿。先程いらっしゃたあなたの弟全成殿の母君です」
でも、そうならばなぜ全成はあの美しい母親を避けるように立ち去ったのか・・・
「あなたには、あの方々のことを何一つ話してしませんでしたね」
狐につままれた顔をしている範頼に対して姉は語り始めた。

義朝亡き後、その愛妾だった常盤は遺された幼い三人の子供を抱えて
途方に暮れた。
とりあえず、戦の難を避けるため大和に逃れたが、
頼朝の命が助かったのを知り
自分の子供達が処罰を受ける心配はないという状況をみて
都に戻ることにした。

しかし、そんな母子にはこの先どうやって生計を立てていくか
という問題が待ち構えていた。
彼女自身やその実家は所領を持つわけでなく、その他財産があるわけではなく
それまでの生活は義朝の経済力に支えられていた。
しかし、その男はもうこの世に存在しない。彼の所有していたもの全ては官に没収された。

生きていく為に常盤は
以前仕えていた皇太后呈子のところに雑仕女として戻ることを考え始めた。
しかし、簡単に戻れるとも思えなかった。
さしたる後ろ盾もないのに、彼女が雑仕女となれたのは
類まれなる自身の美貌にのみ拠るものであった
ということを彼女自身よく知っている。
年を重ね容貌に衰えが忍び寄り、なおかつ三人の子持ちとなった彼女を
皇太后や世の人々は受け入れてくれるのだろうか。

それに、仕えることが出来るとしても三人の子供をどうするのか。
義朝が敗死した後は、乳母や下人などかつて仕えてくれていた全ての者が
彼女の屋敷から逃げ去ってしまった。
残っていたとしても、彼らに給付するものはもはや何もない。
そして、その屋敷さえも奪い去られる日がやってきた。
屋敷の持ち主が義朝だったからである。

他に彼女に遺されたものは年老いた母だけだった。

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