時のうねりのはざまにて

歴史小説もどきを書いてみます。作品と解説の二部構成で行こうと思います。

蒲殿春秋(二十八)

2006-06-10 07:54:37 | 蒲殿春秋
それからしばらく、範頼はこまめに姉のところへ顔を出した。
ある日、姉の所に行くとすでに先客がいた。法体の若い男だった。
範頼が部屋に入るとその僧は軽く会釈をした。
「六郎、あなたにやっと引き合わせることができますね。」と姉が言う。
「あなたの弟ですよ」
「?!」

突然現れた 弟 に範頼は戸惑った。
その僧侶の名は全成、幼名を今若という。
現在は醍醐寺で法橋という地位にあるという。
今日は、寺にしばしの憩いを頂きここに来たという。

全成は絵巻物から抜け出たような美男子である。
しかし、どこか繊細で冷たい印象があるのも否めない。

それにしても、この「弟」と何を話したら良いのだろうか?
22歳になる今日までこの弟と一度も会ったことがない。
姉や頼朝のように幼時時々共に過ごした記憶があれば話のしようがあるのだが・・・
場に異様な沈黙が流れた。

「あのう・・・」と範頼が話しかけようとしたところ
あでやかな衣擦れの音が近づいてきた。
そのとき全成が不快そうに顔をゆがめたことに範頼は気が付かなかった。
やがて、その女人が現れたときそこの空気は一気に変わった。

彼女が現れた瞬間、天女かと思った。
━━ 美しい ━━━━
範頼の瞳はその女性に釘付けになった。

けれども全成は
「帰ります」
と一言言い捨てると荒々しくその部屋から出て行った。

麗しき女人はその後姿を悲しげに見つめるだけ・・・

一瞬何かが範頼を突き動かした。
「おい!」といって範頼は全成の後を追いかけた。
それでも、全成は足早に立ち去ったようで、侍女に聞いても既に出立したとの事。
何も出来なかったと呆然と立ち尽くす範頼の手を身重の姉がやさしく握り締めた。

「さあ、部屋に戻りましょう」
姉は優しく微笑んだ。

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